表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
食いしん坊エルフ  作者: なっとうごはん
第七章 逆襲のガルンドラゴン~シグルドの挑戦~
321/800

321食目 追跡者

 うねりを上げ、再び振るわれる巨大剣〈クレイジー〉。

 受け止めるのは困難と判断し回避に専念するガルンドラゴン。

 俺達はその両者の隙を窺い、攻撃の瞬間を待っていた。


 一方的に攻めるフォリティアは、三百キログラムもの巨大剣を、

 まるで鳥の羽を振るうがごとく簡単に振り回している。

 実に簡単そうに扱っているが、素質のない彼女がここまで来るのに、

 どれほどの艱難辛苦に出会ったかは想像が付かない。


 貧困層である黒エルフ、

 しかも素質のない彼女が、妹を護りながら生きる術を身に付けていったのだ。

 きっと筆舌に尽くし難い体験をし続けてきたのだろう。

 そんな彼女は諦めることをしない。


 いや、しなかったである。

 かつて、一度だけ諦めかけたことがあったらしい。

 それは魔族戦争時のクエストで敵陣営を偵察した時のこと。

 偵察を終えた彼女は仲間と共に情報を持ち帰ろうと、

 その場を後にしようとした時、

 仲間の一人がドジを踏んで魔族兵に発見されてしまったそうだ。


 フォリティアは仲間を護るために殿を務め、

 なんとか逃走に成功するもその際に足に毒矢を受けてしまったそうだ。

 正規の兵でない冒険者は治療が自費であり、

 当時の彼女は食費を捻出することで精一杯であった。

 また、その頃の冒険者ギルドは黒エルフを侮蔑する風潮があり、

 クエストを成功させてもまともな報酬を支払わなかった。

 しかし、黒エルフ達は生きるために、それを受け入れるしかなかったのだ。

 後にこの件は王宮に伝わり、

 不正をおこなったとされる者は厳しい罰を受けることとなる。


 報酬は受け取ったものの、治療できるような金ではなく彼女は応急処置として

 薬草を患部に塗り回復を待ったが、その毒は魔族のみが扱う特殊な毒であり、

 日に日に症状は悪化していったそうだ。

 その毒は患部を腐らせ、やがて全身に広まる厄介なもので、

 当時、最高の治療費を取られる〈クリアランス〉でしか治せないとされていた。


 ケガを押してクエストを受け続けるも、やがて限界が来た。

 遂に彼女は歩けなくなるまでに症状が悪化したらしいのだ。

 日に日に症状は悪化し、金もなくなってゆく。

 妹はまだ一人で生きてはゆけないのに、

 日々を生きるための金も底を尽きそうになっていた。


 ここにきて遂に諦めの感情が彼女の心を満たした……その時のことだ。

 妹が一人の白エルフを連れてきた。

 そうだ、その白エルフこそ聖女エルティナだったのだ。

 彼女は聖女エルティナの治癒魔法によって瞬く間に回復した。

 腐り果てぐずぐずになっていた足が、

 元の綺麗な足に治ってゆく様は今でも忘れていないという。


 んん? なんで俺がこんなに詳しく彼女のことを知っているかって?


 バカ野郎、言わせんじゃねぇよ。

 ベッドの上で聞いたに決まってんだろう。


 俺もまた、とんでもない女に惚れちまったもんだ。

 こんな話を聞いちまったら、もう引き返せねぇぜ。

 だが、後悔は微塵もしていない。

 フォリティアは〈良い女〉だからな。


「あの子は闇である私に光りを与えてくれた子よ。

 ここから先には行かせないわ」


「汝らは何者だ!?」


 竜が人の言葉を操ることは不思議なことではない。

 長く生きている竜は大抵が人の言葉を習得しているのである。

 しかしながら、この幼い竜が人の言葉を話すことは異例なことであった。


「知る必要はない、おまえはここで朽ち果てるのだから」


 本当に一瞬の隙だった。

 それを見逃さなかったホルスート隊長がヤツの懐に入り込む。

 回避する方向を呼んで先回りしていたのだが、

 それに気付かれなかったのは気配を完全に消していたからであり、

 それこそが彼を歴戦の工作兵に上り詰めさせた奥義であるのだ。


 その名も奥義〈滅気〉。

 これが完璧に発動すれば、発動者が目の前にいるのにもかかわらず、

 存在を認知できなくなってしまうという。

 現にガルンドラゴンが認知できていなかったのだから疑いようがない。

 発動方法は心を虚にし、空に同調することらしい。

 はっきり言って、何を言っているのか俺にはわからない。


 以前、試にやってみたがあっさりと見つかりボコられた。

 やはり、邪な心が出てしまっていたらしい。

 城の女風呂に侵入して裸体を楽しむ計画は頓挫してしまった訳だ。

 まぁ、メイド達のの見事な肢体を拝むことができたのでよかったのだが。


 あ、これはフォリティアには内緒な。


「いつの間に!?」


「ふんっ!」


 ホルスート隊長の右拳が唸りを上げてガルンドラゴンの脆い腹部を殴り上げた。

 そのあまりの威力に巨大な身体が浮き上がる。


「ぐはっ!?」


 どうしてまぁ、この国の御老体は元気なんだろうか?

 ウォルガング国王然り、ホルスート隊長然り、

 六十過ぎの爺様が放つような攻撃ではない。

 おっと、そろそろ仕事をしないと給料を減らされてしまう。


「さぁて……お仕事、お仕事!」


 俺の主な役割はサポートだ。

 もちろん近接戦闘もこなすし弓などの遠距離攻撃もこなす。

 だが、一番得意とするのは搦め手である。

 故に俺には決定打というものがない。

 まぁ、基本的に一人で活動することがないから、いいかな? とも思っている。


「そら、〈シャドウバインド〉だ! 行ってこい!」


 俺は呪符を取り出しガルンドラゴン目掛けて投げ付ける。

 それはロープの形をした〈影〉に変わりその黄金の身体に巻き付いた。


「なっ、身体が動かないだとっ!?」


「へへ……そいつは、ただのバカ力じゃ千切れねぇよ」


 俺達は影とは切っても切れない関係にある。

 肉体を持てば必ず影が生れ、生涯纏わり続けるからだ。

 その影を利用した技がこの〈影術えいじゅつ〉である。


 影術は基本的に呪符と呼ばれる特殊な紙の中に、

 面倒臭い方法を用いて影を複製し封じ込めて使用することになる。

 そのため、魔法やスキルと違ってコストがバカにならない。

 呪符に使う紙自体が高くて自費ではやってられないのだ。

 自分で紙を作る手もあるが、

 これがまたとんでもなく手間が掛かるのでやりたくない。


 自分は何故、この影術を選んでしまったのかと途方に暮れた時期もあった。

 今となっては全てが手遅れであり、この影術と生きてゆく覚悟もある。

 シャドウガードの経費で落ちなかったら諦めていたかもしれないが。


 ガルンドラゴンはもがくが、影の縄は千切れる気配を見せない。

 完璧に決まっている証拠であった。


「こいつは、意外に楽に終わるんじゃねぇか?」


「あら~、グレイ君が意外に活躍してる~?」


「いやな予感がするな」


 これは酷い。 

 俺が真面目に仕事をしたというのに、

 上司と恋人から散々なお言葉を頂戴してしまった。

 だが、その嫌な予感は歴戦の勇が言うと当たってしまうものだ。


「うふふ……み~つけたぁ」


 その声は俺達の上から聞こえてきた。

 思わず見上げると、切り立った崖の上に優雅に立つ少女の姿があった。

 その足元には人間大の鶏が転がっている。


「に……にわとりじゃねぇよ……鷲だ! ぐふっ」


 そう言うと自称鷲の少年は力尽きた。

 事情はわからないが同情を禁じ得ないのは確かである。


「うげっ!? クレイジーガール!!

 どうしてここがわかったんだ! 大量のダミーはどうしたんだよ!?」


「クスクス……あんなものに引っかかるわけがないでしょう?

 あれらにはそう……愛を感じなかったもの」


 眩いばかりの笑顔を見せる少女であったが、その笑みには狂気が宿っていた。

 俺は本能で感じ取った。この女には関わるなと。


 彼女は切り立った高い崖から迷うことなく飛び降りた。

 八メートルはあろうかという高さから飛び降りたのである。

 凄まじい衝撃音と振動を立て落下してきた少女は、

 その身に傷一つ負っていなかった。

 有り得ないことである。

 八メートルもの高さから落下をすれば、まず骨折は免れない。

 打ち所が悪ければ死んでしまうことだってあるのだ。


「うふっ、あはは、ごめんなさい、シグルド。

 さっきは満足できなかったでしょう? 今から私が貴方を満足させてあげるわ。

 さぁ……愛死合いましょう!!」


 深緑の髪の少女からおぞましいと感じるほどの何かが放たれ出した。

 それは、これから起こる死闘の幕開けを告げるものだったのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ