表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
食いしん坊エルフ  作者: なっとうごはん
第八章 きみがくれたもの
365/800

365食目 月よ、我が誓いを聞き届けたまえ

夜通しの話し合いとなったので流石に眠い。

各部隊の隊長及びヤッシュ総司令達は体調を整えるべく休眠に入った。

もちろん、私も休んで体調を整えるよう言い渡されている。


今日一日……正確には昨日であるのだが、色々なことが立て続けにあり過ぎた。

正直な話、早くベッドに入ってぐっすり眠りたい。


幸いなことに、エルティナはヤッシュ総司令が面倒を見ると申し出てくれた。

普通であれば赤子と一緒に寝ると、

高確率で寝ている最中に泣き声……いや、鳴き声か。

で起こされるのだが、彼は慣れているから問題ないと言い、

エルティナとチゲを連れて彼に用意された部屋に向かったのだ。


赤子の状態のエルティナを弄り倒す気が満々であったことは間違いないだろう。

彼女には悪いとは思うが、今は眠気の方が勝っていてどうにもならない。

彼の抱擁を存分に堪能してほしい。


「あぁ、ここですね」


私に割り当てられた部屋に到着した。

ここに来るなり戦場に向かったので、部屋の内部を確認するのは初めてである。

フウタ男爵が制作したとあって、中がどのようになっているのか楽しみだった。


真新しいドアノブを回し中へ入る。

カチャリという音ですら新しく感じた。

いつだって新築の部屋に入る時は気分が高揚するものだ。


「…………」


だが、その高揚も部屋に入るなり消沈してしまった。

恐らくはフウタ男爵が気を利かせてくれたのだろう。

その部屋はとてつもなくファンシーな意匠や小物で満ち溢れていた。

とてもではないが男が利用する部屋ではない。

部屋全体がピンクで染まっているかのような錯覚すら覚える。


以前、フウタ男爵はエルティナがこういった部屋で生活することがないために、

男のような性格になったのではないか、とこぼしているのを耳にした。

恐らくは赤ん坊になったしまった彼女をこういった部屋で過ごさせて、

自分は女であるという自覚症状を自然に持たせようという、

お節介を焼いたに違いない。


だが……それは完全に裏目に出てしまっている。

ここには男である私しかいないからだ。


「あぁ……何故、私はこのような星の下に生まれてしまったのか」


もう色々と呪いたい。

いっそ、個人スキルを使って楽になろうか?


……いやいや、何を考えている。

私には妻と子がいるではないか! 短絡的なことを考えてはならない!

そうだとも! 私は男であり、妻子持ちなのだ!!


「ありがとう、ルリ。愛してる」


今は遠く離れている妻に感謝の気持ちを送る。

彼女のお陰で、私は男でいられるのだ。


「私は男だ」


そう自分に言い聞かせてファンシーなベッドに潜り込む。

甘ったるい香りに包まれて咽るも……むせる、ムセルか……。


彼もまた、この遠征に参加している。

しかし、現在はドゥカンギルドマスターと共に行動していた。

これは極めて異例の出来事だ。

常に主であるエルティナの傍を離れなかった彼が、

彼女から距離を置いているのである。


「ムセル……貴方は……」


それはエルティナに愛想を尽かせたのではない。

ガルンドラゴンとの戦いにおいて、彼は自分の力の無さを悔いていた。

彼女の命令もあっただろうが、

彼はその戦いを見て、自分では盾にすらならないと感じたらしい。


これはドゥカンギルドマスターの口から聞いたものである。

というのも彼はゴーレムの声が聞こえるらしく、

長年ゴーレムのことだけを考えて生きてきた結果であると説明された。

実直で裏表のない彼の言葉であるので信憑性は高いと思われる。


ムセルは相当に思い詰めているようだ。

自分の主であり、母親でもあるエルティナを護ることができなかった、

という自責の念が彼を追い立てている。

彼は相当に気難しく繊細な男であるようだ。


完璧を追い求め、それに近付けるように努力するも、

いつも今一歩届かず悔しい思いをしている。


私と彼との付き合いはあの台風の件からか……。

私と彼はその時に死に……そして、共にエルティナに救われた。

彼女に今一度の生を与えられたのだ。


その時の恩を私達は返せているのだろうか?

その答えは否である。


「ムセル……貴方の気持ちは痛いほどわかります。

 でも、焦ってはいけません……エルティナは……」


見返りを……求めてなど……。




◆◆◆ ムセル ◆◆◆


砦の一番高い場所に陣取り、俺は空にたゆたう白い衣を纏った彼女を眺めていた。

今宵のかのじょも変わらず美しい。

異国の地であっても彼女は変わらず、

優しい輝きを地上にいる全ての命に分け隔てなく注いでいた。


だが、俺は彼女を見る度に思い出すのだ……無力な自分を。


この身が小さいことは理由にならない。

俺は戦士だ、戦うために生まれた戦士だ。

その戦士が戦いに敗れるということは恥ずべきことなのだ。


俺は幾つ敗北を重ねてきた? 俺はどれだけ愛してやまない母を護れた?

母は優しい方だ。俺が戦いに敗れても「次があるさ」と励ましてくれる。


だが……その優しさが辛い。その優しさが俺を苛む。

嬉しいはずの優しさが、いつからか俺を苦しめるようになっていた。

俺は……なんのために生まれたのだ? 俺は、俺は……!!


『ムーちゃん、ここにいたにゃん?』


『ツツ兄か……月を見ていたんだ』


兄であるツツオウが足音もなく俺の横に座った。

彼は桃先生の大樹が生えているかつての空き地で、

同じ場所、同じ日に生まれた兄弟だ。


『どうしてここに?』


『にゃうん。さいきん、ムーちゃんが、げんきないなぁ、とおもったにゃん。

 だから、げんきをわけにきたのにゃん』


どうやら、彼に心配を掛けさせてしまっていたらしい。

自分としては上手く誤魔化していた気でいたが、

やはり兄弟の目は誤魔化せないない、ということなのだろう。


『なにか、なやんでいるのにゃん?

 イシにいちゃんもしんぱいしてるにゃお?』


『うん……少し、自分がわからなくなって』


そう、俺は自分がわからなくなっていた。

いや……正確には自分に自信が持てなくなっているのだろう。


俺は弱い。


ツツ兄のような特別な能力もないし、イシ兄のような知恵も持ってはいない。

俺にできることは戦うことだけなのに、それすらも満足にこなせない。

何故、俺は……母の下に生まれてきたのだろうか?

俺よりも相応しい戦士が他にもいたのではないだろうか?


俺は生き物ではない。だから涙は流せない。

でも、俺が生き物であったなら、きっと今……涙を流していただろう。


悔しかった。

もっと自分に力があったのなら、母はあのような姿になってはいなかった。

自分に戦える力があったのであれば、

ガルンドラゴンとて俺に任せてくれたはず。


『うにゃん? ムーちゃんは、じぶんがわからないにゃん?』


『うん……わからないんだ』


俺がツツ兄にそう伝えると彼は首を傾げた後、後ろ足で頭をバリバリと掻いた。

そして、プルプルと身体を振るわせた後、俺を見据えて言った。


『にゃーん、ぼくもじぶんなんてわからないにゃん』


『え?』


『ムーちゃんは、むずかしくかんがえすぎにゃん。

 むずかしいことをかんがえるのは、イシにいちゃんだけでいいにゃん』


『え? え? でも、それじゃあ……』


『どんなにがんばっても、うまくいかないときはいかないにゃん。

 きっと、ムーちゃんもそういうときなのにゃん』


月夜に照らされたツツ兄の顔はいつもより凛々しく見えた。

普段は何も考えず、だらだらとしてマイペースに行動する彼であるが、

ここ一番という時は誰よりも力を発揮する。

彼は俺の目標であった。

俺は彼のような戦士になりたかったのだ。


『ムーちゃんは、いそぎすぎなのにゃん。

 もっと、ゆっくりでいいとおもうのにゃん』


『……そうかな?』


『そうにゃん。もし、ムーちゃんがまえにすすめなくなっても、

 ぼくたちがてをひいて、いっしょにあるいてあげるにゃん。

 きっと、イシにいちゃんもそういうにゃお』


『っ!……うん』


それから、俺達は月を眺めた。

交わす言葉はない。ただ、ただ……月を眺めた。


あぁ、今夜の月も変わらず美しい……。


大丈夫だ、俺は真っ直ぐ歩いて行ける。

こんなにも素晴らしい兄弟達がいるのだから。

だから、今は弱くても……

きっといつの日か誰にも負けないくらいに強くなってみせる。

そして、母や兄弟をこの手で護ってみせる。


月よ、我が誓いを聞き届けたまえ。

俺は……いつの日か『最高の戦士』になってみせる。

だから、そこで俺を見ていてほしい。

最高の戦士になる瞬間を!!


かのじょはただそこにあり、静かに俺の誓いを聞いてくれた。

俺の戦士としての挑戦は、この日から始まったのだ……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ