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食いしん坊エルフ  作者: なっとうごはん
第八章 きみがくれたもの
342/800

342食目 それをすてるなんてとんでもない

『まずはエルティナが繭の中に入るまでの経緯を話そう。

 俺達は怒竜のシグルドに勝つために禁呪を発動した。

〈多重連結発動術式〉の使用による〈ファイアーボール〉百発分を、

 一瞬にして生み出す危険極まりない魔法……その名も〈イフリートボム〉。

 きみ達の中にも、目撃や余波に巻き込まれた者がいるのではないか?』


〈ファイアーボール〉百発分なんてとてもじゃないが、

 発動する前に魔力の枯渇で死んでしまうだろう。

 でも、エルちゃんの出鱈目な魔力なら問題なく発動できる。

 その場合に問題になるのは『エルちゃんのファイアーボール』だという点だ。


『気付いている者もいるな……そうだ、エルティナの〈ファイアーボール〉は

 放たれずにその場で爆発する。

 その爆発の威力は、デクス山山頂を跡形もなく吹き飛ばすほどだ』


 普通は下級魔法で山を吹き飛ばすなんてできるわけがない、

 専門家がこれを聞けば、おまえは何を言っているのだ、と嘲笑うだろう。

 でも彼女はやって見せたのだ……

 下級攻撃魔法が上級攻撃魔法を凌駕する矛盾を。


『かなり危険な賭けではあったが勝算は十分あった。

 何百層もの魔法障壁とエルティナの桃力の特性でもって、

 全てを焼き尽くすであろう爆風を防ぐことに成功していたのだ……あの瞬間まで』


 ここで桃先輩の声のトーンが一気に下がった。

 いったい何があったのだろうか?


『一番大事な場面でソウル・フュージョン・リンクシステムが強制終了シャットダウンし、 

 俺とエルティナのソウルリンクが切断された。

 これはエルティナの覚醒した力が、

 システムに多大な負荷を与えてしまったためだそうだ。

 このことによって、力の調整をおこなえなくなったエルティナは、

 爆風に晒され重体になった』


「で、でも、エルティナは死んでいなかったんだよな?

 だとしたら、トウヤさんが途中までがんばったお陰なんじゃないのか?」


 ダナンが消沈気味の桃先輩を元気付けようと自分の意見を言った。

 それを聞いた桃先輩は、少し間を置いて再び話し始める。


『いや、そうではなかったんだ。

 俺が桃仙術〈桃の導き手〉で再リンクした時には、

 魔法障壁も桃力〈食〉も既に尽きていた。

 代わりにエルティナを護っていたのは……

 ダナン、きみが彼女に渡したその赤い精霊の卵だ』


「えっ……!? これが?」


 ダナンが光の繭の中に取り残されていた赤い卵を手に取る。

 それは以前見たようなただの卵の状態ではなく、

 現在はトクントクンと静かに胎動していた。


『そう、その卵は炎の精霊の卵。

 前からずっとエルティナは肌身離さず持ち歩いていたよ。

「まだ孵らない」とブツブツ言っていたのを憶えている。

 それが……エルティナに襲いかかる炎の熱を食べて、

 ギリギリのところで命を繋いだんだ』


「そ、そんな偶然って……」


 ダナンが手に持った赤い卵を、

 恐る恐るエルちゃんが横たわっているベッドに置くと、

 赤い卵はひときわ大きく脈動し始めた。


『どうやら自分の主が誰だか理解しているようだ。

 いや、それとも親だと思っているのかもしれないな。

 次に瀕死状態のエルティナのことだ。

 俺がエルティナの生命維持をしていた時に、

 シグルドが止めを刺そうと攻撃を繰り出してきた。

 この時、俺は何者かの『声』を聞いた、「目覚めよ、魂の守護者」という

 重々しくも威厳のある声……それが誰なのかはわからないがな。

 その直後だ、ヤドカリ君がエルのなかから飛び出してきたのは』


「それだ、ヤドカリ君は生き返ったのか?」


 ライオットが赤ちゃんになってしまったエルちゃんを見つめて、

 その魂の中に居るであろう桃先輩に話しかけた。


『厳密には生き返ってはいない。

 彼の身体を構築していた物は全てが桃力だ。

 桃力とは、ありとあらゆる可能性の力、無から有を作り出す奇跡の力。

 その桃力によって、物質化された肉体を得たエルティナの守護者……

 それがヤドカリ君だ』


「そうだったのか……また一緒に飯が食えると思ったんだがな」


 少し悲し気にエルちゃんを見たライオットは、

 彼女のぷにぷにほっぺを突いた。

 その指を掴み、ちゅっちゅっと吸い始めるエルちゃん可愛い。


「くすぐってぇ」


「ら、ライオット、羨ましい! じゃなくて、きみは手を洗ったのかい!?」


 エドワードがライオットをエルちゃんから引き剥がす作業に入った。

 その様を見てきゃっきゃと笑うエルちゃんやっぱり可愛い。はぁはぁ。


『こほん、続けるぞ。

 ヤドカリ君によってシグルドの脅威は去ったが、

 エルティナは非常に危険な状態だった。

 しかも、俺の生命維持活動にも限界がある。

 これだけの負傷を治療できるヒーラーは、

 あの場にはキュウト『ちゃん』のみだったが、

 彼女はその時デクス山の中腹地点に居たため治療が間に合わない。

 もうダメかと諦めかけた時に、いもいも坊やが光り輝く糸を吐き出して

 エルティナを包み始めた。それは桃力で出来た生命維持装置だったのだ』


 皆は今はその役目を果たして、

 ただの光に反射してキレイに輝くシルクとなった光の繭を見た。

 きっと、いもいも坊やがエルちゃんのために必死に作ったのだろう、

 にょきっ、とエルちゃんの頭から小さないもいも坊やが顔を覗かせ、

『えっへん』と胸を張る仕草を取る。

 不覚にも可愛いと思ってしまった。


『これによって、エルティナは危険な状態であったが、

 命を取り止めることに成功したわけだ。

 この時、俺は桃仙術でエルティナの体内に残っていた端末にアクセスして

 再リンクを果たしていたんだが、どうもエラーが出てしまったようでな、

 意識が自分の肉体に戻らなくなるという不具合が発生した。』


「桃先輩、それって色々とまずいんじゃないの?」


『あぁ、色々と同僚達に迷惑を掛けてしまったようだ。

 ……変なことをされてないことを祈るしかないな』


 最後の方はブツブツと小声になって聞こえなかったが、

 同僚の方に変な人でもいるのだろうか? 気になるなぁ。


『さて、問題の赤子化だが……これは恐らく、

 生命を維持するために自分の肉体を使用して欠けた部位を作りだした結果、

 赤子サイズまで小さくなってしまった……という仮説を立てている。

 実際に真・身魂融合をおこなった際に欠けた肉体が再生した際に、

 身体が小さくなったという例が報告されているからな、

 エルティナも同様のケースなのだろう。

 ただ、小さくなるレベルが異常ではあるが』


「ねぇ、桃先輩。

 エルちゃんはいつ元に戻るのかな?」


 桃先輩は私の問いかけに若干時間を置いた。

 答え難い質問だったのだろうか?


『なんとも言えないな。

 多少の肉体の縮小であれば多くの食事を摂ることにより、

 自然に以前の大きさに戻るという報告が上がってはいるが、

 今回のように赤子サイズまで縮んだ上に精神的にも赤子になっていてはな』


「あう~、ば~、ふきゅ」


 小さな腕をぶんぶんと振って、嬉しそうな表情をする赤ちゃんエルちゃん。

 今の彼女は、それすらも楽しいことであるようだ。


『取り敢えずは経過を見守るしかない。

 前代未聞のケースだ、慎重になり行きを観察するしかないだろう。

 その間、鬼と遭遇した場合、絶対に交戦せずにタカアキ殿に報告すること』


「えっ、タカアキ様は鬼を倒せるんですか!?

 だったら、エルティナは後方でヒーラーとして活動すれば……」


 フォクベルトが皆が思ったであろうことを口にするが、

 タカアキ様は首を振ってやんわりと否定した。


「確かに、私は鬼を撃退及び死に至らしめることができるでしょう。

 ですが……それは退治にならないのです。

 時が経てば、さらなる力を得て鬼が蘇ってしまうのです。

 鬼を倒せる……いえ、救うことができるのは、やはり桃使いだけなのです」


 タカアキ様に、そこまで言われれば引き下がるしかない。

 彼の悲しそうな表情もあってか、

 誰も「そのようなことはない」と口にする者はいなかった。


『彼の言うとおりだ、鬼は殺しても意味はない。

 桃力によって浄化し救ってやらなければ、新たなる憎悪を纏って蘇ってくる。

 桃使いは奪う者ではなく救う者。

 たとえ相手が憎い仇であっても、

 桃使いは憎しみに囚われずに鬼を救ってやらなければならない定めにある』


「それって、とても大変なことですよね?」


『あぁ……とても、辛く苦しいことだ。

 だが、我々はそれでも選んだのだ、桃使いとして歩んでいくことを』


 桃先輩の言葉からは、揺るぎない信念のようなものがひしひしと伝わってきた。

 それはきっと、エルちゃんも持っているものなのだろう。

 この二人の性格は正反対だけど、根っこの部分はきっと同じなんだと思う。

 それが、この二人の縁を切っても切れないものにしているんだ。


 いつの日か、私もそんな存在になりたい。

 エルちゃんの辛さを苦しみを、

 少しでもいいから背負ってあげれる存在になりたい。


「……ふきゅ、ふきゅ」


 私達が話をしている内にエルちゃんが寝てしまった。

 もごもごと小さな口を動かして寝言を言っている超可愛い。

 やばい鼻血が出そうだ、なんという破壊力!


 はっ……!? これが天使か!!


『……どうやら、満腹になって寝てしまったようだな。

 色々と報告することはあるが、今日はここまでとしよう。

 スラスト殿、エルティナのことをよろしくお願いします。

 この状態では俺も手も足も出ませんから』


「わかった、引き受けよう。

 ただ、もっと適している御仁方がいると思うがな」


『なるほど……その判断はお任せします』


 そっか、エルちゃんにはお父さんとお母さんがこの町にいるんだった。

 確か伯爵さまで、王様の信任も厚い立派な人だったはず。

 そうすると、暫くエルちゃんに会えなくなるのかな?


 ……それは断固阻止しなければならない! ええ! 絶対にだ!

 この状態のエルちゃんに会えないなんて、呼吸ができなくなるのと同じ!

 折角、目の前に極上のぷにぷにほっぺがあるというのに、

 みすみす手の届かないところに連れ去られるなどあってはならない!


 エルちゃん! 私は!『自重』を! 捨てるぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!


「ス、スラストさん! エルちゃんを今動かすのは危険です!

 ここから移動させたら……きっと『爆発』します!」


「爆発っ!?」


 よし、場が凍り付いた。これならいける。

 あることないこと嘘と事実を交えて見抜けないように工作してくれる。


「今のエルちゃんは非常に神経質で繊細で臆病だから、

 いきなり環境を変えたら間違いなく『ふきゅんふきゅん』鳴いて、

 デクス山の悲劇を繰り返します!」


「……トウヤ君、それは本当か?」


『……何とも言い難いな。

 確かに今のエルティナは自己防衛本能の塊だ、

 危険を察知すれば本能で爆発するかもしれない』


 もうひと押しだ、エルちゃんを愛でるのは、このリンダ・ヒルツで十分よ!

 地位の高いご両親だか知らないが、

 ラングステン最強の農家の娘を舐めないでもらおう!


「それに、とんぺーやもんじゃ、ムセル達も心配してハゲるかも!」


 利用できるものは、なんでも使う! これが戦いってヤツよ!


「ふむ……ハゲるかどうかはともかく、

 ここにはとんぺーやもんじゃ達もいるし、

 ご両親にはこの旨を伝えるに留めておくか。

 すると、交代でエルティナを見てやらねばならないか……

 我々もヒーラーとしての責務があるのでな」


 勝った! 勝ったのだ!! 私の完っ全っ勝っ利っ!!

 ふははははっ! 私のエルちゃん愛は合理性すら粉砕するっ!!


「なら、私達エルちゃんのお世話をします!」


「リンダちゃんが?

 ふむ、なら手が空いている時にでもお願いするとするか。

 きみも学業を疎かにはできないだろうからな」


 学業などクソ喰らえだ、そんなことよりもエルちゃんだ!

 早くペロペロしたいっ! はぁ、はぁ!


 こうして、強引にエルちゃんのお世話し隊が結成されることになった。

 非常に遺憾なことに私以外にもお世話をする、

 と言ってきた者がいたのだ、くそったれが!


 ふっふっふ、まぁいい、事故に見せかけてメンバーを暗殺してゆけば、

 この私がエルちゃんを独占できるのだ!

 そのためなら、私は鬼にも悪魔にもなる! ぐひゃひゃひゃひゃひゃ!


 たのしみだ、私がエルちゃんの『ぷにぷにほっぺ』を独占するその日が……!

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