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食いしん坊エルフ  作者: なっとうごはん
第七章 逆襲のガルンドラゴン~シグルドの挑戦~
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307食目 敗北の少年少女

「これで、封印は完了したはず……」


 カゲトラに封印されたサクラン達は、ぐったりとして地面に横たわっていた。

 空間に開いた大口も急速に小さくなり吸引力も低くなったのか、

 物が吸い込まれることはなくなった。


「ふむ、行動に制限が付かないのが、これほど快適とはな」


 桃力を使い過ぎたせいで、身体に怠さが残る感じがする。

 マイクの話によると、

 実際には魂が疲弊しているだけであって肉体的な疲労はないそうだ。


「咲爛様……うん、封印は完全になされているな。

 助かった、シグルド。

 貴方には借りができてしまった」


 奇妙なことだ。

 敵である者を救う……以前の我であれば、そのようなことは絶対にしなかった。


「うむ、それでは我は行く。さらばだカゲトラ」


「本来なら言うべきではないのだが……貴方の武運を祈る」


 我はカゲトラ達に見送られ、デクス山への侵入を果たした。

 その道中に、我はマイクに気になっていたことを話しかける。


『マイク、カゲトラとの交渉は随分と欲のないものだったな』


 そう、あの時のやり取りである。

 彼らの大切な仲間の命がかかっていた状況だ。

 エルティナとの勝負を邪魔するな、と要求しても良かったのではないのか?


『あぁ、そのことか。

 俺っちも、一応は桃使いなんだぜ?

 仲間のために敵である俺達に頭を下げる者に、そこまでの要求はできないぜ。

 あ~あ、正義の味方は辛いねぇ、HAHAHA』


 マイクは我に対し、そのように言ってはいるが、

 きっと必死な彼女に同情してしまったのだ。

 お人好しな部分がある彼は、

 相手が敵であろうとも冷酷に徹することができないのだろう。


『そうか』


 我は言葉少なく返事を返した。

 移動中に何気なく山頂を見つめる。

 この山の頂上で、エルティナが我らを待っているのだ。


 しかし、そこに辿り着くには、

 数多くの障害を乗り越えねばならないだろう。

 たった一戦で、これほどまでに疲弊してしまった。

 なんという恐ろしい少年少女であろうか。


『ブラザー、どこかで一旦休憩を取るべきだ。

 桃力の回復を図んねぇとこの先やっていけないぜ』


『うむ……やはり、そこまで失っていたか』


 魂と肉体は密接に繋がっている。

 つまり、肉体を維持するために食事を摂ると、

 繋がっている魂も修復されるというのだ。


 桃力は魂の力。

 つまり、それを回復させるには食事を摂ればいいということだ。


『このタイミングで狩りをおこなえというのか。

 都合良く獲物が見つかればいいのだがな』


 狩りというものは簡単なものではない。

 我がいかに強大な力を持っていようと、

 肝心の獲物が見つからなくては意味がないのだ。


 狩りとは、まず獲物を見つけるところから始まる。

 しかしながら、今の我には時間がない。

 進行方向に獲物がいるとは限らないのだ。


『そのための俺っちだろう? 大丈夫、もう見つけてあるぜ。

 ここから少し脇に入るけど、大したロスにならない。

 大型の〈モーモル〉という牛の群れがいるから食事と洒落込んでくれ。

 マップを展開するから上手く使ってくれよな、ブラザー』


 我がそのような心配をしている内に、

 マイクが獲物を見つけたと報告してきた。

 恐らくは不思議な力を使って周囲の情報を獲得したのだろう。

 この不思議な力には、いつも驚かされる。


 現在、我の視界の右上には、

 このデクス山の地図が小さく表示されているのだが、

 前足で触れようとしても素通りするだけだった。

 まったく不思議なものだ。


 地図は円形で表示されており、中央部分の三角形が我であるらしい。

 その地図に青く光る点が新たに表示される。

 きっと、この青い点が我の獲物である牛なのだろう。

 他には黄色く光る点がデクス山の頂上へと移動している。

 これはエルティナ達であろうか。


 そして……我の後を追ってくる赤く光る点。

 これは間違いない、ユウユウだ。


『俺っちが、もっと上手くPCを扱えればいいんだけどさぁ、

 今はこれが限界なのよね。

 本当は点でなくて、きちんと形で表示できるんだわ』


 我としてはこれで十分であるが、マイクは不満であるみたいだ。

 対象の位置が把握できるだけでありがたいのである。


『手短に済ませよう』


 この距離なら、速やかに事を終えればユウユウに追いつかれることもない。

 我は食事を摂るため、一旦道を逸れて進むのであった。




 ◆◆◆ カゲトラ ◆◆◆


 なんとも酷い戦いであった。

 確かに我々は一人一人が強力な力を持っている。

 しかし、力を合わせた途端にここまで乱れるとは。


 特に咲爛様の協調性のなさが顕著だった。

 とはいえ、これは仕方のない部分もあったのだが。


 まったく、大殿に紹介された封印師に、

 封魔縄の使い方を教わっていなかったらと思うとゾッとする。

 大殿もこれを見越して私に封印術を習わせたのであろう。

 その分、忍術が疎かになってしまっている部分もあるが致し方ない。

 これも、全ては咲爛様のためなのだから。


「う~ん……」


 私の膝枕の上で寝息を立てていた彼女が身じろぎをし、

 薄っすらと目を開いた。

 まだ意識が混濁しているのか、呆けたような表情だ。


 しかし、時間が経つと意識がハッキリ戻ってきたようで、

 大きな瞳に力ある光が戻ってきた。

 もう大丈夫だろう。


「咲爛様、大丈夫ですか? どうなったか理解できますか?」


 私は咲爛様に問いかけた。


「景虎……ここはどこじゃ?

 はて、〈わらわ〉はどうしたのじゃろうか?」


 体を起こし、きょとんとした顔で周囲を見渡す咲爛様。

 というか、口調がどこかおかしい。


「何故、わらわはここにおるのかのう?

 あぁ……そうじゃそうじゃ、確か蜥蜴と戯れていたのじゃったな」


 フラフラと立ち上がり、

 夜空を見上げる彼女の顔には〈六大天魔王〉の名残は残ってはいない。

 それどころか、普段私が見ることのない穏やかな笑顔があるではないか。

 しかも、地面に転がる愛刀を気にする様子もない。

 これは妖刀との繋がりが絶たれている証だ。


 絶好の好機。

 この隙にこの妖刀を封印し、咲爛様の手の届かぬ場所へと追いやるとしよう。

 今の彼女は本来の性格に戻っている。

 あの激しい気性は、やはり妖刀に操られていた証拠。

 このまま、穏やかな性格で人生を送ってもらわなければ!


「残念だったな、もう咲爛様はおまえの下へは戻らない」


 私は封印の魔縄で妖刀〈血吹雪の月桜〉をぐるぐる巻きにして完全に封印を施し、

 自分の『フリースペース』の中へと放り込んだ。

 これで二度と咲爛様が妖刀に触れることはないだろう。


 ケガの功名とはまさにこのこと。

 多少手荒なことになったが、〈六大天魔王〉の封印と〈血吹雪の月桜〉の

 二大災厄を封じ込めることができた。

 これで、もう咲爛様が血に飢えることはないだろう。

 私の知るかつての彼女に戻ったのだから。


「はて、わらわが戯れておったのは、こんに小さき蜥蜴じゃったか?」


 足元にたまたまいた蜥蜴を見て、首を傾げる咲爛様に私は言った。


「えぇ、咲爛様にかかれば、巨大な蜥蜴も小さき者へと変わりましょう」




 ◆◆◆ ルーフェイ ◆◆◆


 不覚を取った。

 体のあちこちが痛い。


 しかも、意識を失い地面に転がっていたようだ。

 ガルンドラゴンの体当りによって、かなりの距離を吹き飛ばされたようで、

 遠くの方に人影が辛うじて見える。

 恐らくはサクラン達だろう。


 まだ戦いは続いているのだろうか? いや、それよりもランフェイだ。

 果たして無事でいてくれているだろうか?


 私はふらつく足で立ち上がった。

 ズキリと鈍い痛みが襲いかかってくる。

 右腕が動かない、恐らくは骨折でもしているのだろう。

 右足も相当にやられたようだ。

 思うように動かない。


 情けないものだ。

 女神マイアスに授かったスキルを使う前に倒されてしまうとは。

 これでは父上に顔を見せられない。


 私は足を引きずりつつも、妹がいるであろう戦場に戻る。

 そこで待っていたのは、地面に横たわる妹の姿だった。


「ランフェイ!?」


「ルーフェイ、無事だったか」


 サクランの衣装の乱れを直していたカゲトラが私に気付いた。

 ガルンドラゴンの姿は見られない、ひょっとして撃退したのだろうか?


「ランフェイ、しっかりしろ!」


 いや、そんなことより妹のランフェイだ。

 あんなトカゲなど、どうでもいい。

 固い地面に横たわる妹を抱き上げる。

 その際、骨折した右腕に鋭い痛みが走るも強引にねじ伏せた。

 私の妹への愛情はそんなものでは揺るがない。

 

「あぁ、こんなにぐったりしてしまって……

 いっそ、このまま大人しくなってくれないかな?」


 おっと、いけない。

 心の声が思わず口から飛び出てしまった。


 このような変態でも、私の大切な妹だ。 

 死んで欲しいとは微塵も思ってはいない。

 ただ、昔のようにお淑やかになって欲しいだけだ。


「う……ん……あ、お兄様」


 ランフェイが目を開けた。

 そのことに安堵し思わず涙がこぼれそうになる。

 しかし、私は兄だ。

 妹に涙を見せるわけにはいかない。

 ぐっと堪え、普段どおりの兄を演じる。


「ケガはないか? ランフェイ」


「えぇ、お兄様が護ってくれたお陰ですわ」


 穏やかに微笑むランフェイ。

 それは、かつて私と共にあった妹の笑顔。

 あの狂気の宿る、変態めいた笑顔ではない。


「よかった、ランフェイ」


「お兄様……」


 私は痛みを無視して妹を抱きしめる。

 よかった、無事でいてくれて。


「ランフェイが心なしか昔の彼女に戻っているようだな。

 咲爛様といい、私の封印術は妙な副作用があるのかもしれんな」


「封印?」


 言われてみれば、サクランもどこか様子がおかしい。

 以前のような猛々しさはなく、穏やかで上品な振る舞いをしている。


「実はだな……」


 カゲトラはサクランの強大な力の封印の際に、

 ランフェイとシーマが乱入してきたため、

 やむなく纏めて封印を施したことを私に伝えてきた。


「今の咲爛様は妖刀に触れる前の性格に戻っておられる。

 確か四つの頃までは、このような穏やかな姫であらせられた」


「ということは……ランフェイも四歳の頃の性格に戻っているということか」


 これは、またとないチャンスだ。

 ここからしっかりと教育を施し、立派な淑女に仕立て上げなくては!


 私に課せられた使命は重大だ。

 ランフェイが淑女になるも変態に戻るも、私の采配にかかっている。

 やり遂げて見せる、ランフェイの兄として……必ず!


 私が使命感に燃えていると、

 隣で顔面から大地に突っ伏していたシーマが、

 むくりと起き上がって天に咆えた。


「ふん、元上級貴族の私には、このような封印など効きはせん!

 ええい、ガルンドラゴンはどこへ行った!?

 黄金の鱗を全部はぎ取って、露店街で売り捌いてくれるわ!」


 ……どうやら、シーマは四歳の頃からこういう性格だったらしい。

 つまり、封印は意味がなかったということだ。


 まったく変わらない彼女を見た皆は、タメ息を吐いた後に苦笑いをし、

 自分達がガルンドラゴンに負けたことを自覚するのだった。

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