343食目 白エルフの赤子
◆◆◆ ウォルガング ◆◆◆
エルティナが光の繭となり、フィリミシアに帰還して四日経った。
事態が動いたのは三日目の夕方。
光の繭からエルティナが出てきたという報告がフィリミシア城に届いた。
本来ならワシも赴きたかったところではあるが、
流石に一国の王がホイホイと出歩くことは許されない。
泣く泣くエドワードに様子を見に行かせたが、
城に帰ってきた孫の表情は終始緩みっぱなしであった。
「お爺様、エルは無事でした。
えぇ、それはもう無事でしたとも、あぁ、可愛い」
そう言い残し、エドワードはふらふらと自室に向かった。
なんとも気になる報告の仕方であるが、
エドワードはあのような状態でも聡明な子だ。
きっと、エルティナの状態は悪くないのだろう。
……そう思っていた時期があった。
エルティナは自力での歩行が困難とのことで、
残念ながらフィリミシア城には来れないらしい。
しかしながら、我が国の聖女がどのような状態であるか、
この目で確かめたかったワシは、お忍びでヒーラー協会にあるという、
彼女の部屋へと数名の護衛を引き連れて訪れた。
このことを察知したミレニアに途中で捕まってしまったが、
彼女もエルティナの安否を案じていたので、
渋々同行を許可する事となった。
断っても付いて来るだろうし、意味がないと思ったのだ。
桃先生の大樹の中にあるというヒーラー協会に到着すると、
ギルドマスターのレイエンが出迎えてくれた。
ミレニアが大樹にお辞儀をしだしたので、
後にしろと言い聞かせ強引に連れて行く。
今、彼女の姿を民に見られるわけにはいかないからだ。
「ようこそ、おいでくださいました」
「うむ、して……エルティナの容体は?」
「はい、現在は落ち着いております。
スラストとルドルフ殿が見ていてくれているので問題はないかと」
「ふむ」
レイエンに案内されてエルティナの部屋の前まで案内される。
部屋のドアは随分と年季が入っており、所々にヒカリゴケが生えていた。
ここに到着するまでに神秘的な光景と力を感じながら通路を歩いてきたが、
この部屋から流れてくる力はその比ではない。
どうやら、ここがエルティナの部屋で間違いなさそうである。
レイエンがノックをした後、ドアを開けてワシらを招き入れた。
部屋の中は明るい。
所々にあるキノコが発光して部屋を明るくしているようだ。
しかし、このようなキノコは見たことがない、
この大樹内の独自のキノコなのだろうか? なかなかに興味深い。
「エルティナ様、国王陛下と教皇様がいらっしゃいましたよ」
「あうー、あっあっ、ふきゅん!」
「……ごふっ」「……ぬふぅ」
「へ、陛下ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
「教皇様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
してやられた。
美女……もといルドルフに抱きかかえられていたエルティナは、
なんと赤子の姿をしていたのだ。
これには予定を伸ばして滞在していたミレニア共々、
鼻血を吹き出し、あえなく撃沈された。
それにしても、なんという罪作りな容姿であろうか?
無垢なる存在とは、まさにこのことを言うのであろう。
天使といっても差し支えはないだろう。
「こ、これはいったい何事じゃ?
確か誕生パーティーでは急に成長した記憶があるのじゃが!?」
『エルティナの説明は俺が致しましょう、ウォルガング国王』
脳内に直接響く男の声、〈テレパス〉とはまた違う感覚だ。
であるなら……これは魂会話か。
更に話しかけているのが桃先輩のトウヤであることを把握したワシは、
彼にエルティナが赤子化した経緯を説明された。
しかし、それはとても信じがたい内容であったのだ。
「なんという無茶を……肝が冷えるどころではないぞ」
「まったくです、エルティナは世界の宝なのですよ?」
『ごもっともではありますが、
なにぶんエルティナですから言っても聞きません。
俺にできることは、こいつが十分に力を発揮できるように
サポートすることだけなのです』
トウヤの言い分はわからないでもない。
言葉の最後の方には無力感が多分に含まれていたからだ。
きっと、エルティナがこのような姿になってしまったことに
責任を感じているのだろう。
これ以上彼を責めるのは酷というものだ。
「ふむ、エルティナが赤子の姿になってしまったのは仕方がないとして、
いつ戻るかもわからないとはのぅ……いつまで隠し通せるかわからぬわい」
「そうですね……では、いっそミリタナス神聖国の大神殿に匿いましょうか?
大神殿にて祈りを捧げていることにすれば、
他国の者達にバレはしないでしょうから」
ミレニアのヤツが、それはそれは大層な笑顔で下心みえみえの提案をしてきた。
誰がおまえの国に匿うというのだ、一番危険な国がおまえの国なのだ。
「バカもん、下心丸見えじゃ。
桃先生の大樹の中であるこの部屋が、ある意味一番安全じゃろうて。
警備もとんぺーやぶちまるがおるから極めて厳重と言えるじゃろう」
「ちっ」
舌打ちしおった!? 公式ではないとはいえ自分を晒し過ぎじゃろう。
従者達も目を丸くして驚いておるぞ?
「まぁ、そう言うと思っていたので素直に引き下がりますが、
エルティナにはいずれ、ミリタナス神聖国に来てもらうことになります。
聖女として巡礼の旅に赴きたいと彼女も言っておりましたしね」
「その話か……ワシも聞き及んでおる。
聖女としての能力を向上させつつ、同士を募るのが狙いだと言っておった」
来るべき決戦の日に向け、エルティナも色々と考えていた。
その計画の一つが聖女としての巡礼である。
これにはトウヤも一枚噛んでいるらしい。
巡礼のルートは定められており、ミリタナス神聖国から旅立ちは始まり、
初代聖女が通ったとされる道程を三年かけて辿る旅である。
現在は〈テレポーター〉が普及し大幅に道程が短縮されたが、
昔はそれこそ何十年もかけて巡礼をおこなったそうだ。
「……本来なら、心のあるがままに巡礼をさせてあげたかったのですが」
「そうじゃな……この子には穏やかな旅路を与えたかったのぅ」
親指を咥え、うとうとしているエルティナを見て思わず目じりが下がる。
エドワードが言っていたのはコレのことだったのだろう。
ミレニアのヤツもだらしのない顔になってエルティナを見つめていた。
「ふぅ、しっかりと目に焼き付けておきました。
後は感触と味を確かめるだけですね」
「味っ!?」
ミレニアのヤツがトチ狂ったことを言い出した。
自分を制御しているように見えたが、限界を越えてしまったようだ。
「お気を確かに、教皇様。
今、事を起こされますと聖女様が起きてしまわれます」
「うっ!? それもそうね……ありがとう、ミカエル。
口惜しいですが、エルティナの健やかなる眠りを妨げてはなりませんね」
従者のミカエル少年に諭され、正気を取り戻す若作りババァ。
外見は若いままでも中身までは若いままではいられないようだ。
……まぁ、ワシも人の事は言えないが。
親指を咥えたまま、幸せそうに眠る白エルフの赤子。
そう、白エルフの赤子というだけで、
どれほどの価値があるのか想像もできない。
この子は白エルフにとっても大切な存在であるのだ。
「そうじゃ、寝る子は育つと言うしのぅ。
取り敢えずはエルティナの無事を確認できて良しとするわい。
ルドルフ……ところでそなたは何故に『女の姿』をしておるのだ?」
「……この姿でなくてはエルティナが鳴き止まないのです。陛下」
げんなりしたルドルフであったが、その仕草ですら妙な色気がある。
こやつは生まれてくる性別を間違えたに違いない。
「うむ、そうであったか。ルドルフ、大義である」
ワシの慰めに首を垂れるルドルフ。彼の嫁には見せられない姿だ。
いや、案外気に入ってもらえるかもしれない、彼は嫌がるだろうが……。
そのようなことを考えていると心の疲れが癒されてゆく、
少しばかり後ろめたい気にもなるが、想像だけに留めておけば問題あるまい。
「うふふ、私の衣装を着ても違和感なさそうですね。試しに着てみますか?」
「そ、そればかりはご勘弁を、最後の尊厳が砕け散ってしまいます」
確かにミレニアは、なんの冗談かというくらいに肌面積の多い衣装を着ている。
女が着る分にはいいが、男が着たものなら汚物扱いされること必至だろう。
「あら、性転換の秘薬が幾つかあるから気にしなくてもいいのですよ?」
ミレニアがそこまで言うと、ルドルフはプルプルと痙攣しだした。
このままではエルティナが起きてしまうので、なんとか彼を宥めることにした。
「ルドルフよ、ミレニアの言うことは気にせんでもよい。
そなたをからかっているだけじゃ。
それに、そなたなら男の状態でも十分に似合うじゃろうて」
「ぐはっ!?」
ワシの言葉を聞き届けたルドルフは、
隣にいたスラストにそっとエルティナを預けると、
力尽きるようにベッドに倒れ込んだ。
物凄く痙攣している、まるで人間震源地のようだ。
「陛下……」
エルティナを託されたスラストが抗議の眼差しを送ってきた。
「ワシは間違えてしまったのかのぅ?」
微妙に気まずい雰囲気の中、
エルティナはスラストの逞しい腕の中ですやすやと眠るのであった。