395食目 決戦の場へ
『桃吉郎……なんだな?』
『ヒトチガイデス』
『俺がおまえの桃力を間違えるわけがないだろう!
色々と聞かせてもらうぞ!』
『おごごごご……なんだって、おまえがこいつの桃先輩に!?』
脳内で繰り広げられる尋問劇に俺はただ白目痙攣で耐えるしかなかった。
どうやら木花さんと桃先輩は知り合い同士であるらしい。
『何故、おまえはあの時……』
『ストップだ、トウヤ』
『なんだ、下手な言い訳は通用しないぞ』
『そうじゃない、きっと俺はおまえの質問には「答えられない」』
『どういうことだ?』
『俺は木花桃吉郎の記憶の残り香……搾りカスみたいのものなんだ。
大切な記憶の大部分は「あいつ」が持っていっちまった。
だから、俺には桃使いとして大切な心構えと
しょうもない記憶しか残っていない』
『……』
ここで二人の会話は少しの間途切れてしまった。
桃先輩が絶句してしまった感じだ。
『あいつとは誰のことだ?』
『残念だが、それにも答えられない。
すまんな……折角会えたのに、もう眠りに就かなくてはならない。
搾りカスである俺に残されている時間は僅かなもの、
今はまだ消え去るわけにはいかないんだ……わかってくれトウヤ』
『桃吉郎……』
『……じゃあな、トウヤ。
エルティナも信念を持って真っ直ぐ進め、いいな?』
わかったんだぜ。木花さん。
木花さんは俺にそう伝えると静かに意識から消えていった。
本当に不思議な人だった。
優しくも厳しくあり、頼り甲斐がある変な人。
そして、どこか懐かしく感じる。
『……エルティナ、どこも異常はないな?』
『あぁ、特に問題はないんだぜ』
どこか力のない桃先輩を元気付けてやろう、
と俺は無駄に身体をふにふにさせて大丈夫さをアピールした。
『おまえは小さいとはいえ鬼の角を手にしても平気なのか?
それは見ただけで人の心を蝕むほど強力な陰の力の塊なんだぞ』
『ふきゅん、そういえば手に持ったままだった』
俺の手の中で静かに輝きを放っている鉛筆程度の長さの鬼の角。
その黄金に輝く角は確かに人を惹き付ける魔性の美しさを持っていた。
きっと常人がこれを見たら我先に我が物にしようとするだろう。
でも、俺の場合は金品よりも美味しい食べ物が優先されるので、
そこまでの魅力を感じることはなかった。
美味しいんなら真っ先に食ってやったが。
『茨木童子の力は感じるが特に問題はない』
『そうか、まさかとは思うが……茨木童子の陰の力に耐性ができているのか?
まったく、色々と報告することが増えてゆく一方だ』
あ、そうだ。折角だからどんな味か舐めておこう。
れろれろれろれろれろれろ……。
『ひぃぃぃぃぃぃぃっ!? や、やめい! わらわの尻を舐めるでないわっ!』
鬼の角をとんぺーのごとくに舐めたところ、
それに引き籠った茨木童子から苦情がきた。
リンダの身体から抜け出た彼女は鬼の角に戻っていたようだ。
どうやら、角の根元はお尻に当たるらしい。
舐めてみたが特に美味しくはなかったのでがっかりだ。
『おまえは……まぁいい。その角はおまえが厳重に管理するように。
後でドクター・モモに解析してもらう。
無論、万が一に備えてエルティナにも立ち会ってもらうからな』
『また、あのマッドな実験に立ち合わされるのか……壊れるなぁ』(鬼の角)
可愛そうだが、茨ちゃんにはヒンヒン鳴いてもらうしかない。
敗者には過酷な運命が待っているのだ。
俺はガンズロックに抱きかかえられているリンダの下へ駆け付けた。
見た感じ、かなり疲労しているようだが命に別状はないようで一安心だ。
「一時はどぉなるかと肝を冷やしたがぁ……無事に戻ってきてよかったぜぇ」
「それにしても、リンダの武器がまさか鬼の角だったとは思いませんでした」
フォクベルトは鬼の角を包んでいた物の一部を拾い上げ眺めると
とても驚いた顔を見せた。
「これは……まさか?」
ずれていた眼鏡の位置を指でくいっと修正すると、その眼鏡がギラリと輝く。
これが噂に聞く『くいピカ眼鏡』だろう。現物を見るのは初めてだ。
これは眼鏡に魔力を流すと
眼鏡のレンズが一瞬きらりと輝くだけの無駄アイテムだ。
雰囲気作りには適しているようだが、道具なしにそれができなければ
立派なメガネストにはなれないぞ?
そんなフォクベルトは震える手でその欠片をガンズロックに手渡した。
彼はその際に奇妙なポージングを取ったが意味があるのだろうか?
「こいつぁ……アダマンタイトじゃねぇか!
なんてもんに包まれてやがったんだよ!?」
鍛冶屋の息子であるガンズロックの目の色が変わった。
両手でアダマンタイトだという欠片をじっくりと眺め出したのだ。
「おごっ!?」
その際、リンダの頭が鈍い音を立てて床に激突したことを
こっそりとお伝えしよう。
彼女は白目痙攣状態になっているが、いつものことなので気にしないことにする。
「こいつぁスゲェぜ、うちでも扱ったことのない金属だぁ。
前にドロバンス帝国で一度だけ見たことがあるがよぉ、
まちがいねぇ、アダマンタイト鉱石だぁ。
表面に付いている石の部分もよぉ、かなり特殊な石だぜぇ……」
「そうなのか? それじゃあ、全部回収しておこうぜ」
「ほう、私と同じく価値の高い物なのだな?」
ライオット達が落ちているアダマンタイトをせっせと拾い始めた。
あ、こら! シーマ! こっそりと懐に忍ばせるんじゃない!
「そうだな、鬼と戦ってわかったことだけど
俺達の武器って鬼に対して効果が薄いから、
もっと強力な武器が必要だと思うんだ」
「いや、ここは防具だろう? 見てくれ、盾がボロボロだよ。
こんなんじゃあ、皆を護ることができない」
リックとクラークがアダマンタイトの加工先を
武器と防具どちらにするか論議し始めた。
今はそんなことをしている場合じゃないんですがねぇ?
『そうだな、まだハーインと多数の子鬼が城外で戦闘中だ。
我々も急いで駆けつける必要があるが……
疲労が蓄積している者はここに残す必要がありそうだな』
『俺もそう思っていた』
というか、皆ボロボロで疲労していない者を探した方が早いくらいだ。
だが、その疲労していない者というのが問題だった。
ダナン、プリエナ、グリシーヌといった非戦闘員ばかりだったのである。
これはもう、俺一人で合流した方がいいな。
後は咲爛達やレイヴィ先輩辺りが疲労していなければ、
なんとかなりそうなんだが。
「なんじゃ、もう終わってしまたのか? つまらんのぅ」
「咲爛様、終わっていた方がいいのですよ。
エルティナ殿、万事上手くいったようだな」
そこに咲爛と景虎が合流した。
流石は我がクラスの中でもトップクラスの戦闘力を誇る二人だ。
小鬼程度では疲れすら見せない。
「あぁ、でも戦いはまだ終わっていない。
見てのとおり、皆ぼろぼろだ。
最悪、俺一人でエドワード達と合流しようと思っていたところさ。
疲れていないなら咲爛達も一緒に行ってくれるか?」
「うむ、わらわも物足りぬと感じていたところじゃ。
これ景虎、太郎、戦の続きじゃ、付いてまいれ」
「御意」「ぴよっ」
咲爛に付き従う景虎はまさに瀟洒な従者といったところだ。
これで料理の腕前がよかったら完璧だっただろう。
その場合、彼女の肩に載るフライパン太郎に出会えなかったのだが。
「それにしても……
咲爛は武器を持っていないようだが、戦闘中にでも壊れたのか?」
咲爛はどういうわけか武器を持っていなかった。
以前愛用していた刀は呪われた武器ということで
景虎が厳重に封印してしまったのである。
そのせいもあってか咲爛は以前よりもお淑やかになっていた。
俺としては違和感の方が強く感じる。
「うん? 武器なら持っておるではないか」
と俺に見せたのは何の変哲もない扇子であった。
まさか……これで引っ叩いているのだろうか?
ユウユウじゃあるまいし……。
「ふふん、戦場に着いたら心ゆくまで見せてしんぜよう。
ほれ、皆の者、行くぞ」
一人先を行く咲爛。それに続くのは従者達。
呆気に取られて間抜け面を晒していた俺は我に返りその後を追う。
咲爛が向かった扉の先には真っ赤に染まったクリューテルが立っていた。
「ほう、良い面構えになったではないか」
「お褒めに預かり光栄ですわ……
それよりも、少しばかり時間を掛け過ぎたようですわね。
申し訳ありません、エル様」
「ふきゅん、無事だったかクー様。
それよりも血塗れだぞ、どこかケガでもしたのかっ」
俺がバタバタと彼女の下に駆け付けると、
クリューテルは穏やかに微笑んでそれを否定した。
「いえ、ただの返り血ですわ。お気になさらず」
「なぁんだ、ただの返り血……返り血ぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!?」
予想外の返事に思わず変な声を上げてしまった。
俺のクリューテルのイメージは上品なお嬢様だ。
戦闘でも返り血など浴びないエレガントな戦い方をするものだと思っているし、
実際にそのような戦い方をしていた。
そんな彼女が自分の戦い方を貫き通せないほどの相手と戦った
ということだろうか?
しかし、ケガをしていないということは完勝だということを意味している。
おごごごご……クリューテルは実は強キャラだった!?
「うふふ、でも少しばかり興奮して『やり過ぎた』感じは否めませんわ。
これでも多少はマシになってはいるのですが……今後の課題ですわね」
「お、おう。ガンバッテクダサイネ」
本当に血だらけだ。ユウユウ並みに血塗れになっている。
特にご自慢の美しい銀色の髪の毛に大量の血が付着している。
それはもう不自然なくらいにだ。
……後で洗うのを手伝ってあげよう。
「そうそう、アルアは城内の鬼を殲滅し尽したのかショゴスの上で寝てました。
当分起きないと思われますわ」
「そっか、手伝ってもら……いや、その方がいいか。戦場が大混乱になりかねん」
大戦力になるだろうが身内に被害が出かねないので、ここで寝ていてもらおう。
ショゴスがいればアルアに危険が迫ることはない。
寧ろ、危険が危険だ。逃げてどうぞ。
「後はユウユウ達だけど……みかけたか? クー様」
「いえ、見ておりませんわ」
「わらわ達も見ておらぬぞ」
「そっか、まぁユウユウ達なら心配いらないか。
よし、それじゃあ動けるもので決戦の場に向かうぞっ!」
決戦の場に向かうのは俺と咲爛、景虎、クリューテル。
そして少し遅れて駆け付けてきたレイヴィ先輩とGD騎士。
「おいぃ……チゲも付いて来る気か?」
こくこくと頷くチゲ。
言っても聞かなさそうなくらい決意が固いことを窺わせていた。
「エルっ! 俺も……!!」
「ダメだ、ライは自分で気付いていないかもしれないが、
この中で一二を争うくらい消耗している。
これ以上は本当に死んじまうからここで待っててくれ」
「でもっ!」
「俺を信じろ、ライ」
頑なに同行を希望するライオットをなんとか説得する。
仮死状態になって真・獣信合体をおこなった上に
戦闘でかなりの気を消耗した彼は、これ以上の戦闘は間違いなく不可能だ。
仮に戦ったとしても、待っているのは確実な死だろう。
「エル……わかった。おまえを信じる」
「ありがとな」
軽く準備を整え俺達は皆に見送られて城を後にした。
遠く離れたここからでも見える黒い煙。
人と鬼との戦いは、いまだ続いているようだった……。