371食目 こわ~いおじさん
◆◆◆ リンダ ◆◆◆
「ほら、ユウユウ。元気出しなよ」
「うぅ……放っておいてちょうだい」
部屋の隅で膝を抱えていじけているのは我がクラスの最凶……もとい、
最強の乙女ユウユウ・カサラだった。
普段は余裕のある態度を取り、弱者を見下すかのような行動を取る彼女が、
どうしてこうなってしまったかというと……。
「私はダーリンに捨てられてしまったのだわ」
「だから違うと思うよ」
そう……待っていてくれている、
と一方的に思っていたガルンドラゴンが、
砦にいなかったことにショックを受けてしまったのである。
まぁ、彼は一時的に協力していただけなので当然といえば当然だろう。
しかもだ、ユウユウと顔を合わせた時に彼は露骨に困った顔をしていた。
こうなる結果は見えていたのである。
それがわからなかったのは彼女だけだった、ということだ。
「もっと私に魅力があれば彼を引き留めることができたのに。
この凹凸の少ない身体が恨めしいわ」
「うぐっ」
ユウユウは既に出るところが出始めているというのに、
これ以上を望むというのか。
私など大平原のままだというのに……彼女は多くを望み過ぎだ。
後、ララァは呪われろ。拒否権はない。
いやいや、その前に相手はガルンドラゴンだ。
竜が人間の身体に欲情するなんて聞いたことがない。
彼女は本気で言っているのだろうか?
……本気なんだろうなぁ。
「あぁ……こんなことなら、
ママにしっかりと『テクニック』を学んでおくべきだったわ」
「アッ、ハイ、ソウデスネ」
なんのテクニックかは聞くことはできなかった。
容赦なく、とんでもない答えが返ってきそうで怖かったからだ。
「皆聞いてくれ、モグラ獣人の方々を護衛するために
モモガーディアンズから何名か付いてきてほしいとのことだ」
アルフォンス先生が部屋に入ってくるなりそのようなことを頼んできた。
クラスの皆は退屈を持て余したようで、
我先にと名乗り出るもその殆どは戦うことで頭がいっぱいの連中だった。
正直な話……護衛ができるような面々はいない。
「ええい、面子は俺が決める。
おまえらは自分から喧嘩を吹っかけるヤツらばかりじゃねぇか」
「ぶー、ぶー!!」
結局はアルフォンス先生が護衛に出向く面子を決めた。
名乗り出て選ばれなかったロフト達はブーイングを浴びせたが、
さらりと流す彼は流石と言えよう。
護衛に向かうのはフォクベルト、ガンズロック、ヒュリティア、
そして私とライオットという人選になった。
なんというかいつもの面子である。
エルちゃんがいないのが少々不満ではあるが。
「これが第一陣だ。
少し時間を置いて第二陣も編成して現場に向かってもらうぞ~。
どうせ俺達はトンネルを通って攻め込むからな」
どうやら最終的にはモモガーディアンズ全員を向かわせる算段のようだ。
それを聞いたロフト達は不満げな表情ではあったが納得した顔を見せた。
手短に出発の用意を済ませた私達は、
砦の外で待機していたモグラ獣人達と合流し、
目的地であるタマル山へと出発した。
護衛には私達の他にはGD所持の騎士が十名とレイヴィ先輩、
そしてヒーラーが三名といった構成である。
「ううっ、緊張する。
ディレジュ先輩……簡単な仕事だって嘘ついたなっ」
「マキシードさん、そんなに緊張しなくても……」
その三名のヒーラーの内の一人は私と顔見知りのお兄さん、
マキシード・ズイクであったのだ。
他のヒーラー達も顔は知っているが名前までは知らないと言った感じである。
「リンダちゃん、ありがとう。
でも、こういった仕事は緊張するんだよなぁ」
「貴方は勇敢なのか臆病なのか本当にわからないわね」
一緒にいた茶髪の女性ヒーラーが緊張しているマキシードさんを見て言った。
その言葉を聞き笑ったのはもう一人の男性ヒーラーだ。
「マキシードはギリギリにならないと真価を発揮できないからな。
追い込まれた時が実力を出す時だから普段はこんなもんだろう」
そう言った彼は体育会系のお兄さんといった風貌だ。
ヒーラーであることを示す白いローブを身に纏っているが、
サイズが合わないのかピッチピチになっていて今にも破れてしまいそうである。
「もう、サーシャもリウダックも意地悪だなぁ」
彼らのからかいに幾分か緊張がほぐれた様子を見せたマキシードさんは、
手に持った杖をしっかりと持ち直した。
「よし、面子が揃ったな~?
んじゃ、見つからない内に現場に向かうぞ~?」
「現場までは我々シャドウガードがご案内します」
「うふふ~、きちんと護るから安心してね~?」
アルフォンス先生が二人の男女を連れてきた。
その内の一人はとてもヒュリティアに似ていると思ったのだが……。
「……姉さん、顔が近い」
「近付けてるのよ」
どうやら本当に姉妹であるようだった。
彼女に姉がいるなんて初耳である。
しかも超美人でメリハリのある身体は同性の私でも見とれる程だ。
つまり……ヒュリティアも将来はお姉さんのような姿に?
だとしたら、なんと羨ましいのだろうか。
私も将来はあのような身体になってチヤホヤされたい!
エルちゃんはおっぱい好きなので、
もしも私がボインボインになれば必ず飛び込んできてくれるだろう。
くっ! 今の内に豊乳トレーニングをするべきかっ!?
「……リンダ、体をくねらせてどうかしたの?」
「おのれ、勝ち組めっ!」
「……?」
「ヒー、そっとしといてやんなぁ。
今こいつはぁ、自分の邪な欲望と戦ってんのさぁ」
「……そう」
ガンちゃん、フォローはありがたいけど……もっと言い方があるでしょう!?
ヒュリティアも悟ったような眼差しで私を見ないでっ!!
「それでは参りましょうか」
フォクベルトもクール過ぎっ!!
なんか最近、私に対する対応が酷くないっ!?
そんなことをしたら私ぐれちゃうよっ!?
ほっぺを膨らませてエルちゃん直伝の遺憾の意を示す顔を作るも、
エルちゃん同様に華麗に流されてしまったことを受け、
私は大人しく護衛に付くことにした。
あぁ、今日もお月様が綺麗だなぁ。ぷるぷる。
砦から出立して一時間ほど経ったであろうか?
山道を行く私達の前に小汚い恰好をした複数の男共が、
薄ら笑いをしながら道を塞いできた。
「へっへっへ……こんな時間にお出かけかい?」
「こわ~いおじさんに襲われちまうぞぉ?」
下品な笑い声は耳に障る。
身形からして山賊であることに間違いはなさそうだ。
「んでもって、俺達がこわ~いおじさんってわけだ。
命が惜しけりゃ、身包みを置いて……たばぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
お約束のセリフをのうのうと喋っていたハゲの男が、
ライオットの電光石火の一撃で吹っ飛びすぐ傍の木に激突して気を失った。
木がへし折れなかったところを見ると、しっかり手加減をしているようだ。
それを見て唖然とする山賊……いや、こわ~いおじ様方。
「まて、話をしよう」
ライオットの戦闘能力を見て自分達では敵わない、
と判断した首領と思われる臭そうな大男が交渉を持ちかけてきた。
意外に頭が回る男のようだ。
「悪いな、俺は『拳』でしか語れない」
「お、お助けー!!」
問答無用のライオットの狩りが始まってしまった。
これではどちらが悪者なのかわからない。
「もう、ライオットったら手が早いんだから」
「そう言うリンダだってよぉ、
ライのヤツが殴らなかったらよぉ、
そのハンマーで叩き潰す気だったんだろうが?」
「てへっ☆」
私は自分のやろうとしていたことを見抜かれたので、
ペロッと小さく舌を出して誤魔化す作戦に出た。
……やめてガンちゃん、そんな目で私を見ないでっ!
「あらあら~、私達の出番がなくなっちゃったわね~?」
「まぁ、この程度なら彼の敵の内には入らんしなぁ」
シャドウガードのお兄さんとお姉さん……
いや、グレイさんとフォリティアさんもライオットに任せることにしたらしい。
念のために武器は抜いているが使う機会はこなさそうである。
それにしても、ライオットが生き生きし過ぎている。
最近は暴れられてないせいもあってか、
まるで子猫がはしゃいでいるような姿であった。
その後、ライオットに叩きのめされた山賊は十数名に及んだ。
そんな彼らはことごとく縛り上げられ、私達に連行されることになったのである。
「ど、どこに連れて行くつもりだ?」
「……地獄です」
「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!?」
フォクベルトのドスの効いた冷たい返事に小汚い男達は震えあがった。
彼らを連れて行くと言ったのはフォクベルトだった。
フォクベルトは捕らえた山賊達を工夫として利用しようと提案したのである。
その提案にアルフォンス先生は、
それはもう良い笑顔で二つ返事をしたと付け加えておく。
目的地に向かい始めて更に一時間後。
途中で休憩を挟みつつも、
私達はトンネルを掘るための目的地へと無事に到着していた。
その間に盗賊は十名ほど追加されていたことを報告しておく。
出てこなければ酷い目に合わずに済んだのに。
エルちゃんばりの悪い顔を披露した私は、
目の前に広がるタマル山を見てため息を吐くことになった。
本当にこの大きな山を三日で掘り終えれるのだろうか?
この工事の結果次第で戦争の結果が変わるといってもいい。
「さぁ、すぐさま仕事に入るッスよ! モルも手伝うッス!」
「おあ~、任せてくれっすよ、おとっつぁん」
一斉にモグラ獣人達がタマル山に突撃して穴を掘り始める。
まるで餌をみつけた蟻のようだ。
「……これは凄いわね」
「うん、見る見るうちに穴が大きくなってゆくね」
ヒュリティアと私は凄まじい速度で掘り進む彼らを見て、
もしかするとこの工事は本当に三日で終わるのではないだろうか、
と思い始めていたのである。
そんな彼らの一心不乱に掘り進む姿を、
空に浮かぶ月は優しく見守っていたのだった……。