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食いしん坊エルフ  作者: なっとうごはん
第八章 きみがくれたもの
345/800

345食目 これは酷い

 カチャカチャと足を鳴らして大通りを速足でとおり抜ける。

 流石はドゥカンさんだ、痛んでいた膝関節がすっかり良くなっている。

 僕は痛みこそ感じないけど、動きがおかしいことには敏感だ。


 たぬ子ちゃんを助けた際に負った損傷は結構酷かったようで、

 フィリミシアに到着した時には、もう両足の関節が曲がらなくなっていた。

 皆と合流する前に完全に壊れていたかと思うと本当にゾッとする。


 あ、見えてきた。桃先生の大樹だ。


 僕はその大樹の中にあるヒーラー協会に入ろうとして立ち止まった。

 いけない、いけない……これを着けなくちゃ。


 僕は胸のハッチを開き、中からにっこりと笑った表情のお面を着けた。

 以前の物は壊れちゃって直すこともできなかったから、

 プルルちゃんがわざわざ同じ物を買ってきてくれたんだ。嬉しいなぁ。


 さぁ、これで準備はバッチリだ。

 エルちゃんと会えるのも嬉しいけど、

 厨房のエチルさんやレイエンさん達にも心配を掛けただろうし、

 顔を見せて安心してもらわなきゃ!


 僕は桃先生の大樹の中に入っていった。

 その時、不思議なことに女の人の声が聞こえてきたんだ。

『おかえりなさい』ってね。


 だから、僕は心の中で言ったんだ『ただいま』と。




 僕は真っ先にエルちゃんの部屋を目指した。

 とにかくエルちゃんの顔を見ないことには始まらないからね。

 見慣れたドアをノックして中に入ると……そこには異様な光景が展開していた。


 赤ちゃんを抱きかかえて困った表情のルドルフさんは……あれ?

 彼は女の人だったっけ? 物凄く綺麗な女性の姿でいるのだけど。

 う~ん、あの赤ちゃんはルドルフさんの子供なのかな?


 そんな彼女? でいいのかなぁ。

 を取り囲むように対峙しているリンダちゃんと、教皇様であるミレニア様。

 そして、エルちゃんのパパンとママン。

 更には正気とは思えないエドワード君を、

 羽交い締めにして止めているのはザイン君だ。


 この状況はいったいなんなんだろうか? 僕にはわからないよ。


「あ、チゲ! 無事に直ったんだ……隙ありぃ!!」


「なんの! エルティナのほっぺは私が護る!」


「あなた、今こそあの技を!」


「エルは僕が育てる! はぁはぁ!」


「エドワード殿下ぁ! 正気にお戻りくだされぃ!!」


「このラストチャンスをみすみす逃すわけにはいかないのよっ!

 ミリタナスにおいでなさいっ! エルティナッ!!」


 うわぁ……うわぁ……。


 もう本当に酷い、普段の彼らの面影がまったくないや。

 部屋の中で激しく牽制しあう大人げない大人と子供達、

 その巻き添えを受けないように、

 壁際からこっそりとルドルフさんに近付くと

 可愛らしい赤ちゃんの顔が見えた。


 あ……この子ってもしかしたら!


『いもっ!』


 赤ちゃんの頭から、いもいも坊やがにょきっと顔を見せた。

 やっぱり、この赤ちゃんはエルちゃんなんだ。


 髪も短いし、お耳も小さいけど太い眉毛と眠たそうな目、

 綺麗な金髪碧眼は、この姿になっても健在だった。


「ふきゅん!」


 もちろん、この鳴き声もね。


「あぁ、チゲ、よく無事に帰ってきましたね。

 でも……タイミングは最悪です。

 巻き添えを受けないように気を付けてください」


 ものすごーく、げっそりした表情のルドルフさんは、

 エルちゃんに被害が及ばないように

〈フリースペース〉から大きな盾を取り出し構えた。


 天井付近にはムセルが銃を構えて、

 いつでも狙撃できるように準備を整えている。

 たぶん、エルちゃんのパパやママ、友達でも容赦なく撃つ気だ。

 彼にとって、一番なのはエルちゃんなのだから。


 これはいけない、早くなんとかしないと!

 この場で一番危険なのはムセルなんだ!!


 でも、非力な僕ではどうしようもない。

 どうしたらいいのかと途方に暮れていると、

 勢いよくドアが開け放たれて怒声が部屋に響いた。


「このバカ者共がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 部屋に入り込んできたのはムキムキマッチョのお爺ちゃん。

 エルちゃんのお師匠様である桃師匠だ。


 彼は手からピンク色に光る縄のような物を出して、

 部屋の中で暴れるリンダちゃん達に向けて投げ付けた。

 すると、ピンク色に輝く縄は意思があるような動きを見せて、

 次々に部屋の中で暴れる人達を絡め取っていった。


「うおぉぉぉぉっ!? なんだこれはっ! う、動けんっ!!」


「わわわっ!? 何これっ!! ちょっ、変なところに食い込んでる!」


「ぼ、僕は男と抱き付く趣味はないよ!」


「せ、拙者とて、そのような趣味はっ!!」


 けど、縄から逃れた人達もいた。

 不規則な動きをする縄を紙一重で回避し桃師匠と対峙しているのは、

 エルちゃんのママンとミレニア様だ。


「ほぅ……なかなかやりおるわ。ワシの捕縛術を見破るとは」


「あらあら、その程度では私を捕まえることはできませんよ?」


「そうです、この教皇を捕らえたかったら、縄を十本用意しなさいな!」


 桃師匠を挑発する熟女達……でいいのかなぁ?

 王様は教皇様のことを『ババァ』じゃ、

 と言っていたけど見た目は若い女性にしか見えないよ。


 エルちゃんのママンも同様にとっても若く見える。

 結構な歳だってエルちゃんは痙攣しながら言っていたけど、

 いったいいくつなんだろうか? 見た目はエチルさんと同い年に見える。


 二人は縄をかわしたことによって調子付き、桃師匠に挑発していた。

 でも、桃師匠にそんな挑発をしたら……。


「では、そうさせてもらおう」


「「へ?」」


 桃師匠の手の平から数え切れないほどのピンク色の縄が飛び出し、

 あっという間に彼女らをぐるぐる巻きにしてしまった。


「ちょっと!? 十本以上は卑怯ですよ!!」


「あぁ、なんて風情のない縛り方なんでしょう? 不本意です!」


「たわけがっ! 戦いに卑怯もクソもあるわけなかろう!」


「「あ~れ~」」


 大量の縄に縛られ、巨大なボールのような状態になった二人は、

 桃師匠に軽く蹴られて部屋の隅へと転がっていった。


「あー、ううー、ふきゅん」


「まったく……心配ばかりを掛けおって、このバカ弟子が」


 近付いてきた桃師匠に気付いたエルちゃんは、

 短い腕をいっぱいに伸ばして彼の差し出した指を掴んだ。


「ふむ……三度目の真・身魂融合を果たしおったか。

 おまえは新しい生を授かっても、悲しみばかりを背負い歩んで行くのじゃな」


 桃師匠は優しく微笑んでいたけど、僕には何故かとても悲しそうに見えた。

 エルちゃんは、そんな彼を見つめて優しく微笑んでいる。


「ルドルフ、少しばかりエルティナを預かるぞ」


「えっ? は、はい」


 そう言うと、桃師匠はエルちゃんを抱いて展望台の方へと歩いていった。

 いったい何をするんだろうか?

 気になるけど行ってはダメなような気がして、

 僕はここに残ることを選択していた。


「あーっ、エルちゃんがマッチョじじいに連れ去られたー!」


 ちょっ、口が悪いよリンダちゃん!?


 彼女の悪口を皮切りに床に転がった面々が文句を言い始めた。

 手も足も出ないから仕方がないとはいえ、とっても見苦しいよ。


 やがて、ミカエル君達が慌ただしくやって来て、

 ボール状のミレニア様を回収していった。


「ミレニア様……」


「見ないでっ! こんな私を見ないでっ!!」


 うん、今僕はミカエル君達に物凄く同情している。

 彼らはなんとも言えない表情でルドルフさんに頭を下げて、

 母国であるミリタナス神聖国に帰っていった。


「ミカエル君も大変だな」


 遠い目をして彼らを見送ったルドルフさんの目は、

 まるで共通の苦労を背負う同志を見つけたようなものだった。

 苦労人は苦労人を知るんだなぁ。


 エルちゃんの無事を確認した僕はルドルフさんに挨拶をすませて、

 厨房の皆とレイエンさんに挨拶をするために部屋を後にした。


 転がっている人達はルドルフさんが処理するそうだ。

 いつも大変だなぁ、ルドルフさんは。

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