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食いしん坊エルフ  作者: なっとうごはん
第八章 きみがくれたもの
374/800

374食目 女神の加護

◆◆◆ 女神マイアス ◆◆◆


ここは天界にある図書館。

カーンテヒルの歴史を纏めた貴重な書物や、

人が扱うには危険な禁書などが収められている、

この世の情報の中心とも言える場所だ。

私はその図書館に設置されている雲で作られたテーブルに向かって、

使い慣れた羽根ペンを走らせていた。


カリカリという文字を書く音だけが響く。

それはこの場に私しかいないことを暗に示している。

なので私は区切りが良い部分でペンを置くことにした。


「……今なら許されるかもしれない」


「許されませんよ?」


「ふひょわ~ん!?」


誰もいないと思い呟いた独り言に返事が返ってきて、

思わず変な悲鳴を上げてしまった。


誰かと思い後ろを振り向くと、

良い香りのする紅茶と可愛らしい形のクッキーをトレイに乗せた、

私の愛する天使のミレットが、

小さな翼をパタパタと羽ばたかせながら浮いていたのである。


「んもう、ビックリさせないでちょうだい、ミレット」


「驚かれるということは、

 何か後ろめたしいことでも考えていたのではありませんか?」


「ぎくっ」


残念ながら彼の言うとおりである。

彼といっても天使には性別がないので彼女といってもいい。

癖のある金髪に、くりくりとした碧眼を持つ

天使ミレットは特に私のお気に入りだ。


生まれた時から愛情をたっぷり注ぎ育て上げ、

すくすくと成長していった彼も、今では私のお世話係をきっちりとこなしている。

こなしているのだが……。


「あ、やっぱり終わっていないじゃないですか。

 地球にいらっしゃるゼウス様に提出するレポートは、

 次の神様会議までなんですよ?」


「わ、わかってるわよぅ。ちょっとだけ休憩っ!

 文字ばっかりとにらめっこしていたら、全身が文字だらけになっちゃうわ」


地球で呼んだ書物に『みみなしほういち』なる物語があった。

このまま、文字と格闘しているといずれ、

その物語に出てくる主人公のように体が文字だらけになってしまいそうだ、

と感じてしまったのだ。


いくら私がえら~い女神様でも、こんな膨大な量のレポートを書け、

と言われてすぐにできるものではないないのだ。


というか……神様になってもレポートを提出しろってどういうこと?

しかもゼウス様は私が人間だった頃の先生に激似だしっ!

お説教の仕方も、エッチな部分もまんまだし!

お説教しながら私のおっぱいをガン見するのはやめて欲しい。はぁ……。


「後、レポートが二百枚もあるじゃないですか。

 今までさぼっていたからですよ?」


「だってぇ……」


確かに現実逃避をしていたことは否めないが、

この世界の現状をレポート用紙五百枚で収めろだなんて言われたら、

あの子みたいに白目痙攣をしてしまう。

かといって、天使達に手伝ってもらうなんてできやしない。

あの子達も自分に与えられた仕事を懸命にこなしているのだから。

親である私が子供に頼るなどしてはいけないのだ。


「簡単なレポートなら私もお手伝いできるのですが、

 マイアス様に出された課題は重過ぎて私の手に余ります」


「う~」


「神様会議が開かれる神無月まで、後二ヶ月です。

 もし間に合わなかったら……

 ゼウス様にセクハラ紛いのお説教を受けるハメになりますよ?」


「それだけはいや」


私も女神として一万五千年くらい務めているのだが、

ゼウス様に言わせれば「オムツが取れない赤ちゃん女神だ」とのこと。

彼にいつから存在しているかを聞くと軽く桁が違ったのには驚いた。

なので私では絶対にゼウス様には頭が上がらない。

というか、それだけ偉大な神様なのに、

赤ちゃん女神である私に欲情しないでほしい。


「はぁ……神様も縦社会だとは思っていなかったわぁ」


「まぁ、カーンテヒルは新しい世界ですからね。

 仕方がありませんよ、マイアス様」


「そうね……この子のためにも、しっかりと勉強して立派な女神にならなくちゃ」


我が身を砕き『全てを喰らう者』に食われた大地を再生させ、

永遠の眠りについてしまった白銀の竜カーンテヒル。

この子の尊い犠牲の上でこの世界は今日も命の輝きを放っていた。


私にもっと力があったのであれば、

また違う結末を迎えていたことは否定できない。

でもそれは、IFの物語であり、

今こうして女神をやって、あの子がいないのが私の迎えた結末。


そう……あの子がいない世界を護るのが、『私の罰』なのだ。


「……お紅茶とクッキーおいておきますね」


「ありがとう、ミレット」


私は香りの良い紅茶を口に含み味を堪能してから再び羽根ペンを手に取った。

神無月までにレポート用紙残り二百枚を仕上げなくてはならない。


「あ、そういえば……『約束の子』達が参加している軍隊のことなんですが、

 そろそろ戦闘を開始するようですよ」


「へ~、そうなんだ」


……。


「なんですってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」


「わっぷ、唾を飛ばさないでください。きちゃないです」


サラッとミレットがとんでもないことを言い出した。

なんであの子達が戦争に参加することになっているのか理解できない。

戦争は大人達がやることでしょうがっ!?

子供が戦争なんて許されざるですっ!!


「どうしてあの子達が戦争なんてしているのですかっ!?」


「えっ? たしかラーフォンがマイアス様に報告していたはずですが?」


「……えっ?」


「……えっ?」


私とミレットは互いの顔を見合わせて固まってしまった。

何故このようなことになっているのだろうか?

私は約束の子達が戦争に参加するなんて聞いて……聞いてたわ。


確か数日前、レポートが忙しくてバッカス様に頂いた

『神ゆんける』なる栄養ドリンクを飲んで、

三日目の徹夜を迎えた日のことだったはず。


あの時は意識が朦朧としていて取り敢えず返事をしてしまったけど、

まさかそんな重大な報告だったなんて不覚にもほどがあるわっ!


「ど、どうしましょうっ!? 

 このままじゃ、私の可愛い約束の子達が危ないわ!」


「確かにそうですが……彼らも十分成長してますし、

 そこまで心配はいらないのでは?」


「そんな他人事みたいに……

 あの子達はあなたの弟や妹みたいなものなのですよ?」


ミレットの冷静過ぎる対応に不満を持った私は頬をぷくっと膨らまし、

私は怒っていますよ、とアピールするも華麗に流されてしまった。


「だからこそですよ、私はあの子達の力を信じていますから」


「その笑顔はずるいわ」


ミレットの穏やかな微笑みに毒気を抜かれてしまった私は、

もうそれ以上何もいうことはできなかった。

というかミレットが私以上にお母さんしていて焦ってきた。

私がお母さんなのだから役割を取らないでちょうだいっ!


「それで、相手は何者なのかしら?」


「あ、はい。報告では『鬼』だそうです」


「ふ~ん、鬼ねぇ?」


私は乾いた口内を湿らせるべく紅茶を飲んだ。

程よい苦みが頭の中を冷静にしてくれる。


約束の子の相手は鬼か……おに? えっ? 鬼って確か……。


私は特殊魔法〈ライブラリ〉を発動させる。

これは魔法の辞書みたいなものだ。

地球のスマートフォンみたいなものを魔法で再現したもので、

簡単なものを調べる時に使う。

私が操る〈ライブラリ〉はそれこそ機密レベルの情報も載っているので、

閲覧には気を付けなければならないが。


え~と……鬼、おにっと、あった。なになに?


鬼、おとぎ話にでてくる化け物。

あるいは陰の力が具現化した存在。正しくは『悪児おに』と表記する。

『悪児』は空想の鬼とは違い実在する非常に危険な存在。

生きとし生ける者の敵であり、その戦闘能力は神ですら後れを取るほど。

また、通常の物理攻撃では効果が薄い上に、仮に殺せても何度でも生き返る。

『悪児』を倒すにはその力の対極に位置する『桃使い』に退治を依頼すること。

尚、地獄にいる鬼は『獄卒』と呼ばれ、上記の『悪児』とは別物である。


「……ふぁっ!? これって、ゼウス様が言っていた、

 絶対に関わりたくないランキング一位の化け物じゃないのっ!

 なんでこんなのがカーンテヒルにいるのっ!?」


冷静になった頭が一気に沸騰した。

最悪最低の化け物が、どうしたことか私の世界に来ているのである。


「それはラーフォンが端末を使って調査中ですが、

 原因はいまだ判明していないようです」


「あぁ、もうっ! なんでこんな忙しい時にトラブルばかり……!

 助けて、神様っ!!」


「あなたが神でしょうに……」


ミレットに呆れ顔を向けられて、私はしくしくと泣くハメになった。

そう、私は神様。だから私を助けてくれる者はいない。ぐすん。


「うう、取り敢えずは桃使いを派遣してもらわないと……」


と言ったところで私は既にカーンテヒルに桃使いがいるのを思い出した。

そう、カーンテヒルの眷属である白エルフ族の少女、

エルティナ・ランフォーリ・エティルである。

彼女なら鬼を退治してくれるはずだ。


日々成長している彼女のことだ、立派な桃使いになっていることだろう。

ここ最近はレポートが忙しくて、その姿を見てはいないが。


「ふふ……そういえば、この世界にも桃使いはいたんでしたね。

 更には約束の子でもあるエルティナがいるのであれば、

 こわ~い鬼だって問題ないのです。

 さぁ、私の可愛い桃使いの少女はどのくらい成長したのかしら?」


私はエルティナの姿を確認すべく手をかざし、

遠く離れた彼女の姿を半透明の画面に映し出した。


『ふきゅん』


画面に映し出されたのは、

ピンク色の幼児服を着させられた白エルフの『赤ちゃん』であった。


あら、間違えたかしら? もう一度やり直しっと。

神様だって間違えることはあるんです。そぉれっと!


『ふきゅん』


今度もやはり白エルフの赤ちゃんが映し出された。

何故かドヤ顔を炸裂させている。ぷにりたい、その笑顔。


それにしてもおかしい、あの子は確か今年で八歳になるはずだ。

断じてこのような可愛らしい赤ちゃんではない。

あぁもう、喉が渇いて仕方がないわ。


私は再び紅茶を口に含む。


『ふきゅん、ふきゅん、ふきゅん、ふきゅん、ふきゅん』


『ルドルフさん、エルティナが鳴き出した~!』


『あぁ、はいはい、お腹が空いたみたいですね』


ぶばぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!


「うわ~!? マイアス様、紅茶がもったいないです」


私は飲んでいた紅茶を盛大に吹き出してしまった。

己の耳が故障していなければ、

画面に映る赤ちゃんはエルティナということになる。

いったいどういう状況なのだろうか? 赤ちゃんプレイでも堪能している?

いやいや、これから戦争をするのにそれはないだろう。


「げほっ、げほっ、この子は本当にピンポイントで私の気管を狙ってくるわね」


「そんなことはないと思いますよ。

 どうやら、この赤ちゃんはエルティナで間違いないようですね」


なんということであろうか?

この世界を鬼から救ってくれる予定だった桃使いは、

どういう経緯か赤ちゃんになってしまっていた。


ゼウス様にも鬼には神が直接手を出さないこと、ときつく言われている。

そもそも神が介入するとろくなことにならない、

とゼウス様の体験談を聞かされて、なるほどなと思い知らされたこともある。

よって、私は手を出すことは許されないというのに。


いやでも、この非常事態には自らが立ち上がるしかない!


「こ、こうなったら……私、がんばっちゃおうかな!?」


「どさくさに紛れて、

 エルティナのほっぺをふにふにしようとしてもダメですよ?」


うっ!? 一瞬で見抜かれてしまった!

くっ、最近ミレットの洞察力がこの上なく上達していて泣けてくるわ。


「う~、だって、ぷにぷになのよ?」


「ダ・メ・で・す」


私は盛大にため息を吐いて崩れ落ちた。

赤ちゃん……ぷにりたいです。


「しかしながら、

 約束の子達はエルティナを主軸として鬼と対峙するようですね。

 あ、戦争が始まってしまったようですよ」


「なんですって!? あぁ、始まっちゃった!」


勢いよく洞窟から飛び出してゆく約束の子達。

エルティナは赤いゴーレムの中に納まり運ばれてゆく。

どうやら約束の子達は別動隊で、直接本丸に乗り込む無茶な作戦であるようだ。


「それにしても無茶な作戦ですね。全部隊で囮を務めるなんて」


「でも、兵力差があり過ぎるからこうするしかないわね。

 無茶だけど、無茶をねじ伏せて勝利を掴む力を私はこの子達に授けている。

 そう、彼らは約束の子。この世界の剣となりし者」


あらゆる脅威から愛する者を護る力を私は与えた。

少しずつその力を開花させている今、私の加護にも耐えられるかもしれない。

私が見守っている限り、誰ひとりとして死なせはしないわ。


「女神マイアスの名において、汝ら約束の子に祝福を」


私は約束の子らに眠る加護の力を解禁した。

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