311食目 アシュラ・インパクト
◆◆◆ シグルド ◆◆◆
戦士ブルトンが咆えた。
吐き出した両拳から解き放たれたのは力ある闘気。
あるいは破壊の意思か。
『マイク! 桃力でアレを止める!』
『あいよぅ! もう準備は終わってるぜ!
桃力特性〈固〉発動、調整は任せてくれ、ブラザー!』
迫り来る破壊の衝撃……それは大地を抉り粉微塵にしながら我に迫っていた。
その速度は早く回避は困難。
よって、桃力による防御を選択したのである。
我はタイミングを狙い桃力をぶつける。
外したら無事では済まないだろう。
それほどの決意と覚悟を持った一撃だ。
「かぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
我の口より放たれた桃力が破壊の衝撃を固める。
いや、固まりきっていない!?
『おいおい、冗談きついぜ! なんなんだよ、このパワーは!?
子供の放つ威力じゃねぇよ!
予測値を大きく上回り過ぎだ! ちくしょうめ!』
『マイク、桃力の力を上げろ!』
我の中の桃力が高まってゆく。
マイクの予想を遥かに超える力は、
桃力の特性をもってしても完全に止めるには至らず、
少しずつ押し込まれてしまったのである。
慌てて桃力の出力を上げ、なんとか固定することに成功するも、
回復した桃力の残量は心もとないものとなってしまった。
なんという恐るべき力を持った戦士であろうか。
『あぁもう、折角補給した桃力がパーだぜ! ファック!』
『だが、これで衝撃波は……』
ゴンッという激しい音が鳴り響く。
それは、我らの背筋を凍りつかせる光景が展開していたのだ。
確かに戦士ブルトンが放った衝撃波は止まっている。
だが……そのすぐ後ろに、もう一つの衝撃波が重なり、
固まったはずの衝撃波を押し込んでいるではないか。
「なんだと!?」
「我が拳には異形の神〈阿修羅〉が宿っている。
阿修羅神の腕は六本。
即ち、俺が放つ〈アシュラ・インパクト〉の残弾は後……四発!」
三度、激しい音が鳴り響き、
戦士ブルトンから〈アシュラ・インパクト〉が放たれる。
それは二撃目同様に重なり、その威力を増幅させた。
桃力が細かい粒子となって消えてゆく。
このままでは固めきれない!!
『マイク! 出し惜しみをしている場合ではないぞ!』
『無茶言うな! これ以上桃力を使ったらブラザーが死んじまうよ!!』
桃力は魂の力。
我の魂を消耗して繰り出す奇跡の力である。
故に桃力を出し尽くすということは、直接的な死と同じである。
くそっ! これが我の限界だというのか!?
何一つ約束を果たせぬまま朽ち果てるのか!!
いや、諦めるな……諦めるのは死んだ後でもできるはずだ!
『クールに行こうぜ……相棒』
その時〈シグルド〉の言葉が我の頭を過った。
そうだ、熱くなるな。
頭は冷静に、されど闘志は熱く……! 一筋の可能性に全てを賭けろ!
『マイク、我の桃力の特性は〈固〉であったな?』
『え……あ、あぁ、そうだぜ、ブラザー。急にどうしたんだ?』
ならば、やってみるか。
これは賭けだ。決まれば我の勝ち、しくじれば我の負け。
チップは我の命……もちろん全賭けだ!
「ぬぅりゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
我は右前足を最初の衝撃波に突き入れた。
砕け散る我が右前足と衝撃波。
度し難い痛みが我に襲いかかる。
前足は完全に失われることはなかったが、傷口からは白い骨が見えていた。
我の狙いはもう一つ。
衝撃波に接触した際に起こる爆風は、
思惑どおり砂煙を巻き起こし、両者の視界を一瞬塞ぐことになった。
『ジーザス! ブ、ブラザー!? なにやってんのぉ!?』
『マイク! 砕けた我の前足を桃力で固めろ!
血が流れなければいい! 急げ!!』
前足の固定をマイクに託し次の行動に移る。
衝撃波がなくなったことにより桃力は全て攻撃に使える。
だが、〈アシュラ・インパクト〉の残弾は、
戦士ブルトンのいうことを信じるのであれば後三発!
「……まだ終わりではない! 受けよ、阿修羅の拳を!!」
次が来る! 恐れるな!
放たれる前に我の一撃を決める!
このチャンスを逃せば、もう我に後はない!
『オーマイガッ! クレイジーにもほどがある!!』
『苦情は後で聞く!』
我は全力で跳躍を試みた。
相手が上空からの奇襲に備えていれば我の負けだ!
〈シグルド〉よ、月よ、我に勝利を与えたまえ!!
「……なんだと!? 上から!!」
それは完全な博打だった。
我はほぼ直感で跳躍し戦士ブルトンに迫った。
ブルトンが選択した攻撃は、真っ直ぐ衝撃波を撃ち込むであったのだ。
放たれた衝撃波の回避に成功した我は、彼に肉薄するという結果を勝ち取った。
『あぁもう! 破損組織を桃力で固定! 痛覚遮断!
ホワッツ!? 完了まで三十秒!?』
『三秒でやれ!』
もうオークの戦士の目前だ。
ブルトンの突き出した両腕からはおびただしい量の出血。
彼もまた、限界を超えて技を放っていたのだ。
我もまた耐えがたい激痛で意識が朦朧としている。
まだ、意識を手放すわけにはいかない!
「……シグルド!!」
我はあえて傷付いた右前足を戦士ブルトン目がけて振り下ろす。
吹き出す赤い血と耐えがたい痛みは、我の朦朧とする意識を呼び戻した。
「ブルトン!!」
激痛をねじ伏せ、我は勝利への一撃を放つ。
「……南無三!!」
ブルトンが迎撃しようと傷だらけの両拳を突き出した。
だが、我の方が一歩早かった。
我の鋭利な爪はブルトンの左肩に命中し肉と骨を吹き飛ばす。
「……まだ終わったわけではない!!」
しかし、ブルトンはまだ動く右腕で〈アシュラ・インパクト〉を放ってきた。
なんという執念であろうか。
だが、その崩れた姿勢では本来の威力は出なかった。
直撃を受けたが、我の金色の鱗を傷付けることなく霧散したのである。
勝った! 我の勝ちだ!!
それは強者に勝ったと思い込んだ我の油断。
なんという迂闊な思い込み。
『ブラザー! 回避!!』
「っ!?」
戦士ブルトンの目はまだ死んでいなかったのだ。
それに気が付いた時、彼は既に最後の攻撃の構えを取っていた。
技でもなんでもない、己の力を残った拳に全て込め繰り出そうとしていたのだ。
筋肉の膨張により、彼の上着は弾け飛び強靭な肉体が姿を現す。
芸術といってもいいくらいに鍛え上げられた肉体だ。
「……俺は貴方と戦えたことを誇りに思う!」
「戦士ブルトン!!」
致命的……! 油断していた我に回避できるような攻撃ではなかった。
その拳はが放たれれようとした時、それは起こった。
「プリエナ!!」
彼らの仲間の一人が我らの戦いの余波で吹き飛び、
深い渓谷に向かっていったのだ。
戦士ブルトンはその瞬間、戦士ではなくなった。
我を仕留めるか仲間を救出するかの選択において、
迷わず仲間の救出を選んだのである。
「……ぐ!? この程度の傷で!!」
彼の伸ばした手は後一歩届かなかった。
狸の獣人の少女は悲鳴を上げながら渓谷に落ちてゆく。
誰もが呆然と見つめるしかない中、
赤い人影が勢い良く渓谷へと飛び込み、
狸の獣人の少女を空中で抱き寄せ姿を消した。
「チゲ!? なんて無茶をしやがる!!
ゴードン! ロープを解いてくれ!」
「今やってる! くそっ! 突風の余波で固く結ばさっちまった!」
『ブラザー! ここを突破するのは今を置いてねぇ!
渓谷を越えて先に進むんだ! ハリー!』
『マイク! しかし……くそっ!!』
相手が混乱している隙を突いて、我は渓谷の向こう側へと跳躍した。
無論、一度の跳躍では渡りきれない。
桃力で足場を作り、渓谷を渡りきることに成功したのである。
渓谷の向こうでは、仲間のために慌ただしく動いている子供達の姿が見えた。
その姿を見て我の心に影が差す。
「……後ろめたい決着になってしまった」
『何度も戦っていれば、こういうこともあるさ。
それよりも、無茶をしたせいで肉体の損傷が激しい。
一度、応急処置を施すから、身を隠せる場所に移動してくれ』
マイクの声色から、我は相当にダメージを負っているようだ。
現在は痛覚を遮断されている状態なので痛みはないが、
それでも前足に違和感を感じる。
時間がもったいなくもあるが、治療を受けておいた方が良さそうだ。
我はマイクの指定した場所に力なく向かうのであった。