356食目 集いし千の勇士
◆◆◆ ルドルフ ◆◆◆
早朝……フィリミシア城に集結した、
総勢千名をも超える騎士達が一糸乱れぬ整列をし、
国王陛下の言葉を心に刻み込んでいた。
彼の一言一言はとてつもなく重い。
それは彼自身が体験してきた失敗や後悔をさり気なく言葉に載せて、
私達に同じ過ちを犯さぬよう願いを込めているからだ。
「……若き勇士達よ、ワシが送るべき言葉は以上だ。
本来ならワシも赴きたいところであるが、
口うるさい小姑に止められてしまってのう」
国王陛下はエルティナのような悪い顔を見せた後、
ホウディック防衛大臣とモンティスト財務大臣を見てニヤリと笑った。
ゴホン、と同時に咳ばらいをする二人に、
集まった若き勇士達はクスリと微笑み、肩の力を若干緩める。
「心惜しいが、こたびの戦は諸君ら若き勇士に託すことにした。
ワシの分も戦ってくれとは言わぬ、成すべきことを成し、
生きてフィリミシアに帰ってきてくれることを切に願う。
そなたらはワシの愛すべき息子、娘であるのだから」
……っ!
不覚にも涙を流しそうになった。
このように情に深い王は、どこを探しても見当たらないであろう。
国の消耗品とも言える我らを『己の子』と言ってくれたのだ。
集まった勇士を見やれば涙を流している者達も少なくない。
騎士に入団した若き騎士達は、
その殆どが魔族戦争で戦死した騎士達の子供である。
親の無念、遺志を受け継ぎ、国王陛下に仕えることを目指し、
厳しい訓練に耐えてきた彼らにとって、
国王陛下の言葉はこの上ない餞別となっただろう。
「我が子達よ、これから赴く国の民は想像を絶する苦しみを受け続けておる。
その苦痛から救えるのは、今尚、窮地に立たされておるリマス王子と、
諸君らの力無き者を救いたい、と思う優しき心である!
どうか……どうか、彼らを救ってやってくれまいか!」
国王陛下は我々に頭を下げた。
君主として、やってはいけない行為である。
しかしながら、ここに集まった勇士達は、
失礼ながら国王陛下を王として見てはいなかった。
ウォルガング国王陛下を……己の『父』として見ていたのである。
彼の願いに、集った勇士は雄叫びを以って応えた。
彼らは金銭による結びつきではなく、
愛情による結びつきを選び、それに殉じようと誓ったのである。
分け隔てのない深き愛情、
そして、時には厳しく当たる父親のような愛を持った稀代の国王。
これがウォルガング国王陛下なのだ。
彼のその人柄に惹かれ、私も騎士を目指した。
父に言われたからではない、自分の意思で騎士を目指したのだ……。
遠征に赴く部隊の総司令官はグロリア将軍ではなかった。
彼女は最後まで参加を申請していたようだが、
国王陛下は彼女に許可を下さなかったそうだ。
これは推測であるが……私は彼女が『死に場所』を求めているように思えた。
魔族戦争以来、彼女は努めて明るく振る舞っているが、
長年彼女と顔を合わせている私にはわかるのだ。
彼女は無理やり笑顔を作っていると。
このことは国王陛下も気付いているらしく、
エルティナの報告に行く度に、彼女のことを気遣ってほしいと頼まれた。
やはり……彼女は女なのだ。
最愛の男性と死に別れた心の傷は、ちょっとやそっとでは癒せはしない。
しかし、私ではグロリア将軍の心の傷を癒すことなどできない。
私には彼女の女の気持ちを、真に理解してやれないからだ。
「エルティナなら……強引にでも癒したのでしょうね」
「だう~?」
赤子になってしまったエルティナも今回の遠征に参加する。
寧ろ、彼女はこの遠征の中心人物だ。
私の使命は、この命に代えても彼女を護りとおすことにある。
エルティナのぷくぷくほっぺを指でつつくと、
彼女はくすぐったそうな仕草をして、私に極上の笑顔を見せてくれた。
「絶対に護ってみせますよ……エルティナ」
「あぁ、そうしてくれ。私の分もな」
エルティナを抱きかかえている私の背後から聞き覚えのある声が聞こえた。
振り向き顔を確認すれば、予想どおりの人物が立っていたではないか。
「これは、ヤッシュ総司令」
「作戦行動外は、いつもどおりで構わんよ」
今回の遠征の総司令はエルティナの父親で伯爵である
ヤッシュ・ランフォーリ・エティルが任命されたのである。
これは幼いエルティナの精神安定剤的な存在と、
経験豊富な歴戦の勇士という点で決定された。
若い騎士達も彼の指導を受けている者が多く、
安心できるという点も評価が高い。
「本来なら二十四時間体制で見守りたいが、そうもいかないのでな。
きみには苦労を掛けると思うが、どうか娘をよろしく頼む」
私の肩を軽く叩くと、
ヤッシュ総司令は各部隊の隊長と
最終的な打ち合わせをするために足早に立ち去った。
「さて、私達もいきましょうか、エルティナ」
「うー」
騎士達およそ千名の他に、『モモガーディアンズ』四十名。
そして、ヒーラー協会からも十数名のヒーラーが同行する。
城に所属するヒーラーだけでは心許ないというのが実情なのだ。
魔族戦争において多くのヒーラーを失った経験を踏まえ、
国王陛下はなかなか首を縦に振らなかったが、
桃先輩とスラスト新ギルドマスターの説得もあり、
今回の遠征に参加する流れとなった。
ヒーラー協会から派遣されたヒーラーは人数こそ少ないが、
各々が一流の治癒魔法を操る一騎当千の兵である。
千を超える兵達を必ずや支えてくれることだろう。
またゴーレムギルドからは数名の技師と、
ドゥカンギルドマスターが直々に参加する。
これはGDの整備や調整が必要になるのはもちろん、
ドクター・モモの豊富な知識が必要になる可能性がある、
ということでの参加だそうだ。
GD関連ということで、レイヴィ・ネクストという少年も参加する。
彼はプルルと同じくGDのテストパイロットを務めていた。
と言っても量産型GDラングスのベースとなったデータは、
プルルのデュランダで決定している。
というのは、彼がテストパイロットを務めていた、
試作型GD『ノイン』はあまりに性能がピーキー過ぎて、
一般的な能力の者では扱えないと判断されたからだ。
一度だけ私も彼の模擬訓練を観察したが……
アレでは敵を撃破する前に、自分の身体がどうにかなってしまうと感じた。
事実、訓練後の彼は全身打撲に十数ヶ所の骨折という重症を負っている。
しかし、奇妙なことに彼はそれほどのケガを負っても、
『ノイン』の性能の向上を追い求めたのである。
いくら治癒魔法でケガを癒せても、事故で命を落としたりでもしたら……。
「ん? あぁ、ルドルフさんか」
件の彼が私に気が付き声を掛けてきた。
この数か月で彼の肉体は引き締まり、強靭な肉体を得るに至っている。
露出している肌には無数の傷跡が生々しく残っているが、
全てのヒーラーがエルティナのような
無茶苦茶な治癒魔法を扱えるわけではないので仕方がないだろう。
「やぁ、レイヴィ君……きみも参加するんだね」
「えぇ、俺は将来傭兵を目指していますから。
今の内に実戦を経験しておきたくて」
長い前髪に隠された鋭い眼がギラリと輝いた。
まるで闘争心の塊のような少年だ。
「実戦を経験するのは悪いことではないが……
やはり、まだ早いのではないだろうか?」
「いえ、遅いくらいです。それに、俺は力を手に入れました。
今回の戦いで、必ずや戦果を挙げてみせますよ」
そう言って彼は少しばかり悲し気な表情を見せた。
その表情が気に掛かったので思い切って聞いてみる。
「きみはどうして傭兵を目指したんだ?」
「何年か前に……自分は戦う以外に能がない、と気が付いたんですよ」
そう判断するには早過ぎる、と言いかけて思い留まった。
何故なら、昔の私も彼と同じ考えをしていた時期があったからだ。
まぁ、彼ほど荒んではいなかったが。
私が騎士を目指したもう一つの理由は、戦うことが得意であったからである。
……あ、そういえば、騎士になって荒々しく戦えば男らしく見られるかな~?
なんて考えていた時もあったなぁ。
実際に荒々しく戦っていると、仲間の騎士達にヒステリーでも起こしたのか?
と心配されてしまい恥ずかしい思いをした。
あぁ……封印していた忌まわしい記憶が蘇ってくる! 勘弁してくれ!
……こほん。
やっぱり、忠告しておこう。
私のような過ちを踏まないように。
「そう決めるのは早いよ。まだ時間はある。
きみの取り巻く環境は、きみが見えていないものを見せてくれるだろう。
決めるのは、それからでも遅くはないと思う」
「……そうでしょうか?」
レイヴィは少し戸惑った表情を見せたが、
やがて心の整理が付いたのか素直に頷いた。
「ありがとうございます、ルドルフさん」
そう言い残し彼は自分のGDの下へと向かった。
ありきたりな言葉であったが、彼の心に届いてくれたであろうか?
「届いてくれた、と思いたいですね」
「ふきゅん」
エルティナの鳴き声が「そうだな」と理解でき始めている自分は、
少しばかり疲れているのだろうか?
いけない、いけない……これからもっと困難な状況が待ち受けているというのに、
こんなところで疲れてしまっては任務に支障が出る。気を引き締めなくては。
私は緩んだ心を引き締め、
『モモガーディアンズ』が集合している仮設テントへ移動した。