38食目 生還
ちょりーっす! ドラゴンと喧嘩したのは?
そうだ、オレだよ! もっちり珍獣白エルフ味です。
尚、非売品の模様。
ガルンドラゴンとの戦いから一日経った。
流石に体力の限界だった俺達は、
ヤツを追っ払った後に気を失って倒れていたらしく、
駆け付けたアルのおっさん先生に保護されたそうだ。
現在は、学校の保健室にて療養中だ。
ヒーラー協会は遠いし、
俺も大っぴらに『ヒール』を使うと王様達がうるさいので、
ぱぱっと治療することができない。
まったく以って面倒なことだ。
そんなわけで、保健室にて俺達は治療を受けている。
真っ白な部屋には、薬品のにおいが充満していた。
俺達は治癒魔法と薬品を併用して治療されているのだ。
大きな学校なので専属のヒーラーが従事しているのだが、
正直な話……腕前はビビッド兄の方が上である。
やっぱりビビッド兄は格が違った!
病室には同じく負傷したライオットとガンズロックの姿がある。
そして、何故かヒュリティアもベッドの上で治療を受けていた。
何故、そんなにボロボロなんですかねぇ……?(ミステリー)
「無茶苦茶だな。
ガルンドラゴンといえば超危険指定の化物だ。
本来なら大規模な討伐隊が編成されて挑むものなんだぞ?
それをたった二人で撃退するとは……」
俺の話を聞いたアルのおっさん先生は呆れていた。
更にドラゴンを退けた過程を聞いた途端、
その顔は呆れ顔のままに青くなっていった。
「おまっ……食われて、体内で爆発するって正気の沙汰じゃないぞ!?」
「狂気の沙汰ほど、面白いものはないじゃないか」
ふっきゅんきゅんきゅん……と不気味に笑ってやると、
アルのおっさん先生の顔が引きつっていった。
話を聞いていたガンズロック達の顔も同様に引き攣っている。
ただ一人、ライオットだけは頷いていた。
対峙した者だけがわかる、ガルンドラゴンの圧倒的な強さ。
小手先の技じゃ攻撃では効果などあるどころか、
逆にこちらがダメージを負ってしまう。
ヤツを倒すには、こちらも相当な覚悟を決めなくてはならない。
今回は、たまたま運が良かっただけだった。
次もこうなるとは到底思えない。
「ガルンドラゴンの想像を上回ったから俺達は生き残った。
普通に戦ってもダメなんだ。ヤツとは地力が違い過ぎる。
俺のもっと力があれば……くそっ!」
ライオットが自分の取った行動を皆に説明した。
こっちの話も皆は表情を引きつらせながら聞いていた。
でも、ライオットは『ヒール』を受けながら戦っていたことは伏せてくれた。
彼なりに気を使ってくれたのだろう。
「すまねぇ!
そんなに辛い思いをしてたのに、早々にリタイアしちまってよぉ」
本当に済まなそうに謝るガンズロック。
彼が謝る必要はない。
寧ろガンズロックがガルンドラゴンと接触していなければ、
俺は今頃ムシャムシャされて、ご臨終していたかもしれないのだから。
「……私も何もできなかった」
ヒュリティアが俯き肩を震わせた。
気になったので、何故そんなに怪我してるのか尋ねると
「恥ずかしいから秘密」と言われた。
恥ずかしい。
その言葉でお漏らしした挙句、
全裸でガルンドラゴンと戦っていた自分を思い出した。
しかも、理由はわからないがライオットも何故か裸だった。
「ヴァァァァァァァァァァッ!?」
思い出して恥ずかしくなり、
奇声を上げて悶えた俺は、紛うことなき「変態幼女」であった。
お、落ち着け! 俺! 以前は全裸がデフォだったじゃないか!
びーく~る! びーく~~る!! 深呼吸だ!
ひっひ、ふー。 ひっひ、ふー。
ち~が~う~! なんでこんなに恥ずかしいと思ってるんだ!?
間違いなく俺の大きなお耳は真っ赤っかだぞ!?
あぁぁぁぁっ! そうじゃなくて……ダメだ! 素数を……。
「はぁ……はぁ……俺は正気に戻った!!」
「お、おう……そうか」と、ガンズロックが心配そうに俺の顔を窺っている。
俺の奇妙な態度で心配を掛けさせてしまったようだ。
ごめんよ、ガンちゃん。
俺が羞恥心と罪悪感に苛まれていると、
保健室に近付く複数の足音が聞こえ、そのドアの前で止まった。
やがて、保健室のドアがノックされる。
俺はそのノックに即座に反応した。
「入ってます」
ガクリと皆がこけた。
「違うだろぉ!?
まったく……お前らぁ! 聞いてのとぉり、エルは平常運転だぁ!」
ドアが開き室内に入ってきたのはクラスメイト達だった。
皆心配そうな顔をしている。
「うわぁぁぁぁん!! エルちゃん! じんばいじだようぅぅぅぅぅぅ!!」
リンダが容赦なく俺に突撃してきた。
抱き付かれた衝撃で『ぐきっ』と音がして俺は大ダメージを受けてしまう。
俺は一応、ケガ人という項目で治療を受けているのだが?
今の突撃で更に負傷した件について遺憾の意を示したい。
あぁもう……リンダ、心配だったのはわかったから、
鼻水をほっぺに付けないで欲しいのだが?
俺に抱き着いたリンダに、盛大に鼻水と涙をお見舞いされた。
フォクベルトも俺達を見て安心したようだ。
あの後、倒れたガンズロックに応急処置を施し、
恐怖で震えるリンダを励まして、
なんとかアルのおっさん先生の居る合流地点まで、
とても重いガンズロックを背負って戻ってきたそうな。
七歳でここまで出来るとは、本当に大したものである。
「大丈夫かい、エル?」
「あぁ、問題ない大丈夫だ……リンダの鼻水がベトベトする以外は」
エドワードが心配そうな顔を覗かせている。
彼も俺達がガルンドラゴンに襲われた、
という知らせを聞いて心配してくれたらしい。
アルのおっさん先生が俺達を救出しに出た後、
スティルヴァ先生に協力をしてクラスを纏め、
無事に学校にまで避難したそうだ。
「よかった、もしもの時はどうしようかと、本気で心配したよ」
その表情には安堵があった。
なんだかんだ言っても、エドワードとの付き合いは結構長い。
やはり、知っている者が急にいなくなる不安があったのだろう。
彼は俺のほっぺの汚れをハンカチで拭うと……
当然の権利のように自分のほっぺで摩擦してきたではないか!
くそっ、ヤツの目的はやはりこれだったのだ! がっでむ!
だが、俺のほっぺはまだ狙われていたのだ!
その空いているほっぺに魔の手が迫る!
「心配なんかしませんでしたわ! えぇ、そうですとも!」
銀ドリルことクリューテルが空いているほっぺに攻撃を開始してきた。
自らのぷにぷにほっぺを密着させ、摩擦熱によるダメージを目論んでいたのだ!
これは許されざる行為! 俺は鳴き声を以って断固抗議する! ふきゅん!
「う、嘘はいけないんだな! ず、ずっと心配して……な、泣いてたんだな!」
オーク族の女の子で銀ドリル様と同じ貴族の子であるグリシーヌが、
銀ドリル様の言葉を否定した。
その言葉を聞いて慌てた態度を見せる彼女は弁明をおこなった。
「ちちちちちちっ違いますわっ! あああああああ、あれは……あれは!」
おちつきたまへ(呆れ)。
恥ずかしさのあまりか、銀ドリル様のほっぺが急に熱くなった。
それでも、ほっぺを離さない当たり筋金入りだ。
見えないが彼女の顔は真っ赤に染まっているのだろう。
それは、俺を本気で心配してくれていた証だ。
俺を抱きしめる力が少し強くなった。
少し苦しかったが、それは我慢しなくてはならないだろう。
「何はともあれ……無事でよかったぜ」
ほほをポリポリと掻きながら、俺達の様子を見守っていたダナンが口を開いた。
流石に彼は抱き付いては来ない。
もし、抱き付いて来たら爆破処理をおこなうが。
ふっきゅんきゅんきゅん……俺は男には厳しいのだ!
エドワードは外見が女っぽいので特例とする!
ダナンは普通に俺達のことを心配してくれていたようだ。
やはり普通が一番だ、その普通さに俺の心は救われた。
「でだ……君達の活躍を劇にして、一儲けしようと思うのだが」
あぁ……ダナン、おまえもか。
やはり、うちのクラスには、まともなヤツがいないようだ。
といった感じで、いつものやり取りをして騒いだ結果、
治療室の担当ヒーラーに纏めて怒られてしまいましたとさ。
俺は悪くないのに……げせぬ。
それから一日後に俺とヒュリティアが、二日後にガンズロック、
五日後にライオットが退院した。
担当ヒーラーは「驚くべき回復力だ!」と言って感動していたが、
先に退院した俺がお見舞いに行くついでに、
コッソリと『ヒール』を少しずつ施していたのだ。
つまり、犯人は俺である(邪悪顔)。
学校から商店街を目指す俺とライオット。
商店街のの喫茶店で、リンダ達と合流し回復祝いをする予定だ。
「長かったなぁ……筋力落ちたんじゃないかな?」
ライオットは両拳を握ったり開いたりして感覚を確かめていた。
落ちる筋力があるのは羨ましいな!
ちなみに、俺の腕は細くてぷにぷにだ。
もっと筋肉付いてどうぞ(露骨な催促)。
「また鍛えればいいだろ? それに……また来るぞ、あのふぁっきんドラゴン」
「だろうなぁ……しつこそうな顔をしていたしな。
俺達のにおいも憶えられてるだろうぜ」
俺達とガルンドラゴンとの戦いは決着がつかず、
双方とも引き分けに近い形で戦いは終わっている。
ガルンドラゴンは内臓に深刻なダメージ。
ライオットは、疲労による戦闘不能。
俺は、魔力が底を尽きかけていた状態。
これは胃の中で調子に乗って爆発しまくったせいだ。
あの時は怒り狂っていたせいで残りの魔力量に気が付いていなかった。
もし、あの時ガルンドラゴンが逃げ出さなかったら、
やられていたのは俺達だったに違いない。
今そう考えると、俺は運が良かったのだろう。
「もっと強くなりてぇ……!!」
「ライならできるさ、きっとな」
お互いに、とんでもないライバルができてしまったものだ。
いつか来る再戦のために、俺達は最大限の努力をしなければならない。
「そうだな、今は力を蓄えるべきだ」
桃先輩の低く落ち着いた声が俺の口から発せられた。
……まだ、いたんだ桃先輩(失礼)。
「ガルンドラゴンを退けることができたのは奇跡に近い。
少年のがんばりと、後輩の後先を考えない戦法が功を成したに過ぎない」
確かに俺の戦法は綱渡りってレベルじゃなかった。
偶然が偶然を呼んだ奇跡に近いものだ。
ぶっちゃけ、もうあの体験は勘弁願いたい。
命がいくつあっても足りる気がしないのだ。
「力を……そうだな、俺は力が欲しい」」
ギュッと拳を握り、ライオットは目を閉じた。
「あんなに怖い思いをしたのは……生まれて初めてだ。
俺はもっと強くなって、二度とそんな思いをしないようにしたい」
彼は決意を込めた瞳で空を見上げる。
俺もそれに倣い空を見上げた。
青い空に広がる白い雲達がのんびりと浮かんでいる。
本当に目の覚めるような青空であった。
綿飴が食べたくなったのは内緒である。
「行こうぜ、リンダ達が待っているだろうし」
「そうだな……行こうか、エル」
二人並んで、商店街に続く道を歩く。
再び相見えるであろう、ガルンドラゴンとの戦いを予感しながら……。