373食目 あすか
トンネル開通の目途が立ったということもあり、
私は〈テレパス〉を使用してヤッシュ総司令に報告をおこなうことにした。
この予定よりも早い開通に彼は驚きの声を上げることとなる。
『いや、まさか二日でやり遂げるとは思わなんだ。
こちらの方も丁度、部隊の編成を終えたところだ。
タイミングが良いのでこのまま出撃する。
作戦開始のタイミングは追って連絡するので待機していてくれ。
恐らくは明朝……日の出と共に戦闘開始となるだろう』
『はっ、了解いたしました』
連絡のタイミングがよかったらしく、
本隊の方も編成が終わったところだという。
私は作戦の時期をモモガーディアンズとシャドウガード、
そして、レイヴィと十名のGDの騎士に伝えた。
「いよいよか……流石に緊張してきたな」
「やっぱ、クラークでも緊張するんだな?」
「そう言うリックだって震えているじゃないか」
「バ、バカ野郎、これは武者震いだよっ!」
これには結構な場数を踏んできた子供達も緊張の色を隠せない様子であった。
特に女の子達は身を寄せ合って不安気な顔をしている。
……一部を除いてだが。
「何度も言いましたが、
モモガーディアンズの皆さんは鬼だけを相手にしてください。
それ以外は我々が相手をします」
「そうそう、そういう汚れ役はお姉さん達に任せてちょうだいね~」
「もうこれ以上汚れようがねぇからなぁ、俺ら」
不安そうにしている子供達に
シャドウガードの面々は自信あり気な表情でそう伝えた。
きっと少しでも不安を和らげてあげようという配慮だろう。
「俺達もいるから安心しろ。
鬼相手でも遅れを取るつもりはない。そのためのGDだからな」
「そのとおりです、あなた方は鬼に専念なさってください」
レイヴィとGDの騎士もまた、そう言って胸を張った。
彼らの思いやりに安心したのか幾分か緊張がほぐれたようで、
チラホラと子供達に笑顔が見え始めている。
これなら大丈夫そうだ。
「さて、皆さんは休眠を取ってください。
僅かな時間ではありますが取るのと取らないとでは雲泥の差が出ます」
私は皆に少しでも体を休めるように指示した。
日の出まで後六時間ほどだ。
最低でも四時間は寝ることができるだろう。
「んじゃ、わっすらが見張っててやるッスよ~。あんたも休んでくれッス」
「申し訳ありません。それでは、よろしくお願いいたします」
私は寝ずに見張り役をしようと思ったのだが、
モグラ獣人達が見張り役を買って出てくれたので、
期せずとも休眠を取ることができたのである。
僅かでも体を休めることができる喜びをかみしめ、
私はすぐさま眠りに落ちていったのだった。
◆◆◆ エルティナ ◆◆◆
もぐもぐ達の天使化計画はなんとか阻止されたものの、
今度は本格的な戦争が始まろうとしていた。
正直な話、戦争はいかんと思っているのである。
多くの命が失われるというのに、
やれ理想だの平和だのを掲げて殺し合うのは滑稽極まりない。
いや、頭ではわかってはいる。
話し合いで収まらないから、こうなってしまうことは。
だが、敢えて言おう……エゴだよ、それは!
それに鬼が絡んできて、わけワカメな展開になってさぁ大変ときたもんだ。
いい加減に俺の堪忍袋がボムッ、
と破裂する寸前であることに気が付いていないのだろうか?
だが、それにはどうにかしてベビーな状態から抜け出さなくてはならない。
この状態では俺の十八番である魔法が使えないからだ。
魔法が使えない白エルフの赤ちゃんはただの珍獣なのであ~る。
さぁ、考えろ。
いや、考えているだけではダメだ。
ならばどうすればいい?
感じろ、己を取り巻く全てのものに。
俺には魔法と桃力以外にも何かしらの力があったはずだ。
思い出せ、思い出せ、思い出せ……。
感じろ、感じろ、感じろ……。
『ぷぅ!』『おなら、おなら』『くさい、くさい』
おいぃ……感動のシーンになる予定が台無しじゃねぇか(訴訟)。
『やっと、めざめた』『おそい』『おそい』『のろま~』
しかもダメ出しまでしやがった。
今の俺は間違いなく白目痙攣状態だ。
そう、彼らこそ俺の半身とも言える、治癒の精霊チユーズだ。
彼らと対話が出来たことで希望が見えてきた。
そこで、前々から実行してみたかったことを、今ここで実行する。
おいぃ、おまえら、他の精霊達と対話がしたい。
なんとか対話ができるようにがんばってはくれんか?
そう、俺の必殺技『他力本願』を実行する時が遂に来たのだ。
チユーズを通じて他の属性の精霊達に協力を要請し、
きちんと魔法を発動してくれるように頼みこむのである。
ふはは、俺の時代がぬるりとやってきたようだぜ(確信)。
『むり』『むり~』『だめ~』『やだ~』
ほわっつ? 何故?
『あいつらきらい』『じぶんかって』『こわすやつきらい』
なんてこったぁ……
まさかチユーズが他の精霊達をここまで嫌うとは想定外だった。
確かに他の精霊達は攻撃魔法やらなんやらで大活躍しているが、
チユーズ達にはそれが好ましいことではないらしい。
確かにその行為で傷付く者がいることも確かだが、
それにしてもこの嫌いようはただ事ではない。
『あいつら』『あすか』『うらぎった』『ゆるせない』
……あすか? 誰だそいつは?
他の精霊達はその『あすか』って人を裏切ったから嫌いなのか?
『あすか』『めがみ』『おかあさん』『おとうさんの』『おかあさん』
女神? あすかって人は女神なのか?
女神マイアスと何か関わりがあるのか?
『まいあす、きらい』『あれ、あすか、ちがう』『でも、おなじ』
……同じ?
『わたしたち』『さいしょのこ』『あすか』『おかあさん』
『かーんてひる』『おとうさん』『おかあさん、いなくなった』
『かなしい』『かなしい』『かなしい』『かなしい』『かなしい』
それ以降、チユーズは悲しそうに泣き続けた。
どうやら辛いことを思い出させてしまったようだ。
ごめんな、チユーズ。辛いことを思い出させちまって。
『しゃざい』『ようきゅう』『まりょく』『よこせ~』
そう言うとチユーズは俺の中に入り込み、
魔力をムシャムシャし始めたではないか!
なんという邪悪! ヤツらのアレは演技だったのか!?
いや……違うな、彼らが俺の中に入り込んだことで、
あの悲しみは本物だったということが魂で理解できた。
『ここおちつく』『おかあさんとおなじ』『あたたかい』
そういうとチユーズはそのまま寝てしまった。
それにしても母親と同じ姿の別人か……。
確証はないが、彼らだけにはわかったのだろう。
何故なら、彼らは母親に魂を分けてもらい生まれてきたのだから。
しかし……女神マイアスが精霊達の産みの親ではない、
というのはどういうことだろうか?
伝承によれば、女神マイアスは全ての存在の母であるとされているが。
そして、女神マイアスと同じとされる『あすか』なる女神とは……?
うごごごご……計画が頓挫した上に新たなる問題が浮上するとは、
この聖女エルティナの目を以ってしても見抜けなんだ!(節穴)
「ふきゅん!?」
突如として襲い掛かってきた頭痛に思わず悲鳴を上げてしまう。
頭の奥を突き刺されたような痛みだ。
これは思い出すなという警告なのだろうか?
それとも思い出してほしいと記憶が訴えているのだろうか?
俺にはわからない。
だが『あすか』という言葉に響きに何故か懐かしさを覚えてしまう。
これはどういうことなのだろうか?
うん、わからん! よって本件は保留とする!(決定)
今はそんなことよりも、このベビー状態をどうにかしなければ!
よりにもよって期待していた案が使えなくなってしまった。
無理を言ってチユーズが不貞腐れてしまっては、
いよいよもってお手上げになってしまう。
それだけは避けたいのであ~る。
ううむ、とは言っても後の方法は考えていなかった。これはうっかりだ。
さて、どうしたものか……。
俺がぼ~っと見ているのはチゲの赤いゴーレムコアだ。
それは、ほんのりと……そして穏やかに輝いており、
彼の優しさが形になったかのような美しさがそこにあった。
……あっ、ひょっとしたらいけるんじゃないのかな?
俺はある悪だくみ……もとい、いい考えが浮かんだのである。
この状態でも桃力を操作できるのであれば『桃仙術』が使えるではないか。
であるならば、やってみよう……桃仙術〈五感〉を。
ふっきゅんきゅんきゅん……!
これが成功すれば俺はスーパーモードになれること間違いなし!
さぁ、チゲ! 俺と一緒に伝説を作ろうぜ!
ここに、伝説の珍獣作戦が実行に移されたのであった。