32食目 俺の料理を奢ってやろう
みなさまどうも、忍者になりたい年頃の白い珍獣。
そう……俺だ。エルティナだ!
俺達は現在、王都フィリミシア南西の草原に実戦訓練として、
野兎を狩りに来ている。
「お? いたいた、結構数増やしてるな!?」
そこには沢山の野兎がいた。
だが言おう、あれは断じて俺の知っている兎ではない。
体長およそ50~80cm程度。
だが、その姿は……
豚に兎の耳と尻尾を無理やり付けたような不細工な生き物だった。
豚のような可愛さも何にもない。
常に顔がしかめっ面なのがデフォルトらしい。
「でけぇ」
俺の感想に皆が頷いた。
あの兎に体当りをされたらかなり痛いだろう。
俺が体当りを耐えることができる可能性は極めて低い。
注意しなくては……。
「では、装備を確認して狩りを開始してくださ~い!
くれぐれも無茶はしないようにね~!」
スティルヴァ先生の号令と共に、各パーティーが狩りを開始する。
俺達のパーティーも野兎狩りを始めた。
ヒャッハー! ブサイク共は消毒だぁぁぁぁぁぁっ!!
「エル、ファイアーボールは無しな」
「……え?」
ライオットは野兎に向かって構えた俺に向かって、
『ファイアーボール』禁止令を発令してしまった。
俺のメイン攻撃が封印されてしまったのだ。
どうやって野兎と戦えというのだろうか?
『ファイアーボール』を使えない珍獣は、ただの珍獣だというのに……ふきゅん。
「威力が高過ぎて、野兎が粉々になっちまうだろう?」
「あ、そうか。食べれなくなっちまうな」
俺はライオットに諭された。
確かに俺の攻撃魔法の威力では、野兎が爆発四散してしまうだろう。
俺は食べるために生き物を狩るが、
ただ殺すために自分の能力を使うつもりはない。
だが、これで俺は役立たずになってしまった。しくしく……。
「だが、自分のおかずは自分で手に入れなくては!」
俺は野兎に突撃を開始した。
野兎……正式名称は『ブッチョラビ』と言い、
畑や希少な薬草を食い荒らす害獣である。
繁殖力が非常に高く、群れで行動し、数が多いので割と厄介な相手であるが、
非常に弱いので俺達みたいな子供でも比較的安全に狩れる。
学校の実戦訓練の相手は、このブッチョラビが定番なのだそうだ。
「……やっ! ええぃっ!!」
ヒュリティアがブンブンと、両手剣を振り回しブッチョラビを両断する。
非常に華麗な動きだ。
彼女の場合攻撃よりも相手の攻撃をかわす練習を、
メインに据えていたのでブッチョラビの攻撃はかすりもしていない。
「シッ……セイヤッ!!」
ライオットがブッチョラビを撲殺する。
連撃というのだろうか? 一度の攻撃で数発の鉄拳を打ち込んでいるようだ。
もちろん、俺には何をやっているかはわからない。
だって、見えないんだもの(震え声)。
「ぬぅんりゃぁぁぁっ!!」
ガンズロックが豪快に巨大な斧で、複数のブッチョラビを仕留める。
自分の二倍近くある斧を軽々と扱う彼には羨望の眼差しを送ってしまう。
何度でも言おう、斧は男のロマンだと!
「………………」
フォクベルトは……無言で光の剣を突き刺し、兎共を刺殺していた。
いったい彼に何があったのだろうか?
後でガンズロックに宥めてもらうように要請しておこう(震え声)。
「『ウィンドボール』! いっけ~!」
リンダは風の玉を次々にブッチョラビに叩きつけ、
不細工兎の意識を刈り取っていく。
やはり鈍器は使わない方向で行くようだ。
別に使ってもいいような気がするのだが……やはり何か抵抗があるのだろう。
そして俺は……ブッチョラビに体当たりを敢行し、無残にも敗れ去った(三敗)。
現在はブッチョラビの下敷きにされている。
これがまた重い。
俺の体重の二倍くらいはあるのではないだろうか?
そのブッチョラビが「ぶひっ」と笑った。
その「ぶひっ」が俺の怒りに火を注ぐことになる。
目にもの見せてくれるっ!!
「おまえら……調子に乗るなよ! 本気出すぞ!? くるるぁっ!!」
俺は即座に俺式『ウィンドボール』を発動した。
『ウィンドボール』は、やはりまともに発動せずに、
俺を包み込む小さな竜巻となり、
上に乗っていたブッチョラビを吹っ飛ばす結果になった。
「俺がマジだったら、おまえ既に黒焦げだぞ? 以後……気を付けろっ!!」
『ファイアーボール』使ってないから特に問題はないとは思うが……
念のために『チラッ』と皆を見たら頷いてくれた。……よかった。
『ウィンドボール』は中々に有用だ。
相手に張り付かれたら、引き離すのに使うことにしよう。
三十分ほどで、辺りのブッチョラビは大方狩り尽くされた。
これが俺達のクラスだけならまだ終わっていないだろうが、
二年生全員で訓練を行っているので、短い時間で終わったのだ。
俺達も規定の五匹を狩れたので、昼食の準備に取りかかっている。
自分達で狩った獲物を使い食事を作る。
これも訓練の一環なのだそうだ。
俺がブッチョラビの処理を行っていると、
ライオットがブッチョラビに串を突き刺して持ってきた。
そのブッチョラビは……毛皮の処理をされないまま、
ケツから鉄製の串を突き刺されていた。痔になりそう。
「そのまま、焼くだけじゃダメなのか?」
どうやら、丸焼きにしたい様子であった。
ダメではないが、それでは野生の動物に毛が生えた程度の調理法だ。
きちんと血抜きをして解体処理をしないと、
学校の食堂で食べているような骨付き肉にはならない。
「おいぃ……血抜きとしないと生臭くなるぞ。毛皮も剥いでないな。
きちんと処理をしないと美味しく食べれないんだぞ?」
「えっ? そうなのか?」
俺はテキパキと兎共の血抜きと解体を施していく。
もちろん初代の知識だが、それだけでは上手くいかなかったので、
露店のお肉屋さんに頼み込んで練習させてもらっているのだ。
肉を切る時は力任せじゃなく繊維に沿ってだな……まぁ、それはいいとして。
ライオットにこういう細かい処理を任せるのは無理だろう。
なら、力仕事や雑用を頼んだ方が利口だ。
「ライはもういいから、火を起こしてくれないか?」
ライオットは「わかった」と言って、
肉を焼くための火を起こしに行った。
とは言っても、既にガンズロックが支度を終えていたようだ。
しょぼんとライオットの尻尾が項垂れていた。
また、向こうではリンダとヒュリティアが兎の解体に手間取っているようだ。
「ひぃぃぃ……血が、血がぁぁぁ……」
「……意外と難しい」
と四苦八苦しているようである。
無理もないと俺は苦笑いをした。
教科書で習っただけでは、実際にやってみるのと勝手が違うのがわかるはずだ。
彼女達は、その違いに戸惑っているのだろう。
こればかりは数をこなさないと上手くならない。
要は慣れろということだ。
「うわぁ……エルちゃん上手だねぇ!」
見るも無残な姿になった兎を抱え、こっちの作業を見にきたリンダ。
エプロンが返り血で酷いことになっている。
「本当……エル上手ね」
リンダほどではないが、ヒュリティアも解体途中の兎を持ってやってきた。
そこで俺は二人にレクチャーしながら解体を見せてあげることにしたのだ。
そして、二人は時間こそかかったものの、なんとか解体に成功したのであった。
「よし……じゃあ、肉に臭み消しのスパイスを……って、こらこら!
いきなり焼こうとするんじゃない!
下味処理しないと美味しくならないぞ!!」
「えー? まだ、することあんのか!?」
いきなり焼き始めようとするライオットを俺は慌てて止めた。
しかも直火で焼こうとしていたのだ。
そんなことをしたら表面だけが焦げて炭になってしまう。
この脳筋ライオンが……。
もういいから、君は座って待ってなさい! ぷんぷん!
「スパイス付けたよ! お塩もかけちゃうの?」
肉の処理を手伝ってくれているリンダが、塩を振るかどうか聞いてきた。
「いや、塩は焼き上がってからだ。
最初にかけると、肉汁が流れ過ぎるからな」
と答えて塩を振るのを止めた。
やっぱり、命ある者を頂くのだ。
せめて美味しく頂いて、供養とさせて貰うのが筋であろう。
後は付け合せに、そこらに自生していた野草を刻み塩スープを作る。
野草はホウレン草みたいなヤツ。
食って確かめたから毒の問題はない。
「エルはぁ、手馴れてやがるなぁ。よく台所に立つのかぁ?」
「意外な特技を持ってましたね」
「美味そう! 早く食いてぇ!!」
料理ができるまでの間、男連中には雑用をこなしてもらっていた。
主に剥ぎ取った毛皮の洗浄と、骨等の素材の処理である。
使える物は使い、使えない物は地面に埋めるなどの作業である。
暫くして肉が美味しそうな香ばしい匂いを放ち出し、
焼きあがる時を教えてくれた。
焼き上がった肉を包丁で丁度良い大きさに切り、
『フリースペース』から取り出した大きい葉っぱの皿に載せ、
仕上げに塩を適量振りかけて完成だ。
鮮度が良好で、この兎には寄生虫がいない、とのことなので焼き加減はレアだ。
やはり肉はレアが良い。
噛んだ時の溢れる肉汁が最も楽しめるのはレアだからだ。
「ほい、ヒーちゃん。皆に配っておくれ」
「……えぇ、わかったわ」
人数分を用意し終えた俺はヒュリティアに手伝ってもらい、
ついでに作った塩スープを皆に配った。
ホウレン草っぽいヤツも、いい塩梅で甘味を引き出してくれていたので満足だ。
ちなみに、パンは持ってきてもいいことになっている。
ブッチョラビを狩れなかった時は、パンだけの寂しい食事になるのだ。
おぉ……ヤダヤダ!
「う……うめぇ!! なんだこれ!? やべぇ……やば過ぎる!!」
できた料理を食べて興奮したライオットは
「うめぇ」と「やべぇ」を連呼しながらガツガツと肉を胃袋に詰めていった。
「へ~……色々なハーブ使ってるから風味が凄いねっ!
お塩も後で振りかけた方がいいのかぁ……勉強になるなぁ」
「スープもシンプルだけど……美味しい」
ヒュリティアとリンダも喜んでくれているようだ。
「酒が飲めねぇのは、辛ぇところだなぁ……酒のつまみに最高だぁ」
ガンズロック、流石に訓練中はダメだろ。
でも、気持ちはわからないでもない。
一切れ目をじっくり味わい、お次はビールで口をサッパリさせて
二切れ目をやっつける。これが堪らない。
この順番で肉がなくなるまで楽しむのだ。
早く大人になって、美味い酒を楽しみたいものだな。
「……素晴らしい。
肉の臭みが殆どしない……間に合せで作ったとは思えないできです」
フォクベルトも、褒めてくれた。
彼は好き嫌いが激しいらしく、昼食もシュークリームで腹を満たすほどである。
特に癖のある物が苦手なようで、
今日の昼食も最悪の場合にはパンのみで終わらせようと考えていたらしい。
「ふぅ……決まりだな!」
満腹になったライオットが唐突に言い出した。
そして俺の顔を見てニヤリと笑ったのだ。
「エルがこのパーティーの料理担当な!」
「……賛成」
「わぁ! 明日も昼食楽しみ!」
「そいつぁはいいな! 狩りのし甲斐があるってぇもんだぁ!」
「僕としてもありがたいですね……何日もパンのみの食事は少々きついですから」
拒否権はないんですかねぇ?
俺は否応なしにパーティーの料理番にさせられてしまった。
……解せぬ。
「流石、食いしん坊!」
と煽てられた。
まぁ、嫌いじゃないからいいのだが。
そんなこんなで、初めての実践訓練一日目は終了したのであった。
次も外で実戦訓練だ。
また美味しい料理で、皆の胃袋を満足させてくれるわ!
ん? 目的が変わったような……?
まぁ、気のせいだということにしておこう。
次の訓練を楽しみにしつつ、俺達は学校に帰ったのであった。