330食目 ハッキング
◆◆◆ シグルド ◆◆◆
恐るべき熱を持った溶岩が空に向かって放たれ我を飲み込んだ。
いくら我でも煮え滾る溶岩を耐えることなど叶わぬ。
鉄壁を誇る黄金の鱗もぐずぐずに溶かされ、
我はあっけなく蒸発してしまった。
『ブラザァァァァァァァァァァッ!! なんで死んじまったんだよぉ!』
『うるさい、頭の中で叫ぶな』
だが上空でマグマに焼き尽くされたのは、
マイクが桃力と気と魔力で作ったダミー、つまりは偽物ということになる。
わざわざ我の姿を忠実に再現せずともよかろうに……。
マイクの奇策も大したものだ。
あのタイミングでここまでの成果を出すとはな。
我がエルティナに攻撃を仕かけるタイミングで、
マイクは我の口を使って話さず、直接頭の中で語り掛けてきた。
『ブラザー、俺っちに良い考えがある!
嬢ちゃんに小山になってもらえるように演技をしてくれ!』
『演技? 我にそのような器用なことはできんぞ?』
演技と言われても、今までしたことがないものを急にやれ、
と言われてできるものではない。
取り敢えずはエルティナが危険を感じて防御してくれるように、
強引に攻撃に出てみる。
すると彼女は驚きの表情を見せて小さな山となった。
『いいぞ、ブラザー! ナイスな演技だ!
あの小山には振動だけ与えて、その場に留まってくれ!』
『それでは、攻撃をまともに喰らってしまうではないか』
『相手が桃使いで、俺っちだからこそできる奥の手があんのよ。
頼む、ブラザー! 俺を信じてくれ!』
いつにもないマイクの真剣な頼みごとに、我は半信半疑で了承した。
そして、マイクの言うとおりに行動したのだ。
まず、小山に手を載せ内部に振動を与えてくれ、
と頼まれたので我は小山の中腹辺りを軽く小突いた。
『いいぜぇ! おっと、手はそのまま付けておいてくれよ!
よっしゃ、ダミー射出!』
背中が熱くなり、何かが放出される。
それはマイクが作ったダミーであった。
上空に我の桃力と気と魔力を混ぜ合わせた、
あまり役に立たなかったダミーが飛んでゆく。
果たして今回はきちんと仕事をしてくれるのであろうか?
多少心配であるが、信じることにしよう。
『ここまでは順調……後は俺っちの腕の見せ所さ!』
我の頭に響くカタカタという音が一層に激しくなった。
そして暫くすると、恐るべき熱量を持った溶岩が、
勢いよく上空に向かっていったのだ。
その場所には我のダミーの姿があり、一瞬にして蒸発してしまったのである。
『上手くいったぜ、一か八かだったけどハッキングが成功したよ。
俺っちって、天才かも?』
『この場面で博打を打ったのか……大した度胸だ』
マイクの話によれば〈はっきんぐ〉が成功すれば、
相手のソウル・フュージョン・リンクシステムを一時的に支配し、
上空に我が跳躍した姿を連中に見せることが出来るそうだ。
それによって彼女らは、
己の奥の手をみすみす曝け出してしまったのである。
『ソウル・フュージョン・リンクシステムも完璧じゃないんだよなぁ。
確かに俺は桃先輩としては未熟だけども、
ハッキングに関しては結構やり手なんだぜ?』
『はっきんぐ、とやらはよくわからぬが、
おまえが大仕事をやり遂げたことだけはわかる』
そして、マイクの思惑どおり、エルティナは大技を繰り出してきた。
大きな技の後には必ず隙が生じる、そこを狙い仕留める算段だ。
足場は問題ない、桃力で固めればいいだけのこと。
それよりも演技の方が大変であった。
『HAHAHA! よく言うぜ。ハリウッドの役者顔負けの演技だったさ。
どう? 俺っちとブロードウェーに出演してみるかい?』
『そのうちな』
じゃれ合いはここまでだ、今なら渾身の一撃を極めれる。
長い戦いであったが、これで決着だ!
「さらば! 小さき強者エルティナ!!」
我は噴火によって脆くなっている小山に渾身の突きを繰り出した。
それはいとも容易く山に突き刺さった。
まるで〈シグルド〉が愛してやまなかった、
出来たてのバターのような柔らかさだ。
「終わったな……ぐっ!?」
突き刺した指先に鋭い痛みが走った。
何事かと思い急ぎ引き抜くと、我の太い爪が指先ごと消滅しているではないか!
いやな予感がし、その場から飛び退く。
その瞬間、小さな山が爆ぜた。
「終わるにゃあ、まだはえぇぞ! シグルドォ!!」
爆炎の中から血に塗れた白エルフの少女が、
巨大な奇妙な物を手にゆっくりと歩いてきた。
「エルティナ!? バカな! 我の攻撃を防いだというのか!?」
「おい、おい……そんなのありかよ!? ここってファンタジー世界だろ!!」
大気を切り裂くような奇妙な音を立てるそれは無数の刃が、
高速で回転している見たことのないような奇妙な剣であった。
それは眩しいほどのピンク色の光で覆われている。
間違いない、アレはエルティナの桃力だ!
「魔法障壁の可能性の一つ……〈チェーンソー〉だ!
この調理器具で、おまえを捌いてくれるわぁ!!」
「正気か!? それは断じて調理器具じゃねぇよ!」
「あぁ? 骨を断つのに使うだろうがぁ!
俺にとっちゃあ、この世の全ての道具は調理器具よぉ!
ふきゅぅぅぅぅぅぅぅぅん! シグルドォ、バラバラにしてやんよぉ!」
マイクは大慌てしているが、あの奇妙な剣も回転を止めてしまえば、
無数の刃が付いた普通の剣だ。そこまで慌てることはない。
『そ、そうは言うけどよぉ。色々とトラウマがあるのよ、俺っち』
『今は忘れろ』
『OH、ジーザス。ブラザーがサタンに見えちまうぜ』
『我は……桃使いだ!』
我はエルティナに突撃を仕掛けた。
あの得体のしれない剣を桃力で封じ、今度こそ戦いに終止符を打つ!
「桃力〈固〉! その剣の動きは封じさせてもらう!」
我は桃力を口から無数発射した。
剣を封じつつ、エルティナをもその場に固定するのが目的だ。
エルティナは無言で〈チェーンソー〉と呼ばれた奇妙な剣を振るい、
我の放った桃力を切り捨てた。
掛かった、これでその剣はただの剣に……!?
「なんだと!? いったいどういうことだ!!」
刃の回転が止まる様子がない。
確かに我の桃力はあの剣に命中したはずだ!
もう一度、我は無数の桃力を放つ。
今度は剣を振るいもせず、エルティナは全てをその身で受けた。
「シグルド……俺の桃力はどうも〈食いしん坊〉でなぁ。
食べちまうんだよ、なんでもかんでもよぉ!」
エルティナの体から滲み出るように放たれる大量の桃力。
それは我の放った桃力を、いとも容易く貪り食ってしまった。
この力は陽の力を持つ桃使いが持っていいのであろうか?
桃力が桃力にゾブリと噛み付き、食い荒らす様はまるで悪夢のような光景。
抵抗など許さぬ一方的な捕食。
我ですら背筋が凍りつき、冷や汗が流れ落ちるのを感じ取った。
「切り札ってもんはよぉ、残しておくもんなんだぜ!
桃力〈食〉! 俺の桃力は全てのエネルギーを貪り食う!」
なんということだ、これで我の桃力は封じられてしまったも同然だ。
今まで使わなかたのは、我の頼みの綱をここで砕くためか!?
エルティナから発せられている異常な量の桃力。
これが、我と彼女との〈差〉だというのか!?
「バケモンだ、あの桃力の量はありえねぇ!
ブラザーの桃力の総量の三倍だなんて!
真・身魂融合を果たしているんだぞ、こっちはよぉ!!」
マイクが悲鳴を上げ、言わなくてもいい情報を与えてしまっている。
だが、エルティナの返事を聞き我は耳を疑った。
「俺は真・身魂融合を二回おこなっている。
おまえ達が大切な友の魂を背負っているように、
俺もまた大切な友の魂を背負っているんだ!
こっちも負けられねぇんだよっ!!」
「に、二回も……!」
あの想像を絶する悲しみを、エルティナは二度も体験したというのだ。
これは桃使いだからできるわけではない、
桃使いであっても心を壊し再起不能になった者がいるそうだ。
マイクもそうだ、彼は真・身魂融合をおこない心に深い傷を負った。
一歩間違えれば廃人になり得るほどの苦しみなのだ。
だがエルティナは、それほどまでに困難な儀式を二度もおこなっている。
覚悟の量が桁違いだ……我は彼女に勝てるのか!?