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食いしん坊エルフ  作者: なっとうごはん
第八章 きみがくれたもの
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364食目 勝利を掴むために

『先ほど女性型の鬼の存在が大問題だと言った件だが、

 そう言うにはそれなりの理由がある。

 通常、桃使いが呼称する『鬼』は種を他の生き物に植えつけ、

 その生物の陰の力を吸い取り成長し、

 最終的には肉体を乗っ取るか共存することにより誕生する』


「桃先輩、共存とはどういうことでしょうか?」


私は『共存』という言葉に疑問を持った。

以前鬼の説明を受けた際は、鬼であれば己のことを第一に考え、

必ず利己的に動く存在であると説明を受けている。

しかし、共存とはお互いの立場を理解し協力することが条件だ。

鬼が共存できるとは思えない。

支配というなら納得できるが……。


『鬼は条件さえ揃えば相手を完全に支配しないことがわかっている。

 その条件とは……救いようのない外道か、

 寄生している鬼を遥かに超える『憎悪』を持つ者だ。

 この『憎悪』というのが本当に厄介でな……

 桃使いですら憎悪に駆られて鬼に堕ちてしまう。

 我々は感情で生きている生物であり、

 完全に憎悪という感情を消すことなどできない。

 そこに着け込まれてしまうと桃使いといえども鬼に堕ちてしまうのだ』


心なしか、桃先輩の声に力がない。

これは推測であるが……

彼の親しい人物がそのようなことになってしまったのかもしれない。

そのことを思い出してしまったのだろう。


「すみません、嫌なことでも思い出させてしまったでしょうか」


『いや、きみが気にすることではない。

 失礼した、声に感情が出てしまうとは……俺もまだ未熟であるようだ』


彼は本当に気丈な人物だ。

目的のためなら己の感情を殺す。

それが羨ましくもあり……悲しいとも感じた。


『話を戻そう、鬼が生まれる経緯だが……やはり例外が存在する。

 それが女性型の鬼の存在だ。

 彼女らは戦闘能力こそ劣りはするが、それを補って余る能力を備えている。

 それが、〈出産〉という特殊能力だ』


「……それは生き物であるなら、当然の能力ではないのかね?」


『まっとうな生き物であるなら、そうともいえる。

 だが、ヤツらの出産は我々のそれとはまったく違う。

 女性型の鬼は子鬼を卵の状態で産み落とす。

 個体差はあるが、一回の出産につきおよそ三百から千個の卵を産み落とすらしい。

 それらは産み落とした鬼の任意で孵化し、僅か三十分ほどで成体になる』


「な……!?」


この場に居る者達は桃先輩の説明に絶句した。

孵化した鬼の強さはわからないが、

尋常じゃない数の鬼が一斉に誕生するというのだ。

これでは世界が滅びるのも時間の問題になってしまう。


『子鬼の強さは親を上回ることはないらしい。

 女性型の鬼は中級の鬼からだ。下級や使役される小鬼では存在しない。

 しかし、いったいどれほどの強さを持った鬼なのか……』


「トウヤ殿、それは冗談ではない話だ!

 このままでは、この世界が滅びてしまう!!」


ヤッシュ総司令が勢いよく立ち上がり声を荒げた。

彼も鬼の怖さを知っている者の一人であるから無理もないだろう。

特にエルティナから鬼の説明を受けているので尚更だ。


『えぇ、このままでは手遅れになる可能性があります。

 しかしながら、鬼の出産も人と同じく数ヶ月もの時を必要とするようですので、

 産み落とされる前に叩けば事なきを得るでしょう。

 それに、我々もただ手をこまねいていたわけではありません』


桃先輩の言葉を聞いて思い当たる節があったのか、

ヤッシュ総司令は椅子に腰を下ろした。


「それが……GDゴーレムドレスだというのかね」


『はい、そのためのGD計画プロジェクト・ゴーレムドレスです』


桃先輩が自信ありげに言うのに合わせて、

チゲがポージングを合わせている。

今は自分の胸に手を当てて『どうだっ!』という仕草を取っていた。


『今はまだ試作段階ではありますが、

 子鬼程度であるなら圧倒できる程の性能を確保してあります。

 それでも、我々が成すべきことは大本を叩くことですが』


「了解した。きみの言葉を信じよう。

 であるならば、我々のやるべきことは二つ。

 反乱軍の首謀者と、その背後にいる鬼を倒すことだ。

 だが、我々の兵力は相手と比べてあまりにも少ない。

 その我々が勝利を掴むには、やはり奇襲による電撃作戦しかないだろう」


ヤッシュ総司令がテーブルの上で手を組み、

鋭い眼光で皆の顔を見渡した。

無論、ここに集まった者達はその眼光に怯むことなどなかった。


……ヒーラーのディレジュさんですら怯まないのは予想外であったが。


「であるならば……やはり、囮を使った陽動からの突入になりますね」


ハマーが難しい顔で、眉間にしわを寄せるヤッシュ総司令に進言した。

彼も提示した案がとてつもなく困難な作戦であることを理解しているのか

表情が優れなかった。


「この戦……囮になれば全滅は必至だぞ?」


「…………」


一瞬、沈黙が会議室を占拠した。

ヤッシュ総司令の隠すことのない言葉が皆の言葉を奪ったのだ。


「ならばその役目、俺達が引き受けよう」


会議室の扉を勢いよく開け放って入ってきたのは、

解放軍の兵士達と先の戦闘で投降したルバール傭兵団の長、

ルバール・キルトであった。


「俺達は祖国奪還のために、この身を捧げた。

 祖国が戻り、妻や子が生きてゆけるのであれば……この命、惜しくはない!」


「我がルバール傭兵団は無茶をするのがポリシーでね。

 そんなわけで、命知らずしかいないのさ。

 この作戦の囮には打って付けの連中ってわけだ。

 気に病むことはない、俺達を使ってくれ、雇い主さんよ?」


彼らの言葉に、ヤッシュ総司令は言葉が詰まった。

だが、既に心では彼らをどうするか決めていたようで、

肺に溜まっていた息を吐き出すと、彼らと向き合って自分の意思を伝えた。


「わかった、きみ達に囮役を任せる。

 ただし……無駄に死ぬことは許さん。

 必ず生きて帰り、我々と勝利の喜びを分かち合うと約束してくれ」


「ふっ……この雇い主さんは無理難題を仰る。

 聞いたか、おまえらっ! 必ず成し遂げて生きて帰るぞ!!」


ルバールの言葉に野太い声で答える兵士と傭兵達。

だが、彼らだけでは生きて帰ることは困難だろう。

ここで沈黙を守っていたフウタ男爵が遂に口を開いた。


「やれやれ……いつもどおりの展開ですよ? アルフォンスさん」


「おまっ、フウタ! なんで俺に振るんだよ!?」


「いや……そろそろ活躍したいんじゃないかと」


「したくねぇよ! 家でカミさんといちゃいちゃしていてぇよ!!」


などと言ってはいるが、それが上辺だけであると誰しもが見破っていた。

確かに彼は笑ってそのようなことを口にしていたが……

そのじつ、目は笑っていなかったのだ。

完全に戦う男の目になっているのを見て私は背筋が震えた。

子供達の前では絶対に見せない目である。


そう、彼は魔族をも震え上がらせた、あの頃の彼に戻ろうとしていたのである。

実際に現場で彼の戦い振りを見ていた私だから言える。

彼こそ『鬼』であると。


「でもまぁ……俺を働かせたいなら子供達は遠ざけてくれよ?

 恐れられちゃあ教師としてやってられん」


「わかった、モモガーディアンズは後方に待機させ、

 鬼の出現と共にきみと交代させることにしよう。

 それならどうかね?」


ヤッシュ総司令の提案を彼は受け入れた。

数年の沈黙を破り、戦場を破壊する暴風が蘇るのである。

確かに一対一の戦いにおいて、

彼は勇者タカアキやフウタ男爵には一歩及ばないだろう。

しかし、魔法使いである彼が最も得意とするのは、

多数の敵を相手におこなう殲滅戦である。


彼の戦い振りは味方でさえ恐れさせる凄まじいもので、

魔力さえ尽きなければ、

魔族の軍を一人で壊滅させたのではないかと思わせるほどだ。

彼の脅威をいち早く察知した魔王の介入がなければ、

本当にそのような結果になっていたのかもしれない。


普段はどこにでもいそうな中年男性を装っているが、

それらは全て演技であり、本当の自分の姿を隠すためだと思われる。

本人は否定しているが、その実力を見た者はそう思ってしまうのだ。

故に皆は言う……彼は『昼行燈』を装っていると。


フウタ男爵とアルフォンス様は共に囮部隊に参加すると申し出た。

これで囮部隊が壊滅することは低くなることに違いない。

彼らの参加で僅かばかり安堵した表情を見せるヤッシュ総司令であったが、

今度は別の件で表情を曇らせた。


「いや、待てよ……奇襲する場合は、鬼が城から出てこない可能性があるから、

 モモガーディアンズを城内に突入させなくてはならないのか」


『恐らくは、そのような展開になるでしょう。

 俺としてはモモガーディアンズを突入部隊の中心に据える案を推します』


「トウヤ殿、それでは……いや、それしかないのか。

 しかし、エルティナがこの状態では」


『それでも行かねばなりません。

 もう一人の桃使いは我々とは慣れ合わないでしょう。

 彼はエルティナを宿敵とする男です。

 そのような男がエルティナと共に鬼と戦う可能性は低いでしょうから』


桃先輩に答えたのはフウタ男爵であった。


「あぁ、あの時は世話になったオルア村の少女を護るために

 戦っていただけですからね。

 リマス王子を護っていたわけじゃない。

 利害が一致して協力していただけだから、

 今回の戦いにも加わるかどうかは怪しいです」


「だなぁ……ヤツも桃使いらしいが、

 エルティナのようなタイプの桃使いじゃないぜ、アレ」


フウタ男爵の言葉に合わせアルフォンス様も言葉を合わせた。

確かにシグルドは人義を持ち合わせているようだが、

所詮は人と竜、意識や考え方が違うに決まっている。

幾ら桃使いといえども、あてになどできはしないだろう。


「……わかった、では突入部隊の中心はモモガーディアンズだ。

 では、これより具体的な作戦を模索してゆこう。

 ホルスート、ティアリ城周辺の情報を報告してくれ」


「承知いたしました」


大まかな作戦が決まったので今度はそれを煮詰めてゆく。

自分の命と部下達の命が掛かった大切な作戦だ。

皆は持てる知恵を全て出し合い、少しでも作戦が成功するように尽力した。


その会議は結局のところ朝方まで続き、

エルティナのお漏らしによる鳴き声で終了となったのである。

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