表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
食いしん坊エルフ  作者: なっとうごはん
第八章 きみがくれたもの
397/800

397食目 折れぬ信念をその手に

◆◆◆ シグルド ◆◆◆


「ダイク……久しぶりだな」


「よぉ、ハーイン。十五年ぶりか? 随分と派手にやってくれたもんだな?」


我らと対峙する真紅の鎧を身に付けた男の名はハーイン。

この騒動の黒幕だそうだ。

ダイクが言うには、彼は鬼と結託し国を乗っ取るために鬼に堕ちたのだという。

確かに彼からは鬼の力を感じるが、それは我を脅かすほどのものとは感じていない。

我が気になるのは、寧ろハーインが身に付けている鎧の方だ。


『マイク……あの男の身に付けている鎧を調べることはできるか?』


『あぁ、俺っちも見た瞬間、ビビっと来たから調べてんだけどよぉ……

 ノーデータなんだわ。

 桃使いの情報バンクにも載ってないところを見ると、

 ありゃあ相当に古いか検閲が掛かっている危険なものだな。

 OK、この場で調べてやるさ、ブラザー』


『頼む、何か嫌な予感……いや、おまえになら正直に言おう。

 我はあの鎧を恐れている』


『恐れるという感情は悪いことじゃないぜ、

 本能が報せる危険サインだからな。それに振り回されるのがBADなんだ。

 確かにアレからは俺っちも嫌なもんを

 ビンビン感じるから急いで解析を進めるよ』


嫌な予感、そして恐れ、

かつてこれほどまでに我の心を

騒めき立たせるものに遭遇したことはなかっただろう。

それが目の前にあるという事実。


「なんでリリィ王妃を殺した? 彼女を殺す必要はなかったろうに」


「あぁ、彼女が邪魔さえしなければな」


「ティアリの誓いをリマス王子に託したことか? だが、アレは単なる……」


「ティアリの誓い……ふっ、貴様も知っているだろう。

 アレがそんなものではないということに」


「……」


「アレは王位継承権を認めるものではない。

 代々ティアリ王家が護ってきた『封印』だ。

 貴様も私と共に戦ったはずだぞ?

 十五年前の封印戦争最後の戦いにおいて……憎魔竜フレイベクスの影と」


「……貴様っ!? まさかっ、その鎧はっ!!」


「そうだ、これこそが憎魔竜フレイベクスだ。

 女神マイアスに封印されたとされている邪竜の宿りし鎧。

 身に付けた者は邪竜の憎悪に侵され狂うとされているが……

 鬼である私には無尽蔵に力を与えてくれる最高の鎧となる」


ハーインの鎧が突如変化を始めた。

それはあっという間に我と同じくらいの大きさの

ドス黒い竜の姿へと変わったではないか。


『おいおい、マジかよ!?

 今調べたんだがよ、邪竜って呼ばれてっけど種族は「神」だぜ!?

 一介の桃使いや人間が敵う相手じゃねぇよ! ジーザス!!』


『たとえ神であろうとも我らは退くわけにはいかぬ。

 それが桃使いであろう? マイク』


『まぁ……そう言うだろうと思ったぜ、ブラザー。

 OK、できる限りのことは準備しておくさ。

 だから、ブラザーは戦いに集中してくれよな!』


『うむ、任せた』


『あいよぉ!』


ハーインが巨大な戦斧を手に姿を邪竜に変えた鎧にまたがった。


「ダイク、ティアリの証をフレイベクスに取り込ませた時、

 こいつは完全なる復活を果たす。

 それがどういうことを示すのか知っているな?」


「あぁ、この世から理性と愛情が消え去るって話だろ? 悪い冗談だぜ」


「ふっふっふ、それは冗談ではない、事実だ。

 フレイベクスと契約を交わした私は、こいつの過去の記憶を共有している。

 荒廃する世界を眺めるのは中々のものだったぞ?」


「てめぇ……本気で言ってんだな?」


「あぁ、鬼であるエリスが生きるには丁度良い世界になる」


我の首にまたがるダイクの闘気が一気に膨れ上がった。

熱い、なんという熱い闘気であろうか。

闘気には人の心が直接反映されると聞く。

ダイクは飄々とした感じの印象であったが、

内にはこれほどの熱い心を持っていたことを思い知らされた。


「ダイク、私はな……常々おまえと殺り合ってみたいと思っていたんだよ。

 私は強さに渇望していた、強者を渇望していた、頂点に立ちたいと思っていた!

 ははははは! 今! 私は! おまえを! 超えるぅぅぅぅぅぅっ!!」


この男……鎧の力に取り込まれつつあるのか?

感情が不安定になりつつあるようだ。


「ハーイン!!」


「来るぞ、ダイクっ!! 剣を構えろっ……桃仙術『桃光付武』!」


狂気の表情を隠すことなく曝け出したハーインが内に秘めた欲望を告白した。

それが戦いの始まりを告げる鐘となり我らは激突する。

その直前にダイクの剣に桃力を纏わせた。

桃力の絶対量が多くない我は節約して使わなければならないからだ。


地を駆け突撃してくるフレイベクスに対し我も地を駆ける。

地響きが鳴り響き地面を揺らし砂埃が舞い踊った。


「しゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


「おるぁぁぁぁぁぁっ!!」


ハーインの戦斧とダイクの剣とがぶつかり合い火花を撒き散らす。


「ははは! どうした?

 俺の知っている闘神はこの戦斧をも真っ二つにしていたぞ?」


「く、このっ! 俺の歳を考えてみろっ!」


「くくく、人間とは悲しいものだな? 老いが何もかもを奪ってゆく。

 美しかったリリィ王妃も年々老いて見られなくなっていったからな」


「この野郎! 言わせておけばっ!」


鍔迫り合いはダイクの方が劣勢であった。だが、これは想定内。

元々疲弊していたダイクが心身ともに完璧な状態のハーインと

まともに戦えるとは思っていない。

よって、桃力を使いダイクを援護する。


「桃力〈固〉!」


この戦いは一対一の戦いではないことを我は存分に理解している。

ダイク一人でも勝てないだろうし、我だけでも勝てない可能性があった。

それほどまでにフレイベクスが脅威であることを感じていたのだ。


「うぬっ!? なんだ! 斧が動かないだとっ!?」


『我の能力でヤツの斧を一時的に固めた! この隙を突け!』


『ありがとよ、相棒!』


『ふん』


ダイクとは予めソウルリンクを果たしておき魂会話ソウルトークをできるようにしておいた。

これが中々便利なもので魔力に乏しい我が

魔法である〈テレパス〉を使用しなくても済むという利点が発生するのである。


そして、ダイクの相棒という言葉に背中がむず痒くなりチクリと心が痛む。

我の相棒はただ一人……シグルドと決めていたのに、

ダイクに相棒と呼ばれて嬉しがる自分がいることに衝撃を受けたのだ。

それを我はダイクがシグルドに似た雰囲気を持っているから仕方がない、

と誤魔化すことにして戦いに意識を集中させた。


「そぉうらっ!」


「ちっ! フレイベクス!」


ハーインは空間に固定されて動かせなくなった斧を手放し、

フレイベクスを後ろに飛び退かさせた。

ダイクの攻撃は今一歩のところで空を切ることとなる。


「厄介な能力だな、それならば……これでどうだっ!?」


フレイベクスがその巨大な繰りを開け放ち、

我らに真っ黒な霧のようなものを吐きかけてきた。


『おわぁっ!? こいつに当たるな、ブラザー! こいつは、陰の力そのものだ!

 当たったら、俺達はともかくダイクがもたねぇ!』


『うぬっ!』


『シグルド、後ろに下がるな! 前に進め!』


ここでダイクがとんでもないことを言い出した。

マイクに陰の力を持った霧に触れればひとたまりもない、

と告げられたばかりであるのに、それに突っ込めというのだ。


『後ろに下がったらやられる! 俺を信じろ!』


『出会ったばかりの汝を信じろというのか!?』


『そうだ!』


『勝手なヤツめっ! 我にまたがる者はいつもそうだっ!!』


我は陰の霧に向かって駆け出した。

それを見て眉をピクリと上げたのはハーインだ。


「ちっ、掛かってはくれんか。だが、このブレスをどうする?

 全てを黒く染め上げる陰の霧は風に影響されぬぞ!!」


迫り来る陰の霧、接触まで後僅かだ。

我は万が一のために桃力を身に纏わせる準備を整えておく。

陰の霧に接触する目前でダイクが右手を突き出した。


「見せてやるよ、俺の個人スキル!〈大いなる布〉!」


ダイクが力ある言葉を言い放つと突如として巨大な何かが出現し、

瞬く間に陰の霧をつつみこんでしまったではないか。

これはいったい!?


「お、上手くいったぞ? これもモモセンセイのご加護かな?

 そぉうらっ! 突っ込め、突っ込めぇ!」


「な、汝!? 自信ありげであったが

 確実に防げると確信していたわけではなかったのか!?」


「人生に確実なんてもんはねぇさ」


「HAHAHA! 良いこと言うねぇ、俺っちと気が合うかも!」


「ええい、こいつらはっ!!」


我はいい加減な二人に頭を抱えつつもハーイン目掛けて突撃した。

彼には悪いが鬱憤の捌け口になってもらう。


「なんだそれはっ!? 今まで貴様が使ったのを見たことがないぞ!!」


「そりゃそうだ、これは俺が引退した後に身に着いたもんだからな。

 便利だぜ? 大量の洗濯物を包んでおけるからな」


「ふざけたことをっ! 鬼戦技〈狂気の槍〉!」


ハーインは陰の力を手に集めてドス黒い闇の槍を作り出しダイクの剣を受け止めた。

その陰の力は非常に強力な物であり、

ダイクの剣は陰の力に耐えきれず折れてしまう。


「ちっ、おまえもふざけた力をてにいれたなぁ、おい」


「貴様に言われたくはない!」


桃力を纏ったダイクの剣も業物ではあったが、

陰の力……それも濃厚したものには無力であった。

武器がなければダイクは攻撃のしようがない。

しかし、我は元々武器を持って攻撃は行わないので

ダイクに手渡す代わりの物はないという不具合が生じてしまった。


『何言ってんだ? あるじゃねぇか、相棒』


我の頭に響く懐かしき声。

忘れるわけもない、その声を。


シグルド……汝、どこの誰とも知れない者にその身を預けるというのか!?


『どこの誰だ、なんてどうでもいいじゃねぇか。

 鬼退治してんだろう? だったら俺達の同士、仲間ってヤツさ。

 そうだろ? 相棒』


シグルド……汝……そうだったな。

我がこだわり過ぎていたのやも知れぬ。

いや、きっとそうだったのだろう。我はまだまだ未熟よ。

頼む、力を貸してはくれぬか、相棒。


『あぁ、救ってやろうぜ。力に憑りつかれた男をよ!』


我は桃力を回し力を増幅させてゆく。

これはつい最近にようやく習得した桃使いの基本的な技だ。


「回れ! 我が内に秘めし奇跡の力……桃力よ!

 我が魂の咆哮を聞き届けたまへ!」


我は天に向かってあらん限りの咆哮を放った。

その咆哮は天にまで届きそして桃色の輝きとなって我らに注がれる。


「な、なんだ!? その輝きは……

 ぐぅぅぅぅぅっ!? 身体が焼けるように熱いっ!!」


ハーインが悶え苦しむのもわけもない。

この輝きは桃力の大いなる輝き、陽の力そのものなのだから。


「朽ち果てぬ思いと折れぬ信念を風に受け……今こそ顕現せよ!

 信念の剣・青きシグルド! 降臨!」


天より桃色の輝きに護られながら青き剣が降りてきて、

戸惑うダイクの正面で停止した。


「ダイク、誓え。決して折れぬ信念を持ち、その剣を以って悲しき鬼を救うと」


ダイクは一つ深呼吸をおこない決意を以ってシグルドの剣を手にすると、

その瞬間の彼と我とが真に繋がった感覚を共有したのであった。

ダイクの想いと覚悟がシグルドの剣を通して伝わってくる。

その熱き思いも悲しみも全てが伝わってきた。


彼は戦友であり親友でもあったハーインを切る覚悟ができていたのだ。


「ハーイン、おまえがどうしてそうなっちまったかは、だいたいわかっている。

 おまえは俺のもう一つの結末そのものだ。

 でもな……それでも、おまえは進んじゃいけねぇ道をいっちまったんだ。

 それは決して許されることじゃない。だから俺は……!!」


ダイクが青き剣シグルドを両手で構えると、

剣から溢れる桃力がダイクを包み込み彼の眠っていた力を呼び覚まし始めた。


「この剣と相棒達とで……おまえを救う!」


「綺麗事を言うなぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


ハーインが咆えた。

その顔には今まで見せたことのないような怒りが宿っている。

何故かその激しい怒りは自分のためのものではないと感じた。


「貴様に私の何がわかる! 貴様に……エリスの何がわかるというのだ!

 何が私を救うだ!? そんなことをしてくれと誰が頼んだ!!

 世界中の人間に見捨てられ

 ドブネズミのように生き延びてきた女の気持ちがわかるのかっ!!」


「ハーイン! だからこそ、おまえは鬼に堕ちるべきではなかった!

 鬼に堕ちるほどの覚悟があるなら……

 何故惚れた女を救おうと世界に抗わなかった!!」


「黙れっ、黙れぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」


ハーインが手にする狂気の槍に更なる陰の力が集まってくる。

それは彼自身が放つ後悔と絶望の感情も入り込んで

より強力な物へと変化を果たしていた。


「俺は……エリスと……生きるんだ。永遠に。

 彼女が奪われた物を……願う物を……私が奪い返し与え続ける。

 もう、誰にも……彼女を脅かすことはできない最強の力を……私は手に入れた。

 手に入れたんだよ! ダイクっ!!」


怒りと悲しみの感情が混じりあったその顔に我は心が痛んだ。

自分のためではなく愛する者のために堕ちし者がこれほどまでに悲しいとは。


「そんな力はまやかしだ!

 それを一番知っているのはおまえだったじゃないか! ハーイン!」


「ダイク! 私は、私はっ!! 見つけてしまったんだよ! 愛するべき女を!

 フレイベクス! 我らに立ちはだかる全ての者を滅ぼす! ゆけいっ!!」


咆哮を上げて邪竜フレイベクスが突進してきた。


「バカ野郎が……!! 相棒! やるぜ……あいつを止めるんだ!!」


「我が汝の足になってやるのだ、必ずヤツを救え!」


我も咆哮を上げ突撃する。

小細工など不要、この戦い……想いの強い方が勝つ。


「ダイクゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥっ!!」


「ハァァァァァァァァァァァァァインッ!!」


再び激突する我らに大地は慟哭のような鳴き声を上げる。

それは我らの衝突の激しさを物語るものだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ