394食目 外道
◆◆◆ エルティナ ◆◆◆
「桃先輩! 提案がある!」
「なんだ?」
「脱いでいい?」
「却下だ」
「ふきゅん」
皆がリンダに駆けてゆく。
そんな中、俺はプリエナとビリケツを競い合っていた。
折角の特殊能力『全裸』の効力を知ることができたのに、
それを活かせないとか、これもうわっかんねぇな?
尚、貧弱仲間のメルシェ委員長は小癪にも体力が付き始め、
俺達の前を走っている。がっでむ。
リンダを救出作戦だが……
これは先ほどと変わらず、とにかく彼女と鬼の角を切り離すことだ。
よって、リンダの腕をぶった切るというのが最も早いらしい。
確かに金剛石並みの強度を誇る鬼の角を破壊できる者は現状皆無に等しい。
ユウユウかサクランならできたかもしれないが、生憎とここにはいない。
いっつも最高戦力がいねぇな!? これも女神の陰謀か!? ふぁっきゅん!
ん? 天から誰かのくしゃみがしたような気がするが……気のせいかな?
「鬼の角に触れないように立ち回るんだ!
彼女を複数人で取り押さえて腕を切断せよっ!」
「うひぃ、リンダさんを助けるためとはいえ過激過ぎるわね」
アマンダが二の腕を擦って震えを抑えた後に物凄い速度でリンダに突撃した。
当然のようにリンダは彼女の姿を捕らえており、既に迎撃態勢に入っている。
「残念、本命は俺だよ」
彼女の背中を踏み台にしてオフォールが高く宙を舞う。
しかし、リンダの注意がオフォールに向いた瞬間に、
今度はアマンダが加速し始めたではないか。
本当の本命はオフォールではなくアマンダだったのだ。
それでもリンダはアマンダではなくオフォールに狙いを定めた。
一人ずつ確実に仕留めてゆくつもりなのだろう。
残念ながらオフォールは空を飛べない。
よって空中に居る場合は攻撃を回避することは非常に困難になる。
だが、鬼の角の攻撃範囲に入る直前で
飛ぶことのできないオフォールが宙に止まった。
ブンッ! という音を立て空を切る黄金の角。
「……ききき……オフォール……太った……?」
「筋肉は付いたかな?」
オフォールを空中でキャッチし攻撃の直撃を防いだのは
カラスの鳥人少女のララァだ。
魂会話で相手に覚られないように情報のやり取りはできるが、
彼らはそれをおこなっていない。
きつい訓練の果てに、以心伝心のような連携ができるようになっていたのだ。
まぁ、一部の者はいまだにそれができないでいるが。
誰とは言わない。言うなら自己責任で(にっこり)。
「うっしゃあっ!!」
その隙を付いてアマンダがタックルを敢行しリンダを押し倒す。
二人がもつれ倒れ込むが、それでもリンダは鬼の角を手放さない。
しかも、あろうことか自分ごとアマンダを叩き潰そうと
巨大な鬼の角を振り下ろしてきた!
いくら体勢が悪いとはいえ、リンダの鈍器の素質はまさかのS。
素質の補正もあって威力も相当なものになるはず。
だが、それを先読みしている者がここにはいるのだ。
ゴウンッという金属音がして振り下ろされた鬼の角が弾かれた。
「アシュラ・インパクト……!」
ブルトンが必殺の衝撃波〈アシュラ・インパクト〉を放って
アマンダ、そしてリンダの身体を護ったのである。
だが、その衝撃でリンダは鬼の角ごと吹き飛んでゆく。
それでもリンダは鬼の角を手放さなかった。
もうリンダの握力が強いのか、
それとも瞬間接着剤でくっ付けているかのどちらかか?
あ、ひょっとしたら装備したら離れなくなるという呪い装備ってヤツか?
だとすると納得できる。それが呪われた装備の利点というヤツだろうから。
いずれにしても厄介極まりないことをしてくれるものだ。
「けけけ! きやがったなぁ? そぉうらっ! 特製のロープだ!」
ゴードンが緑色をしたロープを鬼の角に投げ付け絡ませる。
そのロープを引っ張るのは残りのクラスメイト達だ。
ダナンなどは戦力外に近いが多少はね?(武士の情け)
「ぐ、おのれぃ!」
流石にこの人数だと自由に鬼の角を振るえないようだ。
というかクラスの半分以上が力を合わせて引っ張っているのに、
それに負けないリンダは異常(確信)。
「けけけ、やっぱり桃先生の蔓は鬼に効果があるようだぜ」
「ふきゅん、どおりでそのロープに親近感が湧くわけだぁ」
これで鬼の角を封じ込めることができた。
後はリンダから鬼の角を引き剥がすだけだ。
「……なるほど、ここまでのようだな」
リンダがニヤリと笑った。
何がなんでも鬼の角を手放すまい、
と腰を落として踏ん張っていた彼女がゆっくりと立ち上がる。
「げに見事なるは桃使いとその仲間達よ。
久方ぶりの目覚めにて感覚が戻らぬままなのは口惜しいが、
これも仕方なきこと……今は退こう。さらば。
くっくっく……くぁぁぁぁぁっはっはっはっはっは!!」
そしてリンダは愉快そうに笑いだした。
正確にはリンダを操っている鬼の角だが。
その鬼の角が黄金の光の粒となって宙に舞い、
あろうことかリンダの身体の中に入ってゆくではないか!
「いかん! エルティナ! あの光を〈桃結界陣〉で封じ込めるんだ!」
「お、応! 〈桃結界陣〉! そいやぁっ!」
俺は急いで〈桃結界陣〉を発動し鬼の角が変じた光の粒を封じ込める。
しかし、半分くらいがリンダの中に入り込んでしまった。
「うおぉぉぉっ、なんてこったぁ……」
「なんということだ! このままでは彼女が……!」
桃結界陣に封じ込めた光の粒が行く場所を失って再び物質化し、
小さな黄金の角となって床に落ちカランという金属音を薄暗い部屋に響かせた。
とんでもないことになってしまった。
このままではリンダが鬼に変じてしまうかも知れない。
俺はガクリと膝を折ってしまった。
そして、そのまま失意のあまり床に手を突く。
「ちくしょう! ちくしょう! なんでこんな結果に……!!」
「エルティナっ! 鬼の角を握りしめるなっ!!」
「ふきゅん! い、いつの間にっ!?」
俺はリンダをきちんと助けてやれなかった怒りで、
いつの間にか床に落ちていた小さな鬼の角を握りしめていたのだ。
ん? でも……この感じ……どこかで……。
「ふふふ……エルちゃん、助けてくれてありがとぉ……とぉっても嬉しぃよぉ?」
顔を上げるとそこには笑顔のリンダの姿が。
だけど、様子がおかしい。
笑顔なのにちっとも心の底から笑っているようには見えない。
それはクラスメイト達も理解しているようで
警戒を解いた者は一人としていなかった。
「あれぇ? 皆どぉしたの? もう、だいじょうぶだよぉ?」
「リンダはなぁ、そんな喋り方しねぇんだよ」
ガンズロックが険しい表情でそう吐き捨てる。
その顔を見てリンダの顔が卑しく歪んだ。
「くふふ、その表情だ。はぁぁぁ……美味い。
久々の絶望の味は格別よなぁ? さぁ、もっと味合わせておくれ」
どうやら、既にリンダは鬼の角に乗っ取られてしまっているようだ。
もう、残された手段はないのだろうか?
このまま、リンダとお別れになってしまうのだろうか?
いや、諦めるのは……!
『諦めるのは死んでから……桃使いの辛いところだな』
この声は……!?
『立派に成長しているようだな』
頭に響くいつか聞いた懐かしい声。
魔族戦争の時に俺を叱咤激励してくれた男の声だ。
『あんたは、いつかの!』
『友達を助けたいんだろう?』
桃先輩とは違う、どっしりとして力強い声に俺は迷わず頷く。
不思議なことに、その声は懐かしくもあり寂しくも感じる奇妙なものだった。
『だが、相手は一筋縄ではいかない相手だ。
ヤツの名は「茨木童子」。
鬼の中でも一際特殊な鬼であり、
残虐非道な上に手の付けられないような強さを誇っている。
問題なのはその性格だ。
ヤツはとにかく人の嫌がること、卑怯な手口をこのんでな……
生半可な方法では退治できない』
声の主が茨木童子のイメージを俺の頭の中に流し込んできた。
こ、これが茨木童子……!!
なんということだ、俺の先輩に当たる桃使い達が束になっても敵わないのか!?
あれは……姿こそ違うが桃師匠かっ!?
うわぁ……お互いに足を止めて殴り合ってる。
こんなのと、まともにやり合ってたら命が幾つあっても足りないぞ!
『そうだな、だが……ヤツも大きな戦で肉体を失い、
自身の精神を己の角に封じ込め眠りに就いた。
その鬼の角は戦いの最中に行方知れずになっていたが……
強力な陰の力に触れて覚醒してしまったようだ』
『三角鬼達……下級の鬼達の陰の力か』
『あぁ、だが今の茨木童子はまだあの子の身体に馴染んでいないはずだ。
であるなら方法はまだある。
精神だけの存在であるなら、精神にダメージを与えて撃退すればいい』
『でも……どうやって?』
『俺に良い考えがある。これからいうことを正確に言うんだ。
桃力を使う必要はない』
『ふきゅん、わかった』
俺は彼のいう言葉を信じて、力ある言葉を呟いた。
桃力などは必要ない、ただ言葉を発すればいいとのこと。
「……虎柄ビキニ」
「っ!?」
リンダに憑りついた鬼の表情が俺の言葉で凍り付いた。
まさかとは思ったが効果があるようだ。
『よし、いいぞ。次は……』
「コスプレ好きですね」
「ごふっ!」
あぁ……やっぱりそうだ。
こいつはひょっとして……。
『鬼とて黒歴史を抱えているヤツはいるんだよ。
どんどん行くぞ』
「目線、こっちにくださ~い」
「ぐはぁっ!?」
「な!? どういうことだ? 何故、ヤツがダメージを!?」
「エルのヤツぁ、どんな手を使ってやがるんだぁ!?」
桃先輩とガンズロック達はこの現象に驚いている。
まぁ驚くだろうな。
俺達がヤツに与えているのは『精神ダメージ』。
しかもピンポイントで黒歴史に突き刺している。
『効いてるな』
『おぉう、それにしても凶悪な鬼にこんな一面があったとは』
『あぁ……それな。
実は俺と戦った後に生き延びた鬼がおかしな行動を取るようになった、
という報告があってなぁ……
うん、にわかには信じられなかったんだが事実だったんだ』
『そ、そうなのか……でも、それのお陰でリンダを助けられそうだ。
ふっきゅんきゅんきゅん……他の桃使いならここで手詰まり、
ゲームオーバーだっただろうが俺はそうはいかない。
おまえの黒歴史をほじくり返して、おまえを追い込んでやろう。
……協力してくれるかな?』
『いいですともっ!』
声の主の全面協力を得たことにより、
俺は茨木童子のより恥ずかしい黒歴史を教えられた。
うん、これは酷い!(邪悪顔)
「ごふっ、な、何故……お前がそのことを知っている!?」
「コミケ」
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
リンダに憑りついた鬼が頭を抱えて悶絶する。
こうかは、ばつぎゅんだ!(倍率四倍)
『ふっきゅんきゅんきゅん……いい顔だぁ……たまんねぇなぁ』(にやぁ……)
『げへへへ……人助けのためなら
外道行為も許してくれる桃力さんマジパねっすよぉ……』(にやぁ……)
『それほどでもありません』(桃力)
恐ろしいほど気の合う声の主と桃力に深く感謝する。
さぁ、もうひと押しだ! 食らうがいい!
「茨ちゃん写真集」
「ひぎぃっ!? もう、もう許して……なんでお前がそのことをっ!?
あ、あれは星熊に進められて……いや、そうじゃなくて、お前はいったい!?
あぁっ!? その邪悪な表情……まさか!? こここここ、木花……!!」
遂に白目痙攣になって体をビクンビクンさせる鬼。
その体はリンダのものだが彼女も割と白目痙攣してるから何の違和感もない。
普通だなっ!(確信)
それにしても……まぁだ、耐えているのかこいつはぁ?
早くリンダから出ていってほしいんですがねぇ?
『エルティナですけどぉ、ま~だ、時間かかりそうですかねぇ?』(ねっとり)
『よろしい……ならば、とどめといこうか』(邪悪顔)
木花と呼ばれた声の主が恐るべき禁断の『ワード』を教えてくれた。
これは恥ずかしい、こんなのことをしていたとバレてしまったものなら、
俺であるなら自殺してしまうことだろう。
ご丁寧に木花さんがイメージ映像を脳内に映してくれた。
………………。
こ・れ・は・ひ・ど・い!!
ぶはははは! 腹が痛いわ! もういい……とどめだぁ!(激烈笑顔)
あ! そうだ!
桃仙術で脳内イメージを映像として映すことができる術があったはず!
これで精神ダメージは限界を突破するだろう!
『桃仙術〈精神投影〉!』
「真夏のビーチ~茨ちゃんの全て。
あなたに完熟の果実をあ・げ・ちゃ・う☆」
必殺のワードが炸裂した!
ぶるぶると身体を震わせた後、彼女は遂に泣き崩れた。
「うえぇぇぇぇぇぇ、もう、やべでぇぇぇぇぇ……!!」
鬼の目にも涙。
色々と意味は違うが、とりあえず泣かせることに成功した。
調子ぶっこいて写真集を出しちまった結果だよ?
『ふきゅん、折れたな』(ハート)
『あぁ……』(勝利確信)
木花さんの強力なサポートもあって俺達の大勝利であった。
これにはクラスの皆も生暖かい笑顔で見守るしかなかったようだ。
心折れた鬼はひとしきり泣きじゃくると弱々しい声で言った。
「えぐっ、えぐっ、茨ちゃん、もう引き籠る! 出てこないっ!
桃吉郎のバカぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
そう言い残して彼女の気配はリンダから消えた。
敵ながら哀れではあるが、己の行動の迂闊さを呪うがいい。
『木花さんは、そんな立派な名前だったのか』
『まぁ……な、さて、トウヤに捕まる前に俺は逃げる』
『逃がすと思っているのか、桃吉郎』
『げぇっ!? お前はっ!!』
おいぃ……おまえら、俺の脳内ではしゃぐのは止せ。
脳で暴れるのはNGってそれ一番言われてっから。
こうしてリンダ救出作戦が無事にグダグダのまま終わりを見せたのだった。
何が無事なのか、これもうわっかんねぇな?(呆れ顔)