337食目
◆◆◆ トウヤ ◆◆◆
魔法障壁〈五百層〉展開、損耗率六十パーセント。
桃力特性〈食〉。爆風の七割を捕食。
魔力残量二割、桃力残量一割。生命活動に支障なし。
……いける、このまま禁呪〈イフリートボム〉を耐えきることができる。
後は俺が調整を怠らなければ、この勝負我らの勝利だ。
額から汗が流れ落ちる。
この戦いは本当にギリギリの戦いであった。
互いに限界を持って挑み、戦いの中で限界を突破し合った異常な内容。
俺もエルティナに出会うまで何人もの桃使いをサポートしてきたが、
このようなケースは今までにない特異なものであった。
「だが、これで……」
俺がそう言いかけた時、異常が起こった。
ソウル・フュージョン・リンクシステムに警告表示が現れ、
システムが強制シャットダウンしてしまったのだ。
「な……!? なんだこれは!!」
俺は慌てて再起動を試みるも、なんの反応も示さない。
「ふざけるな! 今、今エルティナを独りにするわけにはいかないんだぞ!!」
何度も、何度も再起動を試みるも、
ソウル・フュージョン・リンクシステムは起動すらしない。
俺が何度目かの再起動を試みていると、
部屋に慌ただしく一人の老人が駆け込んできた。
白髪の挑発に変わった眼鏡を付けた高齢の男。
このソウル・フュージョン・リンクシステムを作り上げた人物の一人、
ドクター・モモである。
「トウヤ! ソウル・フュージョン・リンクシステムの
メインサーバーがパンクしたぞ!?
おぬし、いったい何をやったんじゃ!?」
「っ!? メインサーバーが!? バカな!
桃使い百万人分の情報をゆうに管理できるメインサーバーが、
情報を処理できなくなったというのか!?」
桃使い一人の情報量は一般人のそれと違い桁が違う。
真・身魂融合を果たしていれば更に倍、倍となってゆくのだ。
その桃使い達の情報を管理するソウル・フュージョン・リンクシステムの
メインサーバーがパンクする、これがどういうことを示すのか。
「エルティナから飛び出した食欲が、
メインサーバーの情報処理能力を凌駕した!?」
「っ!? なんじゃと! おぬし、今なんと言った!!」
ドクター・モモが俺の胸倉を掴み、今まで見せたことのない形相になった。
普段は冷静で飄々としている彼の変貌ぶりに対応が追い付かない。
「こうしてはおれん!
トウヤ、おぬしは桃仙術で依代にアクセスするんじゃ! 急げ!
ワシは桃先生……いや、エティルの下へ行く!」
「っ! その手があったか! 桃仙術〈桃の導き手〉!」
遥か昔はこうして桃仙術を用いて、
遠く離れた新人桃使いの下に顕現していたのだ。
今ではソウル・フュージョン・リンクシステムという、
非常に効率がいいシステムが作られ使用されなくなっているが、
緊急時のために俺は習得しておいたのだ。
きっと、身魂分離によって依代は強制排出されてしまっているだろう。
その場合、エルティナの生命維持が困難になる。
だが、あの山には彼女のクラスメイト、それに……輝夜がいる。
まだ希望はある、たとえ手遅れだとしても、
最期まで希望を捨ててはならない!
◆◆◆ シグルド ◆◆◆
世界が赤く染まる。
恐るべき熱と全てを砕く衝撃が我に襲いかかった。
いち早く反応したのはマイクだった。
『桃力〈固〉発動! カウント開始! 10、9、8……
って、爆発長過ぎだろ!! 自重しやがれ! ファック!
あああああああ!? もう時間がない!!』
赤く染まる世界は轟音を伴い、永遠に続くがごとく大地を砕いていった。
マイクの言うとおり、我に残された桃力はもうない。
あと数秒後には桃力で固めた爆風が一気に押し寄せてくる。
「……これまでなのか」
我は目を閉じ覚悟を決める。
……? 衝撃が来ない。
恐る恐る目を開けると、我の目の前には光り輝く剣の姿。
「シグルド!!」
『護るって言ったろう? 相棒……』
空に放り上げたはずのシグルドの剣が我の前にあったのだ。
輝く鞘に収まったままであったが、
彼は自分で言ったとおり、約束を守ったのだ。
『シグルド、貴方って人は!』
『悪いな、エルティナ。おまえの力……使わせてもらうぜ!
マイク、時間を稼ぐ! 出来るよな!?』
『もちのロンだぜ!
残った五秒の桃力……これがあればこの状況を打破できる!
ブラザー、限界まで桃力を使う、気張ってくれよ!』
『心得た、やってくれ!』
シグルドが時間を稼いでくれた、
後は我らの正面で固定している熱波をどうにかすれば我らの勝ちだ。
『いくぜぇ! 残った五秒分の桃力、これが勝利のカギだ!
桃力、特性〈散〉!
全てを焼き払う熱波よ……散りやがれ!!』
マイクがありったけの桃力を使い、
恐るべき熱量をもった熱波を散らした。
直撃はしないものの、それでも我の体を焼き焦がす。
「ぐぅぅぅぅぅぅっ!!」
あまりの痛みに呻くも悲鳴は上げない。
シグルドやマイクの前で、そのような姿を晒せはしないからだ。
熱波が過ぎ去った後、
我の足下には、手足が吹き飛び黒焦げになっているエルティナの姿。
息をしているようには見えない。
我は……勝ったのか?
「や、やった……やったぜ、相棒! ブラザー!
勝った、勝ったんだ! 俺達の勝ちだ!!」
マイクの言葉で我に返った。
エルティナは倒れ、我は立っている。
勝った、勝ったのだ……我は小さき強者に勝ったのだ!!
「オォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!」
無意識だった。
我は勝利の雄叫びを上げたのである。
この気持ちを表現などできない、ただ、ただ……声を上げたかったのだ。
『やったな、相棒……』
その言葉を最後に、
シグルドの意思が宿った剣は光の粒になって霧散していった。
光の鞘も力なく悲し気に霧散してゆく。
「ありがとう、シグルド……!」
仕上げだ、エルティナを喰らい我が血肉とする。
長い戦いだった。
限界に継ぐ限界を越え、遂に我は勝利を掴み取ったのだ。
こんなに嬉しいことはない。
「エルティナ、我が強敵よ!
我の血肉となりて共に最強への道を歩もう!
さらばだ、小さき強者よ!」
我は最後の力を振り絞り、右前足をエルティナに振り下ろした。
◆◆◆ リンダ ◆◆◆
ガルンドラゴンがエルちゃんにとどめを刺そうと、
その巨大な爪を振り下ろした。
「ダメッ! 止めてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
この距離じゃ間に合わない、魔法も間に合わない!
誰か、誰かエルちゃんを助けて!
こんな、お別れの仕方なんていやっ!
もっと、もっとエルちゃんと一緒に歩んでいきたい。
もっと、もっと、一緒にご飯を食べたい!
エルちゃん、エルちゃん、エルちゃん!
「誰か、誰か……エルちゃんを助けて……」
最後の方はもう言葉にならなかった。
誰でもいい、助けて。
お願い、エルちゃんを助けて……!!
しかし、私の願いは届かなかった。
深々と突き刺さる巨大な爪。
巨大すぎて一本しか刺さらなかったが、それはどう見ても致命傷だ。
「い、いやぁ……いやぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
視界が歪む、もう立っていられない。
死んじゃった、エルちゃんが死んじゃったよぅ。
ぼろぼろと大粒の涙がこぼれ落ちる。
もう彼女の笑顔が見れない、と思うと涙が止まらなかった。
やがて怒りは憎悪に変わる。
憎い、私のエルちゃんを奪ったあのクソヤローが憎い。
手にした歪な塊が大きく脈動する。
もう何も考えなくていい、命が尽きるまで暴れてやろう。
標的を見据え立ち上がろうとした時、私の肩を掴む者がいた。
「リンダ、祈って……エルのために。
祈りは力、力は奇跡を呼ぶ。
大丈夫よ……あなた達の声は私が『彼』に届けるから」
「ヒュリティア……貴女、何を……?」
そう言って声が詰まる。
本当に彼女は『ヒュリティア』なのかと。
今の彼女の瞳はいつもの美しいエメラルドのような緑ではなく、
今宵の月と同じ黄金に輝いていたのだ。
普段も綺麗だとは思っていたが、今の彼女は異様な雰囲気を纏っていた。
そう、言うなれば、〈月の女神〉のような……。
「届け、祈りの声、我が舞に載せて」
彼女は思わず見とれるような……
いや、これはそんな生易しいものではない。
強制的に魅入ってしまうような舞を披露し始めた。
なびく銀色の美しい髪、しなやかで力強く躍動する肢体。
ともすれば妖艶であり、ともすれば清楚に見える舞。
これは人がおこなえる踊りであるのだろうか?
やがて、彼女から黄金の光が放たれ始めた。
彼女から放たれる黄金の光の粒、それが祈りの声なのだろうか?
私は歪な塊を手放し、手を合わせ祈った。
一心不乱に、エルちゃんのためだけに。
彼女が救われますようにと。
「その祈りは必ず『彼』に届くわ。
ほら、見てごらんなさい……『彼』が応えた」
その声は果たして、ヒュリティアのものだったのであろうか?
いや、今はそんなことはどうでもいい。
私はどこを見ろ、とは言われていないが、直感的にエルちゃんの方を見た。
よく見ると巨大な爪が突き刺さっている部分が光を放っている。
それは、やがて目が眩むほどの輝きを放ち始めた。
「な、何!? いったい何が!!」
やがて押し返されるガルンドラゴンの巨大な爪。
それを押し返したのは、同じく巨大な爪……いや、あれは!?
「爪……ううん、あれは……ハサミ!! まさか!?」
「ガルンドラゴンは起こしてしまった。
ゆりかごに眠る偉大なる戦士を」
そのハサミの主は、巨大な黄金の竜を突き飛ばし、
光の中からその姿を露わにした。
「あ……あぁ! そんな、そんな! ヤ、ヤドカリ……君!!」
「そう、彼は傷付いた魂をエルティナの魂の中で癒していた。
それは己の宿命を受け入れた者のみが入ることを許される楽園。
彼は〈魂のゆりかご〉にて休息を取ると同時にそれを護る守護者でもある」
巨大な二本のハサミ、沢山の足、大きな貝殻。
在りし日の彼が……
〈ヤドカリ君〉が敢然とガルンドラゴンの前に立ち塞がったのだ。
「そう、彼こそは殉ずる者……」
337食目 魂の守護者