381食目 裏目
◆◆◆ エルティナ ◆◆◆
俺が意識を失ったのは一瞬の出来事だったらしい。
俺を心配する皆の顔がまだそこにあったからだ。
薄暗い通路の中に立ち尽くすチゲ。
その中にいる俺を皆は青ざめた表情で見ていたのである。
「おい、しっかりしろ! エル!!」
「エル様っ! エル様っ!!」
ブランナなどはもう既に半べそになっていた。
フルプレートアーマーのバイザーを上げて見せた赤い瞳には
大粒の涙が浮かんでいたのである。
むむっ、これはいかん。
これ以上心配させないためにも最高の笑顔をお披露目しなくてはっ!
見るがいい、この俺の渾身の笑顔をっ!
にやぁ……(暗黒微笑)。
「なんかムカついた」
そう言って俺のぷにぷにほっぺを摘まみ
虐待の限りを尽くすのは獅子の獣人ライオットだ。
なんという邪悪な行為! 天が許しても俺が許さん!
我が必殺の威嚇を受けるがいい!!
「ふきゅ~ん! ふきゅ~ん! ふきゅ~ん!」
俺の全力の威嚇を受け皆は目を丸くする。
どうだ、修行の成果を見たかっ!
俺の威嚇は日々進化し続けるのだぁ!!
『いもっ』
「いもいも坊や……どうやら大丈夫のようですね」
違った、俺の胸からにょきっと元気よく飛び出てきた
いもいも坊やの姿に驚いていただけだった。
この不満足な結果に俺は遺憾の意を唱えるべく行動に移る。
「ふきゅん!」
全力で手足を動かし『怒ってますよ』とアッピルしたのである。
これには彼らも恐怖せざるを得ないに違いない。
ふははは、怖かろう!?
「しかし、鬼はどうなったのでしょうか?
見た感じなんともなさそうではありますが」
『内部に侵入した鬼の陰の力は消滅している。
恐らくは問題ないだろう』
「そうか……聖女の中に入り込んだのが
不運に繋がったようだな」
おごごごご……盛大に無視された。
鳴けるぜ、ふきゅん。
ルドルフさんの呟きに答えたのは桃先輩であった。
そう言われてみれば確かに陰の力は感じられないのだが、
どういうわけかベルムートの気配だけは感じる。
特に何かをするわけでもなくジッとしているようだ。
反省して正座でもしているのだろうか?
『大丈夫、彼は眠りについたわ。
再び旅立てるように、再び生まれて来れるように』
『眠りに? そっか……わかった。ありがとうな、初代』
俺の疑問に答えてくれたのは初代であった。
どうやら俺が意識を失っている間にいろいろとしてくれたらしい。
これでベルムートは救ってやれた、と考えていいだろう。
そんな初代に俺は聞きたいことがあった。
『なぁ、初代様。今までどこに行ってたんだ?
留守番電話まで設定してさ』
『べ、べべべべべ、別にたいした用事ではありませんよ!?』
『おいぃぃぃ……どうして顔を背けるんですかねぇ?』
初代様は気まずそ~に顔を背けた。
尚、俺の脳内イメージなので周りには見えていない。
命拾いしたなぁ、初代様ぁ!!(邪悪顔)
『ふっきゅんきゅんきゅん……そろそろ白状したらどうだぁ?』
『お、乙女の秘密ですっ! えぇ、秘密ですともっ!!』
これは追求せざるを得ない事案が発生した。
究明のためにも真実を明らかにしなければ!(暗黒微笑)。
「エル様、大丈夫そうですわね」
「えぇ、そのようです。
時間がないので玉座まで急ぎましょう」
『その方が良さそうだな。
ベルムートが倒されたことを知って鬼共を多数解き放ったようだ。
城の人間達が何人も食われ始めている。
被害が拡大する前に大本を退治するんだ』
おっと、初代様の件は残念だが後回しだ。
今はやるべきことをやらなければならない。
俺達は再び玉座を目指し進撃を開始した。
この調子なら、それほどまでに苦労はしなさそうだ。
まぁ、見てな。俺がちょちょいと片付けてやるぜ!(ドヤ顔)
◆◆◆ マイアス ◆◆◆
「どういう魂の構造をしているんでしょうか? あの子」
「それは私が聞きたいわ、ミレット」
まさに絶体絶命であったに違いない。
悪児によって魂内に侵入されたというのに、
逆に返り討ちにしてしまうとは思わなかった。
私は肉体を祝福することはできても魂を強化することなどできはしない。
魂とは成長することがない無垢なるもの……
精神と肉体は成長しても魂は不変であるのだ。
「私達、神々ですら魂は成長しない。
でも……まさか、この子の魂は成長しているとでもいうの?」
「そんなバカな、魂が成長するなどあり得ませんよ。マイアス様」
ミレットが当然でしょうと私の顔を見るも、
目の前で起こっていた現象を説明しろ、
と言われてできないのは私と一緒であった。
神ですら把握できていない魂をこの子は……エルティナは持っている。
それは私に戦慄を抱かせると共に大いなる希望をも生み出させたのだ。
この子はきっと、世界を変えるために生まれてきたに違いない。
神々は争いのない理想郷を夢見て幾つもの失敗を重ねてきた。
この子はその理想を叶えるために地上に使わされ、
数々の試練を受けている最中なのではないか?
そんなふうに思えるようになっていたのである。
「そんなことよりも、この子のほっぺをふにりたい。
(この子こそ、神々が作り出した希望なのかもしれません)」
「マイアス様……本音と建前が逆です」
「はうっ!?」
だって、ぷにぷにのほっぺがあるのに見ているだけなんて拷問じゃない!
触りたい! あのほっぺに指を突き入れたい!
「そこに『ぷにぷに』があるのよっ!?」
「ぷにぷになら、マイアス様のお胸にあるじゃないですか」
「自分のを触っても面白くもなんともないのっ!!」
「わがままですねぇ」
うぐぐ……ミレットの呆れた顔が私の純情ピュアハートに容赦なく突き刺さる!
この子には、ぷにぷにがどれほど偉大か教える必要がありそうだわ!
「マイアス様、戦場に動きがあったようです」
「あら、悪児達が綺麗に片付いたわね。
で代わりに出てきたのは……えっ!?」
代わりに出てきたのは反乱軍の総大将であるハーインであった。
真紅の全身鎧を身に纏い禍々しい力を隠すことなく放っており、
傍らには女性型の悪児であるエリスが付き従っている。
その魔性の美貌は私ですら羨むものがあった。
私も美貌に関しては負けているつもりはない。
彼女が儚げな印象を持つ美貌であるのに対して、
私は太陽のような力強い美貌であるからだ。
「わ、私、負けませんからっ!!」
「何と戦っておられるのですか、マイアス様」
ミレットが再び呆れた顔を私に見せてきた。
そんな顔で私を見ないでっ! ミレット!
そんなことよりもハーインだ。
よりにもよって、あの子のいるティアリ城から打って出てきてしまった。
これが策略だとしたら、とんでもない策士だ。
いえ、これは作戦じゃないのかもしれない。
悪児にとって城など邪魔な空間でしかないのだから。
さまざまな生命が存在する場所でこそ悪児は真の力を発揮できる。
負の感情を力に変える、という恐ろしい能力を。
「まずい! 完全に裏をかかれた形になっている!
あの怒竜も桃使いのようだけど、
悪児と桃使いの戦いはお互いの力の保有量によって決まるとされているわ!
見た感じだと怒竜よりもハーインの方が勝っている!」
「しかも、もう一体悪児がいますね。
でも、連合軍にはGD隊がいるではありませんか」
「さっきのよわっちぃ悪児なら大丈夫だけど、あの悪児達は別格よ。
ここからでも嫌な力が伝わってくるのだから」
そう、あの二人は別格だった。
しかも、ハーインの方には悪児とは別の力が流れ込んでいる。
いったいなんだろうか? この力には覚えがある。
遥か昔に一度だけ体感したことがある力だ。
「嫌な力、寒気が止まらない。あの力……どこかで……」
そこまで言って思い出す。
脳裏に浮かぶ邪悪な竜の姿を!
「憎魔竜……フレイベクス!? まさか、そんなっ!!」
「フレイベクスですか? 聞いたことがありませんが」
当然だ、カーンテヒルがまだ個であった時に存在した邪竜なのだから。
途方もなく大きい体と、それに見合うだけの憎悪を内に秘めた最強最悪の竜。
私達はそれ故にフレイベクスを『全てを喰らう者』だと信じていた。
実際のところは違ったのだが、それでもフレイベクスを倒さなければ
世界は完全に滅びを迎えていたことだろう。
「間違いない。
ハーインの身に付けている真紅の鎧からフレイベクスの力を感じる。
あの鎧は鋼鉄製じゃなくフレイベクスの鱗から作られているんだわ!!」
「あの鎧から? あ、言われてみれば
酷く気分の悪い力を吐き出しているのがわかります。
常人が着れば発狂間違いなしでしょうね」
「食べているのよ、あの鎧が吐き出す憎悪を」
いけない……最悪だわ。
憎悪を吐き続ける邪竜に憎悪を糧とする悪児とのコラボだなんて!
しかも、私の可愛い約束の子が近くに一人しかいない!!
偶然にもエドワード君が傍にいるが、たった一人でどうにかなる相手ではない。
ガルンドラゴンと闘神ダイクが共闘したとしても果たして……!?
約束の子が全員揃っていれば、なんとかなるかもしれないのに!
カーンテヒル創生以前の存在なら、私が降臨してでも滅ぼさないと!!
でも、その手段が『約束の子ら全員による祈り』が必要……
と設定したばかりに降臨できないじゃない!
あぁっ、私のバカバカバカっ! 見栄を重視したばかりにっ! およよよ……。
迫り来る脅威を前に何もできないでいる私はただ祈るしかなかった。
どうか、どうか、助けてください。神様っ!!
……あ、神様って私だった。