表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
食いしん坊エルフ  作者: なっとうごはん
第八章 きみがくれたもの
363/800

363食目 邪悪な野望

残された解放軍の兵を引き連れて無事に砦に戻った頃には日も傾き、

辺りはもう薄暗くなりかけていた。

その頃になると少しばかり涼しい風が吹き、

暑さに辟易している私達の頬を撫で、僅かではあるが癒してくれた。


そんな私達を出迎えてくれたのは、先に砦に到着していたリマス王子である。

彼は見知った者達の顔を確認し胸を撫で下ろしていた。


「よく無事で……皆さん、本当にありがとうございました」


「いえ、これくらいのことは……

 それに、がんばってくれたのは彼らモモガーディアンズです。

 彼らが負傷した者達を僅かな時間で治療してくれたお陰で、

 ここまで早く帰還できたのですから」


そう、彼らの迅速な治療で敵の追っ手に見つかることもなく、

ここに帰ってこれたのだ。

普段ヒーラー協会のベテランヒーラー達の仕事を見ているが、

この子達も彼らと遜色のない動きで治療を終わらせていっていた。


特にチームワークが抜群であり、一人一人がとても癖があるにもかかわらず、

己のできる仕事できない仕事を正確に把握し、

阿吽の呼吸で支え合って治療を完遂させていったのである。


「ダーリン! ダーリンはどこっ!? あなたの私が帰ってきたわよっ!!」


砦に帰ってくるなり、

ユウユウはガルンドラゴンの姿を求めて慌ただしく駆けていった。

これには皆も苦笑を禁じ得ない。


「普段はクールで余裕の態度を崩しませんのに……」


「それだけ、あのガルンドラゴンに夢中ってことなのでしょうね」


クリューテルが金色の瞳をユウユウが走り去った方角に向ける。

それに答えたのは皮鎧を外し身軽になったメルシェであった。

その彼女は一人の少年に熱い視線を送っている。

彼女の視線に気付いた少年は穏やかな頬笑みをもって返した。


「リマス王子、色々とお疲れではございましょうが、

 今は情報を共有するためにも……」


「お気遣いは無用です。

 私はこの国の王子として一刻も早く民を救わねばなりません。

 そんな私が『疲れた』などと、どうして言えましょうか。

 さぁ、参りましょう」


これは強がりであろうか?

それとも責任からくる強い意思なのだろうか?


疲れ切っている顔には強い光を宿す瞳があり、

それは彼を案じている私の姿を映していた。

この目を見て、私は昔を思い出さずにはいられない。


似ている……いや、そっくりではないか。

魔族戦争で数多くの負傷兵を癒していたエルティナの目に……!

彼女も心身ともに限界であっても何一つ弱音を吐かなかった。


本当に……この子供達には頭が下がる思いだ。


「わかりました、それでは中央会議室にご案内いたします。

 モモガーディアンズは先ほどの部屋にて待機です。

 後ほどアルフォンス様が来ると思いますので、

 彼の指示を仰いでください」


私はモモガーディアンズと別れ、リマス王子を中央会議室へと案内した。

無論、エルティナとハマーも同伴することになる。


エルティナは先ほどから静かなので寝ているのだろう。

リマス王子には彼女のことも説明しなくてはならないな……。




中央会議室に集まった各部隊の隊長とヤッシュ総司令、エドワード殿下は、

リマス王子の詳しい現状を聞き、厳しい表情を浮かべることになる。

解放軍は事実上の壊滅といってもいい状態に追い込まれていた。

しかも、リマス王子を護り山に籠っていたのは民間人の志願兵であるそうだ。

主力である騎士達はリマス王子を逃がすために盾になり、

その多くが志半ばで命を落としていったらしい。


「私は彼らの無念を……そして、遺志を継がねばなりません。

 たとえ……この命が尽きようとも、ヤツらの野望を阻止しなくては」


「リマス王子、自分の命を軽視してはなりません。

 貴方には生き残る義務があるのです。

 この戦争が終われば、貴方にとっての本当の戦いが始まるのですよ?」


使命感から思い詰めた表情のリマス王子を優しく諭すヤッシュ総司令。

そう、戦争が終われば彼はこの国の責任者として、

過酷な責務が待っているのだ。


「ヤッシュ総司令……そうでした。私は死ぬわけにはいかないのでしたね。

 民が安心して暮らせる国を作らなくてはならなかったのでした」


「はい、我が主、ウォルガング国王もそれを強く願っております」


ヤッシュ総司令の言葉自体は厳しいものであったが、

その言い方はあくまで優しかった。

しかし、彼の表情は厳しさを維持したままである。

今回の戦争に勝利することが、それほどまでに困難であると予想されるからだ。


恐らく反乱軍は交渉の席を設けることはないだろう。

バックに鬼が付いている以上、どちらかが滅びるまで戦争は終わることはない、

とチゲのスピーカーを通して桃先輩が語ったからだ。


『問題はそれだけではない、女性型の鬼がいるということが大問題なのだ。

 女性型の鬼は厄介なことに「ふきゅん」する能力があり、

「ふきゅん、ふきゅん」だけ不利になる「ふきゅん」のは間違いない。

 ……ええい、エルティナ、少し鳴き止め』


肝心の部分がエルティナの鳴き声で聞こえなかった。

どうやらお腹空いて目が覚めてしまったようだ。

よくよく思えば、そろそろミルクの時間である。

本当に時間に正確なお腹をしているものだ。


「チゲ、エルティナを」


チゲが胸部装甲を開き、

ふきゅん、ふきゅんと鳴いてぐずるエルティナを優しく慎重に抱き上げる。


「えぇっ!? ヤッシュ総司令から話には聞いておりましたが、

 本当に赤ちゃんに戻ってしまわれたのですかっ!?」


リマス王子が赤ん坊になったエルティナを見て目を丸くしている。

無理もない、彼は八歳の彼女をその目に見ているのだから。


「えぇ、この子は紛れもなく聖女エルティナですよ」


私は鎧を〈マジックカード〉に収納してエルティナを抱きかかえた。

この〈マジックカード〉は魔法協会が近年開発した魔導器具で、

予め登録した装備の着脱が一瞬にしておこなえる大変に便利なカードだ。


このカードには〈フリースペース〉や〈テレポーター〉などの

既存の魔法技術を利用したものがこれでもか、と詰め込まれているらしい。

こんな薄っぺらい小さな紙に、よくもまぁ詰め込んだものだと感心する。


人類が持てる最高の英知を集結して作られた、

と豪語するだけあり、その使い心地は上々である。


カード一枚が大金貨五十枚と大変に高額ではあるのだが、

身に着けるのに時間がかかる重鎧を短時間で着脱できるこのカードは、

もう手放すことができない必需品となっている。

私などは貯金を崩して三枚も手に入れてしまった。

尚、ハマーのヤツは五枚も購入している。羨ましい。

彼の家は貴族であり、裕福であるから問題なく購入できるのだ。


「ちょ……ルドルフ。その格好」


「ぶはははははははっ! 良く似合ってるじゃないか、ルドルフ!」


私が〈フリースペース〉から哺乳瓶を取り出して

エルティナに含ませた時のことであった。

ハマーが私の姿を指摘し、その直後にヤッシュ総司令が大笑いしたのである。


「薄々感じておりましたが……やはり、あなたは『女性』だったのですね?」


「えっ!?」


リマス王子に言われ、改めて自分の姿を見ると……

女性物の薄紫色のワンピースを身に纏った自分がいたのである。


「あぁっ!? し、しまった! 着替えるのを忘れていたっ!」


「くひひひひ……良く似合っているわよ? ルドルフちゃん」


そうだった、朝のミルクをエルティナに与えるため、

女性物の服に着替えてそのままだったのをうっかり忘れていた。

何故かエルティナは、

私が男物の服を身に着けてミルクを与えることを頑なに拒絶するのだ。


「その姿が貴女の本来の姿なのですね。

 貴女はは私の母の面影に良く似ております……」


「ち、ちがっ! これは誤解で……」


リマス王子の私を見る目が、私が女性であると確信している目にっ!!

そんな目で私を見ないでくれぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!


「ちゅっちゅっちゅっちゅっちゅっちゅっちゅ……」


ふと、物凄い勢いでミルクを飲み続けるエルティナの顔を見ると……

物凄く悪い顔をしていた。してやったり、という顔だ。

まさか……これだけのために、ずっと駄々をこねていたのか!?

だとしたら、なんという邪悪な野望であろうか! くやしいっ!!


「うう……一生の不覚です」


「ふきゅん! けぷっ」


エルティナの背中を擦りゲップをさせた私は、

力無くチゲの中にエルティナを寝かせた。

そんな彼女の表情は、これ以上ないほど満足げなものであったではないか!?

少しばかりイラッとしたので、最近大きくなってきた耳をくすぐってやる。


「ふきゅん! きゃっ、きゃっ!」


小さな手をうにうにさせて、くすぐったそうに笑う彼女を見て、

荒んでいた心が穏やかになるのを感じ取った。

やはり、この子は人を優しくさせる能力を持っている。


チゲが胸部装甲を静かに閉めると、彼のスピーカーから男性の声が発せられた。


『よし、エルティナが寝たので話の続きといこう』


「はやっ、胸部装甲を閉めて十秒も経っていないぞ?」


これにはアルフォンス様も呆れていた。

同様にエドワード殿下とフウタ男爵も苦笑いを見せている。


「ふむ、十秒か……少し緊張しているのかもしれんな」


「くひひ、そうね。普段は五秒で寝るものね」


エルティナを良く知る者は、

普段の彼女の寝る速度が五秒だというがそれは間違いだ。

彼女の最速は僅か二秒である。

この脅威の睡眠速度を知った時、流石の私も開いた口が塞がらなかった。


「では、会議を再開させよう」


ヤッシュ総司令の引き締まった口調が再び緊張感を呼び戻す。

まずはこの戦争に勝利しなくてはならない。

そのための知恵をここで出し合うのだ。


私も席に着き桃先輩の話に耳を傾ける。

……もう服のことは気にしないことにした。えぇ、気にしませんとも。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ