357食目 奇妙な物体
モモガーディアンズが集合している仮設テントの中に入ると、
クラス委員長のメルシェが私に気付き声を掛けてきた。
「あ、ルドルフさん、待っていました」
「待たせてすみませんね。全員集まっていますか?」
「はい、モモガーディアンズ、全員集まっています」
今回の遠征において、モモガーディアンズの子供達は全員が参加となった。
正直、この結果にはかなり驚いている。
彼ら自身は参加を希望しても、保護者達が納得しないだろうと思っていたからだ。
多くてメンバーの半分が参加すればいいと思っていたので、
この全員参加という結果は予想外であった。
「ところでメルシェちゃん……その重装備で行くつもりかい?」
「いえ、その……お父様が、これを身に着けていきなさいと」
彼女は私の質問に困った顔を見せた。
現在、彼女が身に纏っているのは子供用に作った皮鎧なのだが……
なんと、それは全身を隈なく覆い尽くす全身鎧であったのだ。
皮で作られているため鉄製の全身鎧よりは遥かに軽いが、
それでも重いことには変わりない。
しかもかさ張っていて動きにくそうである。
ただでさえ非力な彼女は動くことにも一苦労しているようだ。
基本的にメルシェは魔法を使用した遠距離からの戦闘スタイルであるので、
身動きが取り難い格好は好ましくない。
この装備のまま敵に接近されたら、自身の退避行動もままならないだろう。
「きみのお父さんが心配するのはわかるが、
戦場で動くこともままならないのは危険極まりないよ」
「う……ですよね。向こう側に着いたら必要な部分だけ残して後は外します」
「うん、そうした方がいいね」
私の忠告を理解した彼女は素直に忠告に従った。
後は問題のある姿をした者はいないだろうか?
と見回すと……一人ほど問題のある姿の少女がいた。
「アルアちゃん、きみはそのままの格好で戦場に行くつもりかい?」
「あはは! こっこれでういい! だだいじうぶ! あははは!」
とても、大丈夫には見えない。
彼女の姿はどう見ても普段着であり、あきらかに戦場に赴く格好ではなかった。
黒いワンピースに血のような真っ赤なリボンが付いているシンプルな服は、
真っ白な髪と肌の彼女に非常に似合うが、戦場ではそのようなものは求められない。
多少のデザインは目をつむり性能を追求した物でなければ、
万が一の時に命を落としてしまうことだろう。
「アルアちゃん、その格好では連れていけないよ?」
「あはは! どどうしてて? どうどう? あははは!」
「その服じゃ敵の攻撃を防げないんだ。
戦場は常に命を落とす危険性があるからね」
キョトンとした顔で私の顔を見つめていたアルアだったが、
ふと思い出したかのように手を合わせると、
自分の腹の辺りをごそごそしだした。
私の錯覚でなければ、彼女の腕が自身の腹に入り込んでいるように見える。
是非とも錯覚であってほしいものだ。
「あはは! こっこれでで、あるあ、まもるるう! あははは!」
ずるりと腹から取り出した物は、どろどろとした奇妙な塊であった。
灰色のような、深緑のような色をした物体だ。
見る角度によって色が変わって見えるので何色とも言えない。
その得体のしれない物体を彼女は頭の上に載せた。
かなりシュール姿になったのは言うまでもない。
「ア、アルアちゃん。それじゃ、なんの防御力も……」
と言いかけた時のことだった。
彼女の頭の上に載っている奇妙な物体から無数の眼球が飛び出てきた。
私は思わず後ずさってしまう。
いったい、こいつはなんなんだ!?
「てけり・り!」
「……え?」
それは鳴き声だったのだろうか? それとも防犯ブザーのような装置?
是非ともそうあってほしい。
いずれにしても不気味な防犯グッズである。
「あはは! しょ、しょごすっ! あるあ、まももるう! あははは!」
「て~け~り~・り~!!」
……現実から目をそらしたかったのに無理やり引き戻されてしまった。
ショゴスと呼ばれた謎の物体から無数の触手が飛び出て私に絡みつく。
ぬるぬる、ぬめぬめしていて気持ち悪い。
「うおぉぉぉぉぉぉぉっ! 触手プレイかっ!? がんばれ、ショゴス!」
「いいぞ! もっとやれ! ショゴス!」
「ルドルフさんなら、黙っていれば女騎士にしか見えないさ!
ショゴス、半脱ぎ状態でお願いするさね!」
「てけり・り~~~~~~~~~~!!」
冗談ではない。
何が悲しくて触手に蹂躙されなくてはならないのだ。
「はい、ここまでです。ま、まぁ……取り敢えずは良しとしましょう。
ですのでこの触手をなんとかしてください。お願いします」
「あはは! しょごごすう! あははは!」
アルアの命令に従い触手を引っ込めるショゴスと呼ばれた物体。
ロフト達も知っているということは、主な活動場所は学校の教室だったのだろう。
どうりで私が知らないわけだ。
「ふきゅ~~~~~~~~ん!」
ここで予想だにもしない人物が対抗意識を燃やしていた。
私が抱きかかえるエルティナである。
彼女はその幼い身を震わせると頭の天辺から何かが飛び出してきた。
それはパッと見は小さな触手のように見える。
「ふきゅおん?」
それは、最も出てきてはいけない触手であった。
桃先輩から説明のあった『全てを喰らう者』が、
軽い感じでぴょこっと出てきたのである。
まるで「呼んだ?」みたいな感じで可愛らしく首を傾げたが、
この世で最も危険な触手であることに違いはない。
まぁ、この子は触手ではなく蛇であるらしいのだが……。
「呼んでいませんよ、お家におかえりなさい」
「ふきゅお~ん」
私が優しく諭すと、闇でできた小さな蛇は欠伸を一つして、
そそくさとエルティナの中へと帰っていった。
きっと寝ていたところをエルティナに起こされたのだろう。
「ふきゅん」
エルティナは、この結果に不満そうだった。
いくらなんでも、この蛇で触手プレイなんてされた日には、
生きて朝日を見ることはないだろう。
いや、その前に男としての尊厳が終わってしまう。
それだけは、なんとしても避けたい。
……いやいやいや!
それ以前に世界を滅ぼしかねない『全てを喰らう者』を、
触手プレイのために呼び出すこと自体がダメだ!
エルティナが『全てを喰らう者』だ、
と桃先輩がウォルガング王に告げた時のことを
忘れたわけではあるまい!? 私っ!!
あぁ……あの時はもうダメかと思った。
もう思い出したくもない壮絶なやり取りがあったのだから。
……思い出すな、私。静かに記憶を深淵の底へと沈めるんだ。
よし、もう大丈夫。こんなところで精神を消耗するわけにはいかない。
しっかりと気を取り直してゆこう。
しかし……今まではこんなことはなかったのに、
どうして『全てを喰らう者』が出てきたのだろうか?
まさか、自我が戻った可能性が?
「まさか……」
意識が戻ったのですか? と口に出そうとしたところ、
彼女は既に夢の中の住人と化していた。
あぁ、もう……これでは確かめようがない。
エルティナが寝てしまってはどうにもならないので、
さっさと出発の準備を完了させてしまおう。
元々はそっちの方が目的だったのだから。
「アルフォンス様、出発の準備は整いましたか?」
「ん? あぁ、できてるぜ。おまえさんも大変だなぁ」
思わず「貴方ほどではない」、と口に出しそうになるも、なんとか耐えた。
彼はエルティナとエドワード殿下を除く、
三十八名の面倒を見なくてはならない。
ある意味、問題児ばかりが集まった部隊の隊長であるのだ。
エドワード殿下はモモガーディアンズの一員であると同時に、
ラングステン王国の王子であるので遠征軍の中心にいなくてはならない。
よって今回はモモガーディアンズとは別行動になる。
本人は納得していないようだが、
自分の役割をわかっているので素直に説得に応じてくれた。
これがモモガーディアンズのみの出撃であれば問題ないのだが、
今回は国を挙げての出撃であるから仕方がない。
「それでは参りましょうか」
「あぁ、お~い、おまえらぁ! 出発するぞ! 忘れ物はないか!?」
「は~い」と子供達の返事が返ってきた。
まるで、遠足にでも向かうかのような返事である。
緊張感がないように思えるが、
この子達はいつもこんな感じなので、今では気にもしなくなっていた。
正直な話……これは異常なことであるが、
彼らの戦闘能力を知っていれば納得できることなのだ。
まだ幼いとはいえ、一人一人の能力は下手をすれば王国騎士を軽く凌駕する。
特にユウユウ・カサラの戦闘能力は異常だ。
ガルンドラゴンとの戦いに敗れた彼女はプライドを投げ捨て、
人前でも鍛錬をするようになったのである。
「全てはダーリンに相応しい女になるため」……だそうだ。
それを聞いた時、私はガルンドラゴンにそっと祈りを捧げた。
彼が二度とユウユウの前に現れませんように……と。
彼は敵であるが、それでも彼のために祈りたくなったのだ。
エルティナ的におこなうなら、白目痙攣でお祈りであろうか?
はぁ、もう深く考えるのは止そう。
このままではティアリ王国に付く前に力尽きてしまう。
「それでは出発しましょう」
もう、さっさと出発してしまうに限る。
後のことは現地に着いてから説明すればいい。
私は考えることを一時放棄し、現地に赴くことを最優先とした。
うん、私は悪くない。