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食いしん坊エルフ  作者: なっとうごはん
第七章 逆襲のガルンドラゴン~シグルドの挑戦~
313/800

313食目 変換治療

 ◆◆◆ シグルド ◆◆◆


『よし、ブラザー。ここなら手当てができる。

 肉体の損傷状態を調べるから少し時間をくれよな』


 我はうっそうと茂った背の高い草木に身を隠し束の間の休息を取る。

 二戦……たった二戦で我の身体は大きく傷ついてしまった。

 このままでは、エルティナと戦うどころではなくなってしまう。


 我はあの時同様に、満足な状態であの小さき強者と戦いたい。

 しかし、立ち塞がる少年少女は皆、油断ならぬ強者ばかりであった。

 少しでも気を抜けば即座に命を刈られる。

 そんな戦いが連続したのだ。


 我は弱い。強くなどない。


 そのような考えが浮かんでは消え、浮かんでは消えていった。

 我の右前足を見やると、肉が削げ落ち白い骨が露出している。

 言うまでもなく重傷だ。


『診察完了だ。

 もう重傷も重症、普通ならドクターストップものだぜ。

 といっても、そんなことはできないから、

 俺っちがブラザーの身体を治療する訳なんだけどな』


 相変わらず我の頭の中では、カタカタと何かを叩く音が聞こえている。

 この音はマイクが〈きーぼーど〉という物を叩いて出している音だそうだ。

 なんでも魔導器具のような物だというが、

 そのような物の記憶は〈シグルド〉の記憶の中にも見当たらない。

 完全にマイクの世界独自の道具なのだろう。


『ええっとぉ、これだけ大規模な変換治療は初めてだからなぁ……

 上手くいくかどうか。

 ブラザー取り敢えずは食事を摂ってくれ』


「食事といっても、この周辺には獲物がいそうにないぞ」


 耳を澄ましても獣の声は聞こえない。

 しかも季節は三月上旬。

 食べれるような実など、どこを見渡してもありはしない。


『それがあるのさ。

 ブラザーは相棒の全てを受け継いだんだろ?』


「……〈シグルド〉の魔法空間か」


 マイクに言われてようやく気が付いた。

 あれは〈シグルド〉とコンビを組んで、暫く経った頃のことだ。



 

 我らはとあるクエストを受領し、

 目標である巨大な四足歩行生物の討伐に成功していた。


 それは〈グレートヒリポタス〉と呼ばれる草食動物で、

 灰色の肌に長い首を持つ三メートル程度の大人しい生物だ。

 彼らは俗に、首長竜とも呼ばれている。

 垂れた長い耳が特徴で、その耳はさまざまな加工品の素材になるそうだ。


 ただ、討伐の依頼があったのは、

 その倍になる六メートルクラスのグレートヒリポタスである。

 このサイズにまで成長を遂げると、

 その食欲に草木の成長が追いつかなくなってしまう。

 結果、近隣の畑を荒らしに来るようになるそうだ。

 

 当時、我の身体は八メートルほどであったので、

 討伐はグレートヒリポタスの首を狙って噛み付き、

 窒息死させる方法を取った。


「うは、流石にでかいな。

 討伐の証は両耳だったな……よし、確保完了っと。

 相棒、後は食べちまっていいぜ」


「我でも、この量は食いきれんぞ」


 自分の体の半分以上もある生物を、全て食らってしまうのは困難を極める。

 実は我はそこまで大食らいではないのだ。

 同族の中では最も小食であるらしい。


「そっか、う~ん……どうしたものか」


「HAHAHA、なにいってんだよ相棒!

 おまえさんにゃあ、魔法ってもんがあるだろうに!

 今度なんかあった時まで保管しとけばいいんだYO!」


「ふむ、そのようなことができるのか?」


〈シグルド〉は黒い巨大な穴を創り出し、

 その穴にグレートヒリポタスを押し込むよう頼んできたので実行すると、

 不思議なことに巨大な首長竜の亡骸が、

 その穴に収まり消えてしまったではないか。


「これが魔法というものか」


「しっかし……よく入ったもんだな」


 我とその魔法の使用者は、

 驚きの顔で互いを見合わせた後……共に笑いあった。




「そうであったな……あの失われた輝かしい日々に、そのようなことがあった」


『ブラザー……相棒の置き土産だ。

 ありがたく頂戴しようぜ』


 我は〈フリースペース〉を使用し巨大なグレートヒリポタスを取り出した。

 その亡骸は当時のままの状態を維持しており、

 腐敗などまったくしていない。


「見事なものだな。これが魔法というものか」


 我は素直に魔法の力に感心した。

 実は魔法を使うのは初めてである。

〈シグルド〉の全てを継承していなければ、使用すらできなかったかもしれない。


『あぁ……本当に凄いよな。あの時のままだ。

 あの時のままじゃないのは俺達だけさ。

 ブラザー、食事を開始してくれ。

 俺は〈変換治療〉を開始するからさ』


〈変換治療〉それは桃力のありとあらゆるエネルギーに変わる、

 という特性を利用した応急治療術である。

 長年の研究により、桃力はあるエネルギーを組み合わせるとにより、

 物質に変化することが判明しているそうだ。


 そのうちの一つ、食物を摂取する際に発生する熱エネルギー。

 これと桃力を組み合わせることによって、

 体組織を生み出すことができるらしい。


 それには莫大な桃力が必要になるため、負傷者本人の桃力の強さが物を言う。

 よって、食事を摂りながら負傷部分の治療をおこなう。

 これは理に適っている。まさに一石二鳥だ。


『損傷部分が肉の部分だけでよかったぜ。

 骨がやられちまっていたら、再生までに一週間はかかるからな』


「つまり、翼はすぐに治せないということか」


 マイクの補足によると変換治療はあくまで応急処置で、

 骨などの骨格部分になると、

 それ相応の施設及び人物に治療を受けなければならないらしい。


『桃先生がいてくれたら、こんなケガ一発で治してくれるんだがなぁ。

 鬼にやられた傷じゃないから、あっという間に治せちまうんだ。

 俺達の世界で唯一、治癒魔法が使える存在なんだよ』


 まるで自分のことのように話してくるマイク。

 その桃先生なる人物は、それほどまでに頼りになる者であるようだ。


『ただ、性格も良い上に超グラマーなんだが……

 いつも変なバケツを被って顔を隠しているんだよなぁ。

 絶対美人だと思うんだけど、なんで隠すんだか?

 一度でいいからお顔が見たいZE! HAHAHA!

 ……あ、間違えた』


「待て、その間違えた、とはなんだ!?」


『あぁ! なんでもない、なんでもない!

 こっちの話さ、ブラザー! HAHAHA!!』


 乾いた笑いで誤魔化す、マイク。

 何を間違えたのかは、結局わからずじまいであった。


 食事を進めてゆくと、

 徐々に白い骨が赤い肉に覆われて見えなくなっていった。

 大した技術だ。

 こうして、多くの桃使い達をサポートしてきたのが

 マイクの就いている〈桃先輩〉という役職なのだろう。


『ブラザー、もういいぜ。

 残ったグレートヒリポタスはしまっておいて、負傷した際にまた使おう。

 これだけの量なら、後二回は使えるはずだぜ』


「わかった」


 我はすっかり元どおりになった右前足を動かし感触を確かめた。

 黄金の鱗もしっかりと復元している。

 これならば戦闘に支障はないだろう。

 翼は骨からやられているのでどうにもならないのが残念である。


 我の身体の一部になってくれたグレートヒリポタスに深い感謝を捧げ、

 再び〈フリースペース〉にしまい込むと、

 地面に一枚の写真が落ちていることに気付いた。


「これは、〈シグルド〉の……」


 その写真には青い髪をした男と、赤毛の女が並んで写っていた。

 青い髪の男は我が相棒〈シグルド〉。

 もう一人の女は……女は……!?


「……エルティナ」


『ワッツ!? エルティナ!?

 エルティナって、エルフのお嬢ちゃんか?』


「いや違う、小さき強者ではない。

 だが、彼女の名を聞いた際に感じた違和感がこれでわかった」


 エルティナ……それは〈シグルド〉が愛した唯一の女。

 共に将来を誓い合い、それは叶わずに終わった。

 彼女はクエスト中に仲間に裏切られ命を落とした。

 シグルドもエリスンの薬代を稼ぎながら仇を探していたようだ。


「ただの偶然だろう……〈シグルド〉の愛した女性ひとは、もうこの世にいない」


 そう偶然だ。

 エルティナという名前など、よくありふれた名前だ。

 探せば幾らでも同じ名の女など見つかるだろう。


『相棒の……そっか、ブラザーは記憶の全てを受け継いでいるもんな。

 だから、ブリギッドちゃんのアピールも素っ気なくかわしていたんだなぁ』


 そう、〈シグルド〉の愛は確かなものであり、また一途でもあった。

 彼女以外に愛することなどできなかったのだ。


「エルティナ・ランフォーリ・エティル……〈シグルド〉の愛した女性ひと


 我が挑む小さき強者が同じ名とは数奇なものだ。

 だが、幾ら同じ名であるとしても容赦はしない。

 全力を以って挑み勝利を掴む。


 月に黒い雲が差しかかってきた。

 それはまるで、この先に待つ激闘が我を招き寄せるようにも見えたのであった。

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