37食目 おめぇは俺を怒らせた
『後輩、どうするつもりだ?』
「取り敢えず、この拳でぶん殴る! 後はそれから考える!!」
我ながら、後先考えない突撃である。
だが、俺の頭の中はそのことだけで埋まってしまっていた。
取り敢えずは実行しないと気がすまないのだ。
『まったく……とんでもない後輩に当たったものだ』
「否定はしないんだぜ、ご愁傷様です」
俺は桃先輩に軽口を叩くが、もう目の前はガルンドラゴンの巨体がある。
ここは既に死地である。
でも、俺はこいつを殴らないと気がすまない。
「ちょっと、一発殴らせろぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
「………っ!? エル! 来るなっ!!」
そうはいかない! 真っ直ぐ行って、右ストレートだ!!
力を持たない弱者の俺達が、頂点捕食者に膝を付かせた。
それは、既にあの世への切符を手に入れたのと同じだ。
俺達の死は確定的である。
ライオットも、ガルンドラゴンもそう思っているだろう。
だが、俺はそんなことは微塵にも思っていない。
稀にあるのだ……ビビり過ぎて恐怖感が麻痺し、
テンションがヤバイ事になる時が!
今が正にそう! 俺はイカれている! ふっきゅんきゅんきゅん!
「ぶるぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
俺の渾身の右ストレートは、ガルンドラゴンの右前足に命中した。
そして、俺の右手は無残にも赤く腫れてしまった。
「いたいっしゅ! いたいーん!!」
超痛かった。ライオット……お前、こんな痛みを感じながら攻撃してたのか。
こんなの余程覚悟が決まったヤツか、超ドМじゃないと無理だぞ!(涙目)
「く……『ヒール』が使えなかったら即死だった」
「お前なぁ……」
呆れ顔で俺を見つめるライオット。
止めて! そんな顔で俺を見ないでっ!!
俺の一撃を受けた、ガルンドラゴンは冷めた目で「お前なにやってんの?」
と蔑んだ目を向けてきた。
そう、俺の渾身の一撃を鼻で笑いやがったのだ!!
ビキビキッ!!
俺は頭に『!?』を浮かべ、黄金の竜を睨みつけた!
このことにより、俺は理解したのだ!
これは、生き残りをかけた生存競争じゃない!
喧嘩だ! この野郎は、俺に喧嘩を売りに来てたのだ!!
ふざけやがって!
調子ぶっこいてるヤツが、どう言う結末になるか……教えてやんよぉ!!
「来いよ! トカゲ野郎!! その口に生えてる牙を捨てて、かかってこい!!
へへっ、それとも……怖いのか?」
俺は超有名なセリフをリスペクトした。
コイツを言われて、かかってこねぇヤツは玉なしだ!!
ヴォァァァァァァァァァァァァァッ!!
怒り狂ったガルンドラゴンが咆哮を上げた! 効果は抜群だ!!
ガルンドラゴンが怒り狂い、砂埃を巻き上げながら俺に突撃してくる!
しかしこれは想定内!
こっそりと、ライオットから離れていた俺に隙はなかった!
「桃先輩、手伝ってくれ!」
『了解した、「魔法障壁」十五層展開、形状は球状を選択」
俺は桃先輩に手伝ってもらい、『魔法障壁」を球状に形成する。
続いて俺式『ウィンドボール」を発動し小さな竜巻になった。
実は目的は攻撃じゃない。
ぼよん!
質量の違いからか吹っ飛ばされたのは俺である。
作戦はこうだ。
俺式『ウィンドボール』でガルンドラゴンの攻撃の威力を落とし、
魔法障壁でガードしつつ後ろに後退。
そのまま落とし穴を飛び越えて穴に落ちた無防備なガルンドラゴンを、
俺式『ファイアーボール』で爆破処理しようという考えだ。
俺は狙いどおり、ガルンドラゴンから距離をとり……落とし穴に落ちた。
「ほ……ほーるいんわん!?」
『台無しだな』
アクシデントォォォォォッ!!
最後の切り札に使おうと思っていた『落とし穴』に落ちてしまった!
おごごごご……この世には、神も仏もいないのかっ!? ふぁっきん!
俺はジタバタして足掻くがまったく効果はなく、
ゆっくりと落とし穴に埋まっていった。
流石、改良型! 効果は絶大だ!!(絶望)
俺が絶望に打ちのめされていると、空が急に暗くなった。
いや……違う、これはっ!?
「うおぁ!? 眼前に、ガルン様の大きなお口ぃぃぃぃぃぃぃっ!?」
ガルンドラゴンが俺の落ちた落とし穴に躊躇なく飛び掛かってきた!
その巨大な口を限界まで開けて!!
「エル……エルゥゥゥゥゥゥッ!!」
最後にライオットの悲痛な叫びが聞こえた。
そして、俺の視界は、闇に包まれたのだった……。
◆◆◆ ライオット ◆◆◆
「う、ああ……あぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
エルが、エルが喰われた!!
ヤツに! ガルンドラゴンに!!
ちくしょう! 俺が……! 俺が止めを刺せなかったばかりに!!
「ちくしょう! ちくしょう!!」
怒りのあまり、俺を押さえ付けていた理性が吹き飛んだ。
その瞬間、有り得ないほどの凶暴な力が体から溢れ出した。
俺は親父に使用を禁止されている『先祖帰り』を使用してしまったのだ。
使用したのはこれで二回目。
初めは暴走に近い形での発現、だが今回は自らの意思での使用だ。
ここに決定的な差が出ていたことに、俺はこの時気が付いていなかった。
「グルルル……コロス!」
俺は憎悪を以って黄金の竜にそう告げた。
落とし穴に頭から突っ込んで身動きが取れなくなっている
ガルンドラゴンに向かって、憎悪の言葉を浴びせた。
「オマエ、コロシテヤル……!!」
ベキベキと変貌する俺の体。
筋肉が膨れ上がり、爪と牙が太く長くなる。
衣服は全て弾け飛ぶほどの変貌だ。
そして、二足歩行を捨て去り、四足歩行に切り替える。
これが俺のもう一つの姿……いや、本当の姿なのかもしれない。
俺は一匹の巨獣になったのだ。
これを使わなかったのは、もちろんエルがいたからなのだが、
それ以外にもに理由がある。
初めてこの状態になった時のことを、俺はまったく覚えていないのだ。
発現後、体中に痛みを感じ気が付けば、
俺は親父に抱きかかえられて家に帰るところであった。
服はまったく身に着けてなく、血だらけの状態だ。
このことから、俺は理性を失って暴れていたのだろうと理解した。
つまりは暴走するということだ。
この状態になれば、俺は躊躇なくエルにさえ襲い掛かっていただろう。
それ程までに危険な姿なのだ。
「グオォォォォォォォォォォォォッ!!」
不思議な感覚だった。
今回は俺自身の意識がある。
けれども、俺の体を動かしているのは別の誰かだった。
『よくも、よくも! おまえなんか、やっつけてやる!』
俺の意思とは別の『誰か』の意思が俺に流れ込んでくる。
俺の意思とは別に俺の体が動く。
俺はただ……それを眺めているだけ。
落とし穴に落ちて身動きの取れないガルンドラゴンを、
『誰か』は俺の体で容赦無く傷つけていった。
汚い? 卑怯? どうでもいい……どうでもいいんだ。
俺は何もできない。ただ、見ているだけだ。
『このっ! このっ! しんじゃえ! しんじゃえ!」
『誰か』の憎しみの籠った意思が俺に伝わってくる。
言葉使いからして俺よりも幼そうだ。
だが、エルを想う気持ちは俺よりも強いかもしれない。
それほどまでに、怒りと悲しみと憎しみが伝わってきた。
『誰か』は身動きの取れないガルンドラゴンを容赦なく傷付けてゆく。
黄金の鱗は吹き飛び、肉が割け鮮血が噴き出す。
『おまえなんかがいるから、あのこはしんじゃったんだ!
かえして、ぼくのえるをかえしてっ! かえしてっ!!』
『誰か』は何度も何度も「かえして」と繰り返した。
まるで駄々っ子のようにだ。
血塗れになるガルンドラゴンではあったが、致命傷には至らなかった。
そして、『誰か』の攻撃も終わりを迎えてしまう。
『俺』の肉体が活動限界を迎えてしまったのだ。
巨獣形態を維持できず、強制的に元の姿に戻ってしまう。
「ぐはっ! ぜぇぜぇ……これでもダメなのか……!?」
俺は自分の体を支えきれず地面に倒れ伏した。
どう見ても致命傷には程遠い。
やがて、落とし穴から抜け出したガルンドラゴンが、
俺を葬り去ろうとゆっくりと近付いてきた。
あぁ……ちくしょう。ここまでなのか?
ゴメンな……エル。おまえの仇……取れなかったよ。
その時、聞いたことのある音が耳に入ってきた。
『ボンッ!!』と爆ぜる音。
そう、この音は魔法の授業中に聞いたことがある。
へへっ……そうだった。
エルの通り名は……食いしん坊。
そして、もう一つ。
エルは嫌がっていたけど……今なら納得できる。
何故なら、ガルンドラゴンが血反吐を撒き散らして苦しんでいるからだ。
◆◆◆ エルティナ ◆◆◆
ガルンドラゴンの胃袋なう。
「俺は生きている」
現在、俺はガルンドラゴンに食われ胃袋に収まっていた。
なんとかカミカミされないで、胃袋まで来れたというわけだ。
「計画通り……ふっきゅんきゅんきゅん」
俺はニヤリとほくそ笑んだ。
すんません……嘘です。
ガルンドラゴンに食われた後、
胃袋までごっくんされた俺は桃先輩と相談し、
なんとか体内から脱出する方法がないか話し合っていたのだが……。
「ふきゅん! これならいけるかっ!?」
その時、俺に電流が『ギュピーン!』と走った!
脱出と同時に、ガルンドラゴンに一泡吹かせてやれるかも知れない方法が、
俺の脳内にドヤ顔で登場してきたのだ!
俺がガルンドラゴンに一泡吹かせる方法……それは『一寸法師』作戦である!
いかに鉄壁の鱗を備えてようとぉ!
絶大な筋力と耐久力を持ち合わせようとぉ!!
おめぇ……内臓を鍛えられるのかよぉ?(ゲス顔)
『よくもまぁ、こんな無茶な作戦を』
「無茶はする為にある!」
んっ? ん~!? これは良いセリフだ! 覚えておこう!
よし、消化される前に派手にやってやるか!
服もかなり溶けてきたしな。
これで幼女でなければ完全に『18禁指定』だったぜ!
ふっきゅんきゅんきゅん!
おめぇが食ったのは、白エルフでも聖女でも……ましてや白い餅でもねぇ!
最も食っちゃあイケないものだったんだよぉ!!(邪悪顔)
「お前が食ったのは……爆弾だ」
俺は俺式『ファイアーボール』を発動し、ガルンドラゴンの胃袋内で爆ぜた。
『ボン!』と瞬間的に胃袋が膨張し鉄臭い匂いが充満する。
ぐへへ、爆弾の味はどうかね? 幾らでもおかわりはあるぞぉ?(外道)
俺は容赦なく再び爆ぜる。
今度は胃液に混じって赤い血も噴き出してきた。
「ヒャッハー!
おめぇ、一寸法師閣下のお話知らねぇのかよ!? おらぁぁぁぁぁん!!」
俺は何度も何度も爆発を繰り返した。
ガルンドラゴンが苦しんでいるようだ。
胃袋内が地震のように揺れている。
「いいぞぉ……もっと苦しめ! 俺をチビらせた報いを受けろ!」
いかん……思い出して恥ずかしくなってきた。
ライオットが一部始終を見てたかもしれない。はずかちぃっ!(赤面)
やがて、堪えられなくなったのか、
ガルンドラゴンは大量の血反吐と共に俺を吐き出したのであった。
◆◆◆ ライオット ◆◆◆
「たわば!?」
大量の血反吐と共にエルが吐き出された。
顔面から着地していたが大丈夫だろうか?
やがて、むくりと立ち上がったエルは全裸だった。
胃液で溶けてしまったのだろうか?
透き通るような白い肌にベッタリとこびり付いた、ドラゴンのドス黒い血糊。
異様な雰囲気だった。
何故ならば、笑っていたのだ……エルが。
恐怖に怯え失禁までしたエルとは、まったく別人のように見えた。
エルは苦しむガルンドラゴンにゆっくりと、
しかし確かな足取りで近付いて行く。
「おめぇ、ハードラックと踊っちまったなぁ?
ここいらで白黒つけてやんよぅ……!?」
一瞬、エルの頭に『!?』が見えた気がした。錯覚だろうか?
ドラゴンを見下す白エルフ。
対して地べたに這いつくばり、小さな白エルフを見上げるドラゴン。
これは、一体どういうことだ?
白く幼い少女と、巨大な黄金の竜の立場が逆転していたのだ。
ガルンドラゴンはヨロヨロと立ち上がり、翼を広げ……逃げた。
なんと、飛べないはずのガルンドラゴンが飛んで逃げたのだ!
いや、それよりもプライドの塊であるガルンドラゴンが逃げた!
それには俺もエルも、ただ呆然とその光景を見つめることしかできなかった。
頂点捕食者が逃げた。その事を認識できないでいたんだ。
「逃げたか……しかし、あの傷では長くはなかろう」
桃先輩の冷静な分析にエルが答える。
「でも、あいつ相当に執念深そうだぜ。
きっと……また俺達の前に姿を現せるんじゃないのかな?
いや、それよりも肉おいてけー! がっでむ!」
全裸のエルが「肉おいてけー!!」と無茶なことを叫んでいる。
その声もどこか遠くから聞こえているように感じた。
流石にもう疲れた……色々と限界だ。
こんなことなら、親父にもっと稽古付けてもらうんだったぜ。
そう思いながら、俺は意識を手放すことになったのだった。