393食目 活動限界
「リンダっ!!」
「ぐぅぅぅぅぅぅっ! わ、らわに……近付くでないっ!」
リンダが恐ろしい速度で鬼の角を横なぎに振ってきた。
俺はそれを桃力を纏った手でもってピタリと受け止める。
今の俺ならそれも可能だと確信していたからだ。
『おごごご……ライオット!
予想していたとはいえ、別の方法はなかったのか!?
桃力が大量にロストしちまったぞ!!』
『え……そうなのか?』
『当たり前だるるおっ!?
この金ピカはいわば鬼そのものな上に、
くっそランクが高いものな気がする!
後、びみょ~に懐かしい感じかするだが?』
『エルの予感は悪い方に関しては当たるから怖いな』
どうやら俺は桃力が集まってくることに関しては敏感に感じるようだったが、
失われることには鈍感であるようだった。
エルティナとコンビを組む以上は、防御にも気を払わなければならないようだ。
まぁ、やっちまったのは仕方がない、
次からは気を付けることを約束しリンダの様子を確認する。
「なっ!? き、貴様っ!!」
驚愕するリンダの顔は俺達が知っている彼女の顔ではなかった。
鬼の角に操られてしまっているのだろうか、
とても言葉では言い表せないほどの凶暴な顔付に豹変していたではないか。
顔は心の映し鏡とは言うが、精神が違うだけでここまで変わるとは驚きだ。
『なんということでしょう。
あの、少しお間抜けなリンダの顔が、
こんなにも険しくなっているではありませんか?
劇的過ぎて笑えないぜ。ふぁっきゅん』
『そうだな、早く助けてやろうぜ』
とは言え、リンダを傷付けることは出来うる限りしたくはない。
であるならば……この鬼の角を破壊するしかないわけだが、
それはとてつもなく困難な作業になることは確実だった。
今も鬼の角を破壊すべく手に力を籠めているのだが、
ひび一つ入る気配がないのだ。
『そりゃあ無理だ。ライオット。
たしか鬼の角は金剛石並みに硬いって話だから。
あっ、金剛石ってダイアモンドのことな』
『うへぇ、ダイアモンド並みかよ。
それじゃあ、親父くらい強くならねぇと砕けねぇや』
『そうそう、親父さん並みに……ってダイアモンド砕けるのかよっ!?
マジパネェな……あの人』
そう、親父はダイアモンドで作られた鎧を身に付けた剣士を一撃の下に屠っている。
それ故に最高の拳士の一角と称されてきたのだ。
いつか俺もその域に辿り着いてみせる。
と俺が誓いを立てていた時のことだ。
突如、頭の中に奇妙な音が鳴り響いてきた。
フキューン、フキューン、フキューン、フキューン、フキューン……。
『な、なんだ? このまぬけな音は?』
『ふきゅんっ!? いかん! 合体限界が差し迫っているぞっ!?』
『な、なんだって!? 時間制限があるのかっ!!』
『ヴァ~! 合体物には制限時間があるって、それ一番言われてっから!』
『先に教えておいてくれっ!』
この土壇場になって真・獣信合体に時間制限があることが判明した。
時間にして五分弱といったところだろうか。
『ふきゅん、俺達の肉体を保護するためのリミッターだと思う。
たぶん、長く合体し続けていると、
肉体が持たないか元に戻れなくなるんだろうなぁ』
『た、確かに尋常ではない状態だからな。
後、どのくらい時間が残ってるんだ?』
『後、五秒』
『……は?』
俺が呆けた表情をした途端、
身体からピンク色の光が激しく放たれ薄暗かった部屋をピンク色に染め上げる。
この時、エルティナとの意識と離れてゆくのを感じた。
目を開ければ激しい発光に目を眩ませ滅茶苦茶に暴れ回るリンダと、
素っ裸の状態のエルティナの姿があった。
その体は真・獣信合体の影響からか八歳の姿だ。
顔面から床に突っ伏して、あられもない姿を晒している。
少しばかり刺激的な姿で目のやりどころに困った。
「おいぃぃぃぃぃぃぃっ!?
なんだ、この情けない元の姿の戻り方はっ!?
折角、八歳の姿に戻ったというのにあんまりでしょう?
もっとこう、感動的な演出とかないのかくるるあぁっ!?」
「元の姿に戻ったのに第一声がそれかよ?」
取り敢えずはエルティナを抱きかかえてリンダと距離を取る。
やはり感覚がおかしい。
当然といえば当然だろう。
あれだけの力を振るった後に
元の能力しか持たない状態に戻ってしまったのだから。
「当面の目標が決まったな」
真・獣信合体に頼らずにあの域に辿り着くこと。
それがエルティナを護ることにも繋がるだろう。
「エル様っ! あぁ……よくぞお戻りになられましたっ!」
感動のあまりエルティナに抱き付いたブランナ。
「おう、ブランナ、心配かけ……たばっふぉ!?」
重鎧を身に付けた彼女を支えれるわけもなく、
貧弱なエルティナはブランナの下敷きになってしまった。
……潰れてる、潰れてる! エルティナから出てはいけない物が出ちまう!
急いでブランナを持ち上げエルティナを解放する。
なまじ、筋力があり過ぎると
自分の重量がどれほどのものか忘れてしまうのだろう。
しっかりと注意しておかなければ。
「たすかった、もうだめかとおもったよ」
白目痙攣でそう言ったエルティナはおもむろに手をかざし、
力ある言葉を解き放った。
「〈エリアヒール〉! おおぅ、久々の感覚だぁ……」
『ひゃあ』『たまんねぇ』『ちゆだ』『ちゆだ』
『おう』『ひーる』『ひーる』『けがにん』『いえてっかぁ』
……あれはなんだろうか?
エルティナによく似た小人達がわらわらと彼女から飛び出てきて、
負傷しているルドルフさん達を治療していっている。
いや、彼女だけじゃない。
マフティ、キュウト、プリエナからも数こそ少ないが
小さな兎や狐、狸がわらわらと負傷者に纏わり付いて
患部をペロペロと舐めている。
「ふっきゅんきゅんきゅん……
チユーズも久しぶりに本格的な治療ができて超エキサイティングだぁ」
あれが話に聞いていた治癒の精霊達なのだろうか?
俺は今まで見えなかった存在がわかるようになっていた。
きっと、エルティナと繋がったことによる副産物なのだろうと思う。
「さて、合体が解けちまっても俺達のやるべきことは変わんねぇ」
「あぁ、リンダを助けてやらなきゃな……
って、その前にその姿をなんとかしろよ」
「ライオット、今気が付いたんだが……
俺、素っ裸だと異様に身体能力が上がるんだが?」
「えっ!?」
そう言うと彼女は華麗にステップを踏み
後方宙返りまでやってのけたではないか。
エルティナの言ったとおり、確かに能力の上昇が劇的であった。
しかしだ……。
「ちょっ!? なんて格好で股を開いているんですかっ!?
いくらまだ僕達が子供だからって、それはないでしょうっ!!」
身体能力が向上したことに浮かれているエルティナは
身体の柔らかさを活かしてさまざまなポーズを取っていた。
それを顔を赤らめたフォクベルトが厳重注意する。
確かにそのポーズはどうかと思う。
恥ずかしくないのだろうか? 丸見えだぞ。
たぶん、恥ずかしくないのだろうなぁ……。
『やっと、接続できた! エルティナ! 現状は!? 皆は無事か!?』
桃先輩が魂会話にて現状を報告しろと指示してきた。
そういえば、真・獣信合体時には桃先輩の気配がまったくしなかったな。
俺達が繋がったことによってリンクが強制的に切断されてしまったようだ。
『鬼と鬼穴を浄化したぞ。後はヤヴァイ顔のリンダを助けて終わりだぁ』
『なんと……事態が好転したようだな。一時はどうなるかと思ったが。
俺もエルティナから解放されて元の肉体に帰還できた。
現在はドクター・モモによって改良された
ソウル・フュージョン・リンクシステムでエルティナにアクセスしている。
さぁ、エルティナ、俺を呼び出して身魂融合だ!』
『応! おいでませ! 桃先輩!』
エルティナの手の中に桃色の光が集まってゆき、
その中から未熟な果実が姿を現した。
久々に見る桃先輩の姿だ。
「身魂融合!」
ガシュガシュと小気味いい音を立てて
豪快に未熟な果実を食べ尽した彼女は僅かばかり顔を歪めた。
「久々の青春の味は強烈だぜ。ずっとミルク生活だったからな」
「ソウル・フュージョン・リンクシステム起動、シンクロ率八十七パーセント、
システムオールグリーン。
ん……なんだこの数値は? 身体能力の数値が通常の二十倍じゃないか!?」
久々の身魂融合を果たした二人。
そしてエルティナから発せられる低く落ち着いた男性の声。
久々の二人が戻ってきたのだ。
「ふっきゅんきゅんきゅん……どうやら裸族に戻ることにより
『ちょうぱぅわぁ~』を獲得するに至ったようだぁ。
はっ!? 俺は潜在能力的に忍者だった……?
それだと黄金の鉄の塊の騎士から遠ざかる不具合がっ! おごごご……」
「それでも却下だ。なんて姿をしているのだ、おまえは」
桃先輩が即座に全裸を否定し、
エルティナは女性桃使いの戦闘服とされている
紅白の巫女服を一瞬の内に装着させられた。
「ぐおぉぉぉぉぉぉっ!? なんという倦怠感っ!?
か、身体が思うように動かねぇっ!!」
「おまえは服に呪われているのか」
このような酷いやり取りの後、
エルティナの治癒魔法によって全快したクラスメイト達も加わって、
リンダの救出作戦が決行されようとしていた。
リンダは……俺達のクラスメイトは鬼なんかには渡さない。
真・獣信合体が使えなくても、必ず助け出してみせる。
眩んだ状態から立ち直ったリンダが憎悪の眼差しを俺達に向ける。
今、俺達の絆の力が試される時がきたのだ。
「皆……ユクゾッ!」
「おうっ!!」
エルティナの号令の下、仲間達がリンダ目掛けて駆け出した。