314食目 珍獣、珍獣と遭遇する
◆◆◆ エルティナ ◆◆◆
「なん……だと……!?」
「エル、またそのやり取りかい? というか勘が良過ぎるよ」
俺はただ単に、このセリフを言いたくなったので言っただけだったのだが、
またしてもそれは、タイミング良く的中してしまったらしい。
どうやら俺の勘もまんざらではないようだ。
エドワードの口振りから察して、今回も良くない知らせだろう。
「マフティ達がガルンドラゴンを迎え撃ったのだけど、
健闘空しく突破されてしまったらしい」
「マフティ……実質的にはブルトンか。
あいつでも無理だったのか?」
うう~む、正直な話……ブルトン辺りで、
シグルドのヤツはボコボコにされるかと思っていたのだが、
俺達と同じく、かなりの実力を身に付けて帰ってきたようだ。
「後……プリエナが戦闘中に渓谷に落ちて行方がわからなくなっている。
それを追いかけたチゲも同じく行方不明。
現在はマフティ達が捜索している」
「なんで、チゲがここに来てるんだ!?
よし、戻るぞぉぉぉぉっ!」
俺はエドワードの腕の中でジタバタするも、
彼の腕の中から脱出することは叶わなかった。
腕が細いくせに物凄い腕力を誇るエドワードの博愛固めからは、
俺の全力を以ってしても逃れられなかったのだ! なんてこったい!
「ふきゅーん! ふきゅーん!」
「鳴いてもダメだよ。
今戻ったら、エルのために戦っている者達に申し訳が立たない」
「うぐぐ……でも、たぬ子が渓谷に落ちたんだぞ!」
そうだ、こんなことなんてしてられない。
大切な仲間が命の危険に直面しているのだ。
「それに、もうそろそろ目的地だよ。
エルはここで待機していて欲しい」
俺の目の前には開けた平地が姿を現した。
この険しい山には珍しい場所だ。
「着いたよ、エル。
ここは連合軍が魔族の国に侵攻する際に拠点の一つとして切り開いた場所さ。
飛空艇の一隻くらいなら着陸できるように整地してあるんだよ」
「ふきゅん、なるほど。
よくよく見てみれば、人の手で手入れされた跡があるな」
見渡すとかなりの広さだ。
軍の拠点として使用するのだから当然といえるが。
シグルドのヤツと戦うには申し分のない広さだ。気に入ったぜ。
「さて、それじゃあ僕達は、
ガルンドラゴンを迎え撃つために少し下の方に下るよ。
非常に遺憾ではあるけど、
消耗しているライオットはエルの護衛として、ここに残ってもらう。
エルはここから動かないようにね。
ライオット、エルを頼んだよ」
「あぁ、任せてくれ、エド」
胸を張って言ってのけたライオットを少し睨むも、
曇りのない彼の瞳を見て毒気を抜かれたのか、
優しい微笑みを見せた後、エドワードはクウヤを伴って山を下っていった。
「エル、おまえは休んでおけ。
皆には悪いとは思うけど、ガルンドラゴン……
いや、シグルドはきっとここまで来るだろうぜ。
大丈夫、プリエナは無事さ。
あいつ、すっげぇ運がいいからな」
ライオットは体を解しながらそう俺に言った。
俺も彼と同じ考えをしていた。
あの決意を持った目は、ちょっとやそっとで挫けることはない。
それにプリエナのことだ。
ライオットが言ったように、たぬ子は異常に運がいい。
今回もちゃっかり助かっている可能性が高い。
よって、俺が一番心配しているのはチゲということになる。
彼は心優しい臆病者であるが、
ここぞという時に勇気を振り絞って大胆な行動を取るのだ。
それが、今回も出てしまいその身を危険に晒してしまっている。
無事でいてくれればいいのだが……。
あれこれ考えても仕方がない。
俺は現地へと赴くことができないのだ。
黄金の竜のことに集中することにしよう。
「シグルド……か」
ヤツは名乗った〈シグルド〉と。
その名前に敵意は湧かない。
寧ろ、愛情が湧いてくるのは何故だろうか?
相手は怒竜のシグルド。
かつて、俺を恐怖のどん底まで叩き落した宿敵とも言える相手だ。
だが彼は自然が敷いたルールに従い俺を喰らいに来ただけであり、
俺もその戦いにおいて、怒りは発生しようとも憎しみは湧いてはこなかった。
確かに……憎しみはない。
しかし、そこに愛情など湧くはずもなく、
この奇妙な感情に俺は困惑するハメになっていた。
いや、待てよ……この名前は確か初代の記憶の中で登場していたはずだ。
そうだ、間違いない。初代の愛した男の名前だ。
青髪で逞しい冒険者で屈託のない優しい笑顔。
その広い背中をずっと見つめていた。
あんなことがなければ、初代はこの優しい笑顔の男性と結ばれていたのだろう。
おのれ、アラン・ズラクティ! 断じて許すまじ!
必ずや俺が初代の仇を討ってみせよう!
「シグルド・ファイム……か」
胸の中が限りない愛情と絶望が混ざり合い、
いろいろとおかしなことになってしまっている。
なんかもう、胸焼けみたいな感じだ。
こんな時は、何かスカッとした物を飲むしかない!
俺は〈フリースペース〉から、
メロンソーダを取り出し、グビっと喉に流し込んだ!
喉をシュワシュワと刺激しながら胃に向かうメロンソーダ。
この刺激が堪らない!
鼻を突き抜けてゆくのは、メロンだがなんだかわからない作り物の香り。
このパチもん感が最高だ!
舌に残る甘ったるさが、メロンソーダを飲んだという実感を与えてくれる。
この甘ったるさを払拭するために、またメロンソーダを飲むという矛盾!
ひゃあ! 堪んねぇ! 一気飲みだぁ!!
「お? 丁度、喉が渇いてたんだ。もらうぜ~」
「あ~~~~~っ!?」
なんという邪悪な行為!
俺のメロンソーダはライオットの魔の手により奪われ、
そのエメラルドのように輝く液体を全て飲み干されてしまったのだ!
おのれ、ライオット!
俺の怒りは最早、限界を超えて「ふきゅん、ふきゅん」と轟いているっ!
この怒りの深さ思い知るがいい!
「ちょあー!」
「うわっ、どうしたんだよ?」
俺の渾身の〈ほっぺぷにぷに攻撃〉は、
ライオットの妙に丈夫な頬に阻まれ、
〈こうかはいまいちのようだ〉と表示される結果となった。
ちょっと~ほっぺが固過ぎるよ~!(苦情)
「ふきゅん……仕方がない。
こうなったら、ライゼン牧場の搾りたて牛乳を飲むか」
これぞ、俺の秘蔵の品だ。
濃厚且つ香り高く、
まろやかな甘みが口いっぱいに広がる究極の牛乳である。
それはまるで、さっぱりとしたクリームを飲んでいるかのごとき甘さだ。
この牛乳を作りだすために、
ライゼンさんは寝る間を惜しんで牛達の世話をしたらしい。
彼の熱意と愛情を感じ取った牛達が恩返しに、
と出した牛乳がこの〈究極ライゼン牧場牛乳〉なのである。
あまりの美味しさに予約が殺到し、
今では一年待ちなど当たり前になってしまったのだ。
俺はグランドゴーレムマスターズ優勝のお祝いとして、
どっさりとこの牛乳を頂いた。やったぜ!
この牛乳で作るシチューは、魂が抜けてしまうほど美味しかった。
ヒーラー協会食堂にて、これを作り皆で初めて食べた時、
その場には魂の抜けた多数の死体が出来上がることになり、
食事を摂りに来たスラストさんを大変驚かせてしまった。
無論、彼もそのシチューを食べた後に死体の仲間入りを果たした。
エチルさんに起こしてもらわなければ、
死体のまま陶酔感に酔っていたことだろう。
さて、この牛乳。
温めても冷やしても美味しいのだが、
一番おいしく飲める温度……実は常温である。
この温度が甘みのバランスが非常に優れているのである。
冷やすと甘みは減りさっぱりと飲める。
ただし、飲みやす過ぎて消耗が激しくなるのでお勧めできない。
気が付くと牛乳は底を尽き、自身が絶望のどん底に落ちてしまう。
気を付けろ!(五敗)
温めると甘みがグンと増し、
それをふぅふぅ冷まして飲めば、優しい母の顔を思い出すことだろう。
これは消耗が少ない、と思われるだろうが……そんなことはない。
この圧倒的に優しい甘さは、最早、麻薬と言っても過言ではないのだから。
また一杯、あと少し……と言い訳しながら飲み進めてゆく内に、
牛乳は綺麗に胃の中に納まってしまうのだ!(七敗)
よって、常温がバランスが良く適度に飲むことができるのである。
ライゼンさんも、そう言っていたから間違いない!
「ぐび、ぐび……ぷきゅ~ん! やはり、牛乳が一番だぜぇ! げふぅ!!」
俺は腰に手を当て、牛乳瓶に入った白い液体を飲み干す。
優しい甘みが口いっぱいに広がり、俺の心を落ち着かせ穏やかにしてくれた。
やっぱ牛乳でしょ!(確信)
気持ちが落ち着いた俺は、丁度いい大きさの岩に腰を下ろした。
空には黒い雲が差しかかり、空にて輝く月を隠さんとしている。
『えるちん、えるちん。
ぼくらはもう、かえらないといけないよ、いけないよ』
ピカチョウ達はここまで付いて来てくれたが、
そろそろ月に帰らなくてはならない時間が来たようだ。
「ふきゅん、そうか……ゆっくり話がしたかったんだが。
わかった、ありがとうな……ピカチョウ」
『ばいばい、えるちん! らいおっと! つつちゃんに、むせる!
いもちゃん、がんばってね!』
『うん、まかせて、みんな! ぼく、がんばるよ! がんばるよ!』
月に帰るピカチョウ達に、短い足を振って見送るいもいも坊や。
やがて、ピカチョウ達は空に溶けるようにして見えなくなった。
「行っちまったな。
俺の名前、憶えていてくれたんだなぁ」
「あぁ……でも、きっとまた会えるさ。そんな気がする」
「にゃ~ん」『いもっ』
……ん? あれ? ライオットって、
ピカチョウの言っていることを理解している!?
今まで、いもいも坊やの言葉すらわからなかったのに!
「ライ、ピカチョウの言っていることがわかったのか?」
「え? いや、普通にライオットって……」
そこまで言って彼は腕を組んで考え出した。
やがて頭から煙を放出した彼の胸から、
光り輝く獅子の子が飛び出てきたではないか。
この珍獣はいったい……!?
「ぼくが目覚めたからだよ、もう一人のぼく。
きみは〈ライオンハート〉の覚醒により、
声なき者の声が聞こえるようになったんだ。
ぼくとの会話が成立しているのがその証拠さ」
「レオ……そうだったのか。
てっきり、エルが口を付けたメロンソーダを飲んだからかと思ったぜ」
「おいぃ……それはどういう意味なんですかねぇ?
後なんだ、そのピカにゃんは。
ライの胸からにゅって、出てきたようだが?」
その光り輝く獅子の子はツツオウと反対側の肩に載り、
俺の顔をジッと見つめてきた。
俺の顔に何かついているのだろうか?
そして、光り輝く獅子の子はゆっくりと語り始めた。