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食いしん坊エルフ  作者: なっとうごはん
第八章 きみがくれたもの
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353食目 目覚め

 ◆◆◆ エルティナ ◆◆◆


 ……誰だろう? 誰かの話声が聞こえる。

 一人や二人ではない、もっと多くの人がいるようだ。


 誰だろうかと目を開けるも、視界がぼやけていてよくわからない。

 取り敢えず起き上がろうとしたが、今度は身体に力が入らない。

 いったい、俺はどうしてしまったのだろうか?


 自分の身に、ただならぬ事態が起こっていることは確かだ。

 だが今の俺に、それを確かめる術がない。

 自慢の大きな耳も自在に動かすことはできず、

 僅かにピクピクさせるので精一杯なのである。


 さて、これは困った。

 幸いなことに体のどこか痛いということはなく、

 触り心地の良い何かに包まれ気持ち良いくらいだ。

 ふわふわした感じが心地良くて眠たくなってくるが、

 現状を把握するまでは寝るわけにはいかない。


 いったい自分はどうなってしまったのか?

 いや、それ以前に……俺は……そうだ!


 シグルドとの戦いは、どういう結末に終わったのだろうか?

 それ以前に俺は生きているのか、それとも死んでいるのか?

 あぁ、どんどん記憶が蘇ってきた!

 こんなことをしている場合じゃないぞ!


 取り敢えずは誰かを呼んで現状を聞き出そう!


「ふきゅん」


 しかし、現実は非情である。

 あろうことか、俺にあったはずの歯が全て行方不明になっていたのだ。

 行方不明になるのは俺のマンモスだけで十分である。


 ううむ……これはもうお手上げだ。

 いったい、どうすればいいのだろうか?

 困った時には桃先輩に聞くのが良いだろうが、

 肝心の歯がなくては身魂融合ができない。


 あれ? これって完全に詰んだ?


『いもっ』


 俺が絶望のどん底で不貞寝しようかと考えた時、

 聞き覚えのある声が聞こえた。


 おぉ、魂の友~。


『えるちん、えるちん、やっとめがさめたね』


 いもいも坊やが、俺の心に直接語りかけてきたのである。

 彼ならば、今俺に起こっている現状を説明してくれることだろう。


『いもっ、よくきいてね、きいてね。

 えるちんは、たたかいのあとにおおけがをして、きをうしなったんだよ』


 そういえば〈イフリートボム〉を発動して……

 途中まで上手くいっていたのに、突然桃先輩とのリンクが切れたんだ。

 その後の記憶がないということは……やっぱり俺は死んだのか?


『ううん、えるちんはしんでなんかないよ、ないよ。

 しにそうだったけど、ぼくがまゆにつつんだからだいじょうぶ、だいじょうぶ。

 うんとね……もんだいはそのあとのことなんだ、なんだ』


 問題が起こったのか……たまげたなぁ。


『うん、そのあと、えるちんは、あかちゃんになっちゃった、なっちゃった』


 ……ふぁっ!? ど、どういうことなんですかねぇ?


『いもっ、わかんない』


 圧倒的な大問題が発生してやがった。

 なんと俺は大ケガを負い、

 いつの間にか『ベビー』にクラスチェンジを果たしていたのだという。

 どうりで体の自由が効かないわけである。


 いもいも坊やに気になっていたシグルドとの戦いの顛末を教えてもらった。

 結果は……戦いには勝ったが勝負には負けたといった内容だ。

 とてもじゃないが誇れるものではない。


『いもっ、げんきだして、えるちん』


 ありがとな、いもいも坊や。

 元気を出さないと、ヤドカリ君や初代が心配しちまうもんな。


『うん、みんなしんぱいしてたよ、してたよ。

 でも……もうだいじょうぶ、だいじょうぶ』


 問題はこれからだよなぁ。

 このクソ忙しい時に、俺だけ赤ん坊に退化ってどんだけだよ。

 きっと今頃、皆は白目痙攣でビクンビクンしちまってるぞ。


『だいじょうぶ、さいしょはみんなそうだったけど、いまはへいき、へいき』


 最初? あれからどれくらい経ったんだ?


『うんと……ごかげつ」


 ……なんですとぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!?


『いもっ!? びっくりしたよ、したよ』


 なんということだ!

 俺は五ヶ月もの間、美味しいご飯を堪能できなかったというのか!?

 これは度し難い時間のロスである!


 このロスを埋めるには、

 通常の五倍のご飯を食べなくてはならないということになる!

 赤い人も真っ青になるレベルだ!


『いまのえるちんには、はがないよ?』


 あーっ!? なんということだ!

 これでは美味しいご飯が食べられない!

 俺のぼうけんはここで終わってしまうのか!?


 彼は悲しみのあまり、鳴きだしてしまった。


「ふきゅん、ふきゅん、ふきゅん、ふきゅん」


 すると居心地の良かった空間に、湿気を含んだ暑い空気が流れ込んできた。

 そして、誰かに優しく抱き上げられると口元に何かが押し付けられる。

 俺は本能で悟った、ユー、ちゅっちゅしちゃないYO!……と。


 ちゅちゅちゅちゅちゅちゅちゅ……。


 丁度腹も空いていたことだし、こいつを飲んで腹を満たしておこう。

 腹が減っては考えも纏まらないしな。


 んん~? 味が薄い。

 というか、味覚が殆ど発達していないようだ。

 いもいも坊やが赤ちゃんになってしまっている、

 と教えてくれたので納得がいった。


 懸命にミルクと思われる物を吸っていると、

 ぼやける視界に金髪の女性と思われる人が入り込んできた。

 きっと、俺を世話してくれている女性だろう。

 聖女である俺を甲斐甲斐しくお世話してくれているのだ、

 恐らく彼女は聖母に違いない(確信)。


 お腹いっぱいにミルク? を飲んで満たされたが、

 どういうわけかゲップをすることができない。

 正確にはできそうで、できないのである。


 あぁ、もどかしい! もうすぐそこまで来ているのに!

 でそうで、でない! おごごごご……いかん、このままでは逆流してしまう!


 俺がうにうにと悶えていると、

 金髪の聖母(仮)が抱き上げて背中を擦ってくれたではないか!

 いける! 今こそ放たれん! ハイパーゲップ砲……発射!


「けぷっ」


 思ったよりもショボかったが苦しさはなくなったので、

 全身全霊を以って聖母にお礼の舞を披露する。うにうにうに……。


 すると聖母はぼやける視界の中で確かに微笑んでくれた。

 そして慎重に居心地の良い空間に俺を寝かせると、

 そっとドアを閉めたのだった。


 さて、これは参った。

 ひとまずは命の危険はないといっても、

 このままでいるわけにはいかない。


 俺には来たるべき戦いにおいて、

 宿敵タイガーベアーと対峙しなくてはならない。

 にもかかわらず、この有様だ。これは白目痙攣不可避である。


 しかしながら、この現状を打破するには色々な物が足りない。

 せめて歯があれば会話することができるのだが……あ、そうだ。


 会話ができないのであれば〈テレパス〉を使ってみてはどうだろうか?

 流石は超一流の白エルフである俺だ、冴えているとしか言いようがない。

 では早速、試みることにしよう。


 ……あれ? 発動しない!? どうしてだ?


『それは、貴女が赤ちゃんだからよ』


 初代。


『この世界の赤ちゃんは、女神マイアスに護られているの。

 魔法の素質のある赤ちゃんは魔力を暴走させる危険があるから、

 女神マイアスが魔力を暴走さないように見てくれているそうよ』


 なんということだ! お節介女神様のせいで、

 俺のパーフェクトなプランが台無しになってしまった!

 これは訴訟問題に発展する!


『そんなこと言わないの。

 大丈夫よ、私といもいも坊や、それに……ヤドカリ君も貴女を見守っている。

 お友達や大人達だって、貴女の力になろうとがんばっているわ。

 だから、たまには彼らに頼ってみてはどうかしら?』


 いつも俺は頼ってばかりなんですが?


『そう思っているのは貴女だけよ?

 取り敢えずは貴重な赤ちゃん体験を存分に堪能しなさい。

 きっと、得るものが沢山あるわ……ね、二代目っ!』


 初代にそう言われては頷くしかない。

 俺はなるようになると自分に言い聞かせ、

 赤ちゃんライフを満喫する決意を固めたのであった。

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