389食目 鬼穴の本当の恐ろしさ
◆◆◆ マフティ ◆◆◆
『下級の鬼が抑えられている内に鬼穴を破壊するんだ!』
魂会話にて俺達に桃先輩の檄が飛ぶ。
ブルトンが強いことは俺もゴードンも知っていることだったが、
フォクベルトとガンズロックがここまで強いとは思いもよらなかった。
いつも二人揃ってどこかへ行っているのは知っていたが、
それは恐らく戦闘訓練でもおこなっていたのだろう。
そう思えるほど戦い方に無駄がなかった。
「ガンズロック、連中にあの術を使わせてはいけません!」
「わかってらぁな、要は使わせなけりゃあいいってこったろう!?」
息の合ったコンビプレイは一朝一夕でできるものではない。
互いを知り己を知らなければ、あっという間にボロが出てしまうからだ。
「おおう、これは手厳しい」
「ほんに、ほんに、童とは思えぬ動き。あっぱれじゃ」
四角鬼と丸鬼と呼ばれた二体の鬼は近接戦闘がそれほど得意ではないらしく、
二人の連携攻撃に翻弄され、徐々にその姿を小さくさせていった。
この分なら倒すのも時間の問題だろう。
『鬼穴の破壊を急いでくれ!』
『わかっているけど、こいつのガードが堅過ぎて突破できない!』
鬼穴の前に立ち塞がるのは漆黒の鎧を纏う重騎士だ。
クラークの言うとおりガードが堅過ぎて突破が困難であった。
何故なら、そいつは自分から仕掛けることは一切せず
専守防衛に徹していたからである。
その堅い守りは魔法攻撃にも適用されているようで、
雨あられと降り注ぐ攻撃魔法すら撥ね返す有様だ。
「無駄だ。おまえ達では私を突破することはできない」
「はう~、攻撃魔法も撥ね返すだなんて」
「メルシェ、それでもいいから続けて!」
「皆どいてっ! うおしゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
リンダが〈フリースペース〉から異様な雰囲気を醸し出す巨大な塊を引きずり出し、
重騎士に向かって振り下ろした。
「うぬっ!? こ、これは!!」
「こぉんのぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!! ぶっ潰れろっ!!」
メキメキと音を立て重騎士の立つ床が悲鳴を上げて陥没してゆく。
なんて攻撃だよ。
どれだけ重いんだ、あの謎の物体は。
それを軽々と持ち上げるリンダの適性は鈍器S。
確かに適正はあるが、それだけではないような気がする。
あの塊には触れ難い何かを感じるからだ。
「っ! リンダぁ! それを使うなって言ってんだろうがぁ!」
「ガンちゃん、これを使わないとこいつを潰せない!」
リンダは更に歪な塊に力を籠める。
それに応えるように歪な塊から禍々しい力が溢れ出し、
重騎士とリンダを包み込み始めた。
『っ! リンダ! それを使うのを止めろ!』
「えっ!? で、でもっ!!」
桃先輩が異変に気付きリンダに使用を止めるように指示する。
その途端にバキバキと歪な塊にひびが入り始めた。
ひびから溢れ出るその力はまるで波紋のように歪な塊に広がってゆく。
「と、止まらないのっ! 勝手に私の力を吸い出してる!」
「リンダぁ! 手を離せぇ!!」
「ガンちゃん! は、離れないよぉっ!」
『この波長……まさか!? 皆、防御態勢! 吹き飛ばされるぞっ!!』
「ぼ、防御ったって、防御力皆無な俺はどうすんだよっ!?」
ダナンが抗議するも構ってやれる場合ではない。
俺は意識が戻らないライオットが吹き飛ばされないように覆いかぶさり、
身を低くして備えた。
「わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
リンダの悲鳴が部屋に響き、薄暗い玉座の間が赤い光に満たされた。
光りが収まるとそこには倒れ伏す重騎士の姿と、
黄金に輝く三角形の巨大な物体を持つリンダの姿があった。
『リンダっ! 急いでそれを捨てろっ!!』
桃先輩がかなり大きな声でリンダに訴えかけるも、
彼女はまったく反応を示さなかった。
まるで魂が抜けてしまったかのように。
「おお、おお、こりゃぁ……おったまげた」
「まったくじゃあ。あの『角』はまさしく……」
「「『茨木童子様の角』」」
四角鬼と丸鬼がリンダの持つ金色の物体を『茨木童子の角』と呼んだ。
様と付けているからにはその角の元持ち主は鬼であり、
少なくとも下級以上であることは間違いないだろう。
『まさか、こんなところに「鬼の角」があったとは!!
誰でもいい! リンダから鬼の角を引き剥がしてくれ!
彼女の腕を切り落としても構わない! 早く!!』
桃先輩の叫びに自体が切迫していることを理解した皆は行動に移った。
幸いなことに重騎士はリンダの攻撃により倒されているので、
リンダと鬼穴の二つに対応できる。
『角にはくれぐれも触れるなっ! 角に取り込まれるぞ!!』
『了解!』
『ああもう、サクランとカゲトラがいてくれればっ!』
アマンダが愚痴るが二人は押し寄せる大量の小鬼を食い止めるために
部屋の外で奮闘しているはずだ。
二人がいなければ今頃この部屋は小鬼で溢れかえっているだろう。
「マフティ! 俺達はライオットの治療を!」
「わかっている! くそっ、二人掛かりでも目を覚まさないだなんて!」
ライオットは腕を治療し終えても目を覚ますことはなかった。
顔面も陥没して酷いことになっていたが今は治療を終えて元どおりになっている。
死亡していたら治癒魔法も効果を発揮しないので死んでないはずだ。
「マ、マフティ! ライオットのヤツ……息をしてない!」
「な、なんだとっ!? どういうことだよっ!!」
医療魔法〈メディカルスコープ〉を発動させ確認すると
確かに〈死亡〉の文字が表示されている。
冗談ではない! まだ、身体も温かいのに死んだだなんて納得できるか!
「う、嘘だろ……嘘だよな? マフティ」
「事実だ!」
エルティナが開発した医療魔法は残酷なほどに完成されていた。
事実、ライオットの心臓は完全に止まっている。
脈も止まり命の鼓動を刻むことを止めてしまっていた。
「そ、そんな……」
考えろっ! エルティナはこんな状況でも諦めず最後まで足掻くはずだ!!
俺の前世に残る僅かな知識をも総動員して何かの手段を探す。
この世界には蘇生魔法なんてものは存在しない。
死んだらそれでお終いなのだ。
焦る心とは裏腹に俺の頭は異様に澄んでいた。
そして導き出した答えは〈人工呼吸〉。
この世界、実は人工呼吸というものがない。
魔法に頼りきった世界であるが故に魔法でダメならもうお終い、
という風習がこびり付いているからだ。
「でも……諦めて堪るかっ! 諦めたらそこで終わっちまうんだよ!」
俺はライオットの唇に自身の唇を重ね合わせ息を吹き込んだ。
彼の肺が膨らむのを確認しマッサージを開始する。
実は俺の『ファーストキス』であるがこいつの命には代えられない。
「クソッタレ! 帰って来い! 大食い野郎!
こんなつまんねぇ終わり方でいいのかよ!?」
事態は好転などしない。
寧ろ最悪の方に転がり落ちてゆく。
鬼穴とリンダを対処しようと向かった連中が吹き飛ばされた。
それは鬼穴から出てきた鬼によるものだ。
「ふん、少しばかり不覚を取ったな」
鬼穴から出てきたのは三角鬼だった。
損傷しているはずの腕もしっかりと生えている。
「おお、おまえさんが鬼穴を利用するとは」
「はっはっは、死ぬのはいつ振りじゃ?
どれ、わしらも体の損傷が激しいから死んでおくか」
そういうと四角鬼と丸鬼は自らの首を刎ね絶命した。
赤い光となって消えたかと思うと、
次の瞬間には鬼穴から無傷の姿で現れたのだ。
「な……なんなんだよ、こいつら。
死んでもすぐに生き返るだなんて無茶苦茶じゃねぇか!」
『それが鬼穴の恐ろしさだ。
この穴が開いている限り、鬼達にとって「死」など何の意味もなさない。
寧ろ、完全回復した上に攻撃の耐性も獲得して帰ってくるのだ』
その出鱈目な効果にオフォールの顔が青くなる……ように見えた。
羽毛に包まれたその顔では確認ができないからだ。
でもたぶん青ざめているだろう。
「すまん! 仕留め損なった!」
ブルトンが崩れた壁から急いで戻ってくる姿が見て取れる。
どうやら三角鬼がこちらで復活していることがわかっていたようだ。
俺は人工呼吸の真っ最中であり、他の行動をとることができない。
「きゅうとちゃん、こっちもてつだって! ぷるるちゃんが!」
「ぷはっ、キュウト、ライオットは俺に任せろ」
「でも……」
「いいからっ!」
「……わかった」
任せろとは言ったものの蘇生できるかどうかは五分五分……
いや、もっと低いかもしれない。
高ランクのヒーラー二人が一人の患者に付っきりでは
他の患者を死なせてしまう可能性が出てくる。
ここは大変だろうが、一人を他の患者の治療に回すべきなのだ。
やってやる、やってやる! ぜってぇに連れ戻してやる!
俺の頭の中はその言葉で埋め尽くされた。