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食いしん坊エルフ  作者: なっとうごはん
第七章 逆襲のガルンドラゴン~シグルドの挑戦~
338/800

338食目 戦いの終わり

ソウル守護者ガーディアン?」


「そう、彼は魂の戦士。

 彼女と命運を共にし、輪廻への回帰を絶った者。

 もう彼は再び生まれ変わることはない」


「そ、そんな……」


「彼女との〈真・身魂融合〉は、それほどまでの覚悟がいるのよ。

 何故なら、エルティナは一つの〈世界〉そのものなのだから」


「何故、そんな重要な秘密を私に?」


「……貴女のエルティナを想う心が本物だからよ」


 ヒュリティアが何者なのかはわからない。

 随分とエルちゃんの秘密を知っているようだけど、

 雰囲気的に普段の彼女ではないことは間違いないだろう。

 取り敢えずは敵ではないようだから、

 このままでも良いだろう、と私は判断することにした。


 魂の守護者ヤドカリ君は、

 大きなハサミを鳴らしガルンドラゴンを威嚇している。

 そう、私も助けられた大きなハサミだ。


 ハサミ……ハサミだ!


「やっぱり、あの時も……竜巻がフィリミシアを襲った際に、

 エルちゃんに迫る丸太を防いだのはヤドカリ君だったんだ。

 ずっと、ずっと……エルちゃんを護ってきたんだ!」


 私はエルちゃんとヤドカリ君に祈りを捧げる。

 今の私には、これくらいの事しかできない。

 祈りは力だとヒュリティアは言った。

 ならば信じよう、捧げよう、私の想いを全て込めて。




 ◆◆◆ シグルド ◆◆◆


 ぐ……!? な、なんだこいつは!!

 エルティナの体の中から出てきただと!?


『なんなんだよ、こいつは!?

 ちくしょう、データ検索……これじゃ無理?

 なら、こっちでと…………はぁ?』


 マイクが目の前に現れたヤドカリを素早く解析するも、

 突然に呆けた声を上げる。


『どうした、マイク』


『じょ、冗談だろぉ!? なんで嬢ちゃんの身体から

〈ソウルガーディアン〉が出てくるんだよ!?』


『ソウルガーディアン? なんだそれは』


『〈ソウルガーディアン〉。

 桃アカデミー本部に身を置く桃天女、桃先生こと

〈エティル・カーン・テヒル〉が身に宿す魂のモンスターのことさ。

 強力無比な魂のモンスターは、

 鬼すらも圧倒する出鱈目な能力を秘めているんだ。

 過去に数回、彼女に危機が迫った時に出現して、

 鬼ごと町を消滅させた……という記録が残っている。

 重要機密のデータをハッキングして閲覧したから間違いねぇ。

 本部のファイアーウォールも大したことないぜ』


『それが、目の前にいるヤドカリだというのか!?』


『残念ながら、記録されていたデータと酷似している。

 姿形はまったく違うが……間違いねぇ、アレはソウルガーディアンだ』


マイクの話からするに、目の前でハサミを鳴らして威嚇しているヤドカリは、

 強力無比な力を秘めたエルティナの守護者であるらしい。

 だとしても、我のやることは変わらない。


「マイク、行くぞ!

 たとえ、いかなる者が我らの前に立ち塞がろうとも、

 我らはただ前に進むのみ!」


「ブ、ブラザー!?」


 我は身を起こし、立ち塞がるヤドカリに突撃した。

 身体が重い、思うように動かない。

 気力だけで身体を動かすも、従来の速度がまったくでない。


 それでも、我は引き下がるわけにはいかないのだ。

 シグルドが、マイクが、我のためにここまでしてくれた。

 ここで……ここで、我が結果を残さねば、どの面を下げて面と向えようか。


「ぬぅおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」


 重い、腕が上がらない! だが、それがなんだ!!


 上がらない分は体を強引に捻って、

 前足を振り回す要領でヤドカリに叩き付けた。


 今の我にできる最大限の一撃、

 それをヤドカリは避けることもせずにその身で受けた。


 わかっていたことだ、ヤドカリにダメージらしきものはない。

 それでも我は愚直に前足を振り回した。

 ここで諦めるわけにはいかないからだ。

 諦めたら、そこで全てが終わる。


 ヤドカリの硬さに我の爪が根を上げ砕けてゆく。

 血が飛び散り激痛が蝕むも、お構いなしに叩き付ける。


 この程度の痛みがなんだ。

 こんな痛みは一時的なもの、心に刻まれた痛みほど長くは続かない!


「そこをどけぇ!」


 がむしゃらに振るった腕が勢いよくヤドカリに振るわれる。

 だがヤドカリは隙の大きくなるその一撃を狙っていたようだ。

 クロスカウンター気味に巨大なハサミが我の顔面を捕らえ、

 我は吹っ飛ばされ転がってしまう。


 そして、突如地面がなくなった。

 いや、そうではない。

 我は崖まで吹っ飛ばされてしまっていたのだ。


 慌てて崖に爪を掛けて留まろうとするも肝心の爪がない。

 桃力で固定しようにも、桃力の使用残量は底を尽いている。

 

 なんということだ、後少し……後少しだというのに!!

 目の前に勝利が見えていたというのに!!


『なんでだよっ! ブラザーは勝っただろ!!

 あんまりだ、あんまりじゃねぇか、ちくしょう!』


「後一歩……後一歩だというのに……!!」


 遠ざかる景色、暫くの浮遊感を感じた後、

 我は何かに身体を打ち付け意識を手放した……。




 ◆◆◆ ヒュリティア ◆◆◆


 ……これは、どういう状況なのだろうか?


 私は気付くと荒れ地に佇んでいた。

 まるで爆撃があったかのような無残な光景であり、

 そこがデクス山の山頂だったと気付くのにやや暫く掛かった。


 何よりも驚いたのは『彼』が私の目の前に居たことである。


「……ヤドカリ君?」


 彼は静かに頷き、大きなハサミを差し出した。

 私はそのハサミに手を置くと彼は私の手を優しく挟み、

 とある場所まで誘導したのだ。


 そこにいたのは不安そうな表情のリンダと、

 光り輝く大きな繭であった。


「……リンダ、これは?」


「ヒュリティア、瞳の色が……いつもの貴女に戻ったんだ、よかった」


 リンダがよくわからないことを口にしたが、

 私の興味はその光る繭に注がれていた。


『いもっ』


 その繭の中から、ひょっこりと顔を出したのは、いもいも坊やだった。

 恐らく彼がこの繭を作ったのだろう。

 では、この中に入っているのは、まさか……。


「うん、エルちゃんが入っているんだ。

 きっと、そのままじゃ危なかったから、

 いもいも坊やが護ってくれたんだと思う。

 だから、エルちゃんは大丈夫、大丈夫だよ」


 リンダの大丈夫は、まるで自分に言い聞かせているようでもあった。


「……エルはガルンドラゴンに負けたのね。

 そして、ヤドカリ君といもいも坊やに救われたのだと」


「……うん」


 彼女はその光る繭を大事に持ち上げ空を見上げる。

 よく見れば、その目には薄らと輝く涙が見えた。


「夜が明けるね……」


「……そうね」


 彼女に釣られて空を見上げれば、

 輝いていた月は太陽にバトンを渡し休息へと向かう途中であった。


「ありがとう、月の女神様。

 私、絶対にエルちゃんを護ってみせるよ」


 そう言ったリンダは何故か私の顔を見つめてきた。


 ……近い、近過ぎる。

 私にそんな趣味はない、お願いだから離れて欲しい。


「う~、やっぱり金色じゃないよね」


「……なんのこと?」


「ううん、気にしないで。月の踊り子さん」


「……?」




 やがて、クラスメイトやタカアキ様、

 そして魔族達もがここに集まってきた。


 皆一様にヤドカリ君を見て驚き、涙を流して再会を喜んだ。

 そんな中、ルドルフさんに支えられたザインは、

 リンダの持つ光の繭に首を垂れた。


「御屋形様、このようなことでしかお力添えできなく申し訳ありませぬ」


「ザイン、きみはやはり、

 あの時にエルティナに何かしらの力を送ったんだね?」


 ふらつくザインを支えていたルドルフさんは彼に問い詰めるも、

「ご容赦を」と言って堅く口を噤んだ。

 ルドルフさんも困った顔でため息を吐くも、それ以上の詮索はしなかった。

 しかし、ただ一言「自分を大切にできない者は主君を大切にできない」

 と彼に釘を刺す。


「しかと……その言葉、憶えておきまする」


 そう言い残し、ザインは力尽きるように気を失ってしまった。

 いったい何をしたのかと一緒にいたルドルフさんに問い質してみれば、

 彼は熱波が押し寄せてきた時、いきなり小刀で自分の手首を切り、

 血を捧げ始めたという。


 不思議なことに、彼の血は地面に落ちることなく、

 赤い光となって空に飛んで行ったという。

 きっと、それがエルの下に届き命を繋ぎとめたのだろうと想像させた。

 確信はないが、そうであろうという勘が働いたのだ。


「無茶をするものです、私がいなかったら彼は命を落としかねなかった」


 ルドルフさんの表情はまるで、

 疲れ果てて眠ってしまった弟を気遣う兄のようだった。




 やがて、マフティ達が山頂にやってきた。

 彼らは渓谷に落ちたプリエナを捜索していたのだが、

 遂に見つからなかったそうだ。


「……わりぃ、大口叩いたのに見つけることができなかった」


 マフティの目から、ぽろぽろと大粒の涙がこぼれる。

 かなり無茶な捜索をしたのだろう、彼女の姿は泥と血に塗れていた。

 その可愛らしい顔には疲労の色が濃い。

 ゴードンもブルトンも同様に血と泥にまみれていた。


 暫くマフティのすすり泣く声がその場を支配した。

 クラスメイト達も俯き重苦しい雰囲気になっていたのだが、

 どこからかカチャカチャと音が聞こえてきたではないか。


 なんだろう、とその音を立てるものを見た時、

 私は驚きのあまり声を失ってしまった。


 彼はそのままマフティの下へ歩み寄り、頬を伝う滴を指で拭ったのだ。

 そんな彼をを見て一同は驚きの声を上げた。


「っ!! チゲ! プリエナ!!」


 彼女の涙を拭ったのはボロボロになったチゲであった。

 右腕は千切れ、笑顔の仮面は半分ほど砕け、体中がへこみ、

 ひび割れていたが、残った左腕でしっかりとプリエナを抱きかかえている。


 プリエナは両足が骨折しているようで、

 痛みによる発熱で弱っていたが命に別状はなかった。

 しかも、適切な応急処置が取られている。

 添え木に使っていたのは……チゲの右腕であったのだ。


「よく……よく戻ってきてくれた!」


 マフティはプリエナを受け取り治癒魔法を施してゆく。

 苦痛で歪んでいたプリエナの表情はほどなく穏やかになり、

 荒かった呼吸は落ち着きを取り戻す。


 それを見届けたチゲは腰を下ろし、

『つかれたー』というジェスチャーを皆に大袈裟に表現した。

 それを見たマフティは彼に抱き付き涙を流す。

 今度は悲しくて流す涙ではない、嬉しくて流す涙だった。


「大した漢だよ、おまえは!」


 チゲは残った左腕で優しく彼女の頭を撫でた。

 何度も、何度も……彼女が落ち着くまで。




「ひとまずは決着ですね」


「うん、そうだねタカアキ」


 エドワードと勇者タカアキは、

 リンダが大事に抱える光の繭を見て、深いため息を吐いた。


「お~い、おまえら点呼を取るぞ! 名前を言われたら返事をするように!」


 アルフォンス先生は

 クラスメイト全員が居るかを確認する作業に追われている。

 よくもまぁ、ガルンドラゴン相手に全員生き残れたものだ、

 と今更ながら思った。


「クウヤ、よくがんばったな」


「はい、父上」


 フウタさんは息子であるクウヤを労い抱きしめていた。

 だが、その表情は浮かない。

 何かあったのだろうか? それを知る術はないが……。


 勇者タカアキがやってきたことにより、

 何故魔族の部隊が接近してきたかが判明した。

 彼らは勇者タカアキの接近に気付き、

 彼を出迎えようとデクス山山頂に赴いたのだそうだ。


 魔族側には戦闘の意思はなく、

 勘違いした私達による一方的な牽制であったらしい。

 これにはエドワード様も深く反省していたようだ。


「はぁ、これはお爺様にみっちり小言をもらうことになるな」


「ふふ、そうですね。それもまた勉強ですよ」


 魔族は魔王の遺言を護っていたのだ。

 自分が倒れた際は勇者タカアキに従うこと。

 彼らはその遺言を頑なに守りとおしている。


 それを知ったのは魔族の部隊が彼に跪き首を垂れた際に、

 勇者タカアキが自ら語ったことによるものだ。


「光一郎にも困ったものです。

 しかし、彼との約束は違えるわけにはいきませんからね。

 皆さん、ご苦労様でした。

 近日中にそちらに赴く、とバズラー将軍に伝えてください」


「ははっ! しかとお伝えいたします! タカアキ様!」


 勇者タカアキに最敬礼をし魔族の部隊は足並みを揃えて去っていった。

 それを見送る彼の表情には、何かを決意したものが秘められている。


 やがて、赤い小振りの飛空艇が山頂に着陸した。

 私達を迎えに来たのだ。


 ヤドカリ君といもいも坊やは、その身をピンク色の光の粒へと解し、

 光の繭の中へと入っていった。

 エルの魂の中へと帰っていったのだろう。


 ヤドカリ君とは、きっとまた会える……そんな気がした。


「ヒュリティア、お疲れさま。

 あら……貴女、少し大人っぽくなったわね」


「……姉さん、そうかしら? よく、わからないわ」


 姉のフォリティアがそのようなことを言ってきたが、

 私自身にそのような自覚があるわけもなく、

 ただただ困惑するのみであった。


 私の様子をみて笑っているところを見ると、

 単にからかっているのかもしれない。

 仕返しに『あの秘密』をグレイさんにバラシておこう。


 私達は飛空艇に乗り込むと、安堵のためか皆一様に眠りの中に落ちていく。

 ここに長かった戦いが終わりを告げた。

 激戦であるにもかかわらず、誰一人として命を落とさなかったのだ。

 怒竜の挑戦を退けたと言ってもいい。


 エルは納得しないだろうが、

 目を覚ましたら美味しいご飯を餌に説得すれば恐らく納得してくれるだろう。


「……帰りましょうエル、フィリミシアに」


 私達を乗せた赤い飛空艇は朝日の光を受けて更に赤くなり、

 皆の待つフィリミシアへと帰還するのだった。

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