316食目 ダミー
◆◆◆ シグルド ◆◆◆
『ブラザー、そろそろ行こうか。
本当はもっと休ませてやりたいところなんだが、
クレイジーガールが近付いてきているもんでな』
「ユウユウか……彼女とも、どこかで決着を付けねばなるまい」
現段階に置ける我が必殺の一撃を以ってしても倒せなかった者……
ユウユウ・カサラ。
彼女は更なる能力を解放して、我を追いかけてきているのだ。
このまま先を急いでも、どこかで捕まることは明白。
それならば、いっそ……。
『HEY、ブラザー。短気なことを考えるんじゃないぜ。
ユウユウのお嬢ちゃんとの戦いは、
本当に勝利がどちらに転ぶかわからないんだ。
できるなら、疲弊した今のブラザーを戦わせたくはない』
「マイク、しかし、いずれ追いつかれることになる。
それならば、余力が残っている今を置いてないのではないか?」
このまま疲弊してから戦うよりは、まだマシな戦いができるはずだ。
あれだけの戦士に、弱り果てた我の姿を見せたくはない。
時間が経つにつれて、そのような想いが強くなっていた。
『ブラザー、まず結論から言うぜ。
俺っちはもう、ブラザーとユウユウの嬢ちゃんを戦わせるつもりはない』
「それは無理だろう。
彼女は我をなんらかの方法で認知している。
現に真っ直ぐ我の下にむかっているのだろう?」
そう、彼女はどういうわけか、我の下へと真っ直ぐに向かってきているのだ。
マイクのように周囲の状況がわかるとでもいうのだろうか?
いずれにせよ、彼女からは逃れることができるとは思えない。
『あぁ、きっとブラザーのオーラか魔力でも感じ取っているんだろう。
両方ともだだ漏れだからなぁ』
「す、すまぬ」
我は気や魔力を抑えるなどの行為が苦手であった。
今までそのようなことをしたことがない、ということもあるが、
マイクの指導を扇いでもまったく上達することはなかった。
要はそういった調節をするという才能がないようなのだ。
このことにより、いっそ開き直ってそのままで行こうということになった。
今回はそのことが悪い目で出てしまっているようだ。
『そこでだ、それを利用してダミーを作ろうと思うのさ』
「ダミー? 偽物のことか。
そのような物など持ってはおらんぞ」
そもそもが、我は物を持ち合わせるということがない。
〈フリースペース〉の存在も先ほど思い出したくらいなのだから。
〈シグルド〉の記憶の中にも、そのような物をしまっている記憶はない。
『HAHAHA! そいつを今から作ってばら撒くのさ。
俺の桃力の特性は『散』。
これはあらゆるものを散らせる特性だ。
俺っち自身の桃力じゃないから、
戦闘中のエネルギー弾を散らせるような強力なことはできないが、
ブラザーの桃力を使って細工を施す程度ならできるんだぜ。
まぁ、見てなって!』
実際には戦闘中でも使用は可能らしい。
しかし、憑依者であるマイクが我の桃力を使用して特性を発揮すると、
我の負担が尋常ではなくなるそうなのだ。
それを数値で教えてくれたのだが、通常の五倍程度の消耗になるらしい。
ブルトンの放った〈アシュラ・インパクト〉レベルになると、
衝撃波を散らせる前に、我の命が散ってしまうそうだ。
『始めちょろちょろ、後ぱっぱてな』
マイクは我の桃力を使用し、大きな桃力の塊を作りだした。
その桃力の塊には所々、青白い部分と、黄色く輝く部分が混じっている。
「よ~しよし、いいぞ。
後はよく混ぜて……桃力『散』!
GOGO! いってらっしゃ~い!」
マイクが力ある言葉を我の口を利用して発した。
すると桃力の塊はいくつかの欠片となって弾け飛び、
いずこへと飛び散っていった。
『よし、これでいいぜ。
後はユウユウの嬢ちゃんが引っかかってくれるのを祈るだけさ』
「結局は運頼みなのか」
マイクの話によると、あの大きな桃力は我の魔力と気を桃力内に固定し、
完全に混ざらないようにしたものを、彼の特性『散』で細かくし、
デクス山周辺に撒き散らしたのだという。
『これで遭遇率は減ったんだ。やらないよりはマシだろう?
それに、上手くいけば戦わずに済む可能性もある。
なんたって、この山は入り組んでいて遭難しやすいからな』
「そう、上手くいけばいいのだが」
我は体を起こし立ち上がった。
若干、疲労が蓄積しているだろうか?
戦闘中にはわからなかったが、少し身体が重く感じる。
『ブラザー、幾ら強靭な肉体だとしても精神はそうじゃない。
連戦は確実に疲労を蓄積し精神を削ってゆく。
かつて最強と呼ばれた桃使いも、連戦を繰り返して倒されたこともあった。
それに加えてブラザーは実質一人で戦っている。ここからは慎重に行こう。
回避できる戦闘は回避して、確実に進んで行くんだ。
なるべく余力を残して、エルティナの嬢ちゃんとの戦いに臨もうぜ』
「……そうだな、我の目標はエルティナただ一人。
戦う前に倒れてしまっては本末転倒であったな」
やはり精神が消耗しているのだろう。
このような、簡単にわかるであろう答えも出てこなくなっていた。
姿なき兄弟に諭され、我はようやく目的を思い出したのである。
『さて、ブラザー。
ここから先は道が二つに分かれている。
当然、両方に防衛線が張られているぜ』
「どのような戦力か判別できるか?」
『あぁ、少し待ってくれ⋯⋯OK。
右の道が二人、左の道は四人だ。
右は目的地から少し遠のくな。
逆に左は距離的に最短ルートだぜ』
さて、どちらを選ぶべきか。
最短ルートには多くの戦力が割かれているのは明白。
かと言って遠回りになるルートは我の体力が消耗してしまう。
いや、戦闘による消耗を重く見るべきか。
きっと、待ち構える者達はいずれ劣らぬ強者に相違ない。
「よし、右を行こう」
『OK、右はかなり険しい道だぜ。
崖から転落しないように気を付けてくれよ』
我は右の道を選択した。
人数は二人……戦力としては少ない。
それはルート的に険しいからだろうか?
それともか、二人で十分な戦力だからであろうか?
いずれにせよ、対峙してみなければわからない。
「想像以上に険しいな」
『言ったじゃん、険しいって』
その道は想像をはるかに超える険しさであった。
道幅が我の体ギリギリであるのだ。
こんな場所で襲われたら対処に困る。
翼があればどうということはないのだが、
現在は失われてしまっている。
「普段使えるものが使えぬ、というのは難儀なものだ」
『まぁな、俺っちもブラザーの戦闘中に思わず手が出ちまうよ。
お陰で突き指をしちまった。おー痛い』
それは、我のせいではないと思うのだが⋯⋯。
幸運にも、この険しい場所で襲われることはなかった。
険しい場所での戦闘は、彼らも望むものではないのだろう。
『どうやら、お出迎えのようだぜ』
マイクが警告をしてきた。
注意深く前方の闇の中を見る。
やがて黒い雲が、抱きかかえていた月を解放すると、
冷たい月の輝きが、二人の人影を照らし姿をあらわにした。
一人は黒いドレスを身に纏った可憐な少女。
もう一人は黒いタキシードに黒いマントを羽織っている男だ。
『へぇ⋯⋯あいつらヴァンパイアだぜ。
俺っち見るの初めて! 地味に感動してるぜ』
「ヴァンパイア⋯⋯不死者か」
立ち塞がるは月に祝福されし者。
夜の支配者。血に飢えし者。
彼らヴァンパイアとの戦闘経験はない。
果たして、どのような力をもっているのか。
並々ならぬ覚悟を持った表情の吸血鬼に、
我は激闘の予感を禁じ得なかった。