322食目 鬼か? 少女か?
「イレギュラーがおこったな……彼女はユウユウ・カサラだ」
「うげっ、カサラ家の御令嬢かよ」
俺達のような陰で活動する者達にとって、カサラ家とは畏怖の対象であった。
彼女の父、ユウゼン・カサラは伝説とまで謳われた闇の住人だからだ。
今でこそ日の当たる場所にて生活しているが、
昔はその姿を見ることは叶わず、見れば死あるのみとさえ言われた男で、
その妻がまさかのオーガときたものだ。
そんな二人の間に生まれた子供が、
目の前にいる少女ユウユウ・カサラである。
両親の素質を受け継いでいることは先ほど目撃しており、
下手をすれば両親を上回る逸材なのかもしれない。
だが問題はその性格だ。
「クスクス……やっと見つけたの。私に痛みを与えてくれる人に!
さぁ、私に痛みを与えてちょうだい!
私に敗北という名の愛を与えてちょうだい!」
イカれてやがる。もう、目がやばい。
八歳の少女が口にするようなセリフでもない。
俺の第六感が全力で逃げろと叫んでいる。マジに帰りてぇ。
それができればとっくの昔にやっているが、生憎と今は任務中である。
あぁ……聖女様の護衛は辛いなぁ。
「グレイ、呆けるのは後にしろ。来るぞ」
「うぇ? どわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
突然襲いかかる爆風に、俺は吹っ飛ばされる形となった。
その際に地面にしこたま尻をぶつけてしまう。ケツが痛ぇ。
この爆風はユウユウが大地を蹴り、
ガルンドラゴンに襲い掛かったために発生したものであった。
シャドウバインドによって動きを封じられている黄金の竜は、
その光景をジッと見つめているだけのように見えるが、
それは俺の思い違いであり、彼はタイミングを見計らっていたのである。
「ユウユウ・カサラ!」
「シグルドォォォォォォォォォォォォッ!」
ガルンドラゴンを封じていた影のロープが弾け飛んだ。
黄金の鱗が逆立ち、筋肉が膨張し一回りほど大きくなっていたのだ。
そして、ユウユウの拳を戒めから解き放たれた前足でもって受け止めたのである。
「パンプアップか。信じられん、全身が膨張するとはな」
ホルスート隊長がタバコに火を点け一服しながら感想を述べ、
おもむろに火の点いたタバコを地面に叩き付けた。
パンッ! という甲高い破裂音と共に白い煙幕がもくもくと立ち昇る。
煙幕を張るということは、この場からの撤退を意味するのだが、
俺達は撤退できない任務を受けているはずだ。
何故、ホルスート隊長はこの退けない任務で撤退を選んだのだろうか?
「隊長、この任務は撤退なんかできないだろう!?」
「エドワード殿下からの命令だ。
シャドウガードは現時刻を以って任務を完了とし本来の任務に戻れ、
とのことだ。
どうやら、魔族の部隊がエルティナ様の下に向かっているらしい」
「はぁ? 魔族ですか!?」
「え~? そんな~、あそこにお肉があるのにぃ~」
まだ食う気でいるのか。
いやいや、そんなことよりも魔族だ。
なんでまた急に魔族が出張ってきてるんだよ。
「エドワード殿下は残ったクラスメイト達をこちらに向かわせているそうだ。
一方で自身は数名の護衛を引き連れて魔族を撃退する、とおっしゃっている」
「そんな無茶な……いくらなんでも無謀だぜ」
俺が呆れていると同僚のから〈テレパス〉での連絡が入ってきた。
ホルスート隊長だけでなくシャドウガード全員に送っていることから、
内容はかなり重大なことなのだろう。
その声には焦りが含まれており、
どうやら、ただ事ではないことが起こったようである。
『こ、こちらランパークでしゅ!
エルティナ様のちょ、ちょちょちょうじょん付近に、
みゃ、みゃぞくが多数接近中でしゅっ!!』
『落ち着け、ランパーク。焦り過ぎだ』
同僚のランパークは仕事のできるヤツであるが、すぐに焦る癖があった。
今も突然の出来事に焦り会話を噛みまくっていたが、
ホルスート隊長が窘めると彼は落ち着きを取り戻した。
『ランパーク、詳しい数は把握できるか?』
『は、はい! 有翼が十八、軽装歩兵が二十五です!!』
『偵察部隊にしては多いな。
警備隊か? それにしては山の奥深くまで入り込んでいるが……』
『残念ながら、そこまでの情報は……
既にエドワード様が数名の護衛を引き連れて迎撃に向かっております。
我々D班もすぐに合流する予定です。
あ、すみません、敵魔力探知範囲に入りますので通信を終えます』
どうしなくても急を要する事態になっているようだ。
竜に魔族とは無茶にもほどがある。
「おまえら、聞いたな? これより我々はエルティナ様を護るために、
接近する魔族の部隊を牽制する」
「了解」「りょ~かいですぅ」
やれやれ、ガルンドラゴンから今度は魔族かよ。
まぁ、どちらかといえば魔族の方がやりなれているんだが。
しかし……こんな何もない場所に連中はなんのようなのだろうか?
こんな短時間でデクス山に聖女エルティナがいる、
との情報が伝わるとは考えにくい。
俺は心に引っかかるものを感じつつも、
この危険極まりない場所から離れれることを素直に喜んだのだった。
◆◆◆ マイク ◆◆◆
なんてこったい! せっかく作ったダミーが全部無意味だった!
おまけにクレイジーガールに追い付かれちまう始末だ!
『マイク、遅かれ早かれ戦わねばならぬ相手だ!
過ぎてしまたことを引きずるな!』
『ブ……ブラザー、OK、わかったよ、戦闘に集中しよう。
相手は一度勝っているとはいえ、能力を解放したクレイジーガールだ。
苦しい戦いに……ん? なんだ、この反応は?』
モニターに表示されているデータがおかしい。
確か彼女は普通の人間だったはずだ。
けれどもこの数値と波長パターン、なによりこのエネルギーは……!?
『じょ、冗談だろう!? こんなことって!!』
『どうした、マイク!? 何があった!』
『ブラザー、ユウユウは、彼女は〈鬼〉の可能性が高い!
異常な数値の負の感情と……何より陰の力を計測した!』
『なんだと!?』
間違いない、彼女は俺達桃使いの宿敵である鬼だ。
しかし、腑に落ちない点もある。
彼女からは憎悪の計測量がゼロなのだ。
そして、破壊衝動と……あろうことか愛情の数値が異常に高くなっている。
鬼に愛などあるはずがない。
あるとすれば、その者は不完全な鬼であることになる。
であれば、彼女は不完全な鬼であるかというと、
数値上は完全な鬼となっているのだ。
それが余計に俺の頭を混乱させる原因になっている。
しかも、あろうことに桃使いであるエルティナの嬢ちゃんの学友ときたもんだ。
もう何がなんだかわからねぇよ! ファック!
『仮にそれが事実だとしても、我らが成すことは一つだけだ』
『あ、あぁ、そうだったな。
立ちはだかる者を退けてエルティナの嬢ちゃんと戦う、それだけだったな』
ブラザーの一途な決意を聞き、
落ち着きを取り戻した俺はモニターに映るユウユウを改めて観察した。
確かにデータ上は鬼であることを示しているが、
彼女からは〈黄泉の光〉が放出されてはいない。
鬼であれば普通の者は触れることすらできないというのに、
あの鶏の少年は彼女を運んできたのだ。
やはり、極めて鬼に近い性質を持った〈普通の少女〉なのだろうか?
……あぁ、自分で言っていて、おかしいと思ったよ。
ユウユウのお嬢ちゃんが〈普通〉なわけないじゃねぇか!
いい加減にしやがれっ! ファァァァァァック!
俺の心の叫びは死闘の始まりを意味していた。