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食いしん坊エルフ  作者: なっとうごはん
第八章 きみがくれたもの
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354食目 選択

 ◆◆◆ ヒュリティア ◆◆◆


 ルドルフさんからモモガーディアンズ全員集合の連絡が入ったのは、

 学校の授業が終わった頃であった。

 明日から夏休みとあってクラスメイト達は非常に浮かれていたのだが、

 私は明日から食料の調達が忙しくなることもあって憂鬱である。

 夏休み中は学食が利用できないということもあり、

 一気にやるべきことが増えるのだ。


 姉のフォリティアは城勤めであるが、

 給料の大半をお酒に費やしてしまうので当てにしてはいけない。

 まったくもって困った人である。


 しかしながら、そのような姉でも、ここまで私を育ててくれたので、

 あまりきついことは言えない。

 相当な苦労があったと想像できるが、彼女は苦労したことを口に出さないのだ。

 私に見せるのは笑顔と酔っぱらった顔だけだ。


「ルドルフさんからだなんて……はっ!?

 まさか、エルちゃんの身に何かっ!! こうしちゃいられない!

 待ってて、貴女のリンダが今行くよっ!」


「こらー、リンダ! 教室のドアを蹴破るヤツがあるかっ!?」


 教室のドアを冒険者よろしく蹴破って出ていったリンダの姿を見て、

 頭を抱えるアルフォンス先生。

 苦労し過ぎているのか、最近の彼は若干老けたようにも見える。


「……アルフォンス先生、モモガーディアンズに集合要請が掛かりました」


「みたいだな、俺にも連絡がきたということは、

 面倒な事が起こったと考えた方がいいか」


 やはり、アルフォンス先生にも連絡が入ったらしい。

 その事実にクラス内がざわめき始めた。


「今日から『夏の女冒険者を観賞する会』を開こうと思ってたのによう」


「これは延期の線が濃厚だな」


「あんまりさね~」


 スケベ達の発現はどうでもいいとして、

 顔を曇らせている者達はかなりの数に上った。主に留学生達である。

 彼らはこの夏休みを利用して母国へ帰省しようと計画していたのだ。


「取り敢えずは展望台に集合してみてからだね。皆、行こう」


 エドワード殿下が率先して行動に移ったため、

 皆はそれに従う形で教室を出てゆく。

 私も荷物を纏めて席を立った。

 皆とは違い、魔法が使えないのでリュックサックに教材をしまい込み、

 小走りで皆に合流する。

 こういう時はやはり〈フリースペース〉が使える皆が羨ましい。


 学校から出ると蒸し暑い空気が身体に纏わり付いて一気に汗が出てくる。

 喉が渇いていた私はリュックに備え付けてある竹の水筒を引き抜き水を飲んだ。

 この水筒はグレーさんに教わって制作した物で、非常に軽くて丈夫である。


〈フリースペース〉が使えない私は、

 リュックにかなりの道具を収めて行動しているので、

 収納する道具達にも頑丈さと軽さが求められるのだ。


「おう、ヒー。そのリュックも、かなり痛んできたなぁ。

 そろそろ、修理に出した方がいいぞぉ?」


「……自分で直すのも限界かしらね」


 ガンズロックが、くたびれた私のリュックサックを見て忠告をしてきた。

 彼の目利きは確かなので相当に痛んでいるのだろう。

 修理代が惜しいので自分で直してきたが、

 そろそろ職人に頼む時が来たのかもしれない。


 そうこう考えている内にヒーラー協会が見えてきた。

 といっても、モモセンセイの大樹であるが。


 そのヒーラー協会に続く穴の周りでは、

 イシヅカ農園の野菜達がすくすくと育っていた。

 今日も麦わら帽子を被り、クワを片手に農作業をするイシヅカの姿が確認できる。

 その実った野菜を真剣な眼差しで品定めするのは、

 先ほど教室を飛び出していった農家の娘だ。


「うおぉぉぉ……こ、これは!?

 うちのお父さんのお野菜に負けるとも劣らない!

 これはイシちゃんの技術!? それともモモセンセイの不思議パワー!?」


 たぶん後者だと思われる。

 神聖な大樹の根元でそんな物を作ったら、とんでもない効果が加わるに違いない。

 しかし、農作か……スラム地区の空き地で簡単な野菜でも育ててみようか?

 少しでも食料が増えるなら好ましいことこの上ない。

 そのようなことを考えつつ展望台へと移動した。




「お待ちしてましたよ、モモガーディアンズ」


 展望台には女装したルドルフさんとチゲが待っていた。

 ルドルフさんはわかるが、何故チゲがいるのだろうか?

 そう皆が思っていたが、その疑問はすぐに解消された。

 チゲの胸部が静かに開き、中から赤ちゃんのエルが姿を見せたのである。


「ふきゅん」


 なんと、チゲはエルの自動で動く乳母車のような存在になっていたのだ。

 これには流石の私達も目を丸くして驚いた。


「わぁ~、えるちゃんがごきげんだよぉ」


「あうー、だー」


 そんな中、プリエナだけが驚く前に行動に移っていたのである。

 チゲの中で短い腕を動かしていたエルに自身の指を差し出すと、

 エルは嬉しそうに小さな手で指を握った。


「えへへ、あくしゅ、あくしゅ」


 彼女は意外と肝が据わっている、というかなんというか……。

 物怖じしない性格が羨ましくもある。


「待たせたな、んじゃ、何があったのか説明頼むわ」


 空から風の大剣に乗ってアルフォンス先生が展望台に入ってきた。

 本当に器用な人だと思う。


「はい、では何があったのかを報告させていただきます。

 ティアリ王国で『鬼』の存在が確認されました」


 ルドルフさんの報告に集まった者達は息を飲んだ。

『鬼』……その単語を聞いた瞬間、皆は戦士の顔に変わったのである。


「リマス王子率いる解放軍は鬼一人によって壊滅状態。

 オオクマさんの身を挺しての行動で解放軍は全滅を免れましたが、

 その結果彼は行方知れずになってしまいました。

 オオクマさんのいない解放軍は、

 このままでは全滅してしまう可能性が高いでしょう」


「た、たった一人の鬼でそこまで大打撃を被るとは……」


 フォクベルトが眼鏡の位置を指で直し、整った顔に険しい表情を作る。

 彼の額から流れる汗が事態の深刻さを物語っていた。


「これに対し、ウォルガング国王陛下は王国騎士団を出動させ、

 リマス王子を救援する決定を下しました。

 しかしながら……

 この出兵には参加を拒否しても罪には咎めないとも仰られました。

 つまりは自分の意思で、戦うも戦わないもを決めなくてはなりません」


 ルドルフさんは静かに目を閉じた後、ゆっくりと開き私達に告げた。


「この戦いに参加するということは、

『人の命』を奪う可能性が発生するということです。

 無論、私達騎士団はあなた方がそうならないように全力を尽くしますが、

 戦いに絶対はないということを、もう知っていると思います」


 彼の言葉に私達は無言で頷いた。


 そう、戦いに絶対なんてない。

 エルがガルンドラゴンに負けた時……それを痛いほど実感したのだから。


「エルはこの戦いに参加するんだろ?」


「えぇ、そうです、ライオット。

 エルティナはこの戦いにおいて最も重要な存在になります。

 鬼を倒さない限り、ティアリ王国を奪還する術はないでしょう。

 今尚、ティアリ王国の民は鬼の脅威、独裁者の圧政に苦しんでいます」


『それ以前に桃使いはどのような状態でも、

 鬼の存在を確認すれば戦わなくてはならない。

 たとえ赤ん坊の状態でもな』


 突然、チゲから桃先輩の声が聞こえてきた。

 その低く落ち着いた声に一同は驚くことなく意志の強そうな視線を送る。


「そんな理由はどうでもいいんだ。

 エルが戦いの場に赴く、その情報だけで十分さ。

 俺はこの拳に誓って、今度こそエルを護ってみせる。

 たとえ……誰かの命を奪うことになってもな」


 ライオットの信念は決して逸れず、折れることを知らないようだ。

 その真っ直ぐな目が羨ましいと思うことが度々ある。


「わ、私だって! エルちゃんを護るためなら……

 全世界を滅ぼしてもいいよぉ?」


 リンダは自重という言葉を強制的に埋め込んだ方がいいのかもしれない。

 隣のガンズロックも手で顔を覆って苦笑していた。


「覚悟を決めている方もいるようですが、幸いなことにまだ時間はあります。

 出発の日は二日後の早朝になる予定なので、

 それまでに参加の有無を極めておいてください」


 こうしてルドルフさんの報告は終わり、

 報告を聞き終えた皆の表情はさまざまであった。


「クスクス……面白いことになりそうね」


 喜ぶ者。


「許せない、民をなんだと思っているんだ!」


 怒る者。


「なんで、戦いなんて起こるのでしょうか……?」


 哀しむ者。


「まぁ、なんとかなるだろ? 騎士団が護ってくれるらしいさ?」


 楽観的に考える者。


 それぞれが戦いの日までに備えを、

 そして、参加の有無を決めるために展望台を去っていった。


 私はどうしたらいいのだろうか?

 無論、エルを護ってあげたい。

 しかし……今の私では皆の足手まといになりかねない。


 あの日、実感したのだ……皆と私の間にできた圧倒的な力の差を。


「……私はどうすれば」


 ひとりスラム地区に帰る私の体に、夕暮れ時の冷たい風が吹き付ける。

 普段であれば心地よい風も、今日に限っては凍えるような冷たさであった……。

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