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食いしん坊エルフ  作者: なっとうごはん
第八章 きみがくれたもの
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396食目 愛の拳

◆◆◆ ヤッシュ ◆◆◆


うっひょう、大ピンチだ~! これもう勝てるかわかんねぇなぁ!?


迫り来る鬼の群れ、その数五百。

人間とはまるで勝手の違う相手に兵の多くは戸惑いを見せていた。

こちらの攻撃は通用せず、一方的に向こうから攻撃を受ければそうもなろう。

こちら側が事前に鬼の情報を得ていなければ、

わけのわからぬまま総崩れになっていたに違いない。


おぉ、こわっ!


『こちらの攻撃通用せず!』


『攻撃魔法による攻撃も効果なし!』


『指示を!』


指揮者としては最悪の情報がどんどん〈テレパス〉にて送られてくる。

どれもこれも聞きたくない情報ばかり。

覚悟はしていたが本当に無茶苦茶な相手だ。


私は内心では娘のごとく白目痙攣状態であったが、

努めて表情には出さず冷静な振りをして指示を出す。

こりゃあ、しんどい戦いになりそうだ。


『GD隊前へ! GDを身に纏っていない者は下がれ!』


対鬼用に結成されたGD隊は約三百名。

うち数名はエルティナ達の支援に派遣しているため、実際の数はそれより少ない。

それで圧倒的な暴力の塊である鬼と対峙するのだから心許ないと言えよう。


しかし、これは避けては通れない戦いだ。

ここで我々が敗れることになればティアリ王国は滅びる。

それだけではない、ここを拠点として世界各国に魔の手を伸ばすことだろう。

きっと、その魔の手はラングステン王国にまで伸びる。

絶対に負けるわけにはいかない。


せめて両側が断崖絶壁でなければ奇襲やら何やらできるのだが……

この地形では真正面からまともにぶつかり合うしかないのだ。


「ヤッシュ総司令、我が隊も出ます。ホワイトファング隊、出るぞ!」


「で、殿下っ!?」


エドワード殿下が自ら編成された部隊

『ホワイトファング』を率いて出陣してしまった。

引き留める間すらない。元より返事も聞くつもりがないのだろう。

血気盛んな姿は若い頃のウォルガング陛下と瓜二つである。

まぁ、エドワード殿下の方が数段美形であるが。


彼の暴走は若さ故の過ちだと認識しなければならないが、

ホワイトファング隊の九名はGDを身に纏った

若き騎士候補生によって編成された対鬼特化部隊となっている。

戦力の乏しい現状では猫の手でも借りたいこともあり、

引き留めるタイミングを逃してしまったのだ。

これは己の失態として処理しなくてはならない。


あぁぁぁぁぁ、報告書類が地獄の宴と化すぅぅぅぅぅぅ!


「ドゥカン技師……いやギルドマスター」


「いつものとおり技師で構わんよヤッシュ君」


「はは、どうも慣れませんな」


「お互いにの」


「私用のGGゴーレムガントレットは仕上がっていますかな?」


「あぁ、バッチリ仕上げておいたぞ。腕だけじゃから簡単なもんじゃ」


ドゥカン技師から赤く輝く二つのガントレットを受け取り両腕に装着する。

それはとても良く馴染み、私に鬼と戦う力が与えられたことを実感させた。


「くひひ、いくのねヤッシュさん」


「あぁ、こうなってしまっては実質鬼五百とGD隊三百との決戦になる。

 私は前線で指揮を執るので、きみは後退してきた負傷兵を頼む」


「えぇ、任せてちょうだい」


傍にいたヒーラー隊のディレジュが私の出陣の気配を察して声を掛けてきた。

彼女は目立った活躍こそしていないが周りに配慮ができる逸材であったのだ。

喧嘩の仲裁役など何度買って出てくれたことかわからない。

まぁ、確かにその容姿は不気味……げふんげふん、独特であるが。


後、仲裁された両者が時折虚空を見つめてブツブツ言っているが……

た、たぶん大丈夫だろう。エルティナの同僚だし。うん、きっと大丈夫。


「死なないでね、エルティナが悲しむわ」


「……あぁ、私もエルティナが成人する姿を見るまで死ぬつもりはないよ」


私は葦毛の馬にまたがり腹を蹴った。

彼もまた過酷な戦場に赴くことを察し己を奮い立たせるためにいななく。

この愛馬の名はパック、何度も戦場を共に駆け抜けた私の相棒だ。

私の無茶に振り回されて愛想を尽かさなかったのは彼くらいなものである。


「駆けろ、パック! 風よりも早く!」


私達は激戦が始まろうとしていた前線へと急いだ。




戦場は混沌を極めていた。

飛び交うピンク色の熱光線と赤黒い破壊光線。

刻一刻とその姿を変えてゆく景色。

爆発音が耳を貫き、悲鳴が心を抉ってゆく。

ここは、まさしく地獄であった。


「戦況はっ!?」


「ヤッシュ総司令! やはり我々が数で圧されております!」


迫り来る破壊光線を的確に盾で防ぎながらハマーは報告した。

既にその盾は限界に来ており、もう一~二発耐えれるかどうかであった。


「そうか。パック、ご苦労だった。本陣にて帰りを待っていてくれ」


パックは私の頬に鼻をすり寄せた後、本陣に向かって走り去っていった。

本当に賢い子で助かる。

私はGD隊に指示を伝えるため〈テレパス〉を発動した。


『まともに戦っていてはやられる。

 隊を半分に分け、休憩する時間を作るぞ!

 第一陣の指揮は私が取る! 第二陣はハマーの指揮下に入れ!

 事前連絡のあったとおりの指揮者の下に向かうように! 以上!』


『『『はっ!』』』


三百のGD騎士を半分に分け持久戦に持ち込む。

我らがするべきことは時間稼ぎである。


ティアリ城内にハーインがいないことは既に〈テレパス〉で伝えてあるが、

その城内でとんでもないものを発見したとの連絡も受けていた。

鬼穴という鬼を無尽蔵に生み出す悪夢のような穴。

それの破壊に手を焼いているらしい。


だが、悪い事ばかりではない。

こちらには黄金の輝きを放つ異形の桃使いガルンドラゴンのシグルドと、

オオクマと名を偽っていた闘神ダイクがハーインを抑え込んでいたのである。

よって、我々が抑え込むべきは大量の鬼とその指揮をおこなっている女の鬼だ。


だが、これが厄介なことであったのは間違いない。


「パパ」


「エ、エルティナっ!?」


向こうから駆け寄ってくるのは娘のエルティナであった。

小さな手を伸ばしてぱたぱたと笑顔で近付いてくる。

どうして、こんな場所に……? もう鬼穴を処理し終えたのか?

いや、それよりも赤ちゃんじゃない!? どうなっているんだっ?


「ヤッシュ総司令! いけませんっ!」


ハマーがピンク色に輝く剣でエルティナを真っ二つにしてしまった。

私はそれを呆然と見ているしかなかったのである。


「ハ、ハマーっ!?」


「これをご覧ください」


彼に言われて真っ二つになった最愛の娘を見やると、

その姿が見る見るうちに鬼の姿になってゆくではないか。


「あの女の鬼は我々の心の隙を突くような幻覚魔法を使用しているようなのです。

 このせいで数名が深手を負いました。ヤッシュ総司令もお気を付けください」


「うぬ……我らの大切なものまで踏みにじるとは……許せん。

 わかった、ハマー、おまえ達は指示があるまで後方で待機だ」


「了解であります、ヤッシュ総司令、ご武運を」


「うむ」





鬼との戦いが始まってどのくらいたっただろうか?

既に第二陣との交代を二回ほどおこなっている。

少しばかりの休憩で体力が回復するわけもなく我々は劣勢に立たされていた。


倒しても倒してもティアリ城から増援が押し寄せてくる。

モモガーディアンズがティアリ城で鬼を退治してくれているようで、

その数は時間を追うごとに減少しているが疲労も相まって、

ごりごりと私達の精神を削っていった。


「諦めるな! ここで私達が心を折れば世界は闇に飲み込まれるぞ!」


エドワード殿下が兵達に叱咤激励を送る。

その檄によって兵士達の目に再び闘志という名の輝きが戻ってきた。


「諦めた方が楽になるわよ」


「エルはそんな喋り方をしないし、そんな人に媚びる顔もしない!」


彼はエルティナに化けた鬼をそう一括した。

すると、たちまちのうちに化けの皮が剥がれてゆく。

それをモモセンセイの大樹にて一ヶ月もの時を掛けて祝福されたという、

木刀で易々と切り裂いてしまった。


この木刀自体も恐れ多くも神聖な大樹から切り出されたという。

既に国宝といってもいい代物だ。

しかもモモセンセイの大樹自らがエドワード殿下に授けた、

というのだから驚きである。


それよりも殿下の一喝だけで幻術が解けた。

これは相手側も相当に疲弊しているということに違いない。

よし、ここは兵士を鼓舞して戦況をひっくり返すチャンスだ。


「み……」


「皆、見たか! 一喝しただけで化けの皮が剥がれた!

 と言うことは向こう側も相当に疲弊しているということだ!

 恐れるな! 心に愛と勇気をもって立ち向かえ!」


「「「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」」」


「……」


あ、うん。

言いたかったこと全部エドワード殿下に言われてしまった。

本来なら私が言わなくてはならないことを殿下は先に言ってしまわれた。

しかし相手は将来私の仕えるであろう君主なので我慢するしかない。


あぁ、胃が痛くなってきた……。


「おにぃ……」


「慰めてくれるのか……ありがとう」


遂に鬼にまで同情されてしまった。

時折、こういう人間臭い鬼が混ざっているのだ。

理由はわからないが、とにかく謎の多い存在であるのは間違いない。


桃力を封じ込まれた真紅のガントレットで小さな鬼の頭を撫でてやると、

その鬼は嬉しそうな顔を浮かべ、

美しいピンク色の光となって天に昇っていった。


こういう倒し方もあるのか……

と思ったところで私は娘が日頃言っていた言葉を思い出す。


『桃使いは奪う者ではない救う者だ。

 たとえそれが敵であっても、桃使いは愛を以って救ってやるのさ』


私は真紅のガントレットを見つめた。

もし、先ほどのように鬼すら救ってやれる力が

このガントレットに秘められているのであるのなら……。


「私は救わねばならない、桃使いエルティナの父親として迷い子である鬼達を」


私は手を握りしめそこに溢れんばかりの闘志と覚悟、

そして愛情を込めて駆け出した。


「ヤッシュ総司令!?」


「指揮官を叩く……いや、救う! ついてこれるか? フウタ男爵!」


「無茶です! 現に鬼一体に手を焼く現状ではっ!」


その時、鬼の一体が我々の隙を付いて飛びかかってきた。


「ヤッシュ総司令!」


フウタ男爵が祝福された愛刀で鬼に切り掛かるも、

その小さな鬼は素手で受け止めてしまった。

祝福されていなければ中ほどで折られていると聞く。


「くっ……これだから鬼というヤツはっ!」


「そうじゃない、そうじゃないんだ……フウタ男爵」


「えっ!?」


「私は理解したよ、この哀れな子供達のことを」


私は拳を作り、それをフウタ男爵の刀にへばりついている鬼の頭に落とす。

力など殆ど籠めない、籠めるのは愛情と願い。

今度は光り差す世界に生まれておいで、という願いだ。


「おにっ!? おにぃ……」


ただ……それだけで鬼はピンク色の光となって天に上っていったのだ。

この現象にフウタ男爵は目を丸くして驚いた。


「子供を叱る時、げんこつに込めるのはいつだって愛情だ。

 子供のいるきみにはわかるだろう?」


「いえ……私は子供に叱ったことがありません。皆、良い子ですから」


「ふむ、きみは子供といる時間が少ないようだな」


「え?」


「完璧な子供なんておらんよ。

 この戦いが終わったら一度、家族とゆっくりすることを勧める」


キョトンとする彼を置いて私は駆け出した。

大量の鬼達が一斉に飛びかかってくるも、今の私には問題ない。


「今、救ってやるからな」


真紅のガントレットが私の想いに応えるように輝き出した。

それは真っ赤な炎のような輝き。


「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ! ふ……はぁっ!!」


跳びかかってきた鬼九体に拳を当て、

私はその全てに同等の愛情と願いを注ぎ込んだ。


「おにぃ……」


やはり先ほど同様に安らかな表情で昇天してゆく鬼達。

不器用な私は戦場にあっては拳で語り合うことしかできない。

だが、その拳に愛と祈りを込めて救うことができる相手がいるのであれば……。


「これもエルティナのお陰か。さぁ、行くぞ」


大量の鬼の群れの向こう側に僅かに見える指揮者の姿。

私はそれに向かって駆け出した。


拳に溢れんばかりの愛と祈りを込めて。

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