39食目 新たな目標
「あぁ……心配したぞエルティナ!」
ヤッシュパパンに抱きしめられてる白い珍獣は何を隠そう……俺だ!
ガルンドラゴンとの戦いから一週間経った。
現在、俺は親しい人達に顔を見せて、無事を報告しているところである。
一応は俺の真の姿である『聖女』は秘密になっているので、
実家にはコッソリと訪ねているのだ。
……誰かね? 真の姿は『珍獣』だろっ! と言ったのは?
怒らないから出て来なさい。
実家の居間にて、五体満足な俺の姿を見て安心した両親は、
俺を代わる代わる抱きしめていたのである。
「本当に無事でよかった。
もう、生きてる内に娘のお葬式は懲り懲りよ?」
俺は涙を浮かべるディアナママンに抱きしめられた。
そんな彼女を俺も抱きしめる。
ディアナママンの温もりが俺の心を落ち着かせてくれた。
だが、俺はそんな彼女に謝らなくてはならない。
何故なら、俺はもう一度命を懸けて、
ガルンドラゴンと戦うことになるだろう。
きっと、あいつはもう一度俺の前に姿を現す。
失われた自信とプライドを取り戻すために。
これは他の誰でもなく、俺がやらないといけない気がするんだ。
「父上、討伐隊からの報告ですが……
ガルンドラゴンは発見できなかったそうです」
居間に険しい表情のリオット兄がやってきて、
ヤッシュパパンに討伐隊の報告を伝えた。
俺達がガルンドラゴンを退けた後、直ちにガルンドラゴン討伐隊が編成された。
今回は本腰を入れたらしく、正規の王国軍が投入されたそうだ。
ちなみに、
ガルンドラゴンはアルのおっさん先生が追っ払ったことになっていた。
そして、ライオットが俺を守って負傷したヒーロー扱いで、
俺はそのヒーローに守ってもらった絶滅危惧種扱いだ。
なにこれひどい。がっでむ。
まぁ、ガルンドラゴンを追い払ったのが俺であるとは誰も信じないだろうし、
その方法がガルンドラゴンの体内に入り込んで爆発したでは、
ほら吹き扱いをされてお終いだろう。
この件にかんしては、何も言うべきことはない。
俺にとっても、その方が何かと都合がいいからだ。
「とにかく……無事でよかった。
エルティナがガルンドラゴンに襲われたと聞いた時には肝が潰れたよ」
ルーカス兄が俺の頭を優しく撫でてくれた。
素晴らしく気持ちがいい。
俺は目を細めうっとりとした。
エドワードがルーカス兄の域に達するには、相当な修練が必要になるだろう。
その内、弟子入りさせておくか。
ヤツの抱き付き攻撃を止めるのが不可能であれば、
抱き付き攻撃の威力を軽減させればいいのだ。
流石は俺だ、この逆転の発想はいけるに違いない。
その日は家族団欒で過ごし、ついでに家に泊まっていった。
もちろん、パパンとママンと一緒のベッドで寝た。
こんな時ぐらいは両親に甘えて、擦り減った精神を癒すことにするのだ!
は~ん、安心する~。
自分に都合の良い言い訳をして、ぐっすり眠った俺であった。
次の日に俺は登城を言い渡された。
王様が俺の様子を確かめたいらしい。
当然といえば当然だ。
ドラゴンと喧嘩した聖女なんて前代未聞の事であろうから。
ネーシャさんに連れられ、久々にフィリミシア城に足を運んだ。
目に入ってきたのは城を修繕している人々の姿。
皆、せっせと汗を流しながら城の壁を直している。
彼らの相変わらずの経費削減ぶりに目を疑う。
城を修繕しているのは、城の兵士達や重職に就いている大臣達だからだ。
よくもまぁ、そこまでやれるものだ。
暫らく待って謁見の間に通された。
そこには威厳たっぷりのラングステン王国国王
ウォルガング・ラ・ラングステンがドッシリと君臨していた。
相変わらず、大きな体である。
結構な歳を取ってるにもかかわらず、
はち切れんばかりの筋肉で覆われた身体。
精悍な顔付きは衰えを見せない。
いわゆるマッスルお爺ちゃんだ。
まぁ、白髪だけはどうにもならないっぽい。
「よく参った。災難じゃったのぅ?」
「酷い目にあった……ました」
慌てて、言葉使いを訂正する。
いくらなんでも、王様相手に普段の喋り方はしない。
しそうになったけど……誤差だ、誤差!
「息災で何より……ほれ、近う寄れ」
ふきゅん!? また、アレをやるつもりか!
俺は観念して王様の元に歩み寄った。
王様は俺を抱え上げて、恐怖の頬ずりしてきたのである。
「おおう、相変わらず……もっちもちのほっぺよのぅ!」
髭が超絶痛いです。
ヤッシュパパンもしてくるのだが、お髭じょりじょり攻撃が、
ラングステン王国の愛情表現なんだろうか? 解せぬ。そして痛い。
「ふぅ……これで、また暫らく激務に耐えれそうじゃの」
満足した王様は、俺を膝に載せ満足げに頷いた。
おいぃ……それだけの為に俺を呼んだのなら怒るぞ!
「さて……話は変わるが、ミリタナス神聖国が聖女降臨に気付きおってな。
『我が国こそ聖女がいるに相応しい』から寄越せと言ってきおった」
「ナニソレコワイ」
「そうじゃろう?」と笑って頭を撫でてくれる。
その太く逞しく、ゴツゴツした手は苦労をしてきた手だった。
俺は敬意を示してされるがままになっている。
「誤魔化してはいるが時間の問題やもしれぬ。
その時は……そなたの意思で、行くも残るも決めてくれ」
自分の意志か……ミリタナス神聖国に行っても、
ロクなことにならなさそうなんだよなぁ。
でも、美味しい物もありそうだし、少しの間なら良いかもしれない。
「まぁ……その時までは、この国の聖女として活躍しておくれ」
王様に礼をして、王宮を後にした。
さみしげな王様の表情がいつまでも心に残っている。
ラングステン王国で、色々と暗躍している連中がいるみたいだ。
用心に越したことはない、気を付けておこう。
もちろん、エレノアさんにも顔を見せに行くことにした。
久しぶりに会った彼女はお腹が大きくなっていた。
「せい…エルティナ様、よくご無事で」
エレノアさんは『きゅっ』と抱きしめてくれた。
久しぶりの彼女のおっぱいの感触に、俺のテンションは最高にハイになった。
やっぱり、エレノアさんのおっぱいは最高だな!(確信)
「我が友エルティナよ、無事でなによりです」
ラングステンの勇者タカアキが、俺の元気な顔を見て安堵した表情を見せた。
彼は俺のおっぱい友達で、エレノアさんの旦那だ。
彼以外の男であったら、即座に爆破処理をして引導を渡してるところである。
夫婦仲は円満で、誰もが羨ましがる理想の夫婦ともっぱらの評判だ。
タカアキはくっそ真面目だからなぁ……時々、溢れる情熱で壊れるけど。
夫婦でゆっくりしてるところを邪魔するのはなんなので、
俺達は早めにお暇することにした。
もっと、ゆっくりしていけば良いのでは?
とタカアキは言ってくれるが、
この独特のイチャイチャ空間に長時間居座れる自信はない。
というか居たくねぇぇぇぇぇっ!
口から砂糖が出るわっ!! 誰か塩持って来い! 塩!!
ちなみに、ミランダさん宅でも同様の空間ができておりました。
あぁ、こっちはもっと凄かったぜ!
苦労して来たせいで、もう甘々だ!
ミランダさんがアルのおっさん先生にデレッデレだ!!
例えるなら……
砂糖に蜂蜜と練乳混ぜて、更にメープルシロップを加え、
それをチョコレートにコーティングしてさらに砂糖を塗した物だ。
食えるか! そんな物!!
誰か! 塩に醤油と味噌を混ぜて、魚醤で溶いて持ってきて!!
ティファ姉宅では甘々な空間はなかったが、
それよりも異様な光景が俺達の目に飛び込んできた。
「ティ、ティファ姉……?」
なんか部屋が凄いことになっていたのだ。
おびただしい量のベビー用品で、部屋の半分が埋まっている。
「御義父様が、どんどん送ってくださるんですよ……ふぅ」
ちょっと…疲れて痩せたティファ姉が、溜息と共に言った。
まぁ、これはやり過ぎだよなぁ。
生活できないだろこれ。
今にも、子供服が雪崩を起こし……。
「ぬわぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
起こした。
哀れ俺は下敷きに。
数分後、俺は無事に発掘された。
「おごごご……俺はもうダメだ。がくっ」
ざんねん! おれのあいさつまわりは、ここでおわってしまった!
……ちかれたびー。
ひととおり、顔見せを終えた俺は自室に戻ってきた。
久しぶりにエレノアさんやミランダさん、ティファ姉に会ったのだが、
取り敢えずは幸せそうで何よりであった。
こうして思うと、随分と知り合いが増えたものだ。
あの森を出てから初代に出会って、アルのおっさんに出会って、
アルのおっさんにヒーラー協会に連れてかれて、いきなり聖女にされて……。
うん。
だいたい、アルのおっさんが悪いのがわかった。
よし、痔になる呪いを送信しとこう。
食らえい! みょみょ~~ん……。
ふぅ……送信は終わった。結果が楽しみだ。
えぇっと、それから王様やデルケット爺さん、ついでにエドワード。
タカアキや転生チートもいたな(激烈失礼)。
ヒーラー協会の皆。
ギルドマスターのレイエンさんにサブギルドマスターのスラストさん。
ビビッド兄にティファ姉。
それに……デイモンド爺さんだ。
彼に出会えて……本当に良かった。
ヒーラーとは何かを彼の生きざまから教えてもらったのだから。
そして、学校のクラスメート達。
『良き友人達に恵まれたな』
「先輩も、その友人達の中に含まれるんだぜ?」
『ふむ……光栄、ということにしておこう』と照れくさそうにしていた。
彼は結構、恥ずかしがり屋さんのようだ。
二人目の父と母。
こんな、わけのわからない珍獣を、
本当の娘のように扱ってくれて感謝の念が堪えない。
兄達も同様に俺を愛してくれている。
俺などにはもったいないくらいの、最高の家族達だ。
でも、困ったことに、とっても嫌な知り合いもできた。
ガルンドラゴン!
ヤツを仕留めない限り、枕を高くして眠る日は来ないだろう。
でも、ぐ~すか寝てしまう可能性を否定できない。
何故ならば、俺はまだ幼く睡魔には抗えないからだ。
あ……そうだ、桃先輩がまだ居ることだし聞きたいことがあったんだ。
「桃先輩? まだ居る?」
『何か用か?』
俺は最初に居た森で、
桃先生を木に投げた際に木を貫通したこと桃先輩に伝えた。
時々、桃先生の声が聞こえることもだ。
『ふむ……それは不完全な身魂融合の可能性があるな」
「不完全?」
『うむ』と一呼吸置き、彼は説明を続けてくれた。
『桃先生と完全に身魂融合するには、
桃レベルが500に達しないと無理だろう。
それが何らかの原因で、偶々に技が発動したのだろう。
桃スペシャル『スクリューピーチクラッシャー』がな』
すげー技名だった。奥義の一つらしい。
と言うか桃先生って凄いレベルが高いな。
「今の俺の桃レベルって?」
『5だ』と教えてくれた。
100倍も要るじゃないですか~!? やだ~~~!!
そして俺が『桃使い』であると教えられた。
桃使いとは、いったいなんなのだろうか?
この世界では『桃使い』と呼ばれる者は、
現在は俺しか居ないらしいが、
他の世界では多くの桃使いが存在しているらしい。
益々、珍獣具合に磨きがかかってきたぜぇ。
『さて……そろそろ俺もお暇しよう。
何かあったら、すぐに俺を呼ぶようにな』
桃先輩はそう言って、俺の中から消えてゆくのを感じ取った。
ありがとう桃先輩。
頼りにさせていただきます。
本当に部屋に一人になった途端に、なんだかとても寂しくなってきた。
今まで、こんなことはなかったのになぁ。
俺は堪らずに、桃先生を創り出した
俺の小さな手に光が集まり、桃先生は現れた。
ピンク色のお尻をかたどった、あまい……甘い果物。
何度、この果実に救われたかわからない。
あの森で空腹だった俺が、初めて食べた物が桃先生だ。
それ以来、ずっと桃先生を食べてきた。
桃先生がなかったら、森で生き残れたかわからない。
森を出てからもだ。
王都フィリミシアに着いて、騒動に巻き込まれた時も救われた。
普通の時も、嬉しい時も、絶望に折れそうになった時も……
桃先生は変わらず俺を癒し支えてくれた。
偶に声みたいのが聞こえるが、俺の桃レベルが低いから聞こえないと教わった。
いつの日か、桃レベルが500になって意思疎通ができるようになったら、
きちんと自分の声で「ありがとう」と桃先生に伝えよう。
俺は「いただきます」と感謝を込めて桃先生を食べた。
桃先生は甘く、シャキシャキとして飽きない。
一噛みするごとに涙が溢れる。
……ありがとう桃先生。
シャクッ。
貴方のお陰で、沢山の大切な仲間達に出会えた。
シャクッ。
これからも、よろしくお願いしますっ!
シャクッ、シャクッ……!
俺にまた一つ、目標が生まれた日であった。
これで一章はおしまいです。
次からは二章開始です。
ま、やる事対して変わらないんですがね! 気分的にね!