401食目 珍獣来たる
◆◆◆ エルティナ ◆◆◆
ふっきゅんきゅんきゅん! 飛空艇よりも早~い!
現在、ケツァルコアトル様状態に変化して空を爆走中の俺は、
えらくご機嫌であった。
その背中に乗っている景虎とチゲ、リマス王子は
不思議パワーで振り落とされることはない。
流石、神様は格が違った。
「これは凄まじい……なんという速度だ。
ん? あれは……咲爛様!? なんということだ!
エルティナ殿は先に行ってください! 私は咲爛様の救出に向かいます!」
「ぴよっ!」
「ふきゅん? それはどういう……
おまっ!? この高さから飛び降りたら死ぬぞ!」
引き留める間もなく彼女は俺の背から飛び降りてしまった。
急いで回収しようとするも彼女は次の瞬間、風呂敷のような物を広げ
上手に滑空していったではないか!
あれは、かの有名なムササビの術!
まさか彼女が会得していたとは、この俺の目を以ってしても見抜けなんだ!
あぁっ!? フライパン太郎までムササビの術をっ!?
まぁ、ひよこだから飛べないし多少はね?
え? オフォール? ……それ以上はいけない。
「……ふきゅん、まぁ、景虎に任せておくか」
「そうだな、我々は早く鬼を退治して個の戦いに終止符を打つんだ」
「応!」
俺は少しばかり気に掛かったが、桃先輩に促されたので先を急ぐことにした。
景虎が向かったし咲爛もいるから問題ないだろう。
◆◆◆
目的地に到着すると、そこには二匹の竜と
それにまたがって熾烈な戦いを来る広げる二人の戦士の姿があった。
後、ついでにエリス、そして……もう一人、陰の力を発している小男の姿。
……えっと、誰だったかな? 見たことがあるような気がするんだが。
まぁ、いいや。まとめて鬼退治してくれるわ!
俺は颯爽と両者の間に割って入ることにした。
今の俺はケツァルコアトル様の能力を持っている。
二匹の竜にだって当たり負けしないはずだ。
ふっきゅんきゅんきゅん……向かって来たら纏めてぶっとばしてくれるわっ!
しかし、冷静にも二匹の竜は立ち止まったのである。ふぁきゅん。
「エルティナ……!……?」
シグルドは黄金の蛇と化した俺を見て名を口にしたが、その直後に首を傾げた。
彼の頭に『?』が沢山浮いている。
それをオオクマさんがうっとおしそうに手で避けていた。
「……汝は誰だ!?」
「俺だよ俺」
「俺ではわからぬ!」
「俺だよ、エルティナだよ」
「さては、ここ最近流行っている成りすましだな!?」
「どうすれってんだ、ふぁっきゅん」
これ以上言いあっていても仕方がないので神・獣信合体を解除する。
またしてもケツァルコアトル様はただのあっしーで終わってしまい、
悲し気に一鳴きして消えていった。これは酷い。
「うぬ、汝であったか」
「桃力の波長でわかってください」
「汝の桃力は理解していたが、そのような姿ではなかったのでな」
うぬぬ、もう気にしないで鬼ごとぶっとばしておけばよかっただろうか?
よくよく考えればシグルドは同じ桃使いであるが、味方というわけではない。
たまたま戦場でばったり出会って鬼退治を勝手にするだけの間柄なのだから。
であるなら、俺が気に掛けることもないではないか。
あ、それよりもシグルドに誤解されないように釘を刺しておこう。
「ふ、ふん!
貴方のために『神・獣信合体』を解いたわけじゃないんだからねっ!
そこんところ勘違いしないでよねっ!」
「う、うむ。わかった」
ツンデレ風味で言ったのだが真に受けられてしまった……
妙に素直で調子が狂う。こいつって、こういうヤツだったのか?
『なんか調子が狂うんだぜ』
『ヤツとは敵対した状態でしか会っていないからな。
これがシグルドの素の姿なのだろう』
『意外なんだぜ』
まあ、予定は大幅に狂ってしまったが
戦闘を中断させることには成功したのでよしとしよう。
この隙に状態を整え、俺達に有利な状態で戦闘を再開させてくれるわ!
尚、相手側にヒーラーであるエリスがいるが、
初代の記憶ではエリスはそこまで腕の立つヒーラーではないとあった。
パパッと治療を施してパパッと退治して差し上げよう。
だが、俺の完璧な作戦に水を差す者が現れた!
「てめぇはエルティナっ! 会いたかったぜぇ!?」
「ふきゅん……誰だおまえ?」
「えっ?」
「えっ?」
紫リーゼントの小男がいきなりなれなれしく話しかけてきた。
やたらと眼を飛ばしてくる。どうやら、俺に恨みを持っているようだ。
やはり俺はこいつと、どこかで会っているのだろうか? ううむ、思い出せん。
「ど、どちらさまですかねぇ?」
「おまっ!? 本当に覚えていないのかっ!? 俺だよ、俺っ!!」
「俺、じゃあ、わからないんだぜ」
「マジェクトだよ! ほら! 氷の迷宮で戦っただろうが!?」
「今流行りの成りすましかもしれない……」
「その流れは、さっきおまえらがやっただろうがっ!!」
だむだむと地団太を踏む自称マジェクトさんは恨めしそうに俺を睨み付けた。
その哀れな姿に俺は生暖かい微笑みを送った。
『二代目……ほら、彼はアランの』
『アラン……あ! そうだ、いたいた!
氷の迷宮で桃先輩をぶつけてやったヤツだ!
影が薄過ぎて思い出せなかったんだぜ。
よって、俺が悪いのではなくマジェクトが悪い』
『そ、そうなのかなぁ?
ごめんなさい、二代目。力を使って疲れたみたいなの。
暫くの間、眠らせてもらうわね』
『あぁ、わかった。おやすみ、初代様』
初代に諭されて、ようやく俺はマジェクトを思い出した。
あの頃は復讐心に囚われ過ぎていてハッキリと思い出すことができたが、
桃使いの使命をよく理解した最近は
アラン以外の顔を思い出すことはほぼなかった。
それゆえに一度戦ったことのあるマジェクトの顔すら忘れてしまっていた。
というか、インパクトがなさ過ぎて覚えることができなかっただけなのだが。
「まぁまぁ、そう怒るな、マジェクト君」
「おまえのせいだろうがっ!」
あっ、そういえば、こいつはからかい甲斐のあるヤツだったな。
今ようやく完全に思い出した。
よし、適当にからかいながら治療を済ませてしまおう。
特別サービスでシグルドの傷も治してやる、感謝するように。
さぁ、チユーズ、頼んだぞ。
『まかせろー』『けがにんだぁ』『わっしょい』『わっしょい』
チユーズはウキウキしながら治療にむかった。
彼らは特にオオクマさんに多く群がっているようだ。
……あ!? よくよく見たらオオクマさんの右足がもげてるじゃないかっ!
あまりに普通に戦っていたから気が付かなかったぜ……不覚。
よし、チユーズが治療を終えるまでの間、時間を稼がなくては。
俺の華麗なトークスキルで鬼達の心をかき乱してくれよう。
「まぁ、そんなことより」
「そんなことよりっ!?」
いよいよ涙目になったマジェクトを思考の隅にぽいっちょと放り投げ、
俺は破廉恥な姿と化しているエリスに話を振った。
「おいぃ……おまえがエリスだな?」
「えぇ、そうよ、桃使いのお嬢ちゃん。
確か貴女があの女の記憶を継承したんですってね?
うふふ、もの好きな子だわ。
私に要があるってことは敵討ちでも考えているのかしら?」
エリスは前屈みで俺を見つめた後に薄ら笑いを浮かべた。
挑発のつもりだろうが、そんなものは俺には通用しない。
俺を怒らせることができるのなら、大したもんですよ?(激怒)
「ほう……俺に対していい度胸だぁ。
俺はお前に致命的なダメージを与える方法を持っているのだ。
ふっきゅんきゅんきゅん、これを見ろぉ……!」
俺は桃仙術〈精神投影〉を駆使して脳内映像を表示した。
この桃仙術は脳内で浮かべたイメージを表示する術なので、
ひと工夫すれば色々と面白いことができるのだ。
さぁ、木花さんに鍛えられた妄想力を発揮する時がきた!!
さぁ、見よ! この劇的ビフォーアフターを!
努力すれば恐るべき地味顔がご覧のとおり、
整形を超えるレベルの変貌を果たすではありませんか!
「ぶはっ!? ちょっと! 止めてちょうだい!!
それに昔の私、こんなに酷い顔をしてないわよっ!?」
「ふはははは、鬼にも黒歴史が通じることは証明済みだぁ……!
さぁさぁ、おまえ達が初代様におこなった非道の数だけ、
恐怖のお仕置きは決行されるぞぉ!」
「それが正義を謳う桃使いのやることなのっ!?
いやぁぁぁぁぁっ! ハーイン様、私の恥ずかしい過去をみないでっ!!」
「ふっきゅんきゅんきゅん……
桃力は正義のためなら外道行為もお許しになられるのだぁ」
『YOU、やっちゃいなさい』(にっこり)
ほぉうら、桃力さんも乗り気だぜぇ。
さあさあ、恐怖の黒歴史暴露の始まりだぁ!!
「ま、待て! やるなら俺からにしろっ!!」
「マ、マジェクト……!!」
「んん~身代わりを申し出るとは見上げた献身だぁ……
いいだろう、おまえから暴露してやるぅ」(暗黒)
姉であるエリスを身を挺して守ろうとするマジェクト。
その姿には感動を覚えるが、彼が鬼であるということを忘れてはいけない。
よって、正義の暴露攻撃によって儚く散ってもらうとしよう。
ふっきゅんきゅんきゅん……きみは勇敢な漢であったが、
鬼に堕ちたのがいけなかったのだよ。
俺はマジェクトの恥ずかしい過去を初代の記憶から検索した。
……あれ? あれれ? 変だなぁ。
「ど、どうした? い、言わないのかよ?」
「ふきゅん、いやな……おまえの恥ずかしい記憶が初代様に存在しないんだよ」
「え?」
「まいったなぁ、初代様は力を使って寝ちゃってるし……
マジェクト、おまえ本当に初代様の仇か?」
「なんでだよっ!? 仇だよっ! ちゃんと酷いことしたぞ!
それもアラン兄貴やエリス姉貴よりもだ!!
よ~く思い出してくれっ!!」
「え~」
「え~、じゃない! ほんと、頼むからっ!」
マジェクトが必死過ぎる。
本当にこいつは初代様に非道いおこないをしたのだろうか?
面倒臭いが俺は初代様の忌まわしい記憶を掘り起こした。
途端に蘇る耐えがたい屈辱と痛み。
それは俺に眠っていたドス黒い感情を呼び覚ましてしまう。
耐えねばならないことはわかっているが、それでも怒りが込み上げてくる。
……おのれ、アラン! 貴様は許さんっ!!
くそっ! エリスめ!! 助けを求める初代を汚物を見るような目で見やがって!
憎悪を心の中で殺しつつ記憶を辿るも、なかなかマジェクトの姿が確認できない。
苦痛ではあるが再び記憶を一から再生させる。
もう何度レイポぅされたかわからない。
いい加減に姿を見せてくれませんかねぇ?(呆れ顔)
……あ! いた! マジェクトだ!!
………………。
「アホかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!
初代様の脱ぎたてパンツを頭に被る行為が、
アランとエリスの二人より酷いわけがないだろう!
しかもやたら離れた場所で被ってるし!
挙句に視界の隅に微かに映っているだけじゃねぇか!!
こんな嫌な記憶を何度も再生させんじゃねぇよっ!!」
「な、何を言うんだ!? 脱ぎたてだぞ! 屈辱だろうが!!
それに、なんだか力が湧いて出てきてなぁ……」
バカ野郎、それは単なる変態〇面だ。
マジェクトのあまりにヘタレな行為に俺の怒りは限界を越えた。
「やかましい! このヘタレめっ!!」
「うぐぐ……ヘタレと言ったな!? アラン兄貴にも言われたことがないのに!」
「ヘタレと言って何が悪いか! このヘタレ!」
「二度も言ったな! もう許してやるもんか!!」
「そろそろ、戦闘を再開したいのだが……いいだろうか?」
「「あっ、はい」」
赤黒い竜に乗るダンディなおじさまによって、
俺とマジェクトの熾烈な口論はやんわりと止められてしまった。
まぁいい、時間は十分稼げただろう。
後は直接退治して輪廻の輪に帰してくれるわ!
「ふきゅん! チユーズ、首尾はどうかっ!?」
『ばっちり』『いいしごとした』『ほめて』『ほめて』
チユーズがドヤ顔で報告してきた。
その顔が示すとおり、オオクマさんの右足はすっかり元どおりになっていたのだ。
流石は俺の自慢の治癒の精霊達である。
「なにやら妙なことを始めたかと思いきや……やはり治療の時間稼ぎであったか」
「そのとおりだぁ、俺は真っ先におまえが怒ると思っていたんだがなぁ」
「汝が敵を前にして、意味のない行動を取らないのを我はよく知っている」
「こそばゆいな」
黄金の竜シグルドの言葉に対し皮肉交じりの返事を返すも、
純粋な想いが籠った返答を返されて俺はなんとも言えない気持ちになった。
やはり、なんだか調子が狂う。
「流石は聖女エルティナの治癒魔法だな。重症も裸足で逃げだす治りっぷりだぜ」
再生した右足を動かして感触を確かめるオオクマさんは、
右足に問題がないことを確認すると獰猛に笑みを作った。
「ハーイン、これで思う存分戦える。
おまえの望む俺が全力でおまえを退治してやるぜ?」
オオクマさんは俺が以前どこかで見たことのあるような見事な大剣を構えた。
背筋が凍り付きそうなくらいに青い大剣だ。
はて……どこだったかな?
『以前、ガルンドラゴンのシグルドとの決闘で見ただろうに』
『え?……あー!? 本当だ! サイズが違い過ぎるからわからなかったぜ!』
桃先輩の指摘により、それがヤツとの決闘の際に
散々てこずった大剣であることに気が付いた。
そんな物をオオクマさんが持っていることに気付き、
背中の中心辺りがびょくっとしてしまう。
初代が起きていたら大歓喜することであろうが、
俺にとってはトラウマ以外の何ものでもない。
早くしまってどうぞ。
「ふん、どうやら雌雄を決する時がきたようだな。
エリス、マジェクト、周りの有象無象は任せる。
私は闘神ダイクをこの世から消し去ろう。
安心するがいい、ダイク。
……闘神の名は私が引き継いでやる」
オオクマさんにハーインと呼ばれたおっさんが赤黒い竜から降り立つと、
その竜が見る見るうちに鎧に姿を変えて
屈強な肉体を誇るハーインに自ら装着していった。
……ちらっ。
「我はできぬぞ」
「ふきゅん」
残念。
「ぬかせよ、もう負ける要因は無くなったんだ……
覚悟を決めるのはてめぇの方だぜ!」
対するオオクマさんもシグルドから降り立ちハーインに向き合った。
決着を付けるべく対峙する両者。
その闘気に気圧されたのか空が曇りぽつりぽつりと雨が降り始める。
「「勝負!!」」
俺達が身構える前に二人は動き出し互いの武器を交えた。
その際の衝撃は大地を揺らし、その場にいた者を震撼させる。
この戦いの行方など誰が想像できようか?
「いったい、どちらが勝つというんだ……?」
その言葉は果たして誰が言ったのだろうか?
奇しくも、その言葉は誰しもが思ったであろう言葉だった。