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食いしん坊エルフ  作者: なっとうごはん
第七章 逆襲のガルンドラゴン~シグルドの挑戦~
312/800

312食目 差しかかる黒い雲

 ◆◆◆ キュウト ◆◆◆


 とんでもない事態になってしまった。

 まさか魔法のロープが切れてしまうなんて。


 この魔法のロープ、所有者のゴードンが言うには、

 並みの刃物では傷一つ付かないほど頑強な代物なのだそうだ。

 しかも、魔力を注いで十分に強化した物が切れた。


 それほどまでにブルトンとガルンドラゴンの戦いの余波が、

 凄まじかったということだ。

 ゴードンとマフティに落ち度はないだろう。

 それよりもプリエナだ。


 体重の軽い彼女は戦いの最中、ずっと宙に浮いていた。

 ブルトンとガルンドラゴンの激突は予測不可能の気流を生み出し、

 それに巻き込まれる形になった俺達は、

 強烈な突風に翻弄されるはめになった。

 魔法のロープに括られていなければ、

 いずこへやらと飛ばされてしまっていただろう。


「めが~めが~、あ~」


 最後尾に位置していたプリエナは、

 ブンブンと激しく振り回され目を回していた。

 そんな彼女の前にいたのはホビーゴーレムのチゲだ。

 彼もまた彼女同様に振り回されていた。

 見かけよりも軽いらしく重りにもなっていない。


 そこまではまだいい。

 戦いが終われば、事態は収まったはずだったのだから。

 だが、不幸なことに不測の事態が発生してしまったのだ。


 ブルトンの〈アシュラ・インパクト〉を、

 ガルンドラゴンが自らの前足を犠牲にして破壊した際、

 余波で大量の石片が宙に舞い発生していた気流に巻き込まれた。

 それは気流の流れに乗り、勢いを増して俺達に襲いかかってきたのである。


 それにいち早く気づいたリックは、身動きが取り難い状態にもかかわらず、

 愛槍を巧みに操り石片を叩き落していった。

 ロフト達やフォルテも各々の武器を使用して、

 迫りくる石片を迎撃するが数が多過ぎた。

 巻き込まれた石片は十や二十ではなかったのだ。


「ひぃぃぃぃぃぃっ!? 数が多過ぎです!!」


 メルシェが火属性中級攻撃魔法〈ファイアボルト〉で炎の矢を連射するも、

 あまりの強風で狙いが付かず、その殆どが外れていった。

 この風の中では余程の経験を積んだ者でなければ、

 魔法で石片を迎撃するのは難しいようだ。


「メルシェ、落ち着いて! 無暗に攻撃魔法を放ったら味方に当たる!」


 フォルテがパニック状態になりかけていたメルシェを宥め落ち着かせる。

 確かに、無暗に撃てば大惨事になる。

 俺の尻尾のように。


 俺の尻尾は、彼女の撃った炎の矢によって少し焦げてしまっていた。

 気流に乗ったそれは俺の背後から迫り、尻尾の先に命中してしまったのだ。

 とほほ……自慢の尻尾が台無しだぜ。


「あはは! そうなのか! そうなのかっか! あははは!」


 アルアは……うん、いつもどおりだ。

 突風に弄ばれているにもかかわらず笑顔を絶やさなかった。

 超至近距離を炎の矢が通り過ぎて行っても笑っていられる、

 その精神の図太さを見習いたい。


「ず、ずるいんだな! わ、私も宙に浮きたいんだな! だなっ!」


 グリシーヌが、そのような文句を言ってきたが無理な注文だ。

 彼女の重量では生半可な風では浮き上がらないだろう。

 というか、今は宙に浮いている場合ではない。


「キュウト! おまえ……おっぱいでかいな!」


「そこからぶん投げるぞ、ケイオック!」


 あぁもう、緊急時だというのに、

 どうして緊張感がないんだ、うちの連中は!


 俺は治療中のゲルロイドと、

 偶然傍にいたフェアリーのケイオックを懐に収め、

 突風に備えたのである。


 ゲルロイドは治療途中なので戦力にはならない。

 ケイオックも魔法を使わないので戦力外だ。

 緊急時ぐらいは使ってほしいものなのだが……。


 だが、そんな余裕もここまでだった。

 ぐるぐると回転しながら俺の目の前を通り過ぎてゆくものが、

 人だと認識するには少しばかり遅かった。


 特徴的な大きな尻尾、アレはプリエナに間違いない。

 何故、プリエナが俺の目の前を通過しているんだ!?

 魔法のロープはどうしたんだ!


 急いで魔法のロープを確認する。

 そこには絶望的な光景が待っていた。

 プリエナの命を繋ぐ魔法のロープが切断されていたのである。


 恐らくは石片によるものだと思われるが……くそっ!

 ここまでの威力を持っていたとは思わなかった!


「プリエナ!!」


 俺は彼女を名を力いっぱい叫んだ。

 それに反応したのはブルトンであった。


 彼はガルンドラゴンにとどめを刺そうと、

 渾身の一撃の体勢に入っていたのだが、

 それを急遽取り止め、渓谷に飛ばされているプリエナの確保に向かった。


 この時、俺はブルトンとガルンドラゴンの戦いのことなど頭になかった。

 ただ、プリエナの命を救うことしか頭になかったのである。

 結果として、まんまとガルンドラゴンにここを突破されてしまった。

 だが、そんなことは今はどうだっていい。


 プリエナだ。

 彼女を救出しなければ!


 俺は駆け出そうとして魔法のロープが行動を制限していることに気が付いた。

 命を繋いでくれていたロープが俺の行動を邪魔しているのである。


 ロープを外そうとするも固く結ばさっていて解けない。

 そうこうしている内に、赤い人影が俺の前を通り過ぎ、

 渓谷に落ちゆくプリエナ目がけてダイブしたではないか!


「チゲ!? なんて無茶をしやがる!!

 ゴードン! ロープを解いてくれ!」


「今やってる! くそっ! 突風の余波で固く結ばさっちまった!」


 なんてことだ、この中で一番臆病だと思っていたチゲが、

 プルエナのために命を懸けて助けに行ったのである。

 でも、それは褒められたことではない。

 確か彼には、なんの装備も施されてはいなかったはずだ。


 ムセルのように空を駆けることも、

 イシヅカのように〈フリースペース〉を使うことも、

 ツツオウのように、不思議な力を宿しているわけでもない。

 ただ、身体が大きいだけの心優しいホビーゴーレムだったはずだ。


 このままでは二人とも助からない。

 それなのに何故……!?


「どうすればいいんだよ……!?」


 思わず出てしまった言葉。

 鼓動が早くなり、絶望から目頭が熱くなり涙が溢れてくる。

 あまりのことに頭が真っ白になり、まともな考えができなくなっていた。


「どうするもこうするもねぇだろ!

 ヒーラー心得一つ!

 ヒーラーは目の前にある命を決して諦めてはならない!

 食いしん坊に散々叩き込まれただろうが!」


 魔法のロープから解き放たれたマフティは、

 即座にブルトンのケガを治癒魔法で癒し始めている。


「諦めるのはプリエナの死体を見てからにしろ!

 ブルトン、いけるな!?」


「……もちろんだ」


「ゴードン! 魔法のロープは使えるか!?」


「けけけ……あぁ、問題ない。行けるぜ、マフティ」


 三人の行動は早かった。

 再び魔法のロープを身体に括り付けると、

 ロッククライミングの要領で崖を下っていったのである。

 魔法のロープはまるで生き物のように動きアンカーの役割を果たしていた。


「キュウト、おまえらは戦闘組の支援をしてやれ!

 プリエナとチゲは俺達に任せろ!」


 そう言い残すと、マフティ達は渓谷の深い闇の中に突入していった。

 残された俺は情けなさと後悔にさいなまれた。


「俺って格好悪いなぁ」


 プリエナを心配するだけで行動に移せなかった。

 それに殆どプリエナを諦めていた。

 この渓谷の深さは尋常ではない。

 落ちてしまえば、まず助からないと思っていたからだ。


 しかし、マフティは諦めずに行動に移った。

 ヒーラー心得一つ、ヒーラーは目の前にある命を諦めてはならない。

 この心得の真の意味は〈命を諦めるな〉ということだ。


 マフティはこの心得がとても好きだった。

 対して、俺はこの心得が嫌いだった。

 何故なら、俺は諦めなければならない命を知っていたからだ。


「キュウト、そんなに落ち込むな。

 大丈夫、プリエナはきっと生きてるさ」


「ダナン、そんな気休め……」


 俯く俺にダナンは続けた。


「大丈夫、なんたって俺達は〈約束の子〉なんだぜ?

 女神様の御加護が付いてるんだ、そう簡単にくたばったりしねぇよ」


 そう言って彼は引き攣った笑顔を俺に向ける。

 無理をしていると思った。

 本当はダナンも喚き叫びたいだろうに。

 俺は胸の中に、熱いものが込み上げてくるのを感じた。


「……そうだな、きっと無事だよな」


 俺は今できる精一杯の笑顔を彼に向けた。

 そうだ、諦めてはいけないのだった。

 なんのために、俺は彼女の最期を看取ったんだ。


 彼女の弱々しく握ってくる手を握りしめ約束したはずだ、

『最後まで諦めない』と。


 あぁ、いつまで経っても俺の心は弱いままだなぁ。

 強く……強くなりたい。


「プリエナのことはマフティに任せて、俺達は自分の使命をまっとうしよう」


 俺は皆にそう告げた。

 しかし、これは俺自身に向けて言った言葉でもある。


 ふと空を見上げると、月に差しかかる黒い雲。

 それはまるで、俺達の未来を暗示しているかのようだった。

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