398食目 全てを喰らう者・光の枝
◆◆◆ エルティナ ◆◆◆
「ふきゅん、ふきゅん! いっそげ! いっそげ!」
「エル様がどんケツですわよ! あぁ、こんな時に馬車があればっ!」
「ほんにのう、強さは十分でも足の遅い連中ばかりであったとは」
「カゲトラに抱きかかえられて移動している貴女に言われたくないですわ!」
ただいま戦場に向けて俺達は爆走していた。
いくら元の八歳の姿に戻れても足が遅いのは変わりがない。
全裸になれば二十倍の身体能力になるので、この中では一番早くなるだろうが、
全裸は桃先輩に絶賛封印中になってしまっている。ふぁっきゅん。
『いいから走れ、レイヴィを先行させているからなんとかなるはずだ』
「ふっきゅん! ふっきゅん!
レイヴィ先輩のGDにこれでもかと祝福したから、
たぶん大丈夫だぁ! やり過ぎるかもしれんがっ! ふひぃ、ふひぃ!」
「そ、その前にエル様が倒れそうですわ!」
久々のランニングはきっつい!
もうハートがどっきゅんどっきゅんいっているのがわかる。
しかしながら、月光蝶モードになって移動することは桃先輩に禁止されている。
少しでも桃力を節約しようとの目論見があるのだ。
『がんばれ、目的地まで後三キロメートルだ』
「な、なげぇ……」
これじゃあ、鬼退治する前に倒れてしまいますよぉ!
この時ばかりは赤ちゃんに戻ってチゲの中に入り込みたかった。
『いもっ! いももっ!』
『ほらほら、二代目! がんばる、がんばる!』
魂の中からいもいも坊やと初代様が応援してくれた。
そう言うなら変わってほしいんですがねぇ? ……とここで俺は閃いた。
よし、走るのを変わってもらおう。
「出てこい! イモイモービル号!」
モルティーナの自宅地下で爆誕した、
いもいも坊や専用ゴーレムであるイモイモービル号を
〈フリースペース〉から取り出す。
取り出す際はきちんと〈ライトグラビティ〉か
〈ゼログラビティ〉で軽量化を忘れないようにしないといけない。
忘れて取り出すと酷い目に合うからな。
……忘れて潰されたりなんかしてないんだからねっ!?
『いもいも坊や! きみに決めた!』
『いもっ!』
ポケットに入るモンスターのごとく、
いもいも坊やをイモイモービル号にパインルダー・オンヌさせる。
ぶっぴがんっ!
これでイモイモービル号のゴーレムコアに火が付いた。
久々に動くことができてイモイモービル号は嬉しそうだった。
八歳の身体に戻った俺が乗っても、まったく問題ないくらいの大きさである
巨大芋虫型ゴーレムにウキウキしながら搭乗すると、
彼は勇ましい雄叫びを上げて前進し始めた。
いもいもいもいもいもいもいもいも……。
「勇ましい雄叫びだぁ……」
「そ、それって雄叫びなのですね……」
速度は時速二十キロメートルといったところだろうか?
結構な速度があって怖いが、
現在は緊急を要しているのでのんびりと行くわけにはいかない。
角の部分をしっかりと握りしめて振り落とされないように気を付ける。
「ほう、意外に早いのう。どれ、わらわも乗ってみるか」
景虎に抱きかかえられて移動していた咲爛が、
無許可でイモイモービル号に乗ってきてしまった。
『いもっ!?』
いもいもいもいもいもいもいもいも……。
若干、速度は落ちたようだが許容範囲内のようだ。
景虎もスタミナを温存できるので、
このままイモイモービル号にはがんばってもらおう。
「はぁ、はぁ……エ、エル様! わたくしもっ!」
今度は息絶え絶えなクリューテルがイモイモービル号に乗り込んできた。
『いももっ!?』
いもいもいもいも……。
流石に三人はきついのか速度がガクンと落ちた。
というか、イモイモービル号は一人乗りだから!
「……えい」「ぴよっ!」
あ~っ! 実はさみしん坊の景虎が我慢できなくて乗ってきてしまった!
『いもぉぉぉぉぉぉっ!?』
いもいもいもいも……いもぉ……。
イモイモービル号は遂に限界を迎え一歩も動けなくなってしまった。
いくら子供だからといっても四人は無理だろう!?
「おいぃ……このままではイモイモービル号のストレスが
マッハでレッドラインなので何人か降りてくれませんかねぇ?」
「「「え~」」」「ぴよっ」
あぁっ!? チゲまで乗りたそうな顔をしているではないか!
このままは事態は泥沼化不可避だ!!
『楽をせずに走れということだな』
『おごごごご……画期的なアイディアだと確信していたのに』
結局、俺達は仲良くランニングを続けたのだった。ふぁっきゅん。
◆◆◆
俺達が虫の息で戦場に到着すると、そこはまさしく修羅の闊歩する異界であった。
主に見慣れた人々が嬉々として暴れている。
宙を弾丸のごとき速度で移動するレイヴィ先輩。
骨が折れるから止めろって言われてんだろうが!?
小鬼達にげんこつを落として浄化しているヤッシュパパン。
あれ? ひょっとして桃使い並みに強い?
ハマーさん率いるGD隊も小鬼達に対して奮闘している。
流石、最新兵器の威力は伊達ではなかった。
エドワードは木刀片手に小鬼に無双している。
普段は女子並みに可愛らしい顔が修羅の表情に染まっていて怖い。
鬼穴を封じられた鬼達は徐々に劣勢になっているようだ。
これも皆ががんばってくれたお陰だろう。
ひょっとしたら、俺はここで応援しているだけでいいのかもしれない。
そうと決まれば学ランに着替えて熱いエールを送る準備を……。
『何を考えているんだ、バカ者』
『ですよね~』
桃先輩に絶妙なタイミングでツッコまれた。
このやり取りも久しぶりなので少しばかり嬉しかったりする。
応援だけするなんて考えても、俺の魂が許しはしないだろう。
何故なら、すぐそこに俺の宿敵が獅子奮迅の活躍を見せているからだ。
……竜の癖に獅子とはこれいかに?
んん? ヤツの上に乗っているのはオオクマさんか!?
『エルティナ、嫌な予感がする』
『ふきゅん、桃先輩、俺もだ。
味方が優勢なのは何かが起こるフラグって、それ一番言われてっからな』
幸い俺達が戦場に到着したことには誰も感付いていない様子だった。
そこで俺達は桃先輩の桃力の特性『幻』を使ってもらって姿を隠蔽し
出るタイミングを計ることにした。
桃先輩の桃力の特性『幻』はただ単に幻を見せるだけではない。
俺達が発している気や魔力にすら影響を与え、
相手を惑わすことができるのだという。
隠密行動においてこれほど優秀な特性はない。
その気になれば敵の真正面に立っても気付かれないのだという。
桃先輩って地味に凄かった。
『足音にも干渉しているから気付かれはしないと思うが、
なるべく音を出さないように移動するように』
桃先輩パネェっす。伊達に『音無しのトウヤ』って言われてないんだなぁ。
……っは!? 桃先輩は忍者タイポだった!?
ということは桃先輩も全裸で……。
『能力は上がらないぞ』
『ふきゅん』
残念、桃先輩は真の忍者ではなかったようだ。
少しばかりがっかりしたが意識を戦場に向ける。
確かに俺達の方が優位に立っているが、
どうも鬼達……特に指揮官の立場にいるヤツの態度に余裕がある。
『あいつは……間違いない、エリスか』
小鬼に命令を下していたのは初代の仇の一人であるエリスであった。
当時とは着ている服が違うが見間違うわけがない。
『というか……戦場でなんちゅう服? を着ているんだあいつは』
『下着の間違いではありませんこと?』
『……あの乳をもぎ取ってもよろしいでしょうか? 咲爛様』
『構わんが……そなたは乳房に恨みでもあるのか? 景虎』
鬼となり果てた女は下着と見間違えるような物を身に纏って戦場に立っていた。
自分のスタイルの良さを見せびらかすために着ているのか、
それとも他に理由があるのかはわからないが……それはないだろう、それは。
……ふきゅん、ミリタナス神聖国の方から誰かのくしゃみが聞こえた気がする。
と、ここで小鬼達の防衛線を突破した
燃え盛るような紅い輝きを纏った戦士がエリスの下に到達した。
それは俺がよく知る人物だ。
『ヤッシュパパン……!』
『アレは、ドクター・モモが開発したモモ・ガントレットの試作品か!』
一際目立つのは両腕に装着された真紅のガントレットだ。
開発されていたのが俺が赤ん坊の時だったらしく見るのは初めてであったが、
一目見た瞬間にそのガントレットに
尋常ならぬ桃力が秘められていることが理解できた。
『流石はドクター・モモなんだぜ』
『いや、それだけじゃない。
ヤッシュ殿はガントレットを装着することによって
僅かながら桃力を作り出している。
完全に自力で作りだせていないようだが、このような例は極めて珍しい。
彼自体に桃使いとしての素質があるのか、
それともガントレットの副作用なのかはわからないがな』
なんと、ヤッシュパパンにそのような素質があったとは驚きだ。
このまま成長して親子で鬼退治するのも悪くはないな、
と妄想していると彼とエリスの会話が始まった。
「きみがこの哀れな鬼達を操っているんだな」
「そう、この子達は私が操っている。
とても従順で可愛らしいでしょう?
でもね……哀れな呪われし子供達なのよ」
「哀れだと思うのなら何故戦わせる」
「ふふ、貴方にはわからない。
世界に祝福されて生きてきた貴方にはね。
さぁ……お喋りはお終いよ、
のこのこと一人でここまで来たことを後悔させてあげる」
「……それでも、私はきみを救ってみせよう」
両者が構え、そして激突した。
ヤッシュパパンが近接戦闘スタイルなのに対して、
エリスは中距離からの攻撃がメインのようで付かず離れずの位置を保っている。
その手に持つのは赤黒い光を静かに放っているチャクラムだ。
大方、鬼力を凝縮して作り出した武器だろう。
一方的にヤッシュパパンを攻撃するエリスではあったが、その表情は硬い。
彼女が放ったチャクラムは、その全てが彼の拳によって全て砕かれていたからだ。
俺はヤッシュパパンが剣以外の武器を使うところを始めてみるが、
この近接格闘こそが彼の最も得意とするところではないか、
と思わせるほど慣れた動きだった。
徐々に距離が縮められてゆくのに焦りを感じたのか、エリスが足をもつれさせた。
その致命的な隙を逃すほどヤッシュパパンは甘くはない。
一気に間合いに入り込み必殺の拳をエリスの胸に叩き込む。
「届け、想いの詰まった拳!」
「くっ! 貴方の想いなど……!!」
愛の拳が彼女の胸にヒットしたと思いきや甲高い音を鳴らして弾かれた。
その隙を突いて再びヤッシュパパンとの距離を取るエリス。
『まさか……!? あの豊満な胸が攻撃を弾き返したっ!?
おのれ巨乳めっ! 滅びろ!』
『おいぃ……景虎は巨乳に何か恨みでもあるのか?』
『景虎は他の同世代の獣人達に比べて乳の成長が遅いことに
こんぷれっくすを抱いておる。そっとしておいてやるのじゃ』
咲爛の言うとおり、獣人や亜人の成長速度は人間のそれとは違うが、
まだ八歳なのだし、そこまで巨乳に敵意を向けなくてもいいのではないだろうか?
プリエナなんて大平原も平伏すくらいに起伏がないぞ?
ユウユウは……規格外だから仕方がない。
『む、攻撃が当たる直前に陰の力を凝縮させて防御壁を形成したか。
決まったと思たのだが、なかなかどうしてしぶといな』
『やっぱり防御壁か。
おっぱいであそこまで弾くだなんて、
ミランダさん並みにデカくないと無理だからな』
ヤッシュパパンの攻撃が失敗に終わったことで、
戦いは振り出しに戻ってしまった。
だが戦いにおける優位性はヤッシュパパンの方が高い。
エリスが肩で息をしているのに対して、
ヤッシュパパンは変わらず規則正しい呼吸を保っていたのだ。
このスタミナの差は戦いにおいて致命的になる。
「はぁ、はぁ、桃使いでもないのにどうしてここまで……
こうなったらしかたがないわ。
少し予定より早いけど見せてあげる、私の本当の力を」
エリスが自分の武器であるチャクラムを吸収して鬼力を増やす。
大した増量でもないにもかかわらずそれをおこなう、
ということは莫大な陰の力を使用した大技を放つつもりなのだろう。
『桃先輩、そろそろ介入した方が……』
『エルティナ、〈桃結界陣〉を張れ! 来るぞっ!!』
『ふきゅん!?』
俺は背筋がぞくりとした感覚に襲われるのと同時に〈桃結界陣〉を張った。
少し遅れて身の毛も立つような、おぞましい波動が襲い掛かってきたのだ。
薄い桃色の結界がギシギシと悲鳴を上げているのがわかる。
かなり強めに張ったのだが、今にもお煎餅のように割れてしまいそうだ。
『こ、これは……いったいなんですの!? 桃先輩!』
『嫌な感じが纏わり付くのう』
『咲爛様、油断なさらぬよう』
桃結界陣を張っても
直に肌に纏わり付いてくるような嫌な感じに俺達は眉を顰めた。
チゲも自分の両腕を擦っているが……彼にはそんな感覚機能はないはずだ。
まさか、彼は進化し続けている疑惑が……?
『この波動は……やっかいだな、鬼力の特性「魅」だ』
『それはいったいなんだ? 桃先輩』
『鬼力特性「魅」はいうなれば
対象を強制的に魅了し意のままに操る強力な催眠術といえる。
解放軍を壊滅させたのはこれによるものだろう。
だが桃結界陣で防げたのであるなら
GDを身に纏っている者ならレジストできているはず、
彼女は無駄な力を使っただけということになるだろうな』
つまり、自信満々に放った特殊攻撃は壮絶な自爆に終わったということか。
それならば、この勝負はヤッシュパパンの勝利で終わることだろう。
「……いったい何をした?」
「はぁ、はぁ……やっぱり効果がないのね。
貴方達の意思が憎らしいほど固くて辟易するわ。
でもね……他の連中はどうかしら?
特に遠く離れた安全な位置にいると思っている連中は」
「なんだとっ!?」
「うふふ、ほぉうら……始まった。仲間同士で殺し合うのよ。
いい感じに負の感情が放たれ始めたわ。
この魅了の術は大量の鬼力を消費するけど
効果を発揮すれば元は取り戻せるのよ。
彼らが放つ苦痛と絶望でね」
なんということだ!
確かに遠く離れた位置から黒い煙が立ち上がり、
悲鳴と絶望が溢れ出しているではないか!
「いかん! あそこにはリマス王子がっ!!」
「うふふ、行かせないわよ。
私達を救ってくれるのでしょう? だったら、ここで戦わなきゃ。
ほら、おまえ達もこのおじさんの相手をしてもらいなさい」
「おにぃ!」「おにぃ!」「おにぃ!」「おにぃ!」「おにぃ!」
三十は超えるであろう大量の小鬼に取り囲まれてしまったヤッシュパパン。
このままでは後方部隊を救出しに行けない。
GD隊とエドワード達も小鬼を退治しているが一向に減る様子がない。
鬼穴は既に破壊しているのにどういうことだ?
「さぁ、出ておいで……私の可愛い子供達」
エリスが白く細い指で宙をなぞるとドス黒い線が生まれた。
するとその線がクパァと割れ、
そこから小鬼がずるりと産まれ落ちてきたではないか。
「おにぃ!」
小鬼はぶるぶると身体を振るわせた後、
当たり前のように立ち上がり憎悪の眼差しをヤッシュパパンに向けた。
まるで、それが産まれ堕ちた理由であることを理解しているがごとく。
「まさか!? ここの鬼達は全ておまえが産みだしていたのか!!」
「まさか、減った分を補っているだけよ?
だいぶ減らされちゃったけど……
陰の力はいくらでも補充できるようになったからどんどん産んであげる。
うふふ、沢山救ってあげてね? 桃使いもどきさん」
次々に襲い掛かる小鬼を的確に撃墜してゆくヤッシュパパン。
だが流石に数が多過ぎだ。
『エルティナ、このままでは総崩れになる可能性がある。
まずは後方部隊をどうにかする必要があるのだが、
ここを放っておくわけにはいかない』
『わかっているさ、桃先輩。後方部隊は俺がなんとかする。
でもその間、ヤッシュパパンを手伝ってあげないとやられちまう』
『ならば、その役目はわらわ達が引き受けようぞ』
『エル様、ここは私達にお任せを』
ここでヤッシュパパンの助太刀を買って出てくれたのは
咲爛とクリューテルだった。
続けて咲爛は家臣である景虎に命じる。
『これ、景虎。えるてぃなを後方部隊まで送り届けよ』
『しかし、咲爛の身に何かございましたら……』
『こんな連中にやられるようなわらわではないわ。
いいから、さっさと行くがいい。ほれほれ、介入するぞ? くりゅーてる』
そう言うと咲爛は懐から扇子を取り出し
勇ましく鬼の群れに突入していってしまった。
『せっかちな方ですわね、それではわたくしも行ってまいりますわ』
続けて戦いに介入するクリューテル。二人が女傑過ぎてまぶちぃ。
『急ぎますよ、エルティナ殿。
すぐに事を片付けて戻らなくてはなりません』
『あぁ、急ごう』
俺はカゲトラにお姫様だっこされ後方部隊に向かった。
その後ろをチゲが追う。
……なんで、お姫様だっこなんですかねぇ?
◆◆◆
後方部隊が見える場所までやってきた。そこはまさに地獄絵図。
味方同士で殺し合いを繰り広げていたのである。
「か、身体がいうことを聞かない! こ、殺せ!
おまえらを殺すくらいなら死んだほうがましだ!!」
「諦めるな! せっかく拾った命なんだろうが!!」
「なんとかならないのかっ!?」
「わかっていても身体が勝手に!! あぁ、エリス様のためにっ!!
うぐぐ……あの方の姿が頭の中に浮かんで消えない!
止めろ、消えてくれっ! あぁっ、だ、だめだ! どうにもできない!」
どうやら、主に操られているのはラングステン騎士団ではなく
ティアリ王国に所属する兵士達のようだった。
目を凝らして見てみればラングステンの騎士達には
薄っすらと桃色の光が纏われている。
この光の波長は恐らく桃先生のものだ。
きっと、出陣の際に騎士一人一人を祝福してくれたのだろう。
流石、桃先生は格が違った。
「大変だ、味方同士で殺し合うだなんて!」
「景虎はリマス王子とヒーラー隊を頼む」
「しかし、それではエルティナ殿が……」
「俺なら大丈夫さ、まだ結構距離があるからな。
それにチゲも付いていてくれる。さぁ、行ってくれ」
「承知しました、ご武運を」
景虎にリマス王子とヒーラー隊の救援を優先させる。
ヒーラー隊にはディレ姉がいるからそうそうやられることはないとは思うが、
一応念のためということにしておいた。
寧ろ、襲いかかて来たヤツの方がヤヴァイ。
彼女は襲いかかってくるヤツに対しては容赦がないからなぁ……。
「エルティナ、ここからどうする。
桃力を使って症状を中和するつもりか?
それには限界までおまえの桃力を消費しなければいけないぞ」
「そんなことはしないさ」
「何? では、どうするつもりだ」
俺は繰り広げられる光景を見て分析を始めた。
放たれるのは殺気ではなく後悔と絶望。そして無理矢理引き出されている闘争心。
だがまだ希望はある。
同時に放たれているのは自己犠牲ともいえるほどの相手を思いやる心。
それが凄惨な殺し合いを遅らせていた。
「自分の意思に反して攻撃をするのは、あの無理矢理引き出されている闘争心だ。
であるなら……こうする!」
俺は胸に両手を当て、己の魂に語りかけた。
『俺は貴女』
『貴女は私』
彼女から返事が返ってきた。どうやら準備はできているようだ。
『今こそ、大いなる輝きを』
『今こそ、大いなる輝きを』
俺の胸から溢れんばかりの白い光が溢れ始めた。
それは充満する負の感情に侵食してゆく。
『いももっ!!』
そして、その輝きは俺の中にいるいもいも坊やを触発し月光蝶の羽を生やさせた。
ここに光と闇が揃い、最強に見えたのである。
「こ、これは!? データを……計測不能!? 介入も不可だと!?
膨大過ぎる力……エルティナ、大丈夫なのか!!」
「大丈夫だよ、桃先輩。何も心配はいらない。
さぁ……古き契約に従い、光り出でよ! 全てを喰らう者!〈光の枝〉!!」
俺の叫びに応えるように巨大な半人半蛇の輝きし者が飛び出てきた。
それは上半身が全裸の初代、そして下半身が蛇という姿。
『二代目……救いましょう、絶望に喘ぎし者達を』
『初代、全てを喰らう者・光の枝……あぁ、救おう、皆を!』
俺は月光蝶の羽を使い天高く空に飛ぶ。
下にはラングステンの騎士に切り掛かるティアリ王国の兵と
それをなんとかしようと奮闘するラングステンの騎士達の姿があった。
ラングステンの騎士達は決して諦めていなかった。
ケガ人こそいるが死者はいないようだ。
そして、ティアリ王国の兵にもまだ死者はいない。
「あ、あれはなんだ!?」
「巨大な光り輝く女……!?」
「足元に誰かがいる? あれは……まさかっ!? 聖女様かっ!!」
絶望に押し潰されかけていた騎士達の顔に希望の灯が灯り始めた。
その希望は俺に力を与える。
「さぁ……全ての悲しみと闘争心を『喰らい』尽くせ!
全てを喰らう者・光の枝!」
全てを喰らう者・光の枝がその両腕を広げると、
彼女の胸に向かって黒い靄のよう物が引き寄せられていった。
それはティアリ王国の兵から出ている物で、暫くすると出てこなくなる。
「こ、これは……動く、動くぞ! 自分の意思で動く!」
そう、この黒い靄こそ悲しみと闘争心が具現化したものなのだ。
「た、助かった! 助かった! もう、恩人に切り掛からなくてもいいんだ!」
「万歳! 聖女様! 万歳!!」
溜まりに溜まった黒い靄を全てを喰らう者・光の枝は胸に抱きかかえた。
その豊満な胸に吸い込まれるようにして黒い靄は呆気なくその姿を消してしまう。
彼女は喰らったのだ、この場に居る全ての命から悲しみと絶望と闘争心を。
これこそが全てを喰らう者・光の枝の能力。
心の闇を喰らい光を与えし者の能力なのだ。
「な……なんという能力なのだ。規格外にもほどがある。
エルティナ……おまえはいったい?」
「俺は……聖女エルティナであり、全てを喰らう者。
そして、真なる約束の子でもあるんだ。
桃先輩には、この戦いが終わったらきちんと話すよ」
俺の半身といってもいい桃先輩に隠し事などするつもりはない。
こっそりつまみ食いしたことは内緒にするがな。
俺は後方部隊の下に降り立つ。
そこには膝を突き首を垂れる騎士達の姿があった。
「皆、無事だったか?」
「ははっ! 全ては聖女エルティナ様のお陰でございます!」
後方部隊全員に行き渡るように〈エリアヒール〉を展開する。
……どうやら、上手く行き渡ったようだ。
魔力使用量は全体の十パーセントといったところだろうか?
まだまだ連発はできないな。
「エルティナ様! ご無事でしたか!!」
「リマス王子、よかった、無事だったんだな」
そこに景虎を伴ったリマス王子が駆け付けてきた。
所々服が破れているのは剣を手に取って戦っていたからだろう。
初めて出会った時よりも彼の顔付は精悍になっていた。
「エルティナ殿、ご覧のとおり、リマス王子はご無事でした」
「あぁ、助かったよ。ありがとな、景虎」
俺が景虎に礼を言うと彼女は照れ臭そうに頷いた。
意外とウブな娘である。
「くひひ、やっぱり貴女だったのね?」
「ディレ姉、無事……うひぃ、まさか殺害はしてないよな?」
やたらと返り血を浴びている彼女は異様に不気味であった。
まさにクリーチャー顔負けの狂気度である。
「殴った瞬間に〈ヒール〉していたから問題ないわ」
「それなら問題ないな」
「どういう会話なんですか!?」
リマス王子の華麗なツッコミを頂いた俺達は、
前線でまだ皆が戦っていることを伝え戻ろうとしたのだが……。
「私をダイク殿の下へ連れて行ってください!」
「でもかなり危険だぞ?」
「行かなくてはならない理由があるのです」
彼が手に握っていたのは確か『ティアリの証』と呼ばれているものだ。
「私が……いかなくてはならないのです」
「ふきゅん……決意は固いようだな。
わかった、連れて行ってやるが自分の身は自分で守れよ?」
「……! はいっ!!」
そうと決まれば急いで戻ることにしよう。
「初代、戻ってくれ。獣信合体をおこなう」
「えぇ……わかったわ」
光り輝く身体を小さな光の粒に解いて、
初代は瞬く間に俺の魂へと戻っていった。
「チゲ! 胸部装甲解放だ! 久々に行くぞ、うずめ、さぬき!」
「ちゅん!」「ちろちろ」
ずっと、チゲの中で俺を見守っていた二匹を呼ぶ。
護られていた時間はもう過ぎた、これからは俺が皆を護る番だ!
「神・獣信合体! ケツァルコアトル!!」
ライオットと真・獣信合体をおこなったことによって、
俺は今まで行ってきた獣信合体をより深く理解することができた。
これこそがケツァルコアトル様の能力を十分に発揮できる獣信合体だ。
そんな俺に桃先輩はため息を吐き、静かに話し掛けてきたのである。
『おまえの可能性には本当に驚かされる』
『ふっきゅんきゅんきゅん、惚れたろ?』
『まったく、おまえは……そうだな、惚れたと言っといてやる。
幸いにも前線に負傷者はいるが死者はいないようだ。
皆が待っている……急ぐぞ、エルティナ』
『応!』
黄金の巨大な蛇神となった俺の背に
リマス王子、景虎、チゲを載せて空高く飛び立つ。
湧き出る力、勇気、愛。
それは留まることを知らなかった。