36食目 対決ガルンドラゴン!
ガルンドラゴンがその巨大な口を開け放って俺に突撃してきた!
立ち上がる砂煙! 響く地鳴り!! 口から覗く鋭い牙!!
その全てが、俺を食らおうとする敵に見える!!
震える足を叱咤し、へたり込むのを辛うじて防ぐ。
恐怖に怯え、ベッドでガタガタするのは後で幾らでもできる!
今は何がなんでも立ち続けろ!
『気をしっかり持て。作戦どおりにいく。
お前の持つ全ての力を用いて、ガルンドラゴンの動きを封じるんだ』
『応! くらい……やがれっ! ぽいっちょ!』
俺は作戦どおり、ガルンドラゴンの顔目がけて『閃光手榴弾』を投げつけた。
そして、爆ぜる瞬間に腕をかざし、閃光から目を保護する。
膨大な光が瞬間的に辺りを支配した!
……しかし、ガルンドラゴンは止まらない!!
『後輩、もう一度だ。ヤツは目を閉じてこちらに向かっているが、
二発目はないと油断しているはずだ』
『頭が悪いかと思ったら、意外に賢いな!?
うっしゃ! もう、いっぱ~つ!!』
俺はもう一度、『閃光手榴弾』を生成し、
ガルンドラゴンの顔に向かって投げつけた。
一度目をやり過ごしたガルンドラゴンは、
油断していたのか今度こそまともにくらった。
『よし、次だ。『落とし穴』の設置を急げ。場所はわかっているな?』
『応! ここまできたんだ……失敗なんてできないぜ!』
設置箇所は、目が眩んでいるガルンドラゴンの足元、
そして……俺の後ろにもう一つだ。
しかし『落とし穴』は設置までに多少時間が掛かってしまうのが難点だ。
そうだ、これは時間との戦いなのだ。
「くそっ……早く、早くっ!」」
わかっているが焦る。
設置前にガルンドラゴンが立ち直り……こっちに向かってきたらアウト。
即ゲームセットだ。
……っ! 余計なことを考えるな! 集中しろ!
しかし、こういった極限状態であっても、
余計なことを考えてしまうのが俺の悪い癖だ。
くっそ疲れる。
生きて帰れたら、ミランダさんのオムライスを腹いっぱい食べよう。
そんなことを考えながら『落とし穴』を設置していた。
考えていたのはほんの数秒だ。
だが、気が付けば……ガルンドラゴンと俺の視線が重なったのだ。
……こっち見んな!!(白目痙攣)
瞬間に嫌な汗が全身から一気に吹き出るのを感じた。
濃厚な死の予感。
直感ともいえる危険信号が俺を支配する!
『魔法障壁、設定は三十層……展開』
桃先輩が強制的に『魔法障壁』を展開する。
俺の意思とは関係なく展開する三十層ものドーム型の魔法障壁。
勝手に魔力が失われる感じに、むず痒さを覚える。
魔法障壁の形成は、融合した桃先輩がやってくれている。
超楽ちんだが、あまり喜んではいられない。
桃先輩が勝手にやったということは、
俺に足りない部分があるということなのだから。
『ゴヴァァァァァァァァァァァァァァァッ!!』
その直後だった。
ガルンドラゴンの強烈な武器が森を震撼させたのは!
大木がひび割れ粉々に砕け散り、大地はひび割れ砂となって空に舞い上がった!
恐るべき大音量の咆哮だ。並大抵の生物が発せられるものではない。
音の大砲、そうとしか言いようがない無茶苦茶な威力を秘めた怒声。
「~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!」
魔法障壁で防いでいなければ、今頃俺はミンチになっていたに違いない!
ズタボロになった魔法障壁。
三十層もの魔法の壁は数枚を残して砕け散っていたのだ!
その有様を見て、改めて俺と対峙している者の強大さを理解した。
『三十層もの魔法障壁を砕くか……データの修正開始。
後輩、おまえは「落とし穴」の生成を続行だ』
『お、応! おえっぷ』
ガルンドラゴンの咆哮は魔法障壁で防いだが、
音によるダメージが深刻だ。
三半規管を揺らされたのか、俺の見ている景色はぐちゃぐちゃだ!
ぐにゃぐにゃになった黄金の竜が目の前にいる。
おっふ……気持ち悪い。
『気をしっかり持て。大丈夫だ時間はまだある』
桃先輩の低く落ち着いた声に我を取り戻す。
俺は『落とし穴』の設置に集中するも、
極度の精神疲労と恐怖で集中力が乱れている。
「落ち着け……俺ならできるはずだ!
あ、でもやっぱり焦っちゃう! 早く! 早くっ!!」
あ~もう! 魔力が高いからってなんだ!? 聖女だからってなんだ!?
肝心な時に役に立たないじゃないか! ふぁっきん!
頭に余計なことばかり、浮かんでは消え浮かんでは消える。
このままじゃ……健闘の甲斐もなく死んじまうぞ!!
俺だけじゃない! ライオットも……、ライオットも!?
俺はライオットの名前で気が付いたのだ。
俺がここで倒れたらライオットが、
命を懸けて俺を助けてくれた友達の命が危ぶまれるのだ!!
何を余計なことを考えていたんだ! 今はそれどころじゃない!
俺のなすべきことを……なすんだ!!
ありったけの魔力を、慎重かつ大胆に魔法術式に注ぐ。
それは速やかに構築した魔法技の『落とし穴』を完成させるに至った。
「で、できたっ!」
ガルンドラゴンが、俺に向かい突撃し始めたのは……
『落とし穴』完成とほぼ同時だった。
ボゴォォォォォォォォォンッ!!!
大きな音を立て、『落とし穴』に落ちるガルンドラゴン。
巨大な黄金の竜はもがくが、『落とし穴』から脱出することはできなかった。
何故なら、その『落とし穴』は、蟻地獄を参考にした改良版だからである。
俺の魔法技は日々進化しているのだ。とくと味わうがいい。
ふっきゅんきゅんきゅん!
『よし、いいぞ。次だ、魔法技「木ノ葉隠れ」を使用する』
『桃先輩、それは逃走用の魔法技だぞ?』
ここまできて、逃げるのはどうかと思う。
確かに、選択の一つではあるとは思うが。
『逃げるために使うのではない。
使用対象はガルンドラゴン。急げ、あまり時間がないぞ』
桃先輩の落ち着いた声を信用し『フリースペース』から、
せっせと集めた大量の枯葉を取り出し、
日常魔法『エアムーブ』で、ガルンドラゴンの周りを旋回させ視界を塞ぐ。
……大赤字だ。
元手は殆ど掛かってはいないが。
請求書はガルンドラゴンに送ろう。慰謝料込みで。
『発動完了……! 桃先輩、これからどうするんだ?』
『枯葉は、まだあるな?』
桃先輩に枯葉の残量を伝えると、彼は次の指示を伝えてきた。
残った枯葉に火を点けて燃やせというのだ。
俺は指示どおりに、枯葉に火属性日常魔法『ファイア』を発動する。
瞬く間に燃え上がる枯葉。
結構な量があるので派手に燃え上がっている。
『いいぞ、それをガルンドラゴンを旋回している枯葉に合流させるんだ』
『応! それいけ~!!』
枯葉は、ガルンドラゴンを包み込み、激しく燃え盛る!
うへへ……このまま、こんがり焼けないかな?
そうしたら、美味しく食べてやるんだが!
『これでガルンドラゴンを倒せるのか……桃先輩?』
『これで倒せるなら苦労はせん。狙いは別だ。
現在ガルンドラゴンの筋肉の変異を確認した。
鼻の防御力の低下を確認。
ライオット少年、出番だ。覚悟はいいか?』
『テレパス』で、ライオットに念話を飛ばす桃先輩。
もちろん、魔力は俺持ちだ!
おごごご……むず痒い!!(びくんびくん)
「ああ! いつでもいけるぜ! 桃先輩、指示を頼む!!」
ガルンドラゴンを旋回していた燃え盛る枯葉達は、
その役目を終え黒墨となって儚く散っていった。
その燃え後には、ほぼ無傷の黄金の竜が存在していた(呆れ)。
しかも、まったくダメージを受けていないように見える。
だがそれも束の間、ガルンドラゴンが苦しそうに痙攣をし出し、
顎を土に付けたではないか!? いったいこれは……!?
『仕上げだ。ガルンドラゴンは窒息状態になっている。
後はライオット少年次第だ。』
そうか、『木の葉隠れ』はこういう使い方もあるのか!
勉強になったぜ! めもすとこ(勤勉)。
「やってやる! 俺の全力を食らいやがれぇぇぇぇぇっ!!」
木の陰に隠れ、襲撃の機会を窺っていたライオットが、
呼吸困難で苦しむガルンドラゴンに突撃した!
狙いは弱点である鼻だ。
ガルンドラゴンの唯一の弱点。
窒息状態であるならまともに動けないだろう。
正真正銘のラストチャンスだ!
「つあぁぁぁぁぁぁっ!!」
正拳突き! 続いて、回し蹴り! ライオットの強烈な攻撃が続く!!
しかし、俺には何をやっているのかさっぱりわからない!
正拳突きだの、回し蹴りだのは適当に言っただけだ!
たぶんやっているだろうから、細かいことは気にするな!!(戒め)
『後輩「ヒール」の準備。ライオット少年に連続使用だ』
『……え!?』
俺は慌てて、ライオットの状態を確認した。
攻撃した腕と足が変な方向に曲がっていたのだ。
恐らくは限界を超えた力で攻撃を繰り出していたのだろう。
彼は獣人だ。
その力は人間の比ではない。
しかしだ……彼はまだ子供、完全に体が出来上がっていないのだ。
そのような状態で限界を超える攻撃を繰り出せばどうなるか?
その答えが俺の目の前に存在していた。
「ライッ! くそっ!『ヒール』!!」
俺は慌てて『ヒール』を飛ばした。
この『ヒール』、実はある程度離れていても対象に飛ばして治療が可能だ。
その際は消費魔力がグンと上がってしまうのが難点だが、
このようなケースの場合、非常に有効だ。
俺が近付けば巻き沿いを受けて全てが台無しになってしまう。
その一方で、ライオットは限界を超えた力で、
後先も考えずに全力でガルンドラゴンの鼻のみを攻撃をしていた。
拳が潰れようと足がヘシ折れようと、一向にお構いなしで攻撃を繰り出す。
食い縛った口からは血が流れている。
痛みを我慢するために食い縛り過ぎて口を切ったのだろう。
「ライ……お前……!!」
間違いなく俺のために、相当な無茶をしてるのがわかった。
何故そこまでしてくれるんだ?
俺のために、そこまでする価値があるとでもいうのか?
彼を問い詰めれば「自分が生き残るため」、と言い誤魔化すだろう。
生き残りたければ、俺を残して逃げた方が賢い選択だ。
ライオットは……俺のために苦しい思いを、過酷な選択を選んだに違いない。
お前……漢の中の漢だよ!!(確信)
『後輩、今できることを全力でだ。
おまえの役目は彼を支えること、『ヒール』を絶やすな。
ライオット少年の負傷を治療し続けるんだ』
『応っ! 今……俺にできることをっ!』
桃先輩に諭され、俺は自分にできることを全力でおこなう。
そう、俺にできる全力とは、もちろん治癒魔法だ。
俺の存在意義でもあるこの魔法でライオットを支えてみせる!
「『ヒール』!! 届け……! 俺のありったけの想い!!」
俺は『ヒール』に、ありったけの感謝の気持ちを乗せライオットに送った。
……ガルンドラゴンに当たりませんように!(誤爆の危機)
「うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
最早、絶叫に近い雄叫びがライオットの口から放たれた。
限界を超えた力と技。
後先を考えない攻撃は、遂にガルンドラゴンを出血させるに至った。
「止めだ……え?」
だが……ライオットは、その場に両膝を突き動けなくなってしまった。
体力の限界。
『ヒール』では治しようがない活動限界である。
『恐れていたことが起こってしまったか。
後もう一息だというものを……』
『ふきゅん!? そ、そんなっ!?』
後もう一息。
だが、そのもう一息が果てしなく遠かった。
もう……ライオットは動けないだろう。
それは彼が発する異常な呼吸音が、それを物語っていたからだ。
「動け……! はぁはぁ……動けよ!! 早く……アイツに……早く!!
ぜひゅー、俺しか……俺しか、ぜひゅー、できないって、
言われただろうがぁぁぁぁぁっ!! げほっ! げほっ!!」
ライオットが己の肉体に『活』を入れるが動かない。
最早、限界を超えた肉体は、ライオットの意思を受け付けなかったのだ。
やがて、ガルンドラゴンは効果の弱まった『落とし穴』から這い出し、
その巨大な黄金の肉体を俺達に見せつけた。
「ちくしょう……万事休すか?」
だが、ガルンドラゴンの様子がおかしい。
先ほどまで怒り狂っていた黄金の竜から怒りが消えて……違う。
断じて消えてなんかいなかった!
その顔を俺達に向けた瞬間、理解したのだ! 頭ではなく魂で!
黄金の竜は最早、俺達を弱者として認識してはいなかった。
対等な相手、己が全力を出しうるべき相手、敬意を表するべき相手。
決して手を抜くべき相手ではないことを、理解した顔だったのだ!!
本気を出したのだ!
この、吹けば飛ぶような……小さな俺達に!! こいつはやべぇ!!
『後輩、もう諦めたのか?』
桃先輩の『諦めた』に俺は敏感に反応した。
『俺の辞書はな、「諦める」と言う文字が家出中なんだ』
俺の言葉に桃先輩は満足げだった。
こうして魂が繋がっていると、相手の感情がなんとなく伝わってくるのだ。
『良い根性だ。まだやれることはあるぞ。最後まで足掻け』
『応! 俺の底力を見せてやるぜ!』
俺は覚悟を決めた。まだ死んだわけじゃない。最後まで諦めて堪るものか!
今、俺がゆくぞ! ライオット!!
一緒に生きて帰るんだ……皆の下へ!!
俺はガルンドラゴンに目がけて、全力で駆け出したのだった。