333食目 シグルドの剣
◆◆◆ シグルド ◆◆◆
「フキュオォォォォォォォォォォォォォォン!!」
有効打が見出せぬまま回避を続けて、どれくらいの時間だ立っただろうか?
とてつもなく長い時間に感じるが、
実はそれほど時間が経っていないのかもしれない。
もう感覚がマヒしつつあるのは確かだ。
『ブラザー、しっかりしろ! 次、右から来る!』
「くっ!」
右肩の一部が大蛇の身体に触れた瞬間、シャリッと音を立て喰われてしまう。
幸いかすった程度であったので鱗が消滅する程度の被害で済んだ。
完全に集中力が切れてきている。
このままでは致命的な一撃を受けてしまうのも時間の問題だ。
「はぁぁぁぁ……くわせろォ!
シぐるどぉ! オレはハらがへってイるんだァ!」
いや、それよりもエルティナが自我を完全に失う方が先かもしれない。
今の彼女にあるのは飢えからくる『食欲』のみ。
その自分の自我すら喰っているように感じられる。
『くそぉ! 見つからねぇ! どうしたらいいんだよぉ!
このままじゃブラザーがやられちまう! 教えてくれ相棒!
俺はどうすればいいんだよぉ!』
マイクの言う相棒とは、
すなわち我のことではなく〈シグルド〉のことを指す。
我にとっても相棒は〈シグルド〉でありマイクではない。
マイクは〈シグルド〉が遺した夢を叶えるために、
共に歩む『兄弟』なのである。
マイクは自分の方が兄貴だと言い張るが、
そういうなら、もう少し大きく構えて欲しいものだ。
っ!? しまった!
余計なことを考えて大蛇の行動を予測し損ねた!
集中力がもう持たないのか!
大蛇の胴体が巨大な壁のごとく押し寄せてきた。
こいつを喰らうわけにはいかない!
「かぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
我は足元に咆哮を炸裂させ、自分自身を後方に吹き飛ばした。
自身に大きな傷を作ってしまうが、死ぬよりは遥かにましだ。
だが流石に痛かった、油断したことをこれほど後悔したこともない。
「つぅ……! 油断した!」
『ブラザー! 無茶だ、死んじまうよぉ!』
限界に継ぐ限界。
今までの戦いもピンチの連続であったが、
この戦いは今までのそれとわけが違った。
反撃、抵抗、逃走すらをも許さない絶対的な捕食者が相手なのだ。
巨体であるにもかかわらず、
こんなに俊敏に動ける相手に背を向けようものなら、
食われたと認識する間もなくこの世から消滅してしまうことだろう。
どうすればいい、我に何ができる?
勝利を掴むための絶対的なパーツが足りない。
足掻くにしても、もう体力が底を尽きそうだ。
既に気力だけで身体を支えているといってもいい。
散々に動き回って体が熱くなっているはずなのに、
体の熱が失われて行く感じすらする。
「はぁ、はぁ……諦めてなるものか!
我は約束したのだ、最強になって夢を叶えると!」
「も、もう無理だよ、に……」
マイクが弱音を吐きかけた。
その先を言われれば、我とてもうどうしようもなくなる。
それほどまでに我は追い詰められていた。
「マイク! 我の兄弟を名乗るのであれば、その先を言うなっ!」
「っ!! ブ、ブラザァ……!!」
故に、心配してくれた兄弟をきつく叱りつけた。
我が死んでもマイクは死ぬことはない。
だからこそ、言おうとしたのだ『逃げよう』と。
だが、ここで逃げ出すことは許されない。
それに逃げのびることは叶わないだろう。
ここでエルティナを止めない限り、
彼女はこの世界全てを喰らっていまう気がする。
それはシグルドの記憶に残る〈全てを喰らう者〉に、
どうしようもなく酷似していたからだ。
たかがおとぎ話と笑っている連中が、
この光景を見れば死ぬほど後悔するだろう。
大蛇の顔がこちらを向いた。
目はないはずだが、しっかりと我の方を向いている。
「ミえてるンだよォ……おまエのいのチのかガやきがぁ!
うま、うまそ、そそそそうだぁ!」
「エルティナ! 目を覚ませ!
こんな勝ち方で、おまえは納得できるのか!
戻って来い、エルティナ!!」
エルティナに憑いている桃先輩が必死に彼女を呼び掛けている。
やはり暴走状態と見て良さそうだ。
この大蛇がエルティナの真の力だというのだろうか?
我にはとてもそうには見えない。
この大蛇からは、彼女の力をまったく感じ取ることができない。
まるで別人と戦っているようだ。
「ブラザー! 回り込まれている! 退路が断たれちまった!」
「なんだと!?」
気が付けば大蛇がとぐろを巻く形で我を包囲していたのだ。
身体にも触れることができない上に、
今の我は翼をやられているので空を飛んで脱出することも叶わない。
絶体絶命とはこのことであろう。
じりじりと間隔を狭めてくる桃色の大蛇。
口しかないその顔の表情はわからないが、
きっと勝利を確信してほくそ笑んでいるのだろう。
今の我にこの状況を打破する手段はない。
「これまでか……!」
ならば、最期くらいは戦士らしく突撃し果てようと覚悟を決めた時、
我の頭の中に友の声が確かに聞こえた。
『……相棒、おまえは俺が護る。
おまえが俺達の夢を護ってくれているようにな。
大丈夫だ、俺達ならきっと夢を叶えられるさ』
「……シグルド!!」
我の中から淡い緑色の光が飛び出し人の形……シグルドを形作り、
優しく我の鼻の頭を撫でると、力強い光を放ちながら彼は形を変えていった。
その形は巨大な剣。
この形状は憶えている、シグルドのが使っていた業物の剣だ。
何故ならば、真・身魂融合の際に、
この剣も淡い緑の光となって我の一部となったのだから。
『俺にできることはここまでだ……
もうすぐしたら、また眠りに就かなきゃならねぇ。
マイク、二代目をよろしく頼む』
「あぁ、あぁ! 見ていてくれ、相棒!!
俺っちがブラザーを支えて見せるさ!! きっと、きっとだ!」
我は光り輝く剣の柄を口で咥える。
ドクンと心臓が高鳴り、血が荒ぶるのを感じた。
疲れ果て冷えてきていた身体に再び熱が蘇ってくる。
「行くぞ、シグルド! 汝と我らの力をヤツに見せ付けよう!」
我は後ろ足に力を籠め跳躍した。
狙うは大蛇の無防備な胴体。
「なんダ、ソのちっぽケな〈エだ〉はァ?
オれは、すべテを、くえルんだぞゾぉ!」
「たとえ汝が〈全てを喰らう者〉だとしても!!」
シグルドの剣が激しく輝き始めた。
強い、強い意思の輝きだ。
「人の想いや、意思までは喰えぬ!!」
「フキュオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォン!?」
真っ二つに切り裂かれる桃色の大蛇。
桃色の光を撒き散らしながら、切られた半分が消滅していった。
「あグっ!?」
エルティナが衝撃でふらついたが、すぐに持ち直して再び大蛇を生み出した。
いったいどこに、そんな大量の桃力が収まっているのだろうか?
「ナんだぁ!? ソのケんはァ!! おレがくえナいもノがあルだトぉ!!」
「そうだ、汝にも喰えないものがある。
それは強い意思の力、強い想いの力! そして……断ち切れぬ絆だ!
友の意思と、兄弟の想いを力に変え、我は純然なる怒りを解き放つ!
勝負だ、エルティナ!! 我らの力をその身に受けるがいい!!」
ありったけの勇気と想いと希望を純然なる怒りに変え、
最後の戦う力へと昇華する。
我が肉体よ、我らの想いに応えよ!!