376食目 よく似ている
◆◆◆ シグルド ◆◆◆
『よかったのかい? ブラザー。
ハニーがおまえさんのことを知って喜んでいたのに』
「茶化すな、マイク。我はユウユウが苦手だ」
そう、我はユウユウ・カサラが苦手だった。
純粋な敵意を向けて挑んでくるならまだしも、
好意と殺意を以って挑む敵など、どうすれというのだ。
決して勝てないとか、リスクが高過ぎるとか、
そう言った理由で会うのを避けているわけではない。
彼女をどう扱えばいいのかわからないので、
今は会うべきではないと判断したのである。
『HAHAHA! いいねぇ、青春てヤツ?
俺っちにもそう言う時代があったなぁ……。
あぁ、そうさ、俺がもっと上手くやってれば彼女は……』
マイクは得意げに語るも最後の方は元気がなくなってしまった。
何かトラウマでも思い出してしまったのだろう。
我がマイクに掛ける言葉などない。
掛けたところで慰めにもならないだろうから。
暫く無言のまま、鬱蒼と茂った森の中を進む。
我らの標的はハーインなる者だ。
マイクの調べによれば彼の者は文武に長け、
義を重んじ、何よりも平和を愛していたと聞く。
だが……ある日を境に、彼は変わってしまったらしい。
『変わっちまったのさ、愛ゆえに。
ハーインって野郎は愛情が深すぎた。
俺みたいにな? HAHAHA!』
マイクの調べによればハーインは鬼の女を愛してしまったそうだ。
人を捨て鬼になり果てたと知りつつもだ。
その結果、己も鬼になり果ててしまったという。
「何故、そこまでして鬼の女を愛するのだろうか」
『わかってないなぁ、ブラザー。
ラブはバーニングなんだぜ? 理解した時にはもう遅いのよ』
「……ふん」
シグルドと真・身魂融合をおこなったことにより、
我も恋愛感情というものは多少なりとも理解はしている。
だが、我の種族はもともと発情期というものがあり、
恋愛というものには縁がなかったため、
真に理解する日は来ることがないだろう。
しかも我は復讐のために長い年月独りでいたため、
そういった関連には疎いのである。
マイクに改めてそういったことを聞かされた我は、
心にモヤモヤしたものを抱えながら森を進んでいた。
すると、木の陰からひょいと姿をさらす一人の男に遭遇したのである。
「よぉ、おまえさんは話せる男かい?」
金髪の男は青い鎧を身に纏い大剣を杖代わりに立っていた。
男は爽やかな笑顔を演出しているが相当に無理をしているのだろう。
おびただしい負傷がそれを物語っている。
特に上手とは言えない応急処置をした右足が痛々しい。
何者かにやられたかは判断しかねるが、
彼の右足は太ももから先が無くなっていたのだから。
我は男を警戒しつつも問いに答えた。
「……我が男ではなかったら、どうするつもりであったのだ?」
「口説いていたさ」
男の答えに我は呆れると共に毒気を抜かれた。
こういった受け答えをする男をよく知っていたからだ。
『なんだか相棒と同じタイプのヤツだなぁ』
『そうなのだろうな。見ろ、マイク……あの目を』
男の目には絶望など一片もない。
あるのは己の使命に殉ずる覚悟を持った漢の目であったのだ。
故に我はこの漢を試したくなった。
「我をガルンドラゴンと知ってのことか」
「もちろんさ」
男は当然だろ、といった仕草で答える。
大剣を杖にして身体を預けてはいるが、
いつでも攻撃に入れる構えであることは勘でわかった。
なかなか食えない漢である。
「では、我になんのようだ?」
「見てわかるだろう? 俺は足が不自由なんだ。
だから、俺の足になってくれよ」
「それは我がおまえに服従しろと言うことか?」
「いや、協力してくれって頼んでいるのさ」
この男が言っていることは本心であろう。
それならば野生の馬でも鹿でも捕らえて乗ればいいのに、
何故わざわざ危険な存在と呼ばれている我を選んだのだろうか?
『たまたま、なんじゃね?』
『むぅ……おまえの言い分にも一理ある』
マイクのいうことも尤もであるが、それでは身も蓋もない。
少しばかり肩透かしを食らった感じであったが、
まだ我はこの漢を試しきってはいないので、
次の質問に移ることにした。
「仮に汝を乗せたとして……その見返りに何を寄越す?」
「ん~、そうだなぁ……俺の命とか?」
こやつ……己の命を差し出すと抜かして満面の笑みとは。
利用するだけ利用して、用が済んだら始末する算段か?
「あぁ、ただ、用件が済むまで待ってくれると助かる。
その後でいいなら食っても構わねぇよ」
「その要件とは?」
我の問いかけに男は二カッと笑い答えた。
「この国の平穏を掴み取るのに、ある男をぶっとばさなくちゃならねぇ」
「名は?」
「ハーイン」
ハーインの名を口にした瞬間、男から途方もない闘気が湧き出してきた。
この男は本物だ。
であるなら、その理由を……
我に命を差し出してまでハーインと戦う理由を聞き出さなくては。
「何故、そこまでして戦う」
「頼まれちまったのさ……惚れた女の最期の頼みだ。
やらなきゃ男が廃るってもんだろ?」
恐ろしいまでに澄み切った眼差しは我の心を動かした。
この不器用な漢は信用に値する。
もし裏切られたら我の見る目がなかったということだ。
「乗れ、我が名はシグルド。世界最強を目指す者だ」
「ありがとうよ、短い付き合いになるがよろしく頼むぜ。
俺の名はオオクマ……いや、ダイク。ダイク・オオシマだ!」
ダイクは我の背に飛び乗った。
久々に感じる人を背に載せる感触。
ダイクはシグルドのそれに酷く似た存在であった。
『あぁ、ちくしょう。これって浮気になっちまうのかなぁ?』
マイクもそれを敏感に感じ取っていたようで情けない声を上げていた。
『ふん、これが浮気というものか。なかなかに背徳感があるものよ』
漢が漢に惚れる。
これは浮気に入るのであろうか? わからぬ。
だが、シグルドもこれほどの漢であれば許してくれるであろう。
『てか、ダイク・オオシマって俺達の挑戦リストに含まれてるんだけど、
闘神にこれだけの深手を負わせるヤツってどんなヤツなんだろうな?』
『それこそわからぬ。
だが、我らが頂点を目指すのであれば、いずれ会い見えよう』
我はまだ少しばかり痛む翼を広げ、力強く羽ばたいた。
久々に感じる浮遊感に僅かばかりの喜びを覚え、
我らはハーインがいると聞いたティアリ城へ向かうために大空を翔る。
「うおっ、ガルンドラゴンが本当に空を飛んでら」
「やはり珍しいか?」
ダイクは我の背から眺める空の景色に感嘆の声を上げていた。
「あぁ、珍しいな。
俺が出会った連中は地を震わせて突っ込んでくるヤツばかりだった。
どうしてなかなか……絵になっているんじゃないか?」
「褒め言葉として受け取っておこう。
……ティアリ城らしき建物が見えてきた、着陸に備えよ」
遠くに巨大な建造物が見える。
あれがティアリ城で間違いないだろう。
いよいよ戦いが迫ってきた実感が我の闘志を増幅させてゆく。
その時、ティアリ城が震え壁の一部が吹き飛ぶのを確認した。
あれは……間違いない、ブルトンのアシュラ・インパクト!!
だが威力が桁違いだ。
この短い期間でいかなる鍛錬を積んだのだろうか!?
なんという恐ろしい漢だ……!!
我はブルトンに戦慄を覚える。
だが、それを打ち消すような邪悪な気配を感じ取ってしまったのである。
「マイク!!」
「ブラザー! 進路上に鬼の存在を確認!
下級クラスの鬼が……ざっと五百体!? ワッツ? どうなってんの!?」
「うおっ、一人で二人の声って……おまえ本当に桃使いかよ!?」
ダイクは桃使いのことを知っていた。
どういう経緯で知ったかは聞かない。
聞いても意味はないし、だいたいのことは勘でわかる。
「なるほどなぁ……エルの嬢ちゃんがおまえさんにこだわるわけだ」
「やはり、エルティナの関係者であったか」
「あぁ、そうとわかったら俺を振り落とすか?」
「ふん……我がそのような狭量に見えるか?」
「いや、見えないね」
「だが、我は少しばかり機嫌が悪くなった。
少しばかり憂さを晴らさねば落ち着かぬ」
「そいつは悪いことをしたな」
「少しばかり寄り道をするぞ」
「あぁ、下の連中だろ? 俺も借りを返さないといけないしな」
我は会話が得意ではない方だが、ダイクと話すと次々に会話が繋がってゆく。
いや、正確にはダイクが我が話しやすいように言葉を選んでいるのだろう。
この漢……死なせるには惜しいな。
「ブラザー! 久々の鬼との戦いだ!
連中との戦いは桃力をどう上手く扱うかによって決まる!」
「わかっている、桃力の調整は任せた」
「オーケー! 少しばかり桃力を使って『桃光付武』を使うけどいいよな?」
「ダイクの剣にか? 無論だ」
マイクが我の桃力を使い、ダイクの大剣を破邪の剣へと変じさせる。
これでダイクも鬼と戦えるであろう。
さぁ、準備は整った。
暗黒に堕ちた哀れな者達に、我は純然なる怒りを解き放たん!
命あるものを貪りながら迫る鬼の大群の前に、
我らは苛烈なる闘志を解き放ちつつ悠然と降り立った。