390食目 温もりを重ねて
◆◆◆ ライオット ◆◆◆
暗いなぁ……真っ暗だ。
目が覚めると辺り一面真っ暗だった。
俺は獣人なので暗視能力を持っているのだが何故かそれが発動しない。
だから俺は何も見えなかった。
そこにあるのは、ただ、ただ……闇ばかり。
仕方ないので手探りで暗闇の中を歩くことにする。
一ヶ所に留まるような気分ではないし性に合わないからだ。
それにしても、俺はどうなっちまったんだ?
なんで俺だけがこんなおかしな場所に独りでいるんだろうか?
皆はどこに行ったんだ?
あれ? そもそも俺は何をしていたんだっけ?
んん? 皆って……誰だっけ?
おかしいなぁ。何も思い出せない。
まぁいいや。歩いている内に思い出すだろう。
俺は何も考えずに歩き続けた。
だがひたすら歩いても壁にぶち当たるどころか
光すらも確認することができない。
いよいよもって、ここが異常な場所であることに気付き少々焦ってきた。
どうせ何も物がないのであれば走ったとしても問題ないだろう、
と思い立ち暗闇の中を走り出す。
それは俺の胸を焦がすような焦燥感から逃れるためのものだった。
どのくらい走っていたのだろうか? それすらもわからない。
何故なら、まったく息が切れることがなかったからだ。
それどころか疲れすらも感じない。
いったい、どうなっているんだろうか?
不安になり俺は胸に手を当てる。
しかし、普段なら力強く脈打ち鼓動する心臓を
まったく感じることができなかった。
あれ……俺って、ひょっとして死んじまってる?
『うん、きみは見事に死んでしまったね』
俺の胸から輝く獅子の子が飛び出てきた。
だが、彼の放つ輝きですらこの闇を照らすことは叶わない。
輝きは全て深い闇が飲み込んでしまっていた。
おまえは……レオ。そう、レオだ。
俺はもう一人の自分とも言えるレオのことすら忘れかけていた。
このことから俺は死に、あの世に向かっている最中なのだろうか?
『そうだね、あの世に向かって走るヤツなんて見たことがないよ』
やっぱりそうだったのか。
レオの呆れる顔を見ていると、段々と記憶が蘇ってきた。
親父の顔、お袋の顔、フィリミシアの人々の顔、クラスの連中の顔、
プルルの顔、そして……エルの顔。
俺……。
『死にたくない?』
あぁ……俺、まだまだ、やらなくちゃならないことがある。
『でも、きみは死んだ』
そう、俺は死んだ。
三角鬼の攻撃を防げずに強烈な一撃を顔面に受けてしまった。
その後の記憶がないことから、それが致命傷になってしまったのだろう。
俺は後ろを振り返るもそこにあるのは……ただ、ただ、闇ばかり。
どちらが入り口で、どちらが出口すらもわからないありさまだ。
『死者はもう自力で生者の世に戻ることは叶わない』
知ってる、エルに聞いたことがある。
『なら、きみはどうして後ろを振り返ったんだい?』
まだ、死ぬわけにはいかないからだ。
きっと、俺が死んだことで無茶をするヤツが出てくるだろうから。
きっとそうだ。
俺が抜けた穴を塞ごうと無茶をするヤツが出てくる。
そして、無茶をした挙句……
俺と同じ道を辿ってしまったとしたら死んでも死にきれない。
俺は……まだ、死ねない!
まだ皆が戦っている! 何よりもエルがあそこにいるんだ!
『呼んだか?』
……え?
突如、エルティナの澄んだ声が深い闇の中に響き渡る。
辺りを見渡すも彼女の姿を確認することは叶わなかった。
もう見飽きてきた闇があるばかりだ。
「ここだよ」
と声がした瞬間にバリバリと音がして闇から一人の白エルフの少女が現れた。
食えるはずのない闇を食らって非常識な登場の仕方をしたのは
エルティナと全てを喰らう者・闇の枝だ。
「ふきゅお~ん!」
「これこれ、あまり食い過ぎると閻魔様にバレるぞ」
エルティナの姿は在りし日の姿、
八歳の誕生日を迎えた際に見せた少し成長した姿だ。
だというのに、現在彼女は少しばかり刺激的な格好をしている。
なんと全裸だ。
白に近い肌が黒い闇によく映えている。
少し前は女の裸を見ても全然気にもならなかったのだが、
最近は女の裸を見るとなんとも言えない気分になってきて、
恥ずかしい思いになる。
それは男っぽい行動や言動のエルであっても適用されてしまった。
……俺は病気なのかもしれない。
あ、いや、死んだ身なのだから病気は関係ないか?
「ふっきゅんきゅんきゅん……勝手に死ぬとか卑怯でしょ?
女神が許しても、この俺が許さん。ほら、帰るぞ」
いや、でも……俺って死んじまったんだろう?
「微妙に死んでるな」
び、微妙って。
『やぁ、やっぱり来たね。真なる約束の子』
「あぁ、初代が教えてくれたからな。
それに……この状況を作ったのはおまえだろ? ぴかにゃん」
『僕の名はシャイニングレオだよ。前に教えたじゃない』
エルは「そうだったか?」と首を傾げた。
いや、それよりもこの状況を作ったのがレオだということが問題だ。
俺が死んだのはおまえのせいだというのか?
『うん、そうだよ』
どうしてそんなことを? 皆がまだ戦っているんだぞ!?
『そうだね、でも……きみ達は絶対に鬼に勝てない。
鬼穴を破壊するための力が不足しているんだ。
女神の祝福を受けて力が増しているとしてもね。
それほどまでに鬼穴が開いている状態の鬼は理不尽な存在になる』
「そうだな、無限コンティニューなんてチート転生者も真っ青だぜ」
『何度でも蘇り強くなって帰ってくる鬼に、
きみはどうやって立ち向かうつもりだったんだい』
レオにそう聞かれた俺は返答に困った。
シャイニングレオの状態になっても俺は三角鬼に終始圧倒されていたのだ。
隙を見つけては拳を叩き込んではいたが……
今考えると、それはわざと打ち込ませていたような節があった。
「そう、俺達は鬼穴に対する備えも準備もなかった。
だから……準備をこうやってしているってわけだぁ」
準備ってなんだよ? 俺にもわかるように説明してくれ。
「んもぅ、ライオットはせっかちさんだなぁ」
おまえが呑気過ぎるんだよ。
「わかった、わかった。
え~っとだな……『俺とおまえで桃使いだ!』ってところかな?」
まったくわからない。
「ふきゅん……」
エルティナは多きな耳をしゅん、とさせ悲しそうな顔を見せた。
これは俺が悪いのだろうか? 誰か教えてほしい。
『真なる約束の子、それじゃあライオットが理解できないよ。
でも……もう時間が残されていないか。
獄卒達が僕らに気付いたようだ。
地獄門が開く音がする……急ごうか』
「むむむっ、そうだな。実際にやった方が手っ取り早い」
エルティナは改めて俺に向き直り、真剣な表情で叫んだ。
「貴方と『合体』したい!」
『直球過ぎるよ、真なる約束の子』
へっ!? ちょっ!? ま、待ってくれ!?
ど、どどどどど! どういうことだ!?
「ひゃあ、堪んねぇ! 合体だぁ!!」
『やれやれ……もう一人のぼく。
真なる約束の子と再び「古き誓い」を立てる時がきたのさ。
それには肉体が少しばかり邪魔だったんだよ。
でも、これでもう大丈夫だ』
裸のエルティナが俺に抱き付いてきた。
感じる彼女の温もりと柔らかな肌。
先ほどまでまったく感じなかった感覚がどんどん蘇ってゆく。
やがて、彼女は眩い光を全身から放ち始めた。
眩しい……でもエルティナの顔をハッキリと見ることができる。
不思議な感じだ。
「ライオット、おまえは今まで俺を何度も救ってくれた。
だから……今度は俺がおまえを助ける番だ」
エルティナの吐息が感じられるほど俺達の顔は近くにあった。
彼女から放たれる光はどんどん闇を食らい光に染め上げてゆく。
「さぁ、帰ろう、ライオット。皆の下へ」
エルティナの笑顔が光に包まれ見えなくなった時、俺は……。