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食いしん坊エルフ  作者: なっとうごはん
第八章 きみがくれたもの
388/800

388食目 ぬるい

◆◆◆ 三角鬼 ◆◆◆


なんだ、こいつらは!?

取るに足らない存在、我らの糧になる運命の者達。

それがこいつらだったはずだ!


次々に予想外の出来事が起こっている。

確かに初めに相手をした子供達は余裕で蹴散らせた。

脅威と思ったのは、あの輝く獅子の子のみ。

事実、我は桃使いまで後一歩というところまで迫った。


しかし、それは突如乱入してきた神器を持つ少年によって阻まれることになる。

そこまではまだいい。許容範囲内といえよう。

所詮、神器は人には扱うことができない。


神器を持つ人間とはさんざんやり合ってきたし、それに勝利してきた。

いずれも神器の持つ力に振り回されていただけの連中だったのだ。

今度もきっとそうだと踏んでいたので、

四角鬼と丸鬼の遊び相手に丁度いいと思い、

切り落とされた腕の再生へと専念した矢先のことだった。


「つあっ!!」


「ぎぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!」


太陽の剣に焼かれる丸鬼。

丸鬼は肉弾戦を好むが……実のところ彼は肉弾戦の適性が低い。

少しばかり腕に覚えのある者と互角の勝負ができるという程度だ。


つまり、眼鏡の神器使いはそれ以上の実力を持ち、

かつ神器に振り回されていないということだ。


「ぬぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅん!!」


「ぶぎぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!?」


武骨な両手斧に叩き潰される四角鬼。

こちらは神器使いですらない。

多少出来の良い斧で四角鬼を攻撃しただけだった。


だが……その攻撃は鬼である四角鬼に通じたのだ。

その時、僅かに漏れ出る桃色の光を目撃し確信に至った。

あの武器は桃使いによって『祝福』されていると。


それだけではない。

この二人の子供は戦いになれている。

相当な場数を踏んでいるか、それに相応する戦場を経験している。


「はん、鬼ってぇいってもよぉ……たいしたことねぇじゃねぇか」


「油断は禁物ですよ、ガンズロック」


子供だと油断していたことは否めない。

四角鬼と丸鬼は遊びの感覚で二人を相手にしていた。

その油断がこの結果を招いたのだ。


「おぉう、いたたた。いやぁ、参った。目が覚めたわい」


「ほんに、ほんに。やるのう童。ワシらも手加減抜きでやらせてもらおうかい」


ここにきてようやく本気を出す同僚達。

戦闘から疎遠になっていたので気が緩んでいたことは否めない。

というか、油断し過ぎである。


「油断し過ぎだ。我らは鬼ぞ。舐められては沽券にかかわる」


「そう言うな、三角鬼。わかっておるわい」


「そうじゃ、そうじゃ。おまえさんだけ楽しんだのじゃ。

 ワシらにも楽しむ権利はあろうが」


二人は肉弾戦を止め本来の戦闘スタイルを取り始めた。

二人の少年の実力を認め、本気で仕留めに掛かったのだ。

溢れ出す鬼力。久々に見る二人の本格的な鬼仙術に自然と顔が緩む。


「っ!? 油断しないで、ガンズロック!」


「わかってらぁ」


油断なく構える神器使いと斧使いだが……無駄だ。

桃使い以外は鬼仙術を防ぐ術がない。


「鬼仙術〈苦悶の檻〉」


「鬼仙術〈死の抱擁〉」


心地よい苦痛の叫びと死の温もりが解き放たれ、

戸惑う二人の子供を包み込んだ。

深淵より深き闇に包まれた二人は途端に悲鳴を上げて苦しみだす。

その様子に我は思わず顔がにやける。

ヤツらの悲鳴はなかなか質の良い負の感情だったからだ。

やはり悲鳴は女か子供に限る。


「おぉ、久々だったが上手くいったわい」


「何十年ぶりじゃったかの? 三十か、四十か? 忘れてしまったわい」


鬼仙術〈苦悶の檻〉は対象に苦痛を与える術だ。

耐えがたい痛みを肉体に刻み込み続け最終的には精神をも破壊する。

だが実際には肉体にダメージを与えることはできない。

苦しめるためだけに編み出された鬼仙術である。


鬼仙術〈死の抱擁〉は精神の弱った者を衰弱死させる術。

これを受けた対象は徐々に生きる気力を奪われ死に至る。

同時期に編み出された〈苦悶の檻〉と共に使用される必殺の術だ。

この鬼仙術で二人は数多くの桃使いを葬ってきたのである。


「ぐぅぅぅぅぅぅっ!! これはいったい!?」


「くそったれめぇ! 妙なもん使ってきやがってぇ!!」


だが、二人は鬼仙術を受けているというのに立ち上がってきた。

見上げた根性である。


「おぉ、立ち上がったぞい?」


「根性のある童じゃのう。はっはっは」


四角鬼と丸鬼は鬼仙術を強める。

すると流石に片膝を突き二人は顔を歪み始めた。

この分だと死ぬのは時間の問題だろう。


今の内に切り落とされた腕の再生を試みるとしようか。

まったく……厄介なことをしてくれたものだ。


太陽とはすなわち『陽の力』そのものだ。

生命が生きてゆくのに必要な輝きであり、

活力を生み出す膨大なエネルギーでもある。


我ら鬼が桃使い達の次に気を付けなくてはならないのが太陽の輝きなのだ。

太陽光に弱い小鬼であれば浴びただけで消滅してしまう。


まぁ、我々くらいになるとそこまで怯えることはないが、

あの神器のように凝縮した太陽の力をぶつけてくることもあるので、

注意しなくてはならないことには変わりない。


「ええい、使い物にならん」


切り落とされた腕を拾い上げると灰になって崩れ去ってしまった。

よって、多くの陰の力を使用して一から再生させなくてはならない。


「……まぁいい。ここには材料が揃っている」


陰の力とは、すなわち恐怖に代表される負の感情だ。

ここにはそれを生産できる下等生物がわんさかいる。


「ちっ……野郎、こっちに狙いを定めやがった!」


「マフティ達は治療を続けろ。おい、ブルトン、いけるな?」


「……あぁ、問題ない」


我に立ち塞がるのは子供とは思えない大柄の少年と緑色の肌をした少年だった。

いずれも獅子の少年ほどの脅威は感じられない。


「我に恐怖を捧げに来たか……感心だ」


「けけけ、恐怖ねぇ……どちらが感じるか見ものだぜ」


「……ここから先には行かせん」


一方で四角鬼と丸鬼側に動きがあった。

侵入してきた子供の一人がたった一人で、

四角鬼と丸鬼の二人に挑んだのである。


哀れな……恐怖で気が触れてしまったのだろうか?

その負の感情で一杯やるのも乙であるが、悲しいことに我らは任務中の身だ。

ここで最低限の任務を達成しておかなければ、

上司に何をされるかわかったものではない。


そこまで慎重になるほどではない、と気が付き一人苦笑する。

我の心配性は、いまだ直ることがないようだ。


「おうおう、これはまた可愛らしいお嬢ちゃんが挑んできおった」


「堪らんのう、その表情をどう歪ませてやろうか」


「ふん、下等な鬼風情がこの元上級貴族たる

 シーマ・ダ・フェイに勝てると思うな! 覚悟するがいい!」


「おい! 待て、シーマ!!

 そんなことよりもフォクベルトとガンズロックを診てやれ!」


兎耳の少女がそう叫ぶも、もう遅い。

二人の少年と同じく鬼仙術に掛かり、後は死を待つだけよ。

予想どおり鬼仙術を受けて地面に倒れ込む少女。


ふん……呆気ない最期だったな。

だがそれも当然か。

さぁ、我もこの二人を喰らってしまおうか。


「ぐわぁぁぁぁぁぁ……あ? なんだ、これは?」


地面に倒れていたシーマと呼ばれた少女が何事もなく立ち上がった。

その様子を見て首を傾げる四角鬼と丸鬼。

我もそのあまりの不自然な光景に意識を取られてしまう。


「はて……失敗したか?」


「そうかもしれんのう、なんせ久しぶりじゃ。

 どれどれ、掛け直すとするか」


再び鬼仙術〈苦悶の檻〉と〈死の抱擁〉を少女に掛けるも

その表情一つ変えることはできなかったのである。

こてんと首を傾げる少女は、

あろうことか鬼である二人に言ってはいけない言葉を言い放った。


「……なんだぁ? その哀れな魔法は」


「いやいやいや、まてまてまて!

 鬼仙術はしっかりと掛かっておるぞい!?」


「ど、どういうことじゃ!?

 耐えがたい苦痛が襲い掛かっているはずじゃぞ!?」


二人の動揺に気付きシーマは薄笑いを浮かべ言い放った。


「耐えがたい苦痛? ふん、こんなもの……

 ユウユウの折檻に比べたら『ぬるい』わ!」


「……は?」


「私にとってこの魔法は背中がくすぐったい程度だと言っている! 

 この雑魚共めっ!!」


「な、ななぁっ!?」


少女に指差され雑魚と括られた四角鬼と丸鬼は

動揺からか鬼仙術を解いてしまい、

これにより戒めから解き放たれた二人の厄介な少年が戦列に復帰する、

という最悪の結果になってしまった。


「し、しまった!?」


「わ、ワシらの無敵の戦術が破られるとは!」


「おまえらの無敵の戦術も変態シーマには通じなかったようだな!!」


「誰が変態だ、マフティ!! おまえの尻尾をモフり倒すぞ!?」


……最悪だ。


「……余所見をしている暇はないと思うが?」


「なっ!? このガキ……なんだとっ!?」


巨躯の少年が眼前に迫っていた。

かなりの距離があったはずなのに一瞬で詰められたのである。

咄嗟に残った腕で迎撃しようとするもそれは叶わなかった。


「けけけ、桃先生の大樹に生える蔓から作った特製の縄だ。

 鬼のおまえには引き千切れないだろう?」


「なんだと……ぐわばっ!?」


巨躯の少年の拳が我の腹にめり込む。

腹筋に力を籠めなんとか貫通を防ぐも、

そのまま壁際まで突進され壁に叩き付けられた。


これで攻撃は一旦止まるだろう。

拳を引いた瞬間を狙って蹴りを叩き込んでやる。


「ぬぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅん!!」


「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」


考えが甘かった。

こいつは壁に激突させただけでは飽き足らず、

そのまま我ごと壁を突き破り部屋の外へと飛び出たのである。


「これでエルティナの下から離れたな」


こいつの目的が桃使いとの距離を大きく広げるためだったことに気が付いたのは

床に叩き付けられて情けない姿を晒した後のことだった。


「おのれ……! 許さんぞ!!」


頭が沸騰している我にヤツは右手を突き出す。

いったいなんの真似だろうか? 許しを請うつもりであればもう遅い。


「……さて、ここなら俺も『本来の力』を使える。

 クラスの連中には、まだ……知られたくないからな」


突き出した手に見覚えのある力が集まり〈光り輝く手〉と化した。


「そ、その力はっ! まさかっ!?」


「続きは転生してから考えるんだな。覚えていればの話だが」


ヤツの〈光り輝く手〉が我に迫る。


バカな……何故、こんなヤツがこの力を!?

これを喰らえば我とて消滅は免れない!!


ダメだ! 残った腕は縄に戒められて動かせない上に、

我は現在、床に倒れている!

体勢が悪くてとてもじゃないが回避できない!

たとえ鬼仙術で迎撃しても、あの輝く手で全て消滅させられてしまう可能性が高い!


……やむを得ん!


「ずあっ!!」


我はヤツの攻撃が当たる前に切れた腕から伸ばした

陰の力を具現化させた刃でもって自らの首を刎ねた。


この鬼仙術〈陰の刃〉はその名の通り陰の力を刃と化す鬼仙術であり、

使い手によっては強固な鎧すらも易々と切断できるほど鋭利な刃を形成できる。


我はあまり鬼仙術を使うのが好みではないのだが、

四角鬼と丸鬼に無理矢理に習わされたのがここで活きた。

ギリギリではあったが自らの首を刎ねることに成功したのだ。


これで我は『死ぬ』。


ころころと転がる我の首は、

〈輝く手〉を持つ少年によって消滅する自分の身体を目撃したのだった。

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