346食目 愛と変態の境界線
◆◆◆ 桃師匠 ◆◆◆
腕に抱いたエルティナ……いや、桃姫の温もりがワシに伝わってくる。
だがその温もりを一番感じたいであろう者はこの世界にはいない。
桃姫の母、桃先生ことエティルはここから遠く離れた地球にいるのだから。
「なんの因果か……あやつの故郷におまえが辿り着くとはな」
展望台に到着するがまだここは目的地ではない。
ワシはそこから神桃の大樹の頂上を目指す。
桃姫を落とさぬようしっかりと抱きしめて、足に力を籠め跳躍する。
「とあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
辿り着いたのは頂上まで半分の場所。
桃力で強化しているとはいえ、普通の人間の肉体ではこれが限界か。
もう一度、力を籠め跳躍し頂上に辿り着く。
桃姫は目を開き驚いていたが泣きはしなかった。
なかなか、いい度胸と根性だ。
元が桃吉郎なので当然といえば当然なのだが。
「ふむ、やはりまだ小さいな」
神桃の大樹はまだ成長段階であるようで、
地球にあるものよりもだいぶ小さかった。
これから、桃姫の桃力を吸って大きくなってゆくことだろう。
この木は鬼と戦う上で重要になる。
鬼と戦う者達にとってシンボルとなることだろう。
「これから大変な時期じゃと言うのに、
おまえはどうして予想外の状態になるのだ、このバカ弟子が」
「ふきゅん、ちゅっ、ちゅっ、ちゅっ、ちゅ……」
外の風が心地良いのか、桃姫は親指を吸いつつ、うとうとし始めた。
この状態の桃姫は、まだ自我が芽生えていないようだ。
つまり、エルティナではなく、桃姫そのものということである。
「見ておるか、エティルよ。おまえの子は無事に激闘を乗り越えたぞ」
きっと、エティルは神桃の大樹を通して、桃姫の姿を見ていることだろう。
おまえ達の子は自分の意思を貫く強い子に育ってる。
多少、無茶ばかりしてはいるがな。
昼時のフィリミシアの空はどこまでも青く澄み渡り、
ようやく温かさが増してきた時期であった。
それはこれから訪れるであろう、
僅かではあるが穏やかな時間の到来を意味していたのだ。
◆◆◆ トウミ ◆◆◆
トウヤ少佐の意識が戻らないでもう五日も経つ。
現在は生命維持装置を取り付け小康状態が続いている。
「はぁ……いつになったら目が覚めるんだろう?
また名前を呼んで欲しいのになぁ」
私にとって彼は上司であり、憧れの先輩であり、恋い焦がれる男性でもあった。
同室に配属されるとわかった時には、嬉しさのあまり寝付けなかったものだ。
目を閉じ静かに眠っている彼の横顔を見ていると、
何も力になれなかった自分に苛立ちを感じてくる。
前代未聞の桃使い同士の戦いは痛み分けという形で幕を閉じた。
その戦いは桃アカデミー全支部で公開されたらしい。
もちろん、この本部でも戦いの一部始終を巨大モニターで映し出していた。
その戦いを見ていた者達は、ある場面で一様に凍り付くことになる。
エルティナちゃんが〈暴食の咢〉を繰り出したその瞬間、
それを見ていた者達が絶句したそうだ。
マトシャ大尉の言っていたことなので信憑性は高いと思う。
彼女は悲鳴を上げていたソウル・フュージョン・リンクシステムの
応急処置に駆り出され第一リンクルームと
システムルームを往復していたのである。
その通り道に巨大モニターが設置されており、
非番の桃先輩や桃使い、そしてこれは噂であるが……
神々も姿を偽って桃アカデミー内で生活をしているらしい、
そんな彼らもモニターに映る巨大な顔なしの蛇を凝視していたそうだ。
ある者は恐怖で顔を引き攣らせ、
またある者は悲鳴を上げてその場を逃げ出したそうだ。
そんな中でも薄っすらと笑みを浮かべ画面を見つめる者、
腹を抱えて大爆笑する者までいたのだから驚きだ。
いったい、エルティナちゃんは何者なんだろうか?
到底普通の桃使いとは思えない。
私もこの第一リンクルームのモニターで彼女の様子を観察していたが、
その戦い方、勝利に対する執念、
そして……極めて異常な能力に頭がおかしくなりそうだった。
とてもじゃないが、私ではエルティナちゃんを支えることなどできないだろう。
「トウヤさん……」
そう、彼だからこそ彼女を支えることができたのだ。
でも……最後の最後でトウヤさんは致命的なミスを……ううん、
それは彼のミスではない、きっと偶然が重なった事故だったと思う。
ソウル・フュージョン・リンクシステムが
システムダウンするなんて有り得ないからだ。
そのありえない事故が起こってもトウヤさんは諦めなかった。
昔使われていたという桃仙術〈桃の導き手〉という魂と魂を繋ぐ仙術を用いて、
エルティナちゃんとソウルリンクを果たし彼女を支え続けたのだ。
その結果、エルティナちゃんは一命を取り止めたが、
その代りトウヤさんの魂は彼女の魂に囚われ、
本来の肉体に戻らなくなってしまった。
今では生命維持装置を使用して肉体を生き永らえている状態だ。
その肉体のお世話をしているのは私とマトシャ大尉である。
この生命維持装置を作りだしたのは、
変態科学者と影口を叩かれるドクター・モモだ。
その名に恥じない変態機能が備えられた装置には
筋力が衰えないような仕掛けや自動栄養補給装置が備わっているが、
唯一ないのが肉体を洗浄する装置である。
その足りない機能を補うのが私達の仕事であるのだ。
「トウヤさん……また、私の名前を呼んで欲しいな」
たった数日のことではあるが、
そのたった数日がとてつもなく長い時間に感じた。
日常が日常でなくなったのだ、
しかたがないことと自分に言い聞かせているが、
それを聞かない自分がいることも確かである。
現在、彼は下着姿で横たわっているのだが、
その鍛えられ、引き締まった肉体を濡れタオルで洗浄する度、
なんとも言い難い欲情に駆られる。
指先が固い肉体に触れる度、胸が高まり頬は火照ってくるのだ。
洗浄は隅々までおこなう。
つまり……彼の男の部分も、もちろん洗浄することになる。
今までは目隠しをしておこなっていたが、
今日は『勇気』を出してきちんと目視で洗浄しようと思う。
だって、目隠しをしていたら、
きちんと洗えているかどうかわからないんだもん!
……これは、自分に対しての言いわけであることはわかっている。
そうだ、私は見たいのだ、自分の好きな人の大事な部分を。
いけない事とはわかっているが、私の桃力が言うのだ。
『ゆー、やっちゃいなよ』
よろしい、ならば実行だ。
私の覚悟は決まっている、迷うことなどなんにもない。
震える手に意識を総動員する。
くっ! 鎮まれ、我が右手よ! まだ荒ぶる時ではない!!
暴走しかける右腕をなんとか抑え込み、トウヤさんのトランクスを脱がせた。
『パオーン!!』
「はわわわわわわわわわ……!!」
そこには猛々しく咆えるマンモスがおられました。
なんという逞しい御方なのでしょうか?
私めは彼にご奉仕すべく、震える手で逞しいその御方に触れました。
『もっと優しく扱うのだ……』
「ははっ、申し訳ありません、パオーン様!」
私はパオーン様の指示に従い、優しく洗浄してゆきます。
『んん~いいぞ、なんだかとても漲ってきたわ!』
「あぁっ! なんという逞しいお姿っ!」
そこには天をも突き破らんばかりに、猛々しくそそり立つパオーン様の姿が!
『もう我を止めることはできぬ、パオーン!』
「そんな、いけません!
この私めが御身を鎮めさせていただきます!
ハァハァ、既成事実ゲットだぜ」
このままではパオーン様が暴走してしまうと察した私は、
彼を鎮めるべくショーツを取り去り、自分の身を捧げようと……。
「何をしてるのよ、デカケツ」
ぶすっ。
「はあぁん!」
なんということでしょう?
既成事実をおこなう前に、
マトシャ大尉に見つかってしまったではありませんか!?
彼女は下着を脱ぎ丸出しになったお菊様に向かって、
ハイヒールのつま先をピンポイントでヒットさせてきたのです。
色々といけない快感が私の中を駆け巡りました。
「うぐぐ……マトシャ大尉。
私はパオーン様を鎮めようと奮闘していたんですよ」
「今、貴女……既成事実ゲットって言っていたわよね?」
「さぁ、なんのことでしょう? 私にはわかりませーん」
てへぺろをして誤魔化そうとしたのがいけなかったようだ。
私は彼女に首根っこを掴まれ、下半身丸出しで市中引き回しの刑を受けた。
なんだろう? 見られるのが快感になってきた。
その後、マトシャ大尉に正座をさせられ、
くどくどと彼女のお説教を受けている。
痺れる足が痛いのに何故か気持ちよく感じる。
あぁ、なんだかいけない快感に目覚めそうで怖い。
そんな中、『ゆー、めざめちゃいなよ』と桃力が囁いてくる。
これは目覚めちゃってもいいのだろうか?
桃力が言っているなら、いいのかもしれない。
私は新たな性癖に目覚めつつも、
既に三時間は超えるお説教が早く終わらないかなぁ、
と痺れる両足に耐えながら思っていたのだった。