378食目 かつてベルムートだったもの
薄暗い通路をひた走る俺達。
目指すは王座。鬼の親玉がふんぞり返っているであろう場所だ。
その途中で何匹かの鬼に遭遇するも、
それらはライオット達によって速やかに退治されていった。
「おかしいですわ、城内を守る者が少な過ぎます」
「確かにな……王を守るつもりがないのか、
それとも俺達を誘っているかのどちらかだな」
「けぇっ! こんな鬼共なんざ食えやしねぇ!
人間はどこにいきやがったっ!?」
ブランナとガイリンクードが
王座付近を守る者達の数の少なさに違和感を感じていた。
確かに数か少ないとは感じるが、
並みの兵ではここまですらこれないことを追記しておこう。
俺としてもこの数の少なさは気に掛かっていた。
本気で守るのであれば、二~三匹で散発的に仕掛けてこないはずだ。
大人数を以って通路を塞ぎ、
もたもたしている間に後ろから別動隊を差し向けて挟撃すれば、
大打撃、もしくは殲滅できるはずである。
この鬼にそれを実行する知性がないのか、
それとも親玉の指示なのかはわからない。
「考えていても仕方あるまい。
拙者達は敵首領の首を取ることに専念するでござる」
「そうですね、私達が敵総大将を討ち取れば、
この悲惨な戦争も終結を見ることでしょうから」
ザインとルドルフさんは物陰から襲って来た鬼を軽くあしらい止めを刺す。
んん~? ルドルフさんはともかく、ザインってこんなに強かったかしらん?
まさか……俺が知らない間に秘密の特訓をおこなっていたのかぁ……!?
くっ! 俺もすぐに秘密の特訓をおこなわなければ!!
俺はザインに負けじとチゲの中で猛特訓を開始した!
うにうにうに……ちゅっちゅっちゅっちゅ……ぱた。
ふぅ、握力の強化と吸引力の強化……完了です(きりっ)。
というか、たったこれだけで疲れて眠くなってしまう。
なんという体力のなさであろうか。
人間の赤ちゃんの半分くらいのスタミナしかないんじゃないのかな?
ああ、もう……本当にふぁっきゅんだ!
こんなんじゃ、勝負になんないよ~!?
「……何かいる」
薄暗い通路の奥を油断なく見据えるヒュリティアは、
真紅の弓を引き薄っすらと桃色に輝く矢を闇に向けて放った。
「おやおや、なかなかに鋭い感覚を持っている。
いいですねぇ、貴女、気に入りましたよ。
私の体になる栄誉を授けましょう」
「……誰?」
闇の向こう側から姿を現したのはでっぷりと肥えた中年の男性であった。
しかも、その顔には見覚えがある。
確か……リマス王子にくっついてきた大臣だったはず。
名前は忘れた。
「これは失礼。名乗るのが遅れてしまいましたね。
私はベルムート。いや、かつてベルムートと呼ばれていたものです」
あぁ、そうそう、確かそんな名前だった。
思い出した、思い出した。
そのインパクトのある顔とは逆に名前は普通だったので、
うっかり忘れてしまっていたのだ。
「かつてだと?」
「はぁい、そのとおりでございます。
この愚かな無能者はめでたく私の肉体と成り果てました。
ですが無能はどこまでいっても無能です。
いやはや、もう動き難いのなんの。
こんなに無駄な肉を付けてどうするんでしょうかねぇ?」
そういってベルムートは唾液を撒き散らしながら下品に笑う。
しかし、その脂肪で膨れ上がった手には
ヒュリティアが放った矢が握られていたのである。
彼女は暗視能力が備わった種族であり、その上、弓の腕前も一級品だ。
狙いを外すとは思えない。
ヤツが手にした矢は、放たれた物を受け止めたに違いなかった。
その事実に俺達は戦慄を覚えることになる。
「いやぁ、それにしても私は運がいい。
こんなに優れた肉体が沢山やってきてくれるとは。
どの体も優秀で目移りいたしますよ。
特にピンク色の鎧の貴女、私の好みです。
貴女は殺さずに私のペットにして差し上げましょう」
「……私は男です」
ルドルフさんは油断なく盾を構え自分が男であると告白した。
その告白を受け目を丸くして驚くベルムートであったが、
すぐさま顔を歪め嫌らしく舌なめずりをした。
「それはそれは……ますます私の物にしたくなりましたよ。
大丈夫、私はどちらでもいける口ですから。
なんなら、そちらの娘の身体に乗り移って楽しみましょうか?
うん、それがいいですね」
「悪趣味なヤツね~。悪いけどこの身体は渡せないわ~」
フォリティアさんの豊満な肉体に狙いを付けたベルムートは
右手を突き出した。
そのぶよぶよに膨れ上がった指が更に膨れ上がり甲高い破裂音を響かせると、
赤く染まった肉の中から無数の触手が飛び出てきたではないか。
いかん! このままではエロゲーチックな展開になってしまう!
俺がいる限りやらせはせん、やらせはせんぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!
俺は迫り来る触手に向かって魔法障壁を展開しようとした!
※ おおっと!? ※
そのようなメッセージが半透明のプレートに表示され、
俺の自慢の魔法障壁は仕事をボイコットしてしまったではないか!?
「ふきゅんっ!?」
しまったぁぁぁぁぁっ!
赤ちゃんは魔法が使えないことを忘れていた!
あの、ふぁっきゅんゴッデスめ!
なんてことをしてくれやがったのでしょうか!?
あーっ!? 赤黒くてぬめぬめしたイボ付きの触手が
豊満な肉体を持つフォリティアさんに迫った!
もうダメだぁ……お終いだぁ……(十八禁)。
「やらせないっ! そこっ!!」
連続した発射音と共に光の弾丸が撒き散らされ、
ベルムートの放った触手は半ばから全て千切れ飛んでしまった。
それをおこなったのはGDデュランダを身に纏ったプルルだ。
手にしたMマシンガンの銃口が鈍い輝きを放っている。
「ぐっ! 桃力だと!?
先ほどの矢とは違って純粋な力……なるほど、貴女が桃使いでしたか!」
「貴方に構っている暇はないよ! 墜ちろっ!」
プルルが魔導ライフルを抜きベルムートにむかって射撃する。
それを信じられないほどの身のこなしで避けて見せる肉団子。
「やってくれますね、それでこそ我らが宿敵」
「次は当てるっ!」
……あの、本物の桃使いはここにいるんですが(白目痙攣)。
どうやら、ベルムートはプルルが桃使いであると勘違いしてしまったようだ。
このままでは、俺は空気以下の存在になり果ててしまう。
なんとか存在をアピールして主人公の座をキープしなくてはっ!
「……ん、ほう、うぐぐ……やっ!」
俺の隣、正確にはチゲの隣にいたキュウトちゃんが
もじもじと何かしていたのだが、
白い煙に包まれた後にキュウトに姿を変えてしまった。
「これで俺も格好良いところを見せれるぜ! 覚悟しやがれ!」
ぽんっ!
そして、即座にキュウトちゃんに戻ってしまう。
ブランナの放った〈ダークボール〉の流れ弾が
キュウトに当たってしまったのである。
『ふきゅん(おかえり)』
「しくしく……」
やはりキュウトはそちらの姿になってしまう運命であったのだ。
最近では男の姿でいられる時間の方が少ないのではないだろうか?
不憫なヤツである(暗黒微笑)。
いかに相手が鬼であろうと、
やはりこの精鋭チーム相手には敵わないようで、
徐々に劣勢になってゆく。
まぁ、これだけの人数でボコボコにしているのだ、当然であろう。
いくら個が強かろうが多には敵わないのである。
「うぬっ! これは堪りませんねぇ……ゾクゾクしてしまいます」
だが、そんな劣勢の中でもベルムートは余裕の態度を崩すことはしなかった。
ヤツの何がそんな余裕のある態度を作らせるのであろうか?
いや、もしかしたら……ただの変態なのかもしれない!(確信)
「あまり時間を掛けている余裕はありません!
一気に倒してしまいましょう!」
ルドルフさんの号令に応える形で
ライオット達が渾身の一撃をベルムートに加えた。
崩壊してゆく鬼の肉体。断末魔の叫びはなかった。
その代わりにヤツは一本の細い触手を俺に向かって放ってきたのである。
「ふきゅんっ!?」
「その人形の中に桃使いがいることはわかっていました。
ひひひ、なるほど……赤ちゃんの桃使いですか。
いいですねぇ、いいですねぇ、私がその体を頂戴いたしましょう」
その触手はチゲの身体の隙間を通って
俺のいる場所まで難なく侵入してきたのである。
しかも、まだ誰もベルムートのヤツが生きていることに気が付いていない。
チゲがなんとかしようとバタバタしているが……!
「それではぁ……いただきまぁす」
「ふきゅ~~~~~んっ!」
ヤツが俺の胸に突き刺さり中に入り込んできた!
激痛が走り意識が飛びかける!
くそっ! こんなところでやられるわけにはいかないのに!
徐々に薄れる視界に映ったのは、
俺の悲鳴を聞き付けて集まる皆の顔であった……。