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食いしん坊エルフ  作者: なっとうごはん
第八章 きみがくれたもの
379/800

379食目 陰の種

◆◆◆ ベルムート ◆◆◆


なんと他愛もない。

桃使いといえど所詮は赤子ですねぇ。


私はいつものように触手に陰の力を纏わせて対象の魂に潜り込んだ。

こうやって魂の中から食い荒らし、宿主の肉体を奪い取るのである。


桃使いといえども、

この方法で魂の中に潜り込まれてはどうすることもできない。

私の必勝の戦法であるのだ。

もう何人の桃使いを仕留めたか覚えていない。

それほどまでに確実に仕留められるである。


流石に桃使いの魂の外側は硬くて侵入するのに手間取るが、

内部は酷く脆いもので、食い尽くすのにそう時間は掛からない。

中に入ってしまえば私の思うがままだ。


「くっくっく……さて、どう喰らって差し上げましょうかねぇ?

 おやおや、これは綺麗な花畑だ。

 青空には可愛らしい雲が浮かんでますねぇ。それに、ここはとても温かい。

 流石は無垢なる魂の持ち主ですねぇ。

 いやいや、これは赤子だからなせる景色ですかな?」


桃使いの魂の内部に侵入した私の眼下には

色取り取りの美しい花が咲き乱れ、

染み一つ無い青空には丸い雲が呑気に浮かんでいた。

魂内の景色はその者の性格が色濃く出る。

この桃使いの赤子は純粋で心優しい魂の持ち主のようだ。


「うんうん、いいですねぇ……

 この景色を無残な光景に変えることができるとは、

 鬼冥利に尽きるというものです」


私は美しい光景が無残な姿になる瞬間がとても大好きだった。

特に景色が壊れる瞬間などは堪らない。

響き渡る悲鳴、失われる色、消える温もり。

魂が灰色に変わり、

やがて真っ黒になり果てた時の達成感は何ものにも代えがたい。


「っと、これははしたない。思わず涎を溢れさせてしまいました」


久々の上物に興奮を抑えきれなかった。

この場に私だけだったのは幸運だといえよう。

私は鬼の中でも、上品で気品がある者として認識されているのだから。

自分のイメージを崩したくはないですからねぇ。


「さぁて、そろそろ取りかかるとしましょうか。

 どうやって壊して差し上げましょうかねぇ?

 少しずつじわじわと壊すのもいいですが、

 あまり時間を掛けるとエリス嬢がお冠になりますねぇ。

 仕方がない……景気良くいきましょうか!」


私はエリス嬢が気に入っていた。

鬼に転じたわりには人間臭さを多分に残しており、

人を殺めるのに抵抗を感じている。

当然、鬼であるから人を喰らうのであるが、

その行為を成す時の彼女の表情が堪らない。


罪悪感と快楽が入り混じった、

この上なく蠱惑的な表情を見せてくれるのだ。

彼女の苦悶の表情を観賞しながらの食事はさぞ美味であろう。


「くっくっく……いいですねぇ、いいですねぇ。

 見てくれも悪くない、寧ろ好みの顔ですから」


ハーインごときにくれてやるには、あまりにももったいない。

機を見て彼には消えてもらうとしましょう。

そしてエリス嬢にはずっと私の傍にいてもらいましょうか……

私の愛玩動物ペットとして。


「ではでは、少々名残惜しいですがお別れです。

 でも、安心してください。

 貴女の肉体は私が有効活用させていただきますからぁ!」


私は陰の力を凝縮した種をバラ撒いた。

これはすぐに芽吹いて辺り一面を食い散らかす。

巻いた後、私はは特にすることはない。

ただ、この美しい光景が無残な姿になるのを鑑賞するだけだ。

それほど時間は掛からないだろう。


「……?」


おや? おかしいですねぇ……陰の種を撒いたはずですが芽吹く気配がない。

久々だったので力の調節を間違えたでしょうか?


私は気を取り直して再び陰の種を花畑に向かってバラ撒きました。


「……」


結果は同じ。

まったく芽吹く気配を見せませんでした。

再度、陰の種をバラ撒くも結果は同じ。

いったい、これはどういうことなのでしょうか?

今までこのようなことは起こった試しはありません。


「おかしい……魂の外側ならまだしも、内部でこのような現象など」


私は再び陰の種をバラ撒きました。

そう何度も陰の種を作り出すわけにはいきません。

この種は私自身を削って作っているのですから。


注意深く種の行方を観察すると、

花畑に入った瞬間に消滅していることが確認できました。

まさか、花自体が陰の力を打ち消しているとでも!?

だとしたら、とんでもない魂の持ち主です。


「これは……少々まずいことになりましたかねぇ」


私の攻撃手段が通用しないのでは、

魂を壊して肉体を乗っ取ることができません。

口惜しいですがここから脱出し、

他の肉体を奪って直接この桃使いを仕留める他にないようでした。


「……ん? なんでしょうか、何か動いた気が……?」


私がここからの撤退を考えていた時のことです。

花畑の一部がカサカサと音を立てたではありませんか。

これはおかしい現象です。


通常、魂内には植物が存在している他には生物はいないのです。

今まで何百もの生物の魂に入り込んだ私ですが、

そのような魂は一度たりとも出会ってはいませんから。


やがて、その音を立てた主はその姿をゆっくりと晒しました。


「ふきゅおん?」


「へっ?」


花畑から姿を現したのは、目を疑うような異形の存在でした。

目も鼻も耳もない口だけの真っ黒な大蛇が私を見据えていたのです。

それだけなら私も驚きはしません。

その程度の異形など掃いて捨てるほど見てきましたから。


問題なのはその圧倒的な『力』です。

それがなんなのかはわかりませんが、

私を遥かに上回る力をその身に宿しているのがはっきりとわかるのです。

何故なら、その大蛇は己の力を隠すことをおこなっていないからです。


では、その力をどうして今まで気が付けなかったのか。

私は忌々しく花畑を睨み付けました。

恐らくはこの花が大蛇の力を外に逃がさなかったのでしょう。

大蛇が首を持ち上げた途端に、力は容赦なく放たれ始めたのですから。


「……っか! はぁはぁ!」


そのあまりにも圧倒的な存在感に私は固まってしまいました。

お恥ずかしいことに、私は恐怖を感じていたのです。

鬼として六百年生きてきた私ですが、

恐怖を感じたことなど数えるほどしかありません。


一度目は我らが総大将様のお姿を拝見した時。

二度目は憎き『傷だらけの桃太郎』と会い見えた時。

忌々しい……お気に入りの肉体を壊された恨み、いまだに忘れられぬ。


それ以来、恐怖など味わったことはありません。

恐怖は受ける側ではなく与える側であるのだから。


「……ふきゅおん」


「な、なんでしょうか?」


黒い大蛇は尻尾を振っていた。

私に何かを期待しているかのようだ。

そこで私は気付いてしまった。


「ま、まさか……」


私は陰の種を大蛇に向かって投げつけた。

すると大蛇は嬉しそうに陰の種を食べてしまったではないか!?

なんということだ、

今まで撒いた陰の種をこいつが全て食べてしまっていたのか!

あ、ありえない!

この陽の力が溢れる場所に陰の力を喰らう者がいるだなんて!!


ムシャムシャと陰の種を食べ尽した大蛇は

再び私を見て尻尾をぶんぶん振っている。

またくれるものだと期待しているのだろう。


冗談ではない! これ以上は己を維持できなくなる!

こんな場所はすぐにでもおサラバいたします!


私は大蛇に背を向けこの魂からの脱出を試みた。

だが、それがいけなかったようだ。


「フキュオォォォォォォォォォォォォォォォォォォンッ!!」


「ひぃっ!?」


大蛇が大きな口を開けて私を飲み込もうと襲いかかってきたのである。

餌をくれないのであればおまえを食ってやる!

そんな意思が私に流れ込んできました。


なんという自己中心的で横暴な大蛇でしょうか。

まるで鬼のような存在ですが、何から何まで違うことが本能で理解できます。

この大蛇に……陰も陽もありはしないからです。

あるのはただ『食べる』という純粋な欲求のみ。


だからこそ……こんなにも『恐ろしい』。


「く、くるなぁっ!!」


「フキュオォォォォォォォォォォォォォォォォォォンッ!!」


冗談ではない速度です。私は全力で逃げました。

肉体がない今、私は音速で移動していますが大蛇との差は縮まる一方です。

あの巨体で音速で移動するなんてどういうことでしょうか?


「いや……それよりも、何故この魂から出られないのだ!?

 もうとっくに抜け出している距離でしょうがっ!」


そう、私は今だにこの魂から抜け出すことができないでいた。

出口は見えているのに一向に近付きやしません。


「バ、バカな……いったいなんなのだ!? ここは!?」


迫り来る大蛇ぜつぼう。近付けぬ出口きぼう

私は必死にもがき逃げ続けた。

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