358食目 ティアリ王国へ
いよいよ出発の時がきた。
見送るのは国王陛下にグロリア将軍、
ホウディック防衛、モンティスト財務大臣。
そして……勇者タカアキであった。
国を護る役目を持つ騎士が約半数近くも遠征に参加することもあり、
ラングステンの最大戦力である彼には、
国の護りに就いてもらうということになった。
これはエルティナも国を離れるにあたり、
万が一に鬼の襲撃があった場合に対処不能になってしまう恐れがあるからである。
どういうわけか、勇者タカアキは互角以上に鬼と渡り合う力を持っているそうだ。
しかし、理由を聞いてもお決まりの
「勇者ですから」という返事が返ってくるのみだ。
何か秘密があるようだが、彼はそれを語ろうとはしなかった。
第一陣、王国騎士団が順々に〈テレポーター〉で転移してゆく。
戦時中故に正規の転移場所に移動することは叶わない。
当然、向こう側も〈テレポーター〉を凍結し移動手段を封じる手段に出ている。
だが……それは『国家間』の〈テレポーター〉を使えなくしただけなのだ。
「向こう側に『簡単な砦』を建てておいた!
各員は砦の構造を把握しておいてくれ!」
遠く離れた島国であるティアリ王国に単独で渡り、
〈テレポーター〉を設置できるほどの魔力を持つ者がこの国には存在する。
しかも、人知を超えた知識を持ち合わす超人だ。
エルタニア領を治める男爵、その名もフウタ・エルタニア・ユウギ。
遠征が決まってから僅か三日で、国王陛下の無茶な依頼をやってのけた男だ。
こんな無茶苦茶な依頼を任せられるということは、
それだけ国王陛下の信頼が厚いという証でもある。
第二陣が転移を始めた。
「こんなところでこけるなよ!? GDを任された責任の重さを忘れるな!」
ハマーの威勢の良い声が響く。第二陣はGD部隊だ。
一見重鎧の騎士に見える兵達が重々しい足音を鳴らし、
次々に光に包まれティアリ王国に転移してゆく。
この遠征においての主力部隊だ。
この戦いはGDにとっての試金石となる。
これで思うような成果が出なければ、また一からやり直すこととなるのだから。
それ故に、彼らに課せられた責任はとてつもなく重いものであった。
だが、GDを任された者達の表情に陰りはなかった。
これほどまでに重要な任務を与えられたという責任、
そして……それをまっとうしようという決意が不安を上回っていたのだ。
「おう、ルドルフ。先にフウタ男爵がしつらえた砦を堪能してくるぜ」
「あぁ、感想を待っているよ」
ハマーはGD隊が全員転移したのを確認し、最後に転移を果たした。
第三陣はこの戦いにおいて重要な役目を持つヒーラー隊である。
彼らの支援がなければこの戦いを戦い抜くのは不可能に近い。
「くひひひ……んじゃ、いくわよ? あんた達」
ヒーラー隊の指揮を任されたのは、
ヒーラー協会のディレジュ・ゴウムという女性だ。
彼女はヒーラー協会の中でも特異な存在で、
治癒魔法の腕前もさることながら、戦闘能力もかなり高いのだそうだ。
いざという時に戦える者が指揮者であるのは心強い。
……ただ、武器が金槌と五寸釘というのはどうなんだろうか?
僅かばかり不安になる。きっと大丈夫だと信じよう。うん。
「うし、おめ~ら、行くぞ!」
第四陣、モモガーディアンズの転移が始まった。
アルフォンスさんに連れられて子供達が次々に転移してゆく。
子供達はやはり遠足に行く感じで転移していった。
彼らには戸惑いや恐れといったものがないのだろうか?
まぁ、現実をまだ知らない、ということもあるだろうが……
それを知った時、彼らはその先に足を踏み入れることができるのだろうか?
……いや、そうさせないために、私達騎士団がいるのではないか。
「行きましょうか、エルティナ。チゲ、この子を頼みますよ?」
彼が胸部装甲を開きエルティナを寝かせると、
ブッピガン!! と音が聞こえた気がした。
恐らく幻聴であると思われるが、
もしかするとエルティナの桃力が、
何かしらの特殊能力を発現したのかもしれない。
彼女の桃力は変なところに力を入れることで有名だ。
私は輝く光の柱のような〈テレポーター〉に入り込み、その身を委ねた。
身体が軽くなり、現実と夢の境界が曖昧になった次の瞬間、
私は見知らぬ土地に立っていた。
「無事に到着したようですね」
この間、三秒も経ってはいないだろう。
見渡せばラングステンの騎士達が、
目の前にそそり立つ大きな砦に目を丸くしていた。
無論、私も目を丸くする。
フウタ男爵はいつもやり過ぎだ。
これでは砦ではなく、最早一国の城である。
「うっはぁ! でっけぇな、おい!」
「うわぁ~、すごくおおきいよぉ! ゆうゆうちゃん!」
「あら……随分と立派じゃない。私の部屋でも確保しておこうかしら」
これには、モモガーディアンズの子供達も大はしゃぎだ。
『ふきゅん』
子供達のはしゃぐ声に気付きエルティナが目を覚ましたようだ。
『ふきゅん、ふきゅん、ふきゅん、ふきゅん、ふきゅん』
……違った。私は慌てて懐の懐中時計を確認する。
現在、午前八時を回ったところだ。ということは恐らくはお漏らしだろう。
チゲが慌てて胸部装甲を開くと、やはりぷ~んと臭った。
エルティナを抱き上げオムツを取り外すと、
そこには見慣れた彼が鎮座していたではないか。
『はろぅ、私だ、うんうんだ』
「また、お会いしましたね、うんうん先生」
いつもどおり、彼に教わったとおりにエルティナのお漏らしを処理する。
もう私も手慣れたものだ。
これならば、いつ自分の子供が生まれてきても、
一切慌てることなく面倒が見れるだろう。
ある意味、エルティナには感謝しなくてはならない。
『うむ、慣れた手つきになったな』
「ありがとうございます」
もちろん、うんうん先生にも感謝しなくてはならない。
彼の指導がなければ、私は途方に暮れているだけだったのだから。
最後の仕上げをおこない、うんうん先生に別れを告げる。
特に悲しいとは思わなかった。
何故なら、彼とはまた会えると予感していたからだ。
すっきりしてご機嫌になったエルティナを再びチゲの内部に寝かせ、
巨大な『自称砦』に入り内部の構造を確認する。
やはり、これは砦とは言わない。完全に城の規模だ。
フウタ男爵は制作にのめり込むと、
加減という物を遥か彼方へ放り投げてしまう傾向にあるようだ。
到着した騎士達も、この規模の砦は初めてらしく戸惑いを見せていた。
だが、一人の騎士が「これって城だよな?」と口に出したことで共感が生まれ、
戸惑っていた者も次第に落ち着いていった。
「お、ルドルフ、無事に到着したか。
中央会議室で偵察部隊の報告があるそうだ。場所はここな?」
「ハマー、きみも無事に到着して何よりだ」
丁度、私達は中央会議室の扉の前まで来ていたらしい。
「俺は残りの指揮者を呼んでくる。
といっても、あの前髪で顔が見えない彼女だけだがな。
あと、ヤッシュ総司令が一人で退屈そうにしているから、
おまえは先に中に入って待っていてくれ」
「わかった、先に入って待っている」
ハマーを見送り、私達は中央会議室のドアをノックし中に入った。
中には神妙な面持ちのヤッシュ総司令が椅子に座っていたが、
私達の顔を確認すると幾分表情が和らいだ。
「おぉ、ルドルフか。無事についてなによりだ。
それにチゲもいるということは、エルティナも無事についたようだな」
「はい、問題なく転移できました。流石はフウタ男爵の〈テレポーター〉です」
席に着き暫くすると主だった面々が揃った。
これから偵察部隊の報告がおこなわれ今後の方針が決められる。
偵察部隊の隊長ホルスート・ガーランドが資料を手に入室してきた。
彼の表情は厳しい。このことから、作戦は困難なものになることが予想される。
重苦しい雰囲気の中、皆が彼の言葉を緊張した面持ちで待っていた……。