315食目 真なる約束の子
「初めまして、ぼくの名は〈シャイニングレオ〉。
レオと呼んで欲しい。
流石にピカにゃんはないと思うんだ」
「おいぃ、俺の超ド級センスで名付けたネーミングが不満なのか?」
「うん」
微塵の迷いもなく言いきったシャイニングレオに、
俺のプライドはズタズタになってしまった。
「さて、きみに重要なことを伝えるよ。
……単刀直入に言おう。
エルティナ、きみは本物の聖女ではない」
「ふきゅん!? どういうことなんですかねぇ?」
光り輝く獅子の子が、プライドをズタズタにされて弱り切った俺に、
とどめを刺すべく爆弾発言を投下した。
いったい何を根拠に、そのようなことを言うのであろうか?
だが、彼の表情を窺う限り嘘を言っているようには見えない。
「レオ、それはいったいどういうことなんだ!?
エルが聖女じゃないって……」
「事実だよ。
彼女からは女神マイアス様の加護を感じることができない。
聖女とは女神マイアス様の加護を受けている者と、
Sランクの治癒の才能の持ち主が選ばれるんだ」
「そもそも、俺は自分のステータスが見れない不具合があるんですがねぇ?」
しかし、レオと呼ばれた獅子の子は、
俺が女神マイアスの加護を受けていないと見破った。
どうやって調べたのだろうか?
「ぼくは女神マイアス様に作られた守護獣さ。
彼女の加護を受けているかどうかは、すぐにわかるよ。
ただ、きみのステータスはわからないけどね。
本当になんなんだろうね? きみは」
心底呆れられてしまった。
これは俺が悪いのであろうか?
この無慈悲な仕打ちに対して、俺は白目痙攣でもって返すしかなかった。
『ここからは女神マイアスに聞かれたくないから、
特殊な波長の〈テレパス〉で話すよ。
ライオット……もう一人のぼく。
この話はとても重要だからぼくら以外の者には決して話さないようにね』
その声は酷く真剣であったが、恐れも含まれていた。
彼は女神マイアスに創られた存在。
その絶対の存在に隠してまで話す内容とはいったい……?
『エルティナ、きみが女神マイアスの聖女でないことは事実だ。
ただ、聖女としての能力は備わっている』
『どういうことだ? 俺は聖女じゃないんだろう?』
『そうだぜ、レオ。
おまえが今しがた言ったばかりじゃないか』
そう、俺が聖女ではない、との衝撃の情報をぶちまけたのはレオである。
それが手のひらを返したがごとく、
聖女としての能力を備えている、との発言はこれいかに?
温厚な俺でも、調子ぶっこいてると怒るんだぞ!(ビキビキ!)
『それはきみが女神マイアスよりも、
上位の存在によって生み出された者だからさ』
『ふきゅん、どういうことだ?』
『その証はきみのそのペンダントだ。
にわかには信じ難かったけど……間違いない、それは〈始祖竜の首飾り〉。
きみは〈真なる約束の子〉だ。』
〈真なる約束の子〉は〈約束の子〉とは違う存在なのだろうか?
確か〈約束の子〉とは世界を護るために女神マイアスに選ばれた戦士であり、
世界のために命を捧げる役目を持った生贄であると教わった。
『レオ、エルも何者かの生贄なのか?』
ライオットの語気に怒りが混ざっている。
自身も〈約束の子〉であるが故に、この件に関しては許せないのだろう。
『ううん、〈真なる約束の子〉と〈約束の子〉は根本的に違うよ。
〈約束の子〉とは世界の生贄で間違いない。
でも、〈真なる約束の子〉は生贄なんかじゃないんだ』
『じゃ、じゃあ、いったいなんなんだ?』
何故か俺よりもライオットの方が気になっているようだ。
一方、俺はというと……むず痒かった耳をホジホジしている。
ふい~、でっかいのが取れたぜぇ。
『ちょ、きみはなんというか胆力があるというか、
物怖じしないというか、もうなんと言っていいかわからないよ』
『エル、ここは流石に真面目に聞くところだろ』
ふきゅん、怒られてしまった。
俺にとっては、微妙にどうでもいいことなんだよなぁ。
俺の使命は鬼を懲らしめることであり、傷付いた人々を癒すことなんだ。
真なる約束の子とか、なんとかなんてクソ喰らえである。
まぁ、二人とも真面目に会話しているので、もう暫くジッとしておこう。
ただし、俺が大人しくしていられるのは五分が限界だ!
誕生パーティーの謁見のような苦行は、もうこりごりだぜ!(トラウマ)
『あ~もう、話の腰を折られてしまったから緊張感が台無しだよ』
『それほどでもない』
『褒めてないぞ、エル』
この渓谷よりも深いため息を吐いたレオは、それでも気丈に話を続けた。
『こほん、〈真なる約束の子〉とは、
女神マイアスよりも上位の存在である者の後継者さ。
つまり、きみはその存在の子ということだよ』
『ふきゅん!? 俺の親と言うことか!!』
これには、俺も反応せざるを得なかった。
俺の親がこの世界に存在しているというのだ。
これには俺も話に食い付いてしまう。
『親と言うに近いかな? うん、ある意味できみの親に当たるね。
でも……一つ疑問が生じていているんだよ。
後継者である〈真なる約束の子〉……またの名を〈カーンテヒルの御子〉は、
〈男〉しか生れないはずなのに、きみはどう見ても〈女〉だ。
これはいったい、どういうことなんだろうか』
『そんなこと言われても困るんだぜ』
『そうだぞ、レオ。
エルにはアレが付いていないのは確かだ。見て確認したし』
おまっ!? ガルンドラゴンとやり合った時のことを、
しっかりと憶えてやがったのか! はずかちぃから思い出すんじゃない!
『うん、知っているよ。ぼくはきみだからね』
俺の恥ずかしい姿を知る者が、一匹ほど増えてしまった。がっでむ。
『さて、エルティナ。
ここからはきみが〈カーンテヒルの御子〉であるという前提で話すよ。
きみがカーンテヒル様より与えられた使命はただ一つ。
〈殉ずる者〉達を従え、カーンテヒル様の下へと赴くことだ』
『〈殉ずる者〉? それはいったい何者なんだ?』
俺の声は自分でも知らない内に震えていた。
無意識の内に触れていたペンダントを握る手も小刻みに震えている。
『きみと運命を共にする者達だよ。
残念ながらそれ以上の情報は与えられなかった。
でも、きみは気付いているね。〈殉ずる者〉が何者かを』
ヤドカリ君……いもいも坊や。
『そんな、そんなことが……何かの偶然ではないのか!?』
『いや、偶然なんかじゃないよ。
ヤドカリ君は運命に導かれ、きみと出会い、同じ時を生き、
そして……きみのために殉じた。
それが自分の意思であろうとなかろうと』
ヤドカリ君は俺と出会っちまったが故に、死ぬことになったってことなのか?
そんなの、あんまりだ!
『ただ……ここまでが通常の〈殉ずる者〉だ。
きみの肩に載るその子は、変わった経緯できみに従っている。
その子はきみのために殉じてはいないのに、
〈始祖竜の首飾り〉の宝珠に収まっている。
本当に、きみはわからないな……きみに集う者達を含めてね』
そうだ、いもいも坊やは桃先生の芽を護るために、
その幼い命を燃やし尽くした。
決して俺のためではない。
では、どうして俺と一つになったのだろうか?
『いもっ』
『そうか、そうだったな』
理由なんて簡単だった。
彼は俺が好きで、共に居たいと願ったからだ。
そして俺も、彼と共に生きていこうと決意したからだ。
『レオ、おまえは随分と詳しいけど……いったい何者なんだ?』
『もう一人のぼく、きみは薄々感付いているね?
そう、僕を創り出したのは女神マイアスと、始祖竜カーンテヒル様だよ。
表向きは女神マイアスが生み出したことになっている。
でも、実際はカーンテヒル様が僕を創り出したんだ。
女神マイアスは僕に名前を与えただけなんだよ。
ちゃっかりしてるよね、彼女って』
そう言って苦笑するレオ。
女神様しっかりしろよ。全然ダメじゃないか。
『というわけでエルティナ。
きみは聖女ではなく、もっと上位の存在であるんだ。
でも、今は聖女として振る舞っていて欲しい。
理由は時が来たら教えるよ』
『ふきゅん、何がなんだか、いまいち理解できないが、
取り敢えずはわかった』
そう言うと光り輝く獅子の子レオは、
ライオットの胸の中へと音もなく入り込んでしまった。
他者のこのような光景を見るのは不思議な感じがする。
いつもは、俺が不思議がられているからな。
いもいも坊やが寝る時は、いつも俺の頭の天辺によじ登り、
すい~っ……と中に入っていくからだ。
理由を聞いてみたが特に意味はないらしい。
「ふきゅん、偽者の聖女か。
でも俺は〈ラングステンの聖女〉であって、
〈女神マイアスの聖女〉じゃない、という理由で事なきを得た」
「まぁ、屁理屈だけど……結局はそうなるよな。
女神に認められたわけじゃなく、多くの人に認められた結果だもんな」
まぁ、最初は素質だけで聖女呼ばわりされたんだがな。
今となってはいい思い出だ。
それに、俺が聖女でなくてもいいと思う。
俺より適任者がいるのであれば、それに越したことはない。
俺は聖女である前にヒーラーであるのだ。
そして、人々を護り救う桃使いだ。
俺にとって聖女はただの肩書に過ぎない。
聖女の肩書を捨てろと言われれば、なんの迷いもなくポイちょすることだろう。
「ふっきゅんきゅんきゅん……聖女だろうが、そうでなかろうが俺は俺だ。
どんなことになっても、俺はヒーラーであり続けるだけさ」
「そうだな、エルはエルだもんな。
俺もおまえを護る拳で在り続けるよ」
俺達は無意識の内に山のとある場所を鋭く見つめた。
……近付いてきている。黄金の竜がすぐそこにまで。
俺達は宿敵との再戦が近いことを確信するのであった。