369食目 奇策
なんとかロフト達を宥めた私は、着替えを済ませて中央会議室へと向かった。
彼らはなかなか起きてこない私を心配して様子を見に来てくれたらしい。
その結果があの騒動である。
「心配してくれるのはありがたいのですがね……」
中央会議室のドアをノックし中に入ると既に主だった者は集まっており、
私は最後の一人であったことを知ることとなる。
「おはよう、随分と疲れていたようだな」
「申し訳ありません、ヤッシュ総司令」
「いや、咎めるつもりはない。まぁ、座りたまえ」
彼はカップに入っていたコーヒーを口に含み香りと味を楽しんでいた。
どうやらコーヒーはブラックであるようだ。
普段の彼はコーヒーにミルクをたっぷり入れるのであるが、
今日は眠気を覚まさせるためかミルクを入れないで飲んでいた。
いつまでも立っているわけにはいかないので席に着くと、
早速ティアリ城攻略のための話し合いとなった……
はずであったのだが、何故か話はあらぬ方向に逸れていってしまった。
「聞いてくれ、うちの娘がハイハイをするようになったんだ」
「エルティナがハイハイを?
なんでまた急に……何か変な物でも飲み込んだんじゃないのか?」
「まぁ、聖女様の突然の変化と行動は今に始まったことではないですし、
そこまで心配しなくてもいいのではないでしょうか?」
「あはは、エルだしね」
『ふきゅん』
皆に散々に言われて遺憾の意を示すように一鳴きしたエルティナ。
ハイハイができるようになった、ということは成長している証でもある。
このまま、自我が芽生えてくれればいいのだが……。
『肉体的成長は確認できたが、
相変わらずソウル・フュージョン・リンクシステムが不具合のままだ。
魂会話も繋がらないので、いまだ様子を見る他ないな。
だが、ひょっとしたらエルティナの意識は戻っているのかもしれない。
それの確認のしようがないのだがな』
桃先輩がいうには、エルティナの意識は戻っている可能性があるらしいが、
コミュニケーションを取ることができない現状では、
それを確認できないということで話は纏まった。
つまり、エルティナは現状維持ということになる。
「では、話を戻そう。
まずはエルティナのハイハイを記念して大掛かりな祝いの席を……」
「ヤッシュ総司令、話が戻っておりません」
「ん? そうか? すまんすまん」
普段は沈着冷静な彼も人の親であった。
やはり、娘の成長に喜びを隠せず舞い上がっている様子だ。
ハマーの冷静なツッコミで我に返ったヤッシュ総司令はひとつ咳払いをし、
今度こそティアリ城攻略の話に戻すのであった。
「ホルスート、ティアリ城の周辺の情報を頼む」
「はっ、今回我々が攻略することになるティアリ城は、
その周りを険しい山脈に囲まれた難攻不落の城であります。
ティアリ城に到達するには、
唯一開けた東に位置する街道を通るしかないのですが、
そこには数多くの兵が配備されており易々とは突破できません」
やはり思ったとおり、ティアリ城までの道のりは険しいようだ。
この国は島国であるのだが山が多く平地は少ないと聞き及んでいた。
それを逆手にとって強固な城を築き上げ、
多くの侵略者達から国を護ってきたらしい。
「正面突破は厳しいな。
リマス王子、貴方なら抜け道を知っているのでは?」
「申し訳ありません、
それを知っていたのは私を逃がして戦場に残った爺やだけなのです。
その彼も、もう生きては……」
「そうでしたか……ならばどうしたものか」
このままでは街道からの強引な突撃しか手段が残されていない。
しかし、それは無謀と言えよう。
前回の戦いでは鬼が出てこなかったが、ティアリ城の近くで戦闘となれば
間違いなく鬼が出てくることは容易に想像できる。
乱戦になればモモガーディアンズを護りながら鬼と戦うことになるので、
不測の事態が起こる確率は一気に跳ね上がることになるだろう。
なるべくそういった流れには持ち込みたくはない。
「ふむ……ティアリ王国が長年他国の侵略を跳ね除け、
内乱ばかり起こっていた理由がわかるな。
これは予想よりも厳しい戦いになる」
ヤッシュ総司令の表情が硬くなった。
私も何か打開策がないかと思案に暮れたが、
まったくと言っていいほど出てこない。
「おあ~、お茶のお代わり持ってきたっすよ~」
「あぁ、ありがとう。丁度、コーヒーがなくなって……」
モグラ獣人のモルティーナがコーヒーのお代わりを持ってきてくれた。
なかなか気の効く子である。
だが、そんな彼女を見てヤッシュ総司令は目を見開いた後、
エルティナによく似た物凄く悪い顔をした。
流石は親子であると感心してしまう。
「これだっ! 道がないなら『作ればいい』!!」
「えっ!? し……しかし、ヤッシュ総司令。
それにはどれだけの経費と人員が必要になるかわかったものでは……!!」
これには、この砦を僅か三日で作り上げたフウタ男爵も焦りの表情を見せた。
だが、そんな彼に対してヤッシュ総司令は笑顔を見せた。
「大丈夫だ、きみに負担は掛けさせんさ。
モルティーナ君、きみのお父君の話は娘から聞き及んでいる。
現在、我々は大きな問題にぶつかっていてね……
是非とも、きみのお父上の力を借りたいのだがどうだろうか?」
「おあ~、たぶんいいんじゃないっすかね?
大きな仕事がなくて暇そうにしてたっすから。
フィリミシア城の修理もドクター・モモが取り仕切っていて
自分らの出番がないって不貞腐れていたくらいっすからね」
「ヤッシュ総司令、民間人の協力を仰ぐのですかっ!?」
どうやらヤッシュ総司令はモグラ獣人達の力を以って、
ティアリ城への突破口を開こうとしているようだ。
これには、ハマーも驚きの表情を隠すことはできないでいた。
「しかし万が一に彼らの身に何かあれば……」
「おあ~、そんなことで文句いうヤツはモグラ獣人にはいないっすよ~」
ハマーが訴える不安要素をモグラ獣人の少女にバッサリと切り捨てられてしまい、
後の言葉が続かない彼は固まってしまった。
「寧ろ、そういった命懸けの仕事をずっと待ち望んでいたっす。
わっすらは戦いに不向きな分、皆に守られてばかりっすから。
恩を返す機会を昔から窺っていたっすよ~……とおとっつぁんが言ってたっす。
だから、きっとこの仕事は引き受けるっすよ」
「ハマー、聞いてのとおりだ。
後は直接、彼女のお父君と話を付ける。
もし断られたら……その時は正面から挑むことになるだろう」
「……了解しました」
少しばかり不服そうな彼は、それでもこの案を受け入れた。
この作戦に代わる案を考え付かなかったのだろう。
もしもだが……エルティナが赤子になる前であれば、一つだけ作戦があった。
それは『全てを喰らう者』に山の一つを喰らってもらうというものだ。
恐らくは一瞬で突破口を開き奇襲できただろう。
まぁ、そのような危険なものを出させるわけにはいかない、
と反発されることが予想できるが。
「んじゃ、おとっつぁんに連絡するっす」
モルティーナが〈テレパス〉を使用し父親に連絡を入れ、
暫しのやり取りの後に彼女は我々を見て言った。
「おあ~、この依頼を引き受けるみたいっす。
従業員を掻き集めてすぐに向かうって言ってたっすよ~」
「そうか、それはありがたい!」
早過ぎる。きちんと考えて結論を出したのだろうか?
私の考えていることは、皆が考えていることであったようで、
一様に私と同じく呆れた表情である。
そして、後の作戦の考案はモグラ獣人達が来てからということになり、
この場はひとまず解散という流れになったのだった。