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食いしん坊エルフ  作者: なっとうごはん
第八章 きみがくれたもの
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351食目 凶報

 ◆◆◆ ルドルフ ◆◆◆


 グロリア将軍からの緊急の呼び出しが掛かったのは午前十時を過ぎた頃だった。

〈テレパス〉を使用しての呼び出しであったが、その内容が問題であったのだ。


『ルドルフ、陛下が呼んでるぜ。至急、エルティナの嬢ちゃんを連れて登城せよ。

 尚、ヒーラー協会にハマー達を向かわせた。

 合流し次第、フィリミシア城に向かうように。以上』


 一方的な命令であったが、問題なのはそこではない。

『エルティナを連れてこい』という点である。

 これは、間違いなく『鬼』絡みの案件であることに違いなかった。


 ヒーラー協会にてエルティナを預かり、

 ハマーの護衛を受けつつフィリミシア城へと急ぐ。

 今の私達なら、馬を使うよりも走った方が早いのには苦笑を禁じ得ない。


 無事に城に着くと、場内は騎士達が慌ただしく速足で行き交う姿が見られた。

 いやな予感はここで確信に変わる。


「ルドルフ、俺達はここまでだ」


「えぇ、護衛ありがとう、ハマー」


 戦友に別れを告げ、私達は謁見の間へと進んだ。

 そこにはウォルガング国王陛下、ホウディック防衛大臣、

 モンティスト財務大臣、グロリア将軍が待っていたのだ。

 この面子が集まっての謁見など、余程のことがない限り有り得ない。


「よくきた、エルティナ、ルドルフ……そして、トウヤ殿」


 桃先輩の名を出すということは、用があったのはエルティナではなく

 彼の方であったということだ。


『空間指定の〈テレパス〉にて失礼します、国王陛下』


 エルティナの口は全く動いていない。

 口の端から涎が垂れているだけである。


「空間指定……これほど高度な技術を使いなさるとは!」


「いやはや……トウヤ殿の応用力には感服いたす」


 モンティスト財務大臣とホウディック防衛大臣も、

 彼がやって見せた〈テレパス〉の応用技術に目を丸くして驚いていた。


『この程度のことをできないでエルティナのサポートは務まりません。

 ウォルガング陛下、俺を呼びよせたのは……

 鬼絡みの件ということでよろしいでしょうか?』


「うむ、そのとおりじゃ。

 連絡が入ったのは今日の明け方、リマス王子から直接ワシに連絡が入った。

 その内容が解放軍の全戦力を投入した作戦が失敗に終わった、

 という知らせなのじゃが……その失敗になった要因が問題なんじゃ」


 陛下の顔に刻まれた深いしわが更に深くなった。

 額からは一筋の汗が流れ落ちる。


「たった一人の女によって、解放軍は壊滅させられてしまったらしい」


 陛下の言葉によって、この場に居た者全てが息を飲んだ。

 ただし、エルティナは親指をちゅっちゅと吸っていた。

 どうやらグロリア将軍達は大事が起こったことは聞かされていたようだが、

 内容は伏せられたままであったようだ。


「話によれば、その女が現れるまでは

 解放軍が有利に戦いを進めていたようなのじゃが、

 その女が現れた途端、解放軍が大混乱に陥ったそうなのじゃ。

 ある者は剣を捨て突如その女目掛けて走り出し、

 またある者は狂ったように味方に攻撃を繰り出したとも言われておる。

 それが解放軍全体に瞬く間に広がっていったそうなのじゃ」


「それが事実であるならば……どうやって?

 幻術の類でも使用しているのでしょうか?」


 私の問いに答えたのは陛下ではなく桃先輩であった。


『考えられる答えは多数あるが、

 恐らくは鬼力による特性によるものだと推測される。

 鬼力特性〈誘〉。これは鬼力の特性の中でも特に厄介なものだ。

 この特性に支配された者は鬼の意のままに操られる人形と化す。

 個人での戦闘には不向きな点はあるが集団戦闘でこれにやられると、

 一瞬にして百万の軍団が壊滅する恐ろしい能力だ」


 国王陛下は重々しく頷いた。


「ワシもそう思う。幻術ごときで解放軍が我を失うとは到底思えぬのだ。

 彼らは未来あすを勝ち取るために命を賭して戦場に立っていた。

 それが、ただの女の一人の誘惑に負けてしまうなどあり得ぬ。

 オオクマも女が危険であると判断し、斬撃を飛ばしたものの、

 その斬撃は女の手前で消滅してしまったそうじゃ。

 このことから、女は鬼である可能性が高い」


「陛下、それで解放軍の被害の方はどのような?」


「うむ……酷い有様のようじゃ。

 オオクマが機転を利かせ、

 解放軍と反乱軍との間に斬撃を飛ばして大きな溝をつくり、

 両軍を分断させ戦闘を停止させたようじゃが、

 その際に解放軍は散り散りになってしまったそうじゃ。

 現在は我が騎士団がリマス王子を保護し、森の奥深くに身を潜めているらしい」


「オオクマ殿は?」


「……残念ながら行方はわからぬ」


 これは一大事だ。

 話が事実であれば、鬼によって国が乗っ取られているということになる。

 そんなことになれば、国に残されている民は鬼にとっての食料に他ならない。

 どうやら陛下もその現状を危惧していたようだ。


 国は違えど、陛下は民を第一に考えるお方である。

 そのような方が、このような危険に晒される力無き人々を

 見捨てておけるはずがない。


「皆、ワシの話を聞け。

 只今を持ってラングステン王国は、

 ティアリ王国第一王子、リマス殿の要求に応じ、

 王国騎士団及び〈モモガーディアンズ〉を出撃させる」


 陛下が立ち上がり、我ら騎士団とモモガーディアンズの出撃を命じた。


「これは私利私欲の戦ではない、

 故に、この命令に異議がある者は出撃を拒否しても一切咎めぬ。

 だが、これだけは伝えよ!

 この戦は『力無き者のための剣』として赴くものである……と!」


 グロリア将軍達は敬礼をし足早に謁見の間から退席していった。

 しかし、私はこの場に残ることを選んだのだ。

 陛下に訊ねたいことがあったのである。


「陛下、お聞きしてもよろしいでしょうか?」


「うむ……エルティナのことじゃな」


「はい、この子はご覧のとおり赤子の身であります。

 そんな彼女が鬼と戦うことができるでしょうか?」


 私の求める答えは別の口から放たれた。


「その子は戦う必要はない」


「ふぇっふぇっふぇ……そのとおりじゃ」


 後ろを振り向くと、そこに立っていたのは壮年の男性。

 ゴーレムギルドギルドマスター、ドゥカン・デュランダであった。

 そして、その後ろには何故かチゲの姿がある。


「少し事が起こるのが早かったようじゃな、ウォル坊や」


「ドクター・モモ、公式の場で『坊』は止めていただきたいですなぁ」


 陛下はドゥカンさんの口から発せられた別人の声に苦笑いした。


「ふぇっふぇっふぇ、そうじゃったのぅ。

 歳を取り過ぎると分別が上手くつかなくての、すまん、すまん」


「報告いたします、陛下。

 ギリギリではありますが〈先行量産型〉三百体が完成いたしました」


 目の下に特大の隈ができあがっているドゥカンさんが、

 陛下に誇らしげに報告をおこなった。

〈先行量産型〉とはいったい、なんのことであろうか?


「もうできあがったのか……そなたらには苦労を掛けた」


「もったいないお言葉です、陛下」


 私が不思議そうな顔をしていると、ニヤリと笑いドゥカンさん……

 いや、彼の身体を借りているドクター・モモが満を持して説明に入った。

 半透明のプレートを作りだし、そこに鎧のような物を映し出す。


GDゴーレムドレス、量産型〈ラングス〉。

 これはプロトタイプGD〈デュランダ〉を一般の者でも扱えるようにした、

 大量生産型のGDじゃ。

 性能こそプロトタイプの〈デュランダ〉に劣るものの、

 鬼にダメージを与えられるという恩恵は計り知れん」


 続けてドゥカンさんが語り始めた。


「来たるべき大いなる戦いにおいて、この戦はGDの試金石となろう。

 ここで成果が上げられなければ、〈GD計画プロジェクト・ゴーレムドレス〉は白紙に戻ることとなるわい」


 来たるべき日に備え、私達の知らないところで、

 さまざまな試みが繰り返されているようであった。

 その一つが〈GD計画〉というものらしい。


 これはまさしく、エルティナが直接鬼と

 戦わなくてもいい状況を作りだすために制作された兵器であるそうだ。

 この兵器に必要なものは〈魔力〉と〈桃力〉。

 魔力は自分で供給し、桃力はエルティナから供給するという仕組みらしい。


 つまり、エルティナは比較的安全な場所で

 GDに桃力を供給するだけの役目になるのだ。

 これは戦う側の人間にとって計り知れない恩恵になる。

 誰かを護りながら戦うのは相当な負担になるからだ。


「こんなこともあろうかと、急ピッチで作り進めたんじゃよ」


 ドゥカンさんの笑顔には、濃い疲労とそれに勝る達成感が混じっていた。


「更には……こいつじゃ」


 チゲの胸部装甲が開き大きな空洞が姿を現す。

 その中には柔らかなクッションが敷き詰められており、

 赤ん坊くらいなら余裕で収まりそうである。


 ……って、まさか!?


 チゲが私からエルティナを受け取ると、そのまま慎重に胸へしまい込む。


 ぶっぴがんっ!!


 何やら機械音のようなものがし、チゲの赤い胸部装甲が閉まった。


『ふきゅん!』


「チ、チゲが喋った!?」


「いや、あれはエルティナの声がスピーカーを通して放たれただけじゃ。

 これなら何かあったらすぐわかるじゃろう?

 それにチゲなら、赤ん坊のエルティナと違ってすぐに逃げることができる。

 移動できるシェルターみたいなもんじゃ」


 再びチゲの胸部装甲が開き、中からご満悦なエルティナが窺えた。

 小さな手足をうにうにと動かし、楽しいことを懸命にアピールしている。


「本来であれば、こんな赤子を戦場には送りだしたくはないが……

 相手が鬼であるならば致し方あるまい。

 この子の桃力を使うことが前提のGDじゃ。

 それに……もう片方の桃使いは人類の味方とは限らぬからのう」


 もう一人の桃使いはガルンドラゴン。

 あの一戦から生死不明で行方がわからないが、きっと生きていることだろう。

 恐らくは虎視眈々とエルティナを狙っているに違いない。


「なんにせよ、此度の相手は鬼じゃ。

 この戦に勝てぬようでは来たる日の戦いには到底勝てぬ。

 ルドルフ、そなたの活躍に期待しておるぞ!」


「ははっ、我が身命に懸けましても」


 突如もたらされた報告は、そのまま大きな戦いへと発展したのである。

 季節は暑さが増しつつある夏。

 ここに鬼を打倒するための正規軍が生まれようとしていた。

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