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食いしん坊エルフ  作者: なっとうごはん
第八章 きみがくれたもの
372/800

372食目 ここは地獄だ

◆◆◆ ルドルフ ◆◆◆


「こ、これは何事ですか!?」


「あ、ルドルフさん……見てのとおりだよ」


最後である第五陣でタマル山の工事現場にやってきた私達は、

異様な光景を目の当たりにしてしまった。


鬼気迫る形相で穴を掘り進むモグラ獣人の作業員達、

その掘りだした土を歯を食いしばり、ふらつきながらも運ぶ身形の粗末な男達。

そしてその男達を鞭で打ち付ける……ユウユウ・カサラ。


「ほらほら、きびきび動きなさいな、豚野郎共」


「イエス、マム! 私達は豚野郎です! どうか哀れみをっ!!」


「良い子ね、ほぅら、ご褒美よ」


彼女の鞭が容赦なく男達に叩き付けられた。

トンネル内に響く衝撃音と野太い悲鳴。

その一撃に悶絶する男達であったが、何故か顔が緩み恍惚としていたのである。


「ありがとうございます!」


「ありがとうございます!」


「ありがとうございます!」


先ほどまでふらついていた男達は

狂ったように「ありがとうございます!」と連呼し、

酷く機敏に動くようになった。


「クスクス……良い子ね。それにしてもこの鞭は面白いわね。

 私が全力で叩いても、しっかりと手加減された上で打ち付けれるのだから。

 ストレスの発散にもってこいね」


「ちょっ、ユウユウ。いったい、それはなんですか!?

 叩かれた者が元気になるなんて……

 その鞭にはおかしな呪いでも掛かっているのではないですかっ!?」


「わたし、しってるよぉ!『ちょうきょう』ってやつなんだよぉ!」


「あら、プリエナはお利口さんね。貴女も、きっといい女王様になれるわ」


「うん、わたしも、じょうおうさまになるよぉ!」


「なってはいけません! 意味がわかっているのですか!?」


話によれば、ユウユウが手にしている鞭は、

モグラ獣人達が山を掘り進んでいる時に偶然に掘り出した物であるそうだ。

最初は放っておかれたのだが、

時間が経つにつれて動きが悪くなってきた男共に気合いを入れるべく、

ユウユウが柄の部分をガンズロックに補修させ、

使用し始めたのが彼女が『女王様』になってしまった切っ掛けであるそうだ。


「手に持った感じ……呪いの類はなかったがよぉ、

 何かしらの魔法が付与されてんのはわかったぜぇ?」


「そ、そうですか」


彼女が『全力』で叩いても男達がバラバラにならなかったところを見ると、

衝撃を吸収する魔法でも付与されているのだろうか?

私も専門ではないため推測に過ぎないが。

それにしても、叩かれた者が元気になるのはどういう原理なのだろうか?


まさか……いや、下手な推測での発言は止しておこう。

叩かれて嬉しいから元気になった、

なんてことを言ったら私も変態扱いされてしまう可能性が出てくる。


「掘って、掘って、掘りまくるッスよ~!

 ほらそこ! 掘りが甘いッス!! 何やってるッスか!?」


モック・ルルセックが檄を飛ばし、作業スピードを上げようと躍起になっている。

その檄を受け気力を振り絞る作業員達。


「ぐふっ、お、俺はもうダメだ。

 国に残した妻に俺は勇敢に戦ったと伝えてくれ……」


「ア、アンドリュゥゥゥゥゥゥゥッ!!

 くっ、おまえの死は無駄にしない!」


「ハァ……ハァ……ここは……地獄だっ!!」


「あなっ、あなっ! ほるっ、ほるっ!!」


いったいなんなのだ、ここは!?

バタバタと倒れてゆく作業員達。

そして、その屍を越えてゆくモグラ獣人。

倒れては起き上がり、起き上がっては倒れるを繰り返す。

まさに阿鼻叫喚の地獄絵図がそこに存在していたのである。


「おあ~、皆だらしないっすね。まだ仕事は始まったばかりっすよ~?」


「モル~、倒れている奴らに水をぶっかけてくれッス」


モックは自分の娘にそう頼んだ。

するとモルティーナは傍にあったバケツに入った水を、

地面に倒れ伏した作業員に容赦なく掛けたのである。

死体に鞭を打つとはこのことだろう。

ある意味、ユウユウよりも容赦のない行為である。


「ひゃっは~! 水だぁ! 生き返ったぜ~!!」


「仕事だ、仕事だ~!! 元気百倍だぜ~!」


「あなっ、あなっ! ほるっ、ほるっ……!!」


そんなわけはないだろう。

過労で倒れたというのに水を掛けられたくらいで回復するわけがない。

案の定、気力だけは復活したモグラ獣人達が、

ゾンビのようにのろのろと穴を掘りだし始めた。


「女王様のためにぃ……女王様のためにぃ……」


「おぉ、おぉ……おおぉ……」


ビシィッ! バシィッ!!


「ありがとうございます!」


「ありがとうございます!」


「ありがとうございます!」


こちらはこちらでもっと酷かった。

彼らは元々山賊であったそうなのだが襲いかかった相手が悪く、

逆に返り討ちにされた上で捕らえられ、ここに強制連行されてきたそうだ。

貴重な労力として奉仕させているそうなのだが、

ここにユウユウがいたことが運の尽きとなったようである。

彼女はある意味、その筋の達人なのだから。


この光景を見て聖女エルティナは白目痙攣を以って応えた。

どうやら、視力の方も順調に成長しているらしい。


少し前の話になるが、試しに差し出した私の指を目で確認した上で掴み、

キュッと握りしめたのである。

意外に握力があって驚いたが、

そのモチモチの小さな手の感触が気持ち良さの方に

強く驚いてしまったのは内緒だ。


「ふきゅん、ふきゅん、ふきゅん」


エルティナが鳴いて何かを訴えているようだが、それが何かはわからない。

彼女はまだ歯がなく喋ることができないからだ。


これは推測であるが……彼女はこの地獄絵図を大いに悲しんでいるのだろう。

以前の彼女であれば、こんな過酷な労働を断固として阻止しただろうが、

この赤子の身であってはどうしようもない。

それは自分でもわかっているようで、その幼い身を不甲斐なさで震わせていた。


……違った、お漏らしだった。


「チゲ、新しいオムツをください。こんにちは、うんうん先生」


『はろぅ、この子も成長の兆しが見えてきたな。良い傾向だ』


うんうん先生との束の間の邂逅を済ませた私は、

すっかり手際が良くなったオムツの交換を華麗にこなし、

すっきりした表情の聖女様を再び抱きかかえた。


「流石はルドルフさん。お母さんぶりが板に付いてきましたね」


「お、お母さん……」


私は思わず白目痙攣状態に陥ってしまった。

メルシェに褒められたのだが、あまり嬉しくはない。

私は騎士であり保育士ではない上にお母さんでもないのだ。

せめて、お父さんと言ってほしかったところである。


「あっ、ごめんなさい。お姉さんでしたね」


「もういいです……」


私はがっくりと肩を落とした。




トンネル工事から二日ほど過ぎた頃、

先頭で穴を掘っていたモックの腕がピタリと止まった。

こぶし大に空いた壁穴からは星空が見えるではないか。


「……ぬるりと来たッスよ」


ここまで恐ろしい速度で掘り進んでいた彼らだが、

遂にトンネル開通まで後一歩という場所まで掘り終えたのである。


我々が休眠を取っている間も彼らは掘り続けており、

不眠不休で掘り続ける様には狂気が垣間見えた。

モグラ獣人の驚異的なスタミナと精神力には脱帽である。


だが、その代償として棟梁である三人とモルティーナ以外は、

白目痙攣を起こし地面に横たわっていた。

山賊達は……うん、例外なく地面に横たわっている。


「俺……山賊辞めて真面目に生きる」


「俺、農家に戻る。もう悪い事しない」


「俺、この戦いが終わったら女王様に仕えるんだ……」


「ありがとうございます……」


「ありがとうございます……」


「ありがとうございます……」


白目痙攣をしながらうわ言を呟いているので、辛うじて生きているようだ。

若干名、色々な意味で手遅れなヤツがいるが、

これは気にしなくてもいいだろう。


「うわぁ……本当に掘り終えたのかよ」


「ふむ、有言実行とは……

 私達も見習わなくてはいけないね、ランフェイ」


「えぇ、そうですわね、お兄様」


この短期間で十三キロメートルの距離を掘り終えてしまったという事実に、

ダナンとロン兄妹は驚きと称賛を送った。

彼らだけではない、モモガーディアンズ全員がモグラ獣人達の偉業を称えていた。


「俺なんか付いて行くのもやっとだったのに、

 寝て起きたら四キロメートルも離されてた、

 なんて聞かされて頭がおかしくなるかと思ったぜ」


そういうダナンであったが、彼もトレーニングは欠かしていなかったらしく、

今にも倒れそうになりながらも辛うじて皆に付いて行っていた。

尚、体力の少ない女子や歩行速度の遅いゲルロイド様や、

グリシーヌ嬢はそれぞれ体力のある者や、チゲに乗っかって移動していた。


チゲの胸の中にいるエルティナに寄り添う形でゲルロイド様は落ち着き、

それを見たクリューテル嬢が興奮のあまり飛びかかったのを、

忠臣ザインが制止したのは記憶に新しい。


「お放し下さいまし、ザイン! そこにアルカディアがございますのよっ!?」


「クリューテル殿! 殿中、殿中にてござるぅっ!!」


チゲはいつの間にか殿中になっていたらしい。


そして、グリシーヌ嬢はブルトンに抱きかかえられての移動であった。

エルティナから二人の事情を聞かされていた私は、

不覚にも頬を緩めてしまう形になる。

皆からも冷やかしを受けていたが彼女は幸せそうな顔をしており、

またブルトンも表情こそ変えることはなかったが、

まんざらでもない様子であった。


「やったっすね、おとっつぁん。昨日の『獣化』が効いてるっす」


「おあ~、久しぶりだったッスから、流石に疲れたッスね~。

 流石に三人での獣化は窮屈だったッス」


「んだなぁ、モックの爪が当たって痛かっただに」


「わっすも腰が痛いだす」


どうやら我々が休眠を採っている間に秘策を決行していたようだ。

彼らが言う獣化とは一時的に先祖返りをおこなうもので、

モグラ獣人の場合は巨大なモグラに変化するというものだ。

ただしこの獣化は全てのモグラ獣人がおこなえるわけではないらしく、

稀にこの能力を持つ者が生まれてくる程度のものらしい。

フィリミシア城の図書室で得た知識であるが、だいたい合っているはずだ。


「皆さん、お疲れさまです。

 まさか十三キロメートルのトンネルを本当に三日以内に掘り終えるとは……

 このルドルフ、感服いたしました」


私はこの偉業を成し遂げたモグラ獣人達を称賛を以って労った。


「ただ掘るだけなら、余裕ッスよ」


「んだなぁ、ここから崩落事故が起きないように加工するのが大変だに」


「そうだすなぁ……完璧に施工するとなると早くて五~六年だすか?」


「戦争が終わったら、この国の王様に費用を出してもらって

 完璧に仕上げちまうッスか?」


「あぁ、それがいいだすなぁ」


「んだ、ここが使えたらきっと便利になるだに」


どうやら彼らにとって穴を掘り終えることは当然であり、

トンネルを掘り終えた今、

既に次のステップに想いを馳せているようであった。

本当にこのモグラ獣人達は『仕事バカ』、

あるいは『ワーカーホリック』と言っても差し支えがないだろう。


「えぇ、きっとリマス王子なら費用を工面してくれるでしょう」


私の予感はきっと実現することだろう。

このトンネルは戦争に終止符を打つべく掘られたのだから。

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